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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第4章 内乱
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第百四十三話 非道の策

 

 その日も周囲の奇異な視線を受けながら、メフィル達は食堂で昼食を取っていた。


「クレアさんはお弁当なんですね」


 リィルがクレアの手元に視線を向けながら何気なく呟いた。

 この場では先日の一件で居合わせた面々がテーブルを囲んでいる。

 いずれも今ではシルヴィアの強権の下、学院内屈指のはみ出し者たちだ。


 誰もがやはり多少の居心地の悪さは感じているようであったが、なんだか色々と吹っ切れた様な雰囲気でもあった。


「ええ、まあ。お母様の趣味が料理なものだから、私も昔からね」

「もしかしてクレアさんの手作りですか?」

「ん? もちろん」


 当然のように頷くクレアにメフィルやカミーラが目を丸くしていた。


「……お上手ですね」


 流石にルノワール程ではないが、それにしたってクレアの弁当箱の中身は、とても良く出来ている。

 少なくとも貴族子女の手作り弁当とは思えない。てっきり使用人が作ったものかと思っていたのだ。

 感心したように洩らすメフィルの言葉にクレアは肩を竦めた。 


「そう? ありがと」


 まぁ彼女とて褒められて悪い気はしない。

 クレアも満更ではない様子で、弁当箱をつつき始めた。


「そういえば、先日の帝国軍の話は聞いたかしら?」

「王国で暴れた、という話ですか?」

「そう」


 クレアが突然話し始めた内容はとてもではないが、普通の学生が持ち上げるような話題ではない。

 しかし、この場に居る面々は誰もが昨今の王国の動乱における当事者達である。

 彼女達にとっては他人事では決してない。

 紅牙騎士団に所属するリィルはもちろんのこと、メフィルやクレアにしても自分達の親が、動乱の最前線で日夜戦っているのだ。


「はい。聞いております」


 メフィルの言葉に頷きつつ、クレアは続けた。


「どう思う? というか紅牙騎士団はどこまで情報を掴んでいるの?」


 それは3日前の話だ。

 ミストリア王国内でも帝国に近い、とある領地内で帝国軍が突如出没し、街一つを焼き払ったのだ。

 軍勢の規模は目算で大凡3000。

 明確な宣戦布告も無い内からの突然の侵略行為だった。

 いきなりの攻撃に対して無防備な街は瞬く間に壊滅の憂き目に遭ったそうだ。

 

「あれはどう考えても不自然よ、だって」


 侵略の対象となった街は、帝国領と確かに近かった。

 敵からすれば狙いやすい場所である事は間違いない。


 とはいえ、どうやって彼らは――。


「お父様達だって警戒はしていた。あれほどの規模の軍勢が国境を越えるのを易々と見逃す訳がない」


 ダンテ=オードリー率いる外軍は、最近はもっぱら帝国方面への警戒網を固くしている。

 メフィス帝国によるデロニアへの侵略行為を考えれば、これは当然の対応と言えるだろう。

 内軍や王国貴族達とは違い、外軍は優秀だ。

 彼らは抜け目なく監視を行っていたし、縦の統制も取れている。

 そんな彼らが3000もの軍勢の侵入を許すとは思えない。


 とりわけダンテの目を掻い潜って、街一つを滅ぼす事など、容易ではない。

 最も解せないのは、(実際に侵略を受けた人々に対しては失礼で無神経だが)襲われた街が戦略的にも戦術的にも大した価値が無い事だ。

 王国の要衝という訳でもなく、重要な資源が眠っている訳でもなく、要人が居を構えている訳でもない。

 にもかかわらず、帝国軍はどうしてリスクを犯してまで、侵略行為に及んだのか。


 王国は侵略行為を受けた事に対して敏感になり、警戒感を募らせたが、国家として大きなダメージを受けた訳ではない。

 むしろ今後の戦争行為に対する警鐘を鳴らした、という意味合いでは、酷な考え方かもしれないが、大局的には王国側に益があったとすら言えるかもしれない。


「それをまさか、外軍ではなく――王軍が討ち払ったなんて」


 そう、外軍に襲われるというリスクを冒しながら、大した価値の無い街を襲った帝国軍。

 彼らを最終的に追い払ったのは、最近になってゴーシュ国王が徴兵し鍛え上げつつあった『王軍』だ。

 近衛騎士団とはまた別であり、内軍や外軍とも異なる王直属の新設軍団である。

 ゴーシュの指名した人間達が率いる王軍の初めての実戦が、3日前の帝国軍の討伐だった。

 王軍は外軍よりも素早く現地に駆け付け、街を蹂躙する帝国兵達を迎撃して見事に勝利したのだ。

 

 はっきり言って鮮烈なデビュー戦であったと言っていい。


 この一件から、ゴーシュ王の強引な徴兵に対する国民達の反感の念はほとんど無くなった。

 実際に帝国軍に襲われた事によって、自分達の国の危うさを今一度認識したのだ。

 しかも外軍ですら絶対ではないのだ、と。

 オードリー大将軍ですら見逃した帝国軍に対して王軍は実際に存在価値を示して見せたのだ。


 王宮はこの一事を国内に大々的に宣伝した。

 外軍の不首尾を論い、王軍設立の意図を説き、ゴーシュ王の先見の明、既存の王族達とは違う強さを国民達に伝えたのだ。

 このセンセーショナルなパフォーマンスはゴーシュにとっては大きな効果が有った。

 

「そもそも王軍が何故、あんな場所に居たのか」


 クレアの疑念は尤もだ。

 襲われた街は帝国領に近い街ではあるが、それでももっと帝国に近い街は数多くある。

 それらの街を避け、わざわざ帝国軍は、価値が低い故に外軍の警戒網から外れていた街を襲い、それでいて近くに偶然・・配備されていた王軍が帝国軍を撃退した。


「私の兄達から聞いた話ですが」


 リィルが小さく呟くと、クレアの瞳の色も真剣さを増した。


「クレアさんが危惧している通り、今回の一件は明らかに作為的な動きが感じられます」

「ええ」

「オードリー大将軍が敵軍の侵入を簡単に見逃すはずが無かった事。襲われた街は戦略的な価値が引くく、地理的にも外軍が余り気を配っていなかった事。王軍が偶々近くに居た事。そして簡単に帝国軍を追い払った事。これらの全てはゴーシュ王の王軍新設にとって都合の良い展開です。いえ、都合の良すぎる展開です」

「つまり?」

「あまり大きな声では言えませんし、証拠も在りませんが……紅牙騎士団は此度の件は自作自演だったのではないかと考えています」


 ゴーシュ王は未だに国民達からの信頼を得られている訳では無かった。

 徴兵による反感もある。


 それらの声を抑える為にひと芝居を打ったのだとすれば。

 裏切り者が国内に居るのだとすれば。

 全ての辻褄は通る。

 

 身内の貴族達が少しずつ手引きしておけば、造作も無く国内に帝国の軍勢を作り上げる事が可能だ。

 外軍が見逃したのではなく、最初から国内に居たのだとすれば、オードリー大将軍が気付かなかった事にも納得がいく。

 そうであれば、予め王軍を配備しておくことも当然可能である。


 外軍を絶対視している国民達に、オードリー大将軍であっても手落ちがあることを示し、ゴーシュ王の政策の有益性を示す事が出来る、一挙両得の策だ。


「でもまさか……襲われた街の人達はどうなるの……っ」


 クレアが憤りも露わに語気荒く言った。

 もしも本当にゴーシュが今回の黒幕だとするのならば。

 つまり彼は――自国民の人々をわざと犠牲にした、という事だ。


「……あくまでも可能性の話です」

「では、どれくらいの確度があると貴女達は考えているの?」


 鋭い視線を向けられ、リィルは僅かに目を伏せた。


「……」


 その無言が何よりも答えを物語っている。

 そして、そんなゴーシュ王に国内貴族達が追従している、という現実が彼女達の前にはぶら下がっていた。


「……ユリシア様は……?」


 クレアの視線がメフィルに向けられている。


「あの御方ならば、何か……」


 オードリー家が恐らく唯一国内で頼りにし、信頼を寄せているのがファウグストス家だ。

 明確に手を結んだり、家同士の繋がりが有る訳では決してないが、ダンテとユリシアは互いに実力を認め合っている。


「人手が足りないの……今は情報を収集して、どうにか相手の隙を見つけられないかを窺っている状況らしいわ」


 ユリシアであっても現在の状況は、どうにも動かし難いほどに煮詰まっているのだ。

 国内貴族達の中で大勢が既に決まっている、という事もあるが、最大の原因はサザーランド親子の不在である。

 むしろこれだけ劣勢の中で、未だにファウグストス家が他家から潰されていないだけでも、紅牙騎士団やユリシアの手腕の高さが垣間見えると言えるだろう。

 それに加え、ゴーシュ王の王軍が帝国を撃ち破ったとはいえ、未だにファウグストス家の国民達からの人気は高い。そういった要素が重なり、なんとかファウグストス家は踏ん張る事が出来ている。


「何か……きっかけが無いと……」

 

 このままでは誰もゴーシュ王を止める事は出来ない。


「……」


 しかし未だに学生の身分でしかない、彼女達には名案は浮かばなかった。




   ☆   ☆   ☆




 ユリシアの執務室では、グエンとユリシアが互いに眉間に皺を寄せつつ、ソファに腰掛けていた。


「寝ているのか、ユリシア?」


 化粧で誤魔化そうにも、もはや隠しようが無いほどに深まった目の下の隈。

 平時は年齢を感じさせない美しい容姿も、今ばかりは精彩を欠いていた。


「……寝ている暇はないわ」

「気持ちは分かるが……お前が倒れでもしたら、もはや終わりだぞ」


 厳しい声色で告げるグエンの言葉は正鵠を射ている。

 今やゴーシュの天下にある王国において、ユリシアが倒れれば、誰も彼を止める事は出来ないだろう。

 

「……そうは言っても、ね」


 この段になって、よくよく分かるのは、ゴーシュ=オーガスタスという男が今回の一連の企てを成功させるために並々ならぬ時間を掛けて来たということだった。

 彼の足場は盤石であり、慕う貴族達は一枚岩と言っても良い。

 やり方が非道とはいえ、王軍新設と国民に対するアプローチは見事だった。

 今までの王族の不満点を解消するかの如き活躍である。


「破竹の勢いとはこの事ね」


 疲れを滲ませた弱々しい苦笑だった。


「あぁ……あれだけの才覚。ユリシアの良き協力者であったならば、これほど心強い事も無かったろうに」

「残念ながら敵なのよね」


 入り込んで来る情報に朗報と呼べるものはほとんどない。

 時間を掛ければ掛ける程に不利になってゆくという事は承知しているが……。


「別に打つ手が無い訳じゃないのよ?」


 どこか据わった目つきで呟くユリシアに、グエンは頭を振った。


「ふぅ……あまり形振り構わぬやり方は感心せんな。それに勝算が在る訳でもないだろう?」

「……」

「……辛抱する時だ、ユリシア。闇雲に突っ掛かった結果、敗北するような事になれば……」

「……えぇ、分かっているわ」


 サザーランド親子の一件もあり、今のユリシアは普段通りの冷静さがあるとは、ユリシア本人ですら思っていない。

 そんな時に、彼女の師たるグエンがしっかりと諌めてくれるのは、情けなくも有り難い事であった。

 グエンや紅牙騎士団は今のユリシアにとっては最後の拠り所である。


「ユリシア様。ディル様がお見えになりました」


 部屋の扉から軽くノックの音が聞こえ、ユリシアは返事を返した。


「通して」


 ユリシアの声と共に一礼しつつ、やって来たディル=ポーターの表情はどこか明るかった。

 最近の彼にしては珍しいな、と思っていると、ディルは興奮気味に告げる。


「報告します。ミストリア王国ラフテルの街に再び帝国軍が現れました」

「なんですって……っ!」

「……」

「彼らは前回同様、オードリー大将軍に気付かれずに侵入したと思われます」

「これで3度目……」


 苦虫を噛み潰したような表情でユリシアが呟くも、口早にディルの報告は続いた。


「既に帝国軍は討ち払われました」

「そう」


 が、その後の言葉がユリシアの意表を突いた。


「誰が倒したと思いますか?」

「……ぇ?」


 ディルの言葉の意味が分からずにユリシアは純粋に首を傾げた。

 このように彼が言うという事は。


「王軍ではないの?」


 流石に想定外な面持ちでユリシアが尋ねると紅牙騎士団の参謀は楽しげに言った。


「こいつは久々の朗報ですよ」


 そうしてディルから齎された情報を聞いて。

 ユリシアの表情には久しぶりに、若々しい生気が漲っていった。




   ☆   ☆   ☆




 ラフテルの街を突然の暴虐が襲っていた。

 平和な日常は一瞬にして破壊され、逃げ惑う王国市民を侵略者達が愉しげな様子で追い掛けている。


「ひっ……ぁ……」


 一人の女性が恐怖に震える声を上げ、目の前に迫る帝国兵を見上げていた。

 その両腕は必死に、まだ幼い息子を力強く抱きしめている。


「お願い、どうか子供だけは……」


 嘆願する母親の言葉に答えるのは下卑た帝国兵の笑みだけだった。


 兵士が手に持った剣を振り上げ、今まさに振り下ろそうとした――その瞬間。


 一陣の風が女性の眼前を通り過ぎていった。


「ぇ?」


 何が起きたのか分からずに、茫然とする女性。

 彼女の目の前に突如として現れた影が、右腕に握りしめたロッドを巧みに操り、帝国兵の胸を強かに打ち付けた。


「ぐあっ……っ!」


 呻き声を上げながら帝国兵が吹き飛ばされてゆく。

 異変に気付いたのか、近くに居た他の帝国兵もこちらに向かってきたが、瞬く間にロッドを持った者に打ち倒された。


「……」


 よくよく見てみると、その影は白銀のローブを身に纏っていた。

 美しい髪は長く、その後ろ姿からは女性であることが分かった。


 彼女はゆっくりと振り返り、身動き一つ取れずに居た女性に向かって手を差し伸べた。


「大丈夫ですか?」


 そう微笑みかける顔に見覚えがあった。

 若く美しい眼差しがじっとこちらを見つめている。


 つい最近も見た覚えがある。


 そう、それは祈りの儀式で――。


「あ、貴女はまさか……」


 その手を取ると、力強く立ち上がらされた。

 遠目にしか拝見した事は無いが、こうして近くで見れば間違える筈も無い。



 この人は――いや、この御方は――。



「まさか……カナリア王女様……?」


 




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