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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第6章 運命の一日
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第二百十七話 ルノワールはやっぱりルノワール

 

「お母様の救出作戦?」


 真面目な顔付きでメフィルは己の信頼する従者に尋ねた。


「はい。お嬢様の救出とユリシア様の救出はそれぞれ同時に行われています」


 軟禁されていたので当然ではあるが、現在メフィルは余りにも状況を知らない。

 彼女は現状の説明を受けていた。


「それは……」

「別行動をしていますので作戦の詳細までは把握しておりませんが……部隊を率いた大々的な作戦になるそうです。作戦の立案者はディル、現場の指揮官はマリンダです」


 それは二人の知り得る限り、最も信頼出来る布陣だ。

 そしてこの二人が手を組んで実施した作戦行動が失敗した事は今までに一度も無い。


「必ず助けると豪語していましたから……信じましょう」


 その言葉を聞いて、メフィルは目を伏せた。

 もちろん、心配だ。

 お母様の無事を祈りたい。

 自分は助かったが、ユリシアが救い出せなければ意味が無い。


「……そう、そうね。貴女が私を助けてくれたように……きっとマリンダ様がお母様を……」

「はい」


 二人が話し込んでいると、やがてドヴァンが仏頂面をしてやって来た。

 真面目な顔で話し合う主従を奇異な物を見る眼差しで見下ろしている。

 いや、これは呆れ顔か。


「おい」

「はい? なんですか、ドヴァン?」


 戦鬼が訝しげに眉根を顰め聞いた。



「――何故その格好をしている?」 



 尋ねられた『少女』は首を傾げている。


「何故貴様が不思議そうな顔をしている?」

「え?」

「どうして未だに女の姿をしているのか、と聞いている」


 そう。

 ドヴァンの言葉は尤もだ。


 メフィルに対して自分の本当の性別を明かし、男として、つまり『ルノワール』ではなく『ルーク』としても認められたというのに、現在の彼女は慣れ親しんだ使用人然とした格好をしていた。


「俺はメフィルが男性恐怖症だから女の格好をしていると聞いていたのだが」


 そしてその男性恐怖症が回復の兆しを見せている以上、ルノワールが女の格好をしている必要性は無い筈だ。


 だがこれに対して異を唱えたのはメフィルだった。


「ふふ、いいのよ、これで。こちらの方が落ち着くわ。何だか男性の格好だと変な感じで……」

「……と、お嬢様が仰られるので。それに女性の格好をしていた方が都合のいい事も多いですから」

「……」


 主従の返答を聞いてもドヴァンの表情はさして変わらなかった。


「そ、それにアトラお嬢様も困らせてしまうかもしれませんし」

「男の格好をしていようが女の格好をしていようが、奴は貴様にはべったりだと思うがな」

「あ、あはは……」


 実はルノワール自身もアトラに対しては特に不敬な振舞いもしていないので、そんな反応が返ってきそうな気はしている。

 異国の騎士だと名乗った時にも彼女の中に動揺はそれほど無かった。


「まぁ……貴様らがそれでいいならば、それでいい」


 別段ドヴァンとしても文句が在る訳でも無い。

 むしろドヴァンを最初に真正面から打ち倒した時の姿はメイド服姿のルノワールだ。

 それ以降、メフィス帝国内で作戦行動を共にしていた時の姿もルノワール。

 つまり、特に違和感が在る訳ではないのである。


「くくっ。本来の姿の方が違和感があるとは……貴様も難儀だな」

「うっ……」


 ドヴァンの薄い微笑みに対して、ルノワールは呻いた。

 無論、冗談の類ではあるが、この場においては真実だと感じたからだ。


「こればかりは仕方ないかもしれないですね……」

「うふふ、いいのよ。ルノワールは今の方が可愛いわ」

「うぅ……本当は男なのに……」


 僅かに頬に朱が差し、戸惑う彼女は本当に可愛いらしい。

 そんな風に嘆きながら肩を落とす姿すら絵になっているのだから、美人とは得だ、とメフィルは思った。

 真相を知らない人間に彼女が本当は男だ、と言っても何の冗談だと馬鹿にされる事だろう。


「大丈夫よ、ゾフィー。どんな格好をしていても貴女の魂の美しさには変わりがないわ」


 なんだか的外れなフォローをしながらイゾルデが微笑んだ。


 そう。

 彼女が笑ったのだ。

 あの戦場でルノワールが目にしたのは決して見間違いでは無かった。


 そして、ルノワールがイゾルデに言わねばならない事が在った事を思い出す。

 大聖堂の前では状況的に話し合う余地などなく、忘れてしまっていた。


「……イゾルデ」

「なに?」

「あの……今回は本当にありがとう」


 本当に助かったのだ。

 あの時のルノワールが相手をしていたのはメフィス帝国最強の男。

 悔しいが地力では、やはりルノワールは劣っていただろう。

 あの時は我武者羅に挑んでいったが、イゾルデの手助け無しに、あのまま戦っていてメフィルを助け出す事が出来たかどうか。


「……貴女が感謝を口にする必要はないわ」

「え?」


 しかし軽く目を伏せてイゾルデは続ける。


「私の方が貴女に何倍も感謝している」


 世界の美しさに気付かせてくれた。

 自分の心を救い上げてくれた。

 世の中には希望が在るのだと教えてくれた。


 目の前の少女が居なければ、自分は何をしていたのか分からない。

 ただ醜い物を消し去る為だけに暴れ回り、いずれ力尽き果てるだけだったのかもしれない。


「それに……」


 そこでやはりまた……彼女は優しい笑顔を浮かべた。


 だけどそれは、まだどこかぎこちなくて。

 微笑む事に慣れていないイゾルデは一生懸命に笑顔を作り告げた。



「友達を助けるのは……当たり前なのでしょう?」



 イゾルデがそんな風に言ってくれた事が。

 イゾルデとこんな風に話が出来る事が。


「……イゾルデ」


 本当に嬉しくて。

 彼女は恐ろしいだけの魔女なんかじゃないのだと信じられる。

 ルノワールの隣ではメフィルも幸せそうに目を細めていた。


「嬉しいよ、本当に」


 そう言ってルノワールは可憐な笑顔で微笑んで見せる。

 まるでそれはイゾルデに「笑顔とはこうやるのだ」とお手本を見せているかのようだった。


 そんな少女の笑顔に導かれる様にイゾルデがゆっくりと手を伸ばした。

 怯えた様子で彼女は恐る恐る尋ねる。


「ねぇ、ゾフィー。貴女の頭を撫でてもいい?」


 かつては触れたいとは望んでも。

 自分の薄汚れた魂がゾフィーを穢してしまう事が恐ろしくて、触れる事は躊躇っていた。


 でも、もしかしたら――今ならば。


「もう、何を怖がっているの?」


 苦笑しつつルノワールは立ち上がり、黒衣の魔女をしっかりと抱きしめた。


「あ、ゾフィー……」

「私が断る訳無いじゃないですか」


 優しい声色でルノワールが言うと、安堵したようにイゾルデが瞳を閉じた。

 彼女の手の平がルノワールの黒髪に触れる。

 まるで繊細なガラス細工を扱うように彼女は丁寧にルノワールの頭を撫でていた。


「うん、友達だとしても。やっぱり感謝の気持ちは必要だと思います」

「え……?」


 親しき仲にも礼儀あり、だ。


 だからもう一度。

 心を込めてルノワールは言った。



「助けに来てくれて。私と友達になってくれて。ありがとう、イゾルデ」



 そう言って微笑む少女の眼前で。

 温かな気持ちでイゾルデは下手糞な微笑みを浮かべていた。




   ☆   ☆    ☆




「あっ! ルノワール!」


 隠れ家に帰って来ると、「待ってました!」とばかりにアトラが飛びあがって喜んだ。

 一人で部屋で待つ事に対する不安も在ったのだろう。

 彼女は真っ先に部屋に足を踏み入れたルノワールに抱きついた。


「あっ、アトラお嬢様」

「お帰りなさい! どうだったの?」


 無邪気にアトラが尋ねる傍ら、彼女の見知らぬ二人の女性がやって来た。

 まず真っ先に目に入って来たのは真っ黒な格好をした女性だ。

 鋭い眼差しをした背の高い彼女の威圧感は中々の物だ。

 正直に言ってしまえば、アトラは少し怯えていた。


 しかしその隣に居た小柄な女性は背の高い女性とは対照的に優しい眼差しをしており、その身に纏う雰囲気はルノワールに少しだけ似ていた。


「……うーん、と……」


 顎先に手を当ててアトラはポンと手を打った。


「貴女がメフィルお嬢様?」

「ふふふ。はい、その通りです。アトラ=オルフェウスさん」

「あっ! じゃあルノワールはちゃんと助けられたのね」

「ええ。助けてもらいました」


 嬉しそうなアトラに笑顔で答え、メフィルは微笑んだ。

 当てた事が嬉しかったのか、多少頬を上気させたアトラが隣に居たイゾルデを怯えた様子で見上げた。


「アトラお嬢様……こちらはイゾルデ。私の友達なんです」

「ルノワールのお友達?」

「ええ、そうです。とっても強くて頼りになるんですよ」


 まるで姉を自慢する少女の様にルノワールが言うとアトラが聞いた。


「ルノワールよりも強いの?」


 オルフェウス襲撃事件の時のルノワールの大立ち回りは未だにアトラの脳裏には鮮烈に焼き付いている。

 ルノワールは楽しそうに笑いながら言った。


「ええ、私よりも強いんです」

「えぇっ!? す、すごい……!」


 純粋な驚きを顕わに「はぇ~」と口を開けながらアトラはイゾルデを見上げた。


 そんな彼女の眼差しを受け止めながらイゾルデは呟く。


「この子……一体どういうこと?」

「……イゾルデ?」

「魂が……二つある?」

 

 訝しげな表情……というよりも不思議そうな顔付きでイゾルデは呟いた。

 周囲の人間達は誰もが首を傾げていた。


 事情を知っているルノワール以外は。


「イゾルデ……もしかして何か見えているの?」


 イゾルデのゲートスキルは他者の魂を視る力だ。

 ルノワールが尋ねると彼女は頷いた。


「ええ。アトラの魂に折り重なる様にして……何かもう一つ、魂が存在している」

「っ!!」


 それはつまり、アトラの母親であるエルサリア=オルフェウスのゲートスキルではないか。


 ルノワールはキースの言葉を思い出す。



『アトラに己の……欠片を残した』

『欠片……?』

『魂、と言ってもいいかもしれない。それがエルサリアのゲートスキルだった』



 まさしくキースの言葉は的を得ていたのだ。

 アトラの身体の中には二つの魂がある。

 間違いなく、その内の一つはエルサリアの魂だろう。

 娘を守る為の母親の『愛』そのものだ。


 事情を呑み込めていないアトラが困ったような顔でイゾルデを見つめ、次いでルノワールに目を向けた。


 だが、珍しくルノワールはアトラの様子に気付く事無く、イゾルデに視線を向けている。


「もしかしてイゾルデ……そのもう一つの魂を制御する事、って出来る?」

「制御? どういう風に制御するかにもよるけれど……不可能では無いでしょう」


 キースはずっと、既に亡くなったエルサリアの力を制御する術が無く、アトラの状況に頭を悩ましていた。


 だがもしも今回の戦争の一件が片付いた時。

 イゾルデならば、アトラの『不幸』を、『祝福』を。

 制御する事が出来るかもしれない。

 メフィス帝国でお世話になったアトラの――小さな主人の力になる事が出来るかもしれない。


 それはルノワールにとって朗報だった。

 無論、それはキースにとっても同じだろう。


「もしかしたら、今度イゾルデにアトラお嬢様の魂の事について、お願いする事があるかもしれません」

「? 良く分からないけれど、貴女の願いならば、構わないわ」


 真剣な眼差しでイゾルデとルノワールが話し込んでいるのを横目に気を利かせたメフィルがアトラの相手をしていた。


「へぇ、メフィルさんがルノワールの……」


 羨ましそうな表情で見上げるアトラ。


「?」

「ねぇねぇ! ミストリアのお話を教えて!」

「ふふ、ええ。構いませんよ」


 笑顔で応じ、メフィルとアトラが話し合っている間。

 戦鬼ドヴァンは周囲の警戒をしながら次なる一手について思考を巡らせていた。






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