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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第4章 内乱
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第百四十話 少女の立場

 

 肌寒さが一層険しくなり、本格的に冬の到来を感じさせる季節。

 寒波の訪れに呼応するかのように、ファウグストス家の王国での立ち位置は危ういものになりつつあった。


 今やオーガスタス公爵、いや公爵が国内の施政を完全に取り仕切る立場にあり、旧王族達は王宮内で生かされてはいるものの発言権は皆無であり、もはや王国にとっての価値など無に等しい。

 貴族達はゴーシュを中心に纏まりつつあった。


 オーガスタス公が王となり、まず初めに行った改革が軍拡だ。

 近々帝国が攻めて来ると確信を持って宣言したゴーシュ王は、各領主達に徴兵を促し、外軍とは別個の王直属の戦力――王軍とも呼べる軍を作ろうとしていた。

 この行動自体は全くもって、現在の王国の状況を考えれば理に適っている。

 むしろ今までの日和見の対応では何れ帝国に呑みこまれる事は必然となっていただろう。


 しかし決して良い兆候ばかりでは無かった。

 新たな王の誕生。

 それがオーガスタス公に長らく付き従って来た貴族達に自分達の地位が向上したと錯覚させ、彼らは今まで以上に傲慢な態度を覗かせる様になったのだ。

 彼らの領地での振舞いは尊大さを増し、治安も悪化した。

 また、今までぬるま湯、と称してもよい程に平和な国で過ごして来た国民達の中には突然の徴兵に反感を抱く者も当然いた。

 今までは外軍達だけで対応出来ていたのに、何故急に無理矢理軍属にさせられなければいけないのか、という訳だ。


 しかしこういった徴兵に応じない国民に対してはゴーシュは厳格だった。

 彼は妥協を許さずに若い男子を中心に徴兵し、それに伴う軍費の捻出を国民に求めたのだ。

 ゴーシュはこのまま座して滅びを待つのではなく、力を尽くして帝国に立ち向かわねばならない、と声高に告げ、近年の帝国のデロニアへの侵攻を例に上げることで国民達に奮起を促した。

 この宣言が功を奏し、国民があからさまにゴーシュ王に立て突くような事態には発展しなかったが、微かな不満が蓄積されていたのは確かだ。


 そんな中。

 ファウグストス家のユリシア=ファウグストスは油断なく、他の貴族達に目を光らせていた。

 今の所、ゴーシュ王の行動には多少の強引さはあっても、間違っている部分は無い。

 近年の王国の平和ボケした在り方を不安に思っていたユリシアとしては、良い傾向だ、とさえ思えるほどだ。


 彼のカリスマ性、現在に至るまでの政治手腕を知る人間の一人としても、従来の王族達と比較すれば、遥かに力の在る、良い王であるようにも感じられる。


 しかしユリシアは、どうしてもゴーシュの事を受け入れる訳には行かなかった。

 王宮をズタズタに引き裂き、魔獣の群れを国内に呼び込み、聖獣すらも道具として利用しようとしていた男。

 何よりも愛娘たるメフィルを狙っていただろう張本人(明確な証拠は存在しないがユリシアは確信している)だ。 

 決して認められるものではない。

 更に言えば、漠然とした印象ではあるが、ゴーシュの内心に危険な物を感じてもいた。

 

 故に彼女はゴーシュに迎合する事無く、従来の王族を尊重する事を唱えた。 

 審判の剣に選ばれたとはいえ、ラージ国王達がミストリア王家の血を継いでいない訳ではないのだ。

 突然の変化では国民は戸惑うだろうし、国内が混乱する事を理由にユリシアは公爵家の中で唯一ゴーシュに対抗する立場を取り続けている。


 だがゴーシュが粗を見せる事は決して無かった。

 国王として大過無く舵取りを行い、今までの王族には決して無かった覇気に貴族達は完全に従属している。

 そんな日々が続けば、当然の様にユリシアの立場は悪くなってゆく。

 たった一人、国内で異を唱え続ける喧しい貴族。

 それが今のファウグストス家であった。


 そして。

 その影響はミストリア王立学院に通うメフィルにとっても無縁の事では無かった。




   ☆   ☆   ☆




 私が一歩、教室へと足を踏み入れると、それだけで周囲は静まり返り、音が消える。

 誰もが困り果てた様な顔付きで狼狽えていた。


「……」


 あれから幾らかの時間が経過したが、私とクラスメイト達の間の溝が埋まる事は無かった。

 王国内でのファウグストス家の趨勢を思えば当然のことかもしれない。


 教室内の空気は重く、居心地の悪い中、授業は進んだ。

 休み時間になるなり、誰もが逃げる様にして私から離れていく。

 

 そんなクラスメイト達を非難する気は毛頭ない。


 何故ならば。


「あら、メフィルさん?」


 これ見よがしの嫌らしい微笑みを浮かべて、教室内に一人の女子生徒が現れたからだ。


 シルヴィア=サーストン。

 今やミストリア王国内において権力の絶頂期にあるサーストン公爵家の次女であり、『花ノ宮』の代表生徒である。

 教師陣を差し置いて実質的な学院の頂点に君臨する女だった。

 今、この学院内に、彼女に逆らえる者は存在しない。


 彼女はいつもと同じように取り巻きの女子生徒達を引き連れ、優越感に満ち満ちた表情で私を見下ろしていた。


「あらあら~? この教室は随分と寂しいのね? 二人しか居ないじゃない?」


 唯一人、教室内に残ってくれていたリィルは、音も無く私の傍に歩み寄って来る。


「うふふ、寂しいわねぇ、メフィルさん?」

「そうでもないわ……それで、何の用?」


 私が無愛想に呟くと、取り巻きの一人が大声で怒鳴った。


「1年なんだから、先輩には敬語を使えよ!」


 その隣では、シルヴィアが楽しそうに微笑んでいる。

 内心では辟易しながらも私は呟いた。


「……何の用でしょうか?」


 まぁ目上の人に敬語を使うのは当然だ。

 彼女の言葉も一理あると思った。


「なに? 用が無いと会いに来てはいけないかしら?」


 あからさまな甘ったるい媚びるような声色が非常に腹立たしい。


「ええ。シルヴィア様もお暇では無いでしょうから」


 皮肉を込めて言うも、彼女が頓着する事は無かった。


「うふふ。そうね。でも貴女の母親に比べれば大したことは無いわ。本当に……大変そうよねぇ?」


 隠しきれない嘲りの心が透けて見える。

 自然と私の声色は固くなった。


「……何が言いたいのですか?」

「あはは、分かるでしょう? 世の中が見えていないのでしょうねぇ?」


 それは、誰の事を言っているのか。


「……」

「ゴーシュ様こそが真に強い本当の国王だというのに……みっともない愚かな女だと思わない?」

「それはお母様の事を言っているのでしょうか?」

「うふふ、それ以外に愚かな女は居ないでしょう?」


 シルヴィアの言葉に合わせて周囲の取り巻き達も侮蔑するような嘲笑を浮かべていた。


 別に私の個人的な事については、いい。

 何を言われても耐えられるだろう。

 くだらない問答だ。

 相手にする価値など無い。そんな事は分かっている。


 だけど、家族を、大切な人達を悪く言うのだけは我慢ならない。

 黙っている理由など無い。

 隣のリィルも険しい表情をしていた。

 彼女もまた、ユリシア=ファウグストスを慕う騎士の一人だ。


「全く思いませんね」


 故に私は正直に心情を吐露した。


「あぁ?」


 そんな私の返答が気に入らないのか、シルヴィアの声は急激に苛立ちを滲ませたものへと変化する。

 鋭い瞳で私を威嚇しているつもりだろうが……片腹痛いというものだ。


 目の前の女など何ら怖くは無い。

 戦鬼ドヴァンやイゾルデの迫力に比べれば、背伸びした学生に恐れる理由などどこにもない。


「私は母を誇りに思いこそすれ……愚かだと思った事など一度も無い……っ」


 お母様ほど貴族として正しくあろうとしている人は居ない。

 私の目指すべき目標であり、自慢である。

 例えどんな状況になろうとも私は母を誇りに思うだろう。


「生意気な口を……っ!!」


 取り巻きの一人が思わず手を上げたが、その拳が振り下ろされる事はあっても、私に触れる事は無かった。


「……それ以上は看過出来ません」


 リィルが冷たい声で呟き、先輩の腕をしっかりと握りしめている。

 歯噛みしつつリィルの腕を振り払おうとするも、彼女がそれを許す筈も無い。


「ちっ!」


 先輩は舌打ちと共に一歩引き下がる。

 リィルを一瞥するシルヴィア。

 未だに憤怒の感情が潜む眼差しでシルヴィアは言った。


「うふふ、メフィルさん? でも、貴女達が愚かだと思ったからこそ……あの護衛は居なくなってしまったんじゃないの? 確か、ルノワール、と言ったかしら?」


 その言葉は鋭利な刃となって私の心に突き刺さった。


「……っ。何、を……」


 ルノワール、と。

 彼女の名前を出されただけなのに。

 私は明らかに狼狽の色を見せてしまった。

 そんな私の反応が嬉しかったのか、彼女は嬉々として歯を見せた。


「あらあら~? 図星だったかしら?」

「ち、違います……っ」

「そりゃあ今のご時世、好き好んでファウグストス家に味方なんてしないでしょうねぇ~?」

「私はしていますよ」


 間髪入れずにリィルは反論したが、即座にシルヴィアに遮られた。


「外野は黙ってなさい」

「……」

「言っておくけど、あんまり調子に乗ってると、貴女達の居場所は学院からは無くなるのよ?」


 そんな事は承知している。

 既に幾度もの嫌がらせを受けているのだ。

 私の言葉を無視するクラスメイト達(とはいえ彼女達がシルヴィアに逆らえれば、どうなってしまうのかを考えると批難することは出来ない)。

 体育の時間が終われば、服が無くなっていたこともあった。

 上履きには画鋲。

 古典的な手法ではあるが、やられる側としては中々に堪える仕打ちだった。

 これほどあからさまな行動に出ても、問題無い程までに、ファウグストス家の家名は今や力が無い、ということなのだろう。それでいてサーストンの力は強い。


「うふふふっ」


 そんな私への嫌がらせを日夜命じては、悦に入っているだろう女が目の前に居る。

 だが、それでも。


(お母様も耐えていらっしゃる……)


 そう思えばこそ、私も耐えられる。

 今は雌伏の時なのだ。


 でも。


「ふんっ。こんな馬鹿な親子の元を離れた、あの護衛は正解だった、ってことね。もしも私が見つけたら、今度は私の護衛にしてあげるわ。まぁ見た目だけは良かったものねぇ? 護衛じゃなくて奴隷がいいかしら?」

「……っ!」


 癇に障る笑い声を上げながら、シルヴィアは私に背を向けた。

 帰り際に、私が次の授業のために机の上に用意していた教科書を手に取り、両手に魔力を込める。

 そうして、いきなり教科書を引き裂いた。

 

「あら、ごめんなさい?」


 全く悪びれる様子の無い声でシルヴィアは今しがた引き裂いた教科書の欠片を風魔術で吹き飛ばす。

 私が可能な限り、心を殺して行く末を見つめていると、横目で私に目を向けたシルヴィアと視線が交差した。

 またしても悦に入った表情を浮かべたシルヴィアは上機嫌で教室を去ってゆく。


「……私、は……」


 肩を震わせる友人の姿が痛ましい。

 クールな横顔に確かな怒りを滲ませるリィルの手の平にそっと優しく手を重ねた。


「大丈夫」

「ですが……っ!」


 彼女が私の代わりに怒ってくれているからか、逆に私は落ち着きを保てていた。


「……拾うのを手伝ってくれる?」

「え……あ、はいっ」


 なるべく柔和な声でリィルにお願いすると、彼女は慌てて教室内を舞う教科書の破片を風魔術で集めてくれた。


「ありがとう、リィル」

「……メフィル、さん」


 苦しげな彼女を安心させるように、努めて笑顔で私は言った。


「申し訳ないけれど、リィルの教科書を見せてもらってもいいかしら?」

「も、もちろんです」


 やがて授業が始まる直前になると、決まりの悪そうな顔でクラスメイト達が教室へと戻って来る。

 クラスメイト達が悪い訳ではない。

 むしろ私のせいで彼女達は息苦しい思いをしているのだろう。


 重苦しい空気の蔓延する中、私は心の中で彼女達に詫びた。

 





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