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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第6章 運命の一日
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第二百二十一話 ネハシム-セラフィム

 

 

 その瞬間――空が瞬いた。



 視界を奪い去る程の眩い輝きが雲を消し飛ばし、世界を照らす。

 その光は炎を纏い、六枚の翼を持つ蛇の姿をしていた。

 破滅の力の具現か、獰猛な牙を覗かせる蛇が巨大な口を広げ、妖しく輝く凶悪な瞳が蠢く。

 

 それは遠くから見る者にとっては神秘なる天上の輝きの様に見えたかもしれない。

 だがその光に宿る威圧感と魔力、そして心身を凍結させる程の圧倒的な『力』は、光の下に居た人々から思考を奪い去った。

 目の前に迫り来る蛇は恐怖の象徴でしか無い。

 ただ茫然と空を見上げる人々。



 そして――天を切り裂く光が大地に降り注ぐ。



 大地を浸食するだけの地鳴りと共に、デモニアス要塞の直上から迫って来た巨大な蛇。

 それは要塞に張り巡らされていた結界と干渉し合い、微かにその勢いは減じたかに見えた。

 だが結界を食い破り、尚も止まらぬ光る蛇の翼が要塞の城壁を軽々と打ち砕き、ミストリア王国の兵士達から平常心を奪い、大地に亀裂を残した。


 燃え上がるデモニアス要塞。

 空が鳴き、要塞が唸りを上げる。

 鳴り止まぬ大地の悲鳴と振動はこの世の終わりを想起させた。


 その時。


「おぉおおおおおおおおおっっ!!」


 強大な光の粒子。

 末恐ろしい炎纏いし蛇の前に立ったのは一人の男だった。


 絶望に彩られた人々の眼に微かな希望の光が宿る。


 彼こそはミストリア王国の誇る大将軍の一角にして、外軍最強の男。


 ダンテ=オードリー。


 国内で唯一マリンダ=サザーランドと肩を並べる事の出来る英雄の身に纏う翡翠色の魔力光の輝きが、迫る蛇の炎と絡み合う。

 獰猛な瞳に睨まれながらも一瞬も怯む事無く、将軍は手にした巨大な盾を構えた。


 それはまるで物語の一説の様な光景。


「おおおおおおおおおおっっ!!」


 今、英雄が怪物に挑む。




   ☆   ☆   ☆




「くっ、はっははっ!」


 笑った。


「はははっ! はっははははははっ!!」


 笑い、嗤い、そして哂った。


 己の視界の先で脆くも崩れゆくミストリア王国の誇るデモニアス要塞が崩壊していく。


 たったの一撃。

 それだけで王国最大の堅牢なる防御が崩れ去ったのだ。

 要塞全てを覆い尽くすだけの圧倒的な魔力を放つ輝きが、まるで神の裁きであるかのように敵軍の中枢に突き刺さる様子は圧巻の一言。

 暴れ回る蛇の姿はレオナルドにとっては可愛いペットのようにしか見えなかった。


 これほどの暴力はレオナルドとて見た事は無い。

 

 この時の為に準備をして来た時間は無駄ではなかった。

 全てはこの一撃を放つ為。

 その甲斐が在ったというものだ。


「くくくっ! 最高の気分だ……っ!!」 


 要塞の外側に半円状に広がっていた『バリアブル・フィールド』など、天上から直接差し込む『ネハシム-セラフィム』の攻撃の前では無力も同然。

 デモニアス要塞の結界によって威力は減衰したようだったが、それでも尚も破壊力は人智の及ぶ所ではない。


 彼の隣ではキャサリンも目を見開いて、崩壊していく敵軍の要塞を見つめていた。

 喉の奥から震えた声が漏れ出でる。


「これが……これが……」


 だがキャサリンの相好にも決して恐怖の色は浮かんでいない。

 彼女の表情にはレオナルド動揺に愉悦の色が在った。



 『その力は強力無比にして天下を分かつ光を放つ』



 オルフェウス家に語り継がれている、一説は決して誇張ではなかったのだ。

 この魔法具は世界を破滅させ得る力が在る。

 

 とはいえ、第一撃は要塞の結界などの影響もあり、敵軍壊滅、とまでの打撃は与えられていない。

 要塞は既に大部分は瓦礫と化しているが、生き残りはまだまだ居るようだった。


 だが心配には及ばない。

 ネハシム-セラフィムを動かす『塊魔』には十分過ぎるだけの数の予備が在る。

 この瞬間の為に……デロニア捕虜達を生贄にしたのだから。


「では……第2射を……」


 レオナルドがそう告げようとした時――。


「……っ」


 ばたり、と。

 搭乗者席から何者かが落ちて来る気配を感じた。


 確認するまでも無い。

 レオナルドの傍で倒れ伏しているのは、顔面を蒼白にさせたハインリヒ14世だった。


「おい、ハインリヒっ!?」

「はぁはぁ……す、すまぬ、レオナルド……」


 全身には痙攣が走り、焦点の定まらぬ視線は揺れている。

 憔悴しきった全身は力無く、寒さに震えていた。

 呼吸する事すら辛そうな表情で呻く様にハインリヒは告げる。


「すまぬ、レオナルド……連続行使は無理だ……」 


 何の影響か、など論じるまでも無い。

 先程の『ネハシム-セラフィム』を放ったが故に、だろう。


 魔術行使の為の魔力元は『塊魔』の筈であるが、この様子を見る限りでは使用者であるハインリヒにも甚大な消耗を強いるのだろう。


「そうか……」


 とてもではないが、ハインリヒが嘘を言っているようには見えない。

 むしろ今すぐに休息を要するだろう。


(ハインリヒはこの先もまだ必要だ……)


 レオナルドにとっても、ここで使い潰して良い人物では無い。

 彼は即座に判断すると声を上げた。


「ゼロっ!! 『バリアブル・フィールド』は!?」


 傍で控えていたゼロがその両手を掲げる。

 何か得体の知れない力が空間を走り抜けていき、直後少年は静かに報告した。


「……消えていますね。恐らく先程の一撃で発生装置も破壊したと思われます」

「よし、ならば」


 真っ向から攻め込む事が可能だ。

 あの魔法具の補助が無ければ、今のミストリア王国の外軍を打倒出来る。

 『ネハシム-セラフィム』の一撃で要塞は崩壊し、兵士たちにも甚大な被害が出た事だろう。


 ならば。


「予め伏せていた兵士達はいつでも出撃できるな?」


 レオナルドはゼロに尋ねた。


「行けます。指揮官に将軍位が居ないので、その点だけが心配ですが……」


 メフィス帝国の将軍共の多くはレオナルドに対して反感的な感情を抱いている。

 今回の魔法具の発動に際しても、下手をすれば邪魔立てされる恐れがあったため、この場には連れてきていなかった。

 あわよくばユリシアを救いに来るだろう、敵兵を少しでも減らしてくれれば御の字だ。


「ただ国境付近に忍ばせていた兵士達はレオナルド様に近い人種ですので……」


 どちらかと言えば荒くれ者ども揃いの人選だった。


「くく、人形の癖に言ってくれるな」

「……申し訳ありません」

「いいさ、ゼロ……貴様はそれでいい」


 更に別のレオナルド・チルドレンの少女が報告した。


「帝国中枢からも援軍を派遣しますか?」

「あぁ、だが内部の戦場の影響も無視できない。その辺りはオットーと調整しろ」


 既に宣戦布告は出ている。


 ならば。

 

「ではこの俺自らがミストリア王国を滅ぼすとしよう」


 その言葉を聞いて、昂ぶる感情を抑え付ける事も無く、キャサリンは微笑んだ。


 メフィス帝国に潜みし悪魔が、戦場に舞い降りる。


「行くぞ」




   ☆   ☆   ☆




 崩れ去った城壁、そして瓦礫の山の頂上で盾を構えた大男が己の部下達を守る様に屹立していた。

 ダンテの力を持ってしても、敵の攻撃を受けきれる事など出来ず、要塞は甚大な被害を受けている。

 だが影響を削ぐ事が出来た事は間違いがない。

 彼の尽力が無ければ、更なる惨事となっていただろう。


 むしろ、如何に威力が減退していたとはいえ、あの巨大な蛇の一撃と真っ向から打ち合い、未だに生きているだけでも奇跡と言える。


 結局は要塞を護り切る事も出来ずに、ダンテの全身は既に満身創痍の様相を呈していた。

 力を分散させるのが精いっぱいだったのだ。

 しかし彼は消耗した肉体に鞭打ち、崩れた城壁の先から聞こえて来る声の方へ視線を向けた。

 その横顔には弱気は一切存在せず、傷の痛みなどを微塵も感じさせない。


(『バリアブル・フィールド』は……消えたか……)


 そうなると敵兵と正面切って戦う事になるだろう。

 

 だが。


(現在の状況……)


 先程の一撃の影響が大き過ぎる。

 この状態ではまともな戦闘状態に推移出来るかは非常に怪しい。

 また、あの蛇が再度襲って来ないとも限らない。


 態勢を立て直す時間が必要だ。


「オードリー将軍!」


 傍まで駆けつけて来たダンテ旗下の最精鋭騎士の一人である男が報告した。


「レグラント様から御連絡が!」

「何と?」


 レグラント=ロイズナー。

 それはダンテ=オードリーと並び、ミストリア王国の外軍を率いるもう一人の大将軍の名だ。

 レグラントは既に60歳を超えた老齢の域にあるが、長年に渡り蓄積された知識の豊富さ、戦術面での経験値はダンテを容易に上回る。

 そもそもレグラントはダンテが若造であった頃からお世話になっていた恩師でもあった。


 現在レグラントはデモニアスから少しばかり国内に入った所にある関所に居る筈だ。

 そこはユリシア=ファウグストスの治めるコーミル地方の関所であり、事ある毎にレグラントはコーミルの比較的に協力的な貴族と情報共有を行っている。


「状況を判断し、殿を務めよ、と」

「……」

「退却するのであれば、それに呼応し防御を固めるように動く。反転攻勢が可能であれば、それに呼応し援軍を派遣する、と」


 ネハシム-セラフィムの光を遠方から確認したレグラントは、何か良からぬ事がデモニアス要塞に発生したと判断した。

 だがデモニアスに居ないレグラントには状況の判断が出来ない。

 退くべきか、戦うべきか。

 故に現場の判断はダンテに任せ、どのような行動にも対応できるように準備を始めたのだろう。


 あの人らしい、とダンテは思った。

 レグラントという将軍は基本的に現場主義であり、現場の判断を重視する。

 今もその時、ということだ。


「デモニアス要塞は放棄する」


 ダンテの言葉に周囲に居た兵士達は一瞬驚いた顔を取ったが、すぐに諦めにも似た納得の表情になった。


「今の状態でメフィス帝国を相手にするのは現実的では無い」


 そうと決めた以上、彼の行動は早く。


「生き残りの兵士達を集めろ! 俺が殿を務める!! 退却の準備だ!!」


 荒れ果てた要塞全土に響き渡るのではないか、と思えるほどの大音声でダンテが吠えると、彼の部下達は迅速に指示に従い、立ち上がった。


「反撃のチャンスは必ず来る!! まずはこの場から生き延びよ!!」


 遠目にこちらに攻め込んでこようとしている敵軍を睨みながらダンテは尚も声を張り上げた。

 中には戦場には似つかわしくない子供達の姿も確認させる。

 あれが噂に聞くレオナルド・チルドレンというやつなのだろう。


 ダンテ=オードリーは既に満身創痍となっている肉体、枯渇寸前の魔力を必死に滾らせ、敵軍の先鋒の出鼻を挫くべく、ゲートスキルを発動した。


「っ!!」


 その男の全身から不可思議な力が放たれる。

 ダンテの視界に存在する敵兵の動きが少しずつ鈍くなり、まるで手にした武具に引きづられる様に、次々に膝を付いて行った。


「な、なんだ、これはっ!?」


 突然の事態に慌てる帝国兵の間から、レオナルド・チルドレンの少年が忌々しそうに告げながら、懸命に呪縛から解き放たれようと、もがき、飛び上がった。


 だがダンテに触れる直前になると、やはり耐え切れなくなったのか、少年は凄まじい勢いで大地に叩きつけられた。


「ぐっ!?」

「……」


 退却する部下達の時間を少しでも稼ぐ。

 稼がねばならない。


(ここが正念場だな……)


 震える膝を懸命に抑え付け、彼はゲートスキルを『重力制御』を発動した。






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