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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第4章 内乱
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第百六十二話 ゴーシュ=オーガスタス

 

 己の手を離れた審判の剣が天上に突き刺さっている。

 

(負けたか……)


 敗北。

 やはり自分には分不相応だったのか。

 余りにも高い天井を見上げながら、敗れた事実を心に刻みつけた。


「……」


 おぼろげな視界の端に紅の美女が立っていた。

 その隣にはミストリア王国が誇る偉大なる公爵の姿が在る。


 容姿に優れた二人組は成人を迎える頃には既にミストリア王国の華であり傑物だった。

 人並ならぬ才覚に加え、まるで子供の様な正義感を持ちながらも、目的を達する為の術は非常に洗練された大人そのもの。

 まさしく時代が望んだ英雄だったのだろう。


 ユリシアは私を見下ろしながら尋ねる。

 彼女は勝ち誇るでもなく、地に伏せている私に対しても配慮を示す言動で告げた。


「もう一つだけ……聞いてもいいかしら?」

「……」

「貴方はどうやって……審判の剣の封印を解いたの?」


 あの宝剣はミストリアの王族、すなわち大賢者カーマインの血族以外には扱う事が出来ない。

 その血族認証は剣自身が持つ力と同じように非常に強力である。

 祈りの祭壇に代表される様に、古今東西の技術を持ってしても、未だにカーマインの血族認証術式が解除された事は無い。


「……」


 私が黙したまま天井を見上げているとマリンダが言った。


「別に封印を解いた訳では無いんだろう」

「え?」


 首を傾げるユリシアに構う事無く、紅の女は続ける。



「ゴーシュは……そいつは本当に、ミストリア王族の血を継いでいるんだよ」



 静かに彼女はそう言った。


「えっ!?」


 目を見開き驚くユリシア。

 カナリア王女を始め、その場に居た他の面々は一様に驚愕の表情で口元に手をやっていた。

 コノハですら例外ではない。


「……違うか?」


 確認するようにマリンダは私に尋ねる。


「どうして……分かった?」

「最初は唯の私の勘だった。だが状況を鑑みるに少し気になってな。貴様の事を色々と調べたんだ。すると……お前が出生した時期から遡って考えると……おかしな事実が浮上した。それに加えて今回の一件、審判の剣との関係性……辻褄が合う事が多くてな」

「……」

「貴様の母親が妊娠したであろう、あの時期、貴様の父親は別件で忙しく、屋敷には長らく帰って居なかった筈だ」


 マリンダが言うと再度ユリシアが首を傾げた。

 ユリシアは現在の私の状況には目を光らせていたようであるが、どうやら過去への詮索などはしていなかったらしい。

 詰めが甘いな、と思う反面、ユリシアの不足分を補う親友が傍に居る事に僅かながらの羨望を覚えた。


「別件って?」

「税金搾取だ」

「は……?」


 呆けた様な顔のユリシア。


 しかし事実なのだから、私としては笑う気にもなれなかった。


「当時のこいつの父親は美術のコレクションに躍起になっていたそうだ。そんな折に、西方から有名な美術商が古今東西の様々な珍妙な美術品を持ってアゲハへとやって来た。どうしてもコレクションを増やしたかった当時のオーガスタス当主は領民達から半ば強制的に凄まじい額の税金を撒き上げるために、領内を奔走していたのさ」

「なに、それ……」

「こいつの言う腐った貴族そのものだろう? 己の欲望を満たす為に、民を苦しめる悪漢共の一人だ」


 私は黙って話を聞いていた。

 今の所……マリンダの話に間違いは無かった。


「だが夫が夫ならば、妻も妻だ。ゴーシュの母親は旦那がアゲハの街をしばらく留守にしていた間に、屋敷を訪れたミストリア国王と懇意にしていた。当時の国王陛下……つまりラージ国王の父親だな。そいつは長らく屋敷に滞在していたらしい。二人で何をしていたか。まぁ……意味は分かるな?」

「じゃあ……」

「そう。恐らくそうして生まれたのがゴーシュだ。ちなみに当時のミストリア国王にも正妻はいたし、妾もいた。全てを承知で公爵家の夫人と仲良くしていた訳だ。とはいえ、子供が出来たからといって醜聞を作る訳にもいかず、ゴーシュはオーガスタスの嫡子ということになった」

「……よくぞ調べ上げたものだ」


 我欲のために民を利用する父親。

 不義理を働いて夫を裏切る母親。

 国のトップという立場にありながら自堕落な生活を送る国王。


「……」


 物心がつく様になった頃には違和感を感じ始めていた。

 父親と自分との間にまるで接点を見つけられなかった事。

 母親が自分に向ける恐れる様な眼差し、余所余所しい態度。


 時折、無性に考えてしまう事があった。

 この人達は本当に自分の親なのか、と。

 

 たまに王宮に向かうと、王族の人々を見ることがあった。

 その姿を見る度に私の心の中に言い知れぬ苛立ちのような感情が沸き起こった事を覚えている。


 当時の国王はどういう訳か、私に対して他の貴族には見せぬほどの優しさを見せた。

 理由は良く分からなかった。

 ともかく気に入られていて不都合が在る訳ではない。

 多少の不自然さを感じてはいても、それが決定的なものになることはなかった。


 ――あの日までは。




   ☆   ☆   ☆




 以前、国王陛下の特別の御厚意で入る事を許された『祈りの間』。

 そこにはミストリア王国の秘宝である『審判の剣』が眠っている。

 この場所は王族しか立ち入ることの出来ない場所だ。

 そのような結界が張ってあると聞いていた。


「何故……?」


 しかし何故か。

 私の手は結界をすり抜けている。

 再び、あの宝剣を見たいと考え、何気ない思いでやって来た私は混乱した。


「結界は……働いている」


 それぐらいは分かる。

 おかしな部分は無い様に思えた。

 だが実際に私は王族しか立ち入る事の出来ないカーマインの血族認証を潜り抜けている。


「まさか……いや、しかし……」


 突拍子もない考えではあったが、一つの疑念を抱いた私はルーディットの祈りの祭壇にも足を運んだ。


 もしかしたら。

 いや、そんな馬鹿な。


 そんな相反する感情を抱えたまま、私は祈りの祭壇に足を踏み入れていた。

 いとも容易く。

 王族のみが立ち入れる秘奥に簡単に手の届く位置に居たのだ。


「……」


 私はオーガスタス家の嫡子では無い事を理解した。

 それと同時に様々な事が腑に落ちていた。

 父の事、母の事、そして愚鈍な王族達に対する得も言えない苛立ち。


 それら全てが繋がった気がした。

 元々貴族が嫌いだった。

 別に平民を蔑ろにするから嫌いな訳ではない。

 彼らの生きる意味が分からなかったのだ。

 ただ消費し、自堕落に生きるだけの彼らを理解する事が出来なかった。


 一度だけ帝国にも足を運んだ事が在る。

 あちらの上級貴族達はミストリア程には腐ってはいない様に見えた。

 それはそれだけの豊かさに恵まれていないからかもしれない。

 ミストリア程には強い国では無い為、必死に日々を生きる必要があるからかもしれない。

 

 私は毎日毎日、王侯貴族の生き様を目撃し、その度に心の奥底で何かが叫び声をあげている様な気がしていた。


 やがて前国王が死んだ。

 そして後を追うかの如く、父も母も病に伏せ、消えていった。

 彼らは一体世の中の何に貢献したというのだろうか。

 何に名を刻んだというのだろうか。

 人々を苦しめるだけ苦しめ、自堕落に生きるだけの彼らに一体何の価値が在ったのだろうか。

 最後まで私の事を実の息子だと思い込んでいた父は滑稽であった。

 最後まで私に真実を知られていないと思い込んでいた母は蒙昧であった。


「……」


 もはや己を縛る物は何も無い。

 既にオーガスタス家の当主は私だ。

 オーガスタスの血脈などは既に絶えていたが、それでも当主は私だ。


 一人考え、そしてある結論に唐突に辿り着いた。


「そうだ」


 何かを成し遂げよう。

 私は現在は公爵の地位にいるが、本来は国を導いていく王だ。

 王には国を動かす権利と責務があるのではないか。

 王位を引き継いだラージ国王は多分に漏れず無能な王だった。

 

「……やってみよう」


 特にそれ以外に、何かやりたい事などは無かった。

 ならば短い人生を捧げるのも一興だろう。

 私の願っていた事は唯一つ。


 醜い王侯貴族を排除する。

 その為に何を犠牲にしようと構わない。


 しかし動かねば……どうにかなってしまいそうだった。

 己の心に巣食う魔物に抗う事が出来なかった。


 結局は利己的な願いなのだろう。

 嫌いな物をこの世から消したい。

 ただそれだけだ。


 その願いのために私は歩き始めた。




   ☆   ☆   ☆




「……お前は王国を恨んでいたのか?」


 マリンダの問いかけ。


「恨んでいた、か。さて……」


 親が嫌いだったのは間違いが無い。

 かといって民の為に、等という殊勝さも微塵も無かった。

 そのような慈悲があれば、自国民を生贄に捧げたりはすまい。


「今となっては……分からん」


 何かもが空虚だった。


「……お前の王位は剥奪させてもらう」

「ふふ、私以外に相応しい人間が居るのか?」


 ゴーシュは嘲る様に笑ったが、対するマリンダはしっかりと頷いた。


「ああ……いるさ」


 そう言ってマリンダは天上に突き刺さった審判の剣を抜き取ると、静かに大地に突き刺した。


「王は剣が決めるのではない。人が決めるのだ」

「……そうか」

「たとえ剣に王を決めるだけの力があったのだとしても……お前より相応しい人間は居る」


 そう言って彼女はそっと背後に目を向ける。


 そこには状況を見守っていた一人の王女の姿が在った。

 ゴーシュの企てに巻き込まれ、誰よりも傷付きながらも、一歩を踏み出すことに成功した大いなる大器。


「くくっ」


 この状況でゴーシュを打倒する事が出来たのも偏に彼女の存在あってこそだろう。

 ゴーシュに代わる人間がいなければ結局王国は混乱する。

 ユリシアが必死に動こうとも国民達の心の安寧は早々に訪れない。


 必要なのだ。

 民の心を纏め上げるだけの象徴が。


「一つだけ、我儘を言わせてもらっても良いか?」


 この後に及んで。

 恥を忍んでゴーシュは尋ねた。


 それはユリシアに対しての言葉ではない。

 その背後にいる、カナリア=グリモワール=ミストリア、そしてテオ=セントールに向けた言葉だった。


「コノハを頼む」

「っ! お父、様……?」


 血の繋がりの無い偽りの親子。

 だが、それでもゴーシュは自分の両親のようにはならないと心に決めていた。

 都合良く洗脳しただけだと罵られようとも。

 シズクとコノハの事は本心から愛していた。


 だから。

 

「私が無理矢理に従わせていただけで、彼女に罪は無い」


 涙を零し、父親の傍で蹲る小さな少女。

 それらを見つめながらカナリアは力強い口調で告げた。


「必ず。お約束いたします」


 例えユリシアが反対したとしても。

 カナリアの決意は微塵も揺らがないだろう。


「……感謝する」


 最後にゴーシュは一人妄想に耽った。


(もしも……)


 もっと若い頃に。

 己が道を誤る前に。


(彼女達に出会えていたら……)


 そんな有り得なかった愚かな幻を一瞬だけ思い浮かべ――力を使い果たしたゴーシュはゆっくりと瞳を閉じた。




   ☆   ☆   ☆




 玉座の間の扉が乱暴に開かれる。


「団長っ!!」


 慌てた様子で駆けて来たディル=ポーターは短く一言報告をした。


「ルノワールからの連絡が来ました!!」


 その言葉を聞いて、他の面々も全員が一斉に彼を見た。


「来たのね……?」


 ユリシアが短く一言確認するように問いかけるとディルは頷いた。


「先に行け、ユリシア。私は宝剣の封印を施してから向かう」

「遅れないでよね」

「あぁ。任せたぞ」


 次の瞬間、ユリシア=ファウグストスは玉座の間から姿を消した。





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