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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第1章 公爵家の事情
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第十六話 vs. ユリシア=ファウグストス

 

 迫り来る閃光。

 僕は条件反射の如く、結界を展開させた。

 ユリシア様が放った魔力光線は僕の眼前で弾けて消える。


(え、え~と……?)


 いきなりの攻撃ではあったが、大した威力ではない。

 例え直撃していたとしても大事には至らないだろう。


 とはいえ。


「ゆ、ユリシア様?」


 戸惑う僕を尻目に「やっぱり簡単に防いじゃうわよねぇ」と呟くユリシア様はいつになく真剣な目つきをしていた。


「いやさ、わたしもさ。マリンダと違って訓練とかしてないのよね」

「は、はぁ……」


 突然何の話だろうか?


「戦場に立つ機会もほとんど無いし。色々面白い使い道あると思ってたゴーレムもルノワールにはあっさりやられちゃうし」


 僕はぼんやりと、公爵家の当主自らが戦場に立つのはあんまり良くないんじゃないかなぁ、と思った。

 

「とはいえ……もしかしたら今後は危険な目に遭うこともあるかもしれないわけじゃない?」

「それは……」


 事実である以上、否定する事など出来ない。

 曖昧な返事をする僕を見ながら彼女は言った。


「そうなった時のためにも適度な訓練は必要だと思うのよね」


 ユリシア様の視線が真っ直ぐに僕の瞳を射抜く。


「確かにそうかもしれませんが……」

「わたしを殺さない保証がありながら、わたしが本気を出しても倒せない相手」


 彼女は強い意志を乗せた瞳を僅かも逸らすことなく、僕を見つめ、ゆっくりと呟いた。


「そんなの貴女とマリンダくらいだからねぇ。考えてみると訓練の相手としては申し分ない条件よね?」


 可愛らしく小首を傾げ微笑むユリシア様。

 しかし次の瞬間には、その美しい笑顔は鳴りを潜めていた。


 そして。

 いつもとは違い、有無を言わさぬ口調で彼女はビロウガさんに命じた。


「一応実験場にも結界は張ってあるけど、万が一ってこともあるわ。メフィル達に被害が及ばないようにして頂戴」


 ユリシア様の言葉には平時とは違い、どこか重さが含まれている。

 公爵家当主に相応しい威厳がその声には在った。


「……畏まりました」


 恭しく一礼。

 そのまま優雅にビロウガさんが実験場を出ていき、僕はユリシア様と向き合った。

 二人きりになると、彼女は少しだけ申し訳なさそうな顔で僕に問いかける。


「疲れちゃってる?」

「まぁ多少は……」


 僕が正直に答えると、ユリシア様は楽しそうに笑った。


「ビロウガを相手に多少、ねぇ」


 彼女がその端正な顔に浮かべているのは、いつもと同じ少女のような可憐な笑顔だ。


 しかし。


「……久しぶりよ?」



 微笑むユリシア様の纏う雰囲気が――一変した。



「わたしが本気で魔術使うなんて。昔マリンダと喧嘩した時と……戦場でくらいかしらね」


 両腕の毛が泡立つ。

 ひしひしと肌に伝わるこの緊張感。

 目の前の女性から感じる強大な魔力の波動。

 

 そのプレッシャーは先のビロウガさんを遥かに凌駕し、僕の本能が警鐘を鳴らした。

 まるで全身の細胞がざわめいているようだ。


「……それはそうでしょう」


 油断なく構えつつ僕は答えた。

 ユリシア様が本気で魔術を毎日のように使っていたら、それはもはや災害以外のなにものでもない。

 彼女は唯の温室育ちの貴族ではないのだ。

 貴族社会という魔境を生き抜き、戦場という修羅場を経験してきた、才気溢れる天才魔術師。

 ミストリア王国が認める王国最高の魔術師の一人なのだ。

 

「ふふっ。本気でやっても貴女なら死なないでしょうし、ね」

「いや状況次第では死んでしまいますよ?」


 僕の発言はどこ吹く風といった様子で彼女は言った。


「いくわよ?」


 ユリシア様のトーガが桜色に光り輝き、それに合わせて僕も全身の魔力を迸らせる。

 向き合うこと数秒。


「すぅ……」


 ユリシア様がゆっくりと息を吐き――、


「いつでも構いません」



 ――本日第2ラウンドが開始した。




   ☆   ☆   ☆




 衝撃と轟音。

 僕の視界を眩いばかりの蒼き閃光が埋め尽くした。

 言葉通りの意味で縦横無尽。

 あらゆる角度から凄まじい量の魔力光線が襲いかかってくる。

 外から実験場内を見ているメフィルお嬢様達からすれば、実験場全体が突如魔力光で覆われたのかと錯覚するだろうほどの光の乱舞。


 もちろん一つ一つの魔力光が大きな力を秘めている。

 とはいえ致命傷を負うほどではない。

 この蒼い魔力光線は瞬時結界でも十分に防ぐことが出来るレベルだった。


 問題はもう一つ。


「くっ……!?」


 防御の間隙に潜り込み。

 僕の身体を貫かんばかりの速度と威力を伴った赤き光が奔る。


(かすった……っ!)


 トーガに守られているはずのメイド服の端が千切れ飛んだ。


 蒼い光に混じって鋭く切り込んでくる赤い魔力光線。

 こちらが厄介だった。

 蒼い光ほどの数は無いが、時折光の乱舞に混じって僕を狙ってくる。

 

 ユリシア様の得意とする攻撃方法。

 それぞれその技の見た目通り『蒼光』、『赤光』と呼ばれている。


 蒼光とは。

 ユリシア様ほどの魔術展開速度と魔力量があればこそ可能となる、無数の蒼き光の嵐。

 主に広域殲滅用に用いられる攻撃魔術だが、それは個人戦でも十分に有用だ。

 その熾烈な光の乱舞は、まさに攻防一体。

 赤光ほどの威力がないとはいえ、トーガだけで完全に防ぎ切れるほど手ぬるくはない。まともに全てを受けていたらたちまち、こちらは消耗してしまうだろう。

 しかも蒼光は例え回避されたとしても消え去るわけではない。

 方向を操り、しっかりと再び対象を狙って追尾してくるのだ。

 

 そして赤光。

 こちらはユリシア様も瞬時に展開することこそ出来ないが、その威力は蒼光の比ではない。

 トーガなど簡単に貫通するのは当然として、瞬時結界を張っても木っ端微塵にされてしまう。

 蒼光のように自由自在に方向を操れるわけではなく、どうしても直線的な軌道になってしまうが、威力が桁違いだ。

 故に回避か、襲いかかってくるタイミングを見極めて強力な結界を展開するしかない。 


 だがそれが難しい。


 この魔力光の嵐の中を抜けて。 

 これだけの蒼光の乱舞の中で、赤光にも対処せねばならない。

 ビロウガさんとの模擬戦で使用した魔力渦のように局所的な防御手段は全く役に立たないだろう。


 僕は現在空中に無数の結界を利用した足場を形成し、空を舞っている。

 宙に浮いていないと、地面の下からの攻撃に対処しにくいからだ。


 彼女に本気で勝とうとするならば、近距離で一気にケリをつける方が堅実だ。

 ミストリア王国内でも、こと遠距離魔術戦闘においては右に出る者無し、とまで言われているユリシア様の光の乱舞は生半可なことでは突破出来ない。

 そもそも近づくことすら出来ないのだから。


(……よし!)


 全身にグッと力を込める。

 蒼光の嵐を躱し、あるいは瞬時結界とトーガで耐えつつ、僕は先ほどから少しずつ組み上げていた魔術を一気に展開した。


「ふっ!」


 前方に出現したのは巨大な結界だ。

 前面から襲いかかってくる全ての蒼光を容易く弾き飛ばし、さらには赤光ですらも一発程度では貫通させることは出来なかった。

 迅速に、可能な限りの強度を込めた。


 そしてそれを。


「いっけぇっ!!」


 思い切りユリシア様目掛けて押し出した。

 それは蒼光に勝るとも劣らない速度でユリシア様に向かって飛んでいく。

 途中で赤光の連打によって結界が傷ついたが、それでも十分に勢いはある。

 トーガは当然のこととして、あれほどの結界を弾こうと思えば、かなりの障壁を展開させる必要があるはずだ。

 例え防がれるにしても、彼女にも隙が生じるだろう。


 ユリシア様の眼前に迫る結界。


 しかし。

 

 僕が押し出した結界がユリシア様に直撃する直前。


「ふふっ」



 小さな微笑みと共に――彼女の姿が消えた。 



「っ!?」


 僕の放った結界は虚しく実験場の地面を叩き、甲高い音を撒き散らしながら霧散していく。


(消えた……っ! まずい!)


 ユリシア様の姿は、僕の動体視力では捉えることが出来なかった。

 魔力を探ろうにも、依然として実験場内にはユリシア様の蒼光の嵐が吹き荒れていて索敵不可。捕捉する事が出来ない。


 視線を周囲に巡らし、顔を動かした。


 直後。


 背筋にゾクリときた。


 本能が危険だと叫んでいる。


(後ろ……っ!?)


 おそらく背後。

 確証は無い。

 だが確認している暇もない。


 もはや直感を信じる他ない状況だ。


 僕は自身を中心に全方位結界を展開した。

 出来うる限り素早く、そして強靭な結界だ。

 とりわけ背後に力を込めた。

 同時に僕は身を逸らす。


「おっとっ!?」


 声はやはり後ろから聞こえた。


 そして僕が展開した結界が何かを弾き粉々に消え去る。結界を吹き飛ばした魔力の塊が僕の脇を通り抜けていった。

 発光の様子と手応えから察するに赤光。


(危ない)


 危うく赤光の直撃を受けるところだった。


 僕が背後を振り向いた先には当然の様にユリシア様の姿が在る。


「そう甘くはないか」


 その全身はトーガとは別種の緑色の光で覆われていた。

 そして僕が反撃の構えを取る間もなく、再び僕の視界から消えてしまう。

 その速度はとてもではないが肉眼で追えるものではなかった。


 もう一つのユリシア様の魔術。


 『閃光』だ。

 自分が放つ光に自分の身体を乗せることで超速度で移動する魔術。

 リスクはある。

 まず閃光を発動している最中に思考速度まで速くなるわけではない。

 故に思考が自身の移動速度についていけない。

 つまり自分が現在どこにいるのかを完全に把握することが出来ないのだ。


 そしてもう一つ。

 超速度で射出する魔力光線に自分の肉体を載せているが故に、魔術発動中は彼女自身にも少なくないダメージが入る。閃光中はトーガを纏えないからだ。

 トーガを身に纏ってしまうと、閃光と干渉しあうため、十分な出力を保つことが出来ない。

 

 諸刃の魔術ではある。

 しかし相対する立場としてはこれほど厄介なこともない。


 怒涛の光の乱舞を掻い潜ったとしても。

 遠距離から超火力で攻めようとしても。

 閃光で回避されてしまっては彼女に触れることすら出来ないのだから。


 蒼光。

 赤光。

 閃光。

 基本的にユリシア様が戦闘で使用する魔術はこの3つだけだ。

 

 僅か3種類。

 単純な戦法。


 しかしその戦術には単純であるが故に穴が無い。

 無理矢理魔力干渉によって、魔力光線の嵐を乱そうとしても、ユリシア様の魔力がそれを許さない。彼女の魔力光線の全てをレジストするのはまず不可能だ。


 彼女に勝とうと思うならば。

 

 守勢に回っていてはいけないのだ。


「……本気でいきます」


(肉を切らせて骨を断つ)

 

 ――勝つにはそれしかない。


 




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