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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第6章 運命の一日
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第二百十四話 コルネアス城攻防戦 Ⅵ ~死神の儀典~

 

 戦場に訪れたのは恐慌の兆し。

 戦場に立ち込めるは先程とは別種の狂乱。


「これ、は!?」


 突如としていくつもの死体が動き出した。

 立ち上がり、不気味な光を帯びた人々は虚ろな眼差しを輝かせ、一斉にして周囲の人間に襲い掛かったのだ。


「な、なんだ、これは!?」


 それは敵の死体も味方の死体も同様。

 動き出した死体達は近くの襲撃者達に闇雲に襲い掛かっている。

 その死体達は決して帝国兵には攻撃をしなかった。


 しかし。


「こいつは……!?」


 よくよく観察すれば分かる事だろう。

 それら死体達が、まるでジャックを補佐するように立ち上がり、スレッガーを狙って攻撃を繰り出している事が。


 その出鱈目な動きの中に、確かに感じる戦術的な意図。

 何者かに操られている。


「死霊魔術か?」


 冷静に目の前の光景を観察するスレッガー。


(この、感覚……どこかで覚えが……)


 思考を差し挟む余裕はない。

 彼は宝剣『アシュケロン』で迫り来る死体達を切り捨て始めた。




   ☆   ☆   ☆




「さぁ、奴を殺せ、我が下僕共よ」


 コルネアス城の自室から戦場を見下ろすオットーの手には、不気味な本が握られていた。

 邪悪な装飾を施された、闇の本。

 それは妖しく、どこまでも深い紫色の邪悪な輝きを放っている。


 『死神の儀典』


 これこそがメフィス帝国宰相の切り札たる魔法具。

 『死神の儀典』の存在、そして能力を現在知っているのは彼を除いてはレオナルドのみだ。


 帝国の古代大神官が残した遺物にして狂気の魔法具。

 この魔法具は、今となっては廃れ、忘れ去られつつある強力な死霊魔術を扱う事が出来る。

 死体はもちろんの事、例え相手が生きている人間であっても、意識を失っていれば、その四肢を操る事が可能だ。

 もちろん洗脳の類とは違い、あくまでも相手の肉体を動かすだけだが。

 それでも、この魔法具の力を用いて、オットーは今までにも様々な悪事を裏で行ってきた。


 己を邪魔立てする人間達は、漏れなく死神の儀典によって、この世を去っている。

 

「上将軍が3人居て……これだけの戦力を率いても、手こずるようでは……止むを得ん」


 オットー自身はそれほど高い戦闘能力を持っている訳ではない。

 また、この場所は結界の内側であり、本来であれば城の外へは十分な力は発揮できない。


「上手くやりたまえ」

「承知しました、宰相閣下」


 コルネアス城の外壁付近。

 そこには一人のレオナルド・チルドレンが居た。

 彼のゲートスキルの力は『中継』。

 魔力・魔術の効果を本来の場所とは別の場所に及ぼす力だ。


 この能力を用いることで、オットーの死神の儀典の力を結界外にも十分に発揮する事が出来る。

 やはりレオナルド・チルドレンは有用だ。

 単純な戦闘能力だけではなく、こういった得意スキル保持者が生まれる事もある。


「余り戦事は好きではないのだがな……」


 そんなぼやきを洩らすオットーの口角は、死神の儀典にも劣らぬ不気味さで吊り上がっていた。




   ☆   ☆   ☆




「ち、不味いか!?」


 マリンダは舌打ちを零す。

 死体が動き出した事によるものだろう。

 その戦力についてもそうだが、それ以上に兵士達の精神への動揺が余りにも大きかった。


 対するヒュルケとフランの両上将軍も驚きに目を見開いていた。


「これも……あの子供達の力なの?」

「それにしては、強力過ぎる……!」


 これほどの数の死体を同時に操るなど。

 ましてや今までのどの戦場でも。

 最前線で戦い抜いてきたこの二人であっても見た事の無い魔術だ。

 しかもどこから放たれているのか、それを探る事が出来ない。


 眼前の将軍達に隙有りと見たマリンダが猛然と拳を振りかぶったが、その行動を読んでいたのか、フランが見事に防いで見せた。


「ふん、そう来るとは思っていました」

「いけすかない女だな!」

「その言葉、そのままお返しします!」


 共に年齢は同じ程度だろう。

 妙齢の美女二人の叱声にも似た声が響いた。

 2本の短剣が鋭く突きつけられ、マリンダの喉元を襲う。

 しかし、当然、そう簡単にやられるマリンダではない。


「甘いと言っている!!」


 横合いから迫る、ヒュルケの槍撃。

 上半身を逸らし、半身の構えから踊る様に軸足を回転、そのまま槍の柄をガントレットで殴りつけ、勢いを殺す事無く大地を滑る。次の瞬間にはフランの懐に潜り込んでいた。

 それはまさに神速にして、極限まで研ぎ澄まされた体捌き。


「「っ……!?」」


 一瞬にして眼前で繰り広げられた人外の動きに、さしもの上将軍二人も言葉を失った。

 マリンダの狙いはフラン将軍だ。

 このまま彼女の拳がフラン将軍の脇腹に吸い込まれて――行く直前に、その間に割り込む様に死体が襲い掛かって来た。

 その死体は得体の知れない叫び声を上げながら、マリンダの拳の先に飛び込んでくる。

 勢いを止める事無くマリンダは拳を振るう。

 死体は苦もなく吹き飛ばしたが、フラン将軍には逃げられていた。


「ええい、邪魔な!!」


 両将軍に加え、レオナルド・チルドレンの支援、更には死体の邪魔立て。

 マリンダとしても、非常に戦いにくい布陣であった。


 と、その時。


「……別働隊は失敗したぞ、マリンダ=サザーランド」

「!」


 起き上がったその死体が声を発した。

 低く、掠れ、不気味で耳障りな声だ。


「貴様の目論見は読めている。このままではジリ貧だな。結局目的は果たす事も出来ずに、貴様はどうする?」


 マリンダの目的は陽動だ。

 つまり、本当にユリシア奪還組が失敗したというのならば、ここは退くべきかもしれない。

 いくらマリンダやスレッガーが一騎当千の猛者とはいえ、戦力差は明らかだ。

 例え我武者羅に突撃したとしても損耗は避けられず、敗北の可能性は高い。

 むしろ、これだけの戦力差がありながら、ここまで戦えているのが奇跡である。


 だが死体の襲撃という事態が、絶望的に戦局を変えようとしていた。

 帝国兵達にとっては不気味であっても敵ではないと分かっている。

 しかし動く死体との戦いを余儀なくされている襲撃組の消耗は激しい。


「……」

「くく、このような事になるのならば……囮などやらずに、貴様自身が出向けば良かったものを……」


 それは挑発だろう。

 だがそれはマリンダも考えた事だ。


 本当であれば。


 マリンダこそが親友を救いに行きたい。

 あのコルネアス城にユリシアが囚われているというのならば。

 真っ先に己が手で救い出したい、当然だ。


 だが、それでは相手に隙を生む事が出来ない。

 助け出す好機を作れない。

 だから、今、こうして敵の目を引く役目を果たすべく暴れている。


「あぁ……そうかもな」

「素直だな」

「まぁな……だが、まぁ……そうだな」


 マリンダ=サザーランドは聞いている。

 懐に仕舞い込んだ紅牙騎士団の象徴、紅の仮面から聞こえて来る報告の声を聞いていた。

 そしてニヤリと口元を歪め、例の厚顔不遜を絵に描いたような、敵対する人間の神経を逆撫でするような笑みを浮かべた。


「私でないとすれば……救い出すのはあの子達だろう」

「……なに?」


 そう。

 他の誰にユリシア奪還という大役を任せられるという。

 任せるならば、マリンダと同じくらいに……ユリシアを想い、彼女を救い出したい、と思っている様な人間でなければ、決してマリンダは譲らなかった。


「信頼出来るさ……あの子達はな」

「何を……言っている?」

「あのクソ忌々しいレオナルドに伝えろ」


 勝ち誇った笑みを浮かべて彼女は告げる。



「今回は……私達の勝ちだ」



 言葉と同時。

 怒号が響き、本日3度目の戦力投入が行われた。

 やって来た集団は皆、最近になって身に纏うようになった騎士服を脱ぎ捨て、ロスト・タウンのならず者達にも劣らぬ軽装で戦場に飛び込んでくる。


 旗こそ掲げていない、名乗りもしない。

 しかし彼らこそ隣国の若き騎士姫の意志の代弁者。

 紅牙にも匹敵する精強果敢な騎士の一団。


「まさ、か…………!?」


 オットーの驚愕を無視して、その集団は怯んだ帝国兵の陣に向かって駆け出した。




   ☆   ☆   ☆




 仄暗いコルネアス城の地下。

 外の喧騒など聞こえる筈もなく、ユリシアは一人牢屋の中で天井を見つめていた。


「……」


 何者かが階段を降りて来る気配を感じ、彼女は視線をそちらへと向ける。

 ここの所、どういう訳かハインリヒがユリシアの元を訪れる事は、ほとんどなくなった。

 それが原因かは不明だが、食事の配給も極端に少なくなっている。

 ここ数日で随分と衰弱しているのをユリシアは如実に感じていた。


(あの贅沢も……ハインリヒ皇帝の温情だったのかもしれない)


 囚人の身でありながら、毎日3食の食事は十分過ぎるほどに贅沢だったのだろう。

 それでも未だに瞳には強い光が宿っている。

 だが肉体の方は早々簡単に言う事を聞いてはくれなかった。


 一体やって来たのは何者か。

 彼女の視界の先には、二人の少女の姿が在った。


「……ぇ?」


 その二人を。

 ユリシアは知っていた。

 知っている、なんてものではない。


 だって、二人は――。


「うぇ、ウェンディ……?」

 

 隠れるように、こそこそと歩いて来たのはウェンディとエトナの二人組だ。

 愛すべきファウグストス家の使用人であり家族。


 どうやら向こうの二人もユリシアの姿に気が付いたらしい。


「ユリシア様っ!!」


 二人は一目散にこちらに駆け出して来た。


「なん……どうして、二人が……?」

「助けに来たに決まってるじゃないですか!」


 その眦に涙を浮かべ、二人は感極まりながらも小声で告げる。


「急いで下さい!」

「で、でもどうやって……」


 この地下通路の入り口には常にレオナルド・チルドレンが侍っていた筈だ。

 いや、そもそもどうやってコルネアス城に忍び込めたのか。


「秘密の抜け道を使って来たんです」


 ユリシアの拘束具を外しながらエトナが言う。


「ひ、秘密の抜け道、って……」


 それを野放しにしていた、というのか?

 あのレオナルドが?


「なんでもゾルダート家の人間しか知らない道だったみたいです。結界の類も無くて……」

「ゾルダート家?」


 何故この二人がゾルダート家の秘密の抜け道を知っているのか。


「この通路ならば宰相すらも知らないだろう、って」

「皆が私達の為に囮になってくれています」


 マリンダも。

 ディルも。

 紅牙騎士団の面々も。

 あの戦場では、ロスト・タウンの猛者共を引き連れたスレッガーが。

 カナリアの助力によって天馬騎士団が。


 皆が、この瞬間、ユリシアを救い出す為の囮になってくれている。

 故に失敗など出来ない。


「お願い、外れて……!」


 エンジ=ドルトリンから手渡された、帝国囚人の手錠を解除する為の鍵をウェンディが鍵穴に差し込んだ。


「外れた……!」


 ウェンディの言葉と同時。

 ユリシアの肉体には封印されていた魔力が満ちた。

 だが、衰弱しきった肉体は言う事を聞かずに、立ち上がろうとした彼女の足元がふらつく。


「あ……っ」

「て、手をっ」

「あぁ、ごめんねエトナ」

「何を! ユリシア様が謝る必要などございません!」


 両脇からユリシアを支えたウェンディとエトナが地下通路の入り口まで駆けると、そこには倒れ伏すレオナルド・チルドレンが居た。彼女がここの番兵だったのだろう。

 

 だが。


 そのすぐ傍で。


 油断なく周囲を警戒する少女が居た。

 彼女はユリシア達の姿を確認すると、その身の丈には不釣り合いに思える巨大な斧を肩に担ぎ、特徴的な八重歯を煌めかせて微笑んだ。


「よし、さっさと脱出するよ」


 赤毛を靡かせた、スレイプニル――否、天馬騎士団の副長キサラが先導を務め、コルネアス城からの脱出劇が始まる。






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