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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第6章 運命の一日
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第二百六話 それぞれの想い

 

「どうして、貴様が……!!」


 憤怒の表情を浮かべるジョナサンを冷めた目付きでイゾルデは見つめ返す。


「お前が私の愛し子達の邪魔をするからでしょう?」

「なんだと……?」


 これだけ大々的にレオナルドは情報を故意にばら撒いていた。

 当然それは敵の注意を引き付ける為の罠だ。


 しかし、それによってイゾルデですら、容易に情報を掴む事が出来た。


 『メフィル=ファウグストス』の結婚が行われる、と。


 あの日、あの時、ファウグストスの屋敷で話した美しきゾフィーの主人。

 彼女もまた、純粋で綺麗な心を持った少女だった。

 もう一度会って、一度話しをしてみたい、と。

 そう願える人物だった。


 メフィルの結婚、と聞き駆け付けた先。

 そこでは、戦闘が繰り広げられていた。

 その上、その戦いの中心に居たのは、他ならぬルーク=サザーランドだった。


 イゾルデは自分の最愛の少年が傷だらけで大聖堂に向かおうとしているのに気付いた。

 あの先ではメフィル=ファウグストスの結婚が行われるのだと言う。

 ならば、ゾフィーはそれを阻止したいのだろう。

 何分、急な話だ、メフィルも結婚を望んでいるとは考えにくい。

 何よりも必死な彼の表情を見て自然と体は動いていた。


 つまり。


「貴様らは……ゾフィーとメフィルを害する……」


 目の前の獣は、ゾフィーの行く手を塞ぐ邪魔者に相違ないだろう。


 彼らはメフィルに不幸を齎すだろう。

 ゾフィーに悲しみを齎すだろう。

 少年少女達の美しい魂に傷跡を残すだろう。



 それは断じて――許される事では無い。



「貴様の様な……!!」


 美しい声色、しかし怒気と殺意を混ぜ込んだ言葉が放たれた。

 魂を視る。

 ジョナサンの魂の色を。

 黒く禍々しく、その不気味な獣姿に相応しい。

 それは、今までにも幾度となく見て来た醜い景色。



「貴様の様な薄汚れた屑共が……!! この子達を傷付けることは許されない……っ!!」



 イゾルデの全身から黒き輝きが溢れだし、無数の黒腕が生まれた。

 たちまちにして臨戦態勢を取るジョナサンを視界に入れつつ、彼女は叫ぶ。


「ゾフィー! 行きなさい!」

「イゾルデ……?」


 未だにルークには目の前の光景が信じられなかった。

 

(イゾルデが……助けに来てくれた?)


 そうとしか考えられない状況。

 困惑するルークを叱咤するようにイゾルデは告げる。


「急いで、ゾフィー!」


 イゾルデの黒腕を薙ぎ払い、弾き飛ばし、ジョナサンは戦場を駆け抜けている。


「はっはぁっ! 貴様もこの場で殺してやるぞ、魔女!!」

「黙れ」


 そう短く一言。

 言葉を零した次の瞬間には、イゾルデの手の平から禍々しい渦が生まれ出で、それらが彼女に迫り来るジョナサンの尾を弾く。

 間髪入れずに反撃の黒腕がジョナサンの翼をへし折らんばかりの勢いで射出。

 かろうじて回避したものの、さしものジョナサンも顔色を変えて、後ずさった。


 だがそれしきのことではジョナサンは怯まない。

 顔に更なる狂気の笑みを浮かべた彼は、深い鈍色の魔力を更に瞬かせ、翼で全身を包み込んだ。

 ぐるぐると回転しながら、ジョナサンはまるで繭の如き塊へと変貌していく。


 良からぬ気配を感じたイゾルデは、ゾフィーに優しい口調で言った。



「メフィルを助けるのでしょう?」



 それはイゾルデには似つかわしくない。

 慈母の如き声色だった。


「っ」

「早く行きなさい。私が……」


 かつて。


(そう、私が……)


 かつて、カリメロをこの手に抱いていた時。

 あの頃、イゾルデはこう思っていた。

 あの時と同じ感情が全身を巡っている。


 己の魂が望んでいる。



「私が貴方を護るから」



 それはルークが初めて見る。

 イゾルデの優しい笑顔だった。



(私が……二人の活路を開く)



 そう決意し、イゾルデが再度ジョナサンに飛びかかろうとした時には、ルークは既に立ち上がっていた。

 話したい事は山のようにあれど、状況がそれを許さない。


 だから。


 今この時の気持ちをたった一言。



「ありがとう、イゾルデ」



 頼りになる『友達』に感謝の言葉を捧げ、ルークは大聖堂に向けて走り出した。




   ☆   ☆   ☆




「……」


 自分の顔色の悪さは自覚している。

 何故ならば目の前の鏡にしっかりと映っているのだから。

 化粧ですら誤魔化せていない蒼白な表情はいっそ滑稽であった。


 式場に詰めかけているのは、誰も彼もが知らない人達だ。

 女性も男性も、全く面識の無い人達が、何故か私を祝う為に訪れているという。


 どれだけ姿を着飾ろうとも心までは着飾れない。



 きっと――ルノワールが助けに来てくれる。



 そう信じ、彼女に想いを託し、震える手の平を必死に抑え付け、私は瞳を閉じていた。


「時間だよ、メフィル」


 慣れ慣れしく私の名前を呼ぶレーガン=アンダーソン。

 だらしない風体の彼がタキシードを身に纏っている。

 仕立ての良い最上級の紳士服はなるほど、とても素晴らしい。


 しかし着ている人物がこの男では……。

 馬子にも衣装、そんな言葉が相応しい。


 もう一度鏡を見る。


「……」


 自然と。

 我慢していた感情が溢れ出しそうだった。


 どうして今、私は着たくも無いウェディングドレスを身に纏っているのだろうか。

 何のために、私は着飾っているのだろうか。



『いつかメフィルにも素敵な人が現れるわよ』



 そんな風に。

 お母様が言っていた言葉を思い出す。

 お母様はお父様の事を誰よりも愛していた。

 死して尚、他の男性には目移りする事無く、唯一人、父だけを愛していた。


 そんな両親が誇りでもあり、羨ましくも在った。

 自分は愛し合う二人の元に生まれたのだ、と。

 子供の頃は、そんな些細な事が嬉しかったものだ。


(お母様でも……間違った事を言う事もあるのかな……)


 残念ながら私の前に王子様は現れなかった。

 敬愛する母に対してこんな事を想うなんて。

 でも、私の結婚相手は、どう考えても素敵な人には思えない。


 出会ったばかり、互いの事を碌に知りもしない。

 そんな人と結婚式を上げようとしている己の境遇。


 頭の中は常に目まぐるしく、答えの出ない、何も解決など導けない益体も無い考えばかりが木霊していた。


「ほら、メフィル」


 そう言って手を差し伸べて来る男。

 その手を取る事すら嫌で。


「いい加減、変な抵抗をするな!」

「あっ、痛っ」


 無理矢理に手を掴まれ、私はレーガンの隣に並ばされた。

 思わず彼を睨んだが、肩を竦めて彼は言う。


「おかしな真似をするなよ。言っておくが、レオナルド様の配下が何人も式場にはいるんだからな」


 そんな事は知っている。


「それにお前の母親もどうなるか……」


 下卑た笑顔を浮かべるレーガン。

 心底からの嫌悪を抱いたが、それでも両脇に控えるレオナルド・チルドレンが無理矢理に私の背を押した。


「ふひひ、喜べ、お前のバージン・ロードだ」


 そうして扉は開かれた。




   ☆   ☆   ☆




 小さな教会とは違い、そこはとても美しいステンドグラスが映えた大きな大聖堂だ。

 大理石の床に敷かれた赤い絨毯が足元を照らし、神父様の待つ場所へと続いている。


 一歩、また一歩と足を進める内に私の中の恐怖は大きくなった。


 誰もが物珍しそうにこちらを見ている。

 奇異の視線だろう。

 

 異国の教会、異国の貴族達に囲まれた私は委縮しつつ、顔を下げ、レーガンの薄汚い手に引かれるままに歩き続けた。


 やがて、神父様の目前まで辿り着く。

 蒼褪めた表情のまま、私は神父様の言葉を聞いていた。

 耳から耳へと流れていく誓約の文言など頭の中には何一つとして残らなかった。


 心の中を埋め尽くすのは愛すべきミストリア王国。

 そしてそこに住まう人々だった。

 学院の友人達、家族同然の使用人達。

 気心知れた幼馴染にアゲハの街で生きる職人達。


 そしてお母様と……ルノワール。


 今この場には――誰も居ない。


(ルノワール……)


 馬車で連れ去られたあの時。

 必ず助けに行くからと誓ってくれたあの子は来なかった。


「汝、永遠に愛する事を誓いますか?」


 神父様の言葉に肩が震えた。


「誓います」


 迷いなくレーガンが答え、次に神父様は私を見た。


「……」


 心臓が早鐘を打ち、胸が痛い程に苦しかった。


「ではメフィル……貴方はレーガンを生涯の伴侶として永遠に愛する事を誓いますか?」

「……」


 言葉は出ない。


「……」


 出てくる筈が無い。


 私がいつまでも黙っていると、周囲からは嘲笑に似た笑い声が聞こえてきた。

 やがて苛立った様子のレーガンが私に詰め寄ろうとする。


「おい、メフィルっ」

「い……」


 嫌だ。

 誓いたくない。

 当然だ。

 だって……私はこの人を愛してなどいない。



 『メフィルお嬢様』



 頭の中に思い出されるのは美しい笑顔。

 優しい声と温かな手の平。


「私は……っ」


 例え偽りの宣誓であったとしても。

 それでも、私は……。


「私は……!!」


 視界が滲む。

 決して零すまい、と誓っていた涙が眦に溜めこまれていった。



「私は貴方を……愛してなどいない!!」



 私が叫ぶと、困惑した神父様の眼前でレーガンは忽ち激昂した。


「おい、メフィル! いい加減に……っ!」


 そうだ。

 嘘なんか吐けない。

 

 だって……私は……!


「ここまできて、今更それか! 往生際の悪い女め! 今度という今度は許さ……っ!!」



 その時――大聖堂内に激震が走った。



「っ!?」

「! くそ、何事だ!!」


 レーガンが周囲の衛兵に確認するように叫んだ直後。


「……ぇ?」


 ゆっくりと大聖堂の大扉が開いていく。


「おい、誰だ! 勝手に人を入れるな!」


 尚も喚くレーガンの傍ら。

 私は突然の侵入者をじっと見つめていた。


 それは真っ黒な髪に透き通った瞳をした一人の少年だった。


 見た事は無い。

 会った事も無い。

 知らない少年、その筈だ。


 でも。

 だけど。


 涙で滲む眼差しを彼に向けた時。


「……ぇ?」


 その人は、私の大好きな従者と同じような優しい顔で微笑んだ。






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