第百三十七話 飛竜討伐
「まぁルークも既に見ているかも知れんがな。最近になって街の近くに飛竜が散見されるようになった」
ドナンからわざわざ足を運んだスレッガーが、相変わらず葉巻を口に咥えつつ言った。
「飛竜は聖獣程強い訳じゃないが、何しろ今回は数が多い。早めに駆除しておかないと、弱者達だけじゃなく俺達も危ない上に、ビジネスもやり辛い」
「まぁあんなのが上空を暴れていたら、それは困るだろうね」
「そういうこった」
「でも、何故急に?」
飛竜が現れ出したのは、つい最近になってからだ。
まさか突然これほどの数の飛竜が生まれる訳も無い。
僕が疑問を投げかけるとスレッガーは顔を顰めた。
「恐らくだが……戦争の影響だろうな」
「え?」
「元々は帝国とデロニアとの国境沿いの山間に住んでいた奴ららしくてな。それが戦争の余波で山が焼かれ、住む場所が無くなった、というわけだ」
「……それだけの理由で、ここまで? 確かにそれほど距離が離れている訳ではないけれど……」
もっと近場に住みやすい山がありそうなものだ。
わざわざドナン近郊まで来た理由がイマイチ良く分からない。
「もう一つの理由としちゃ、怖かったんじゃないか?」
「怖かった? 帝国軍が?」
「そう、帝国軍が、だ」
僕が腑に落ちない表情をしていると、スレッガーは目を細めて続けた。
「何でも奴らは最近になって戦場で巨大なワイバーンを使役しているらしい」
「なっ……ワイバーン!?」
ワイバーンと言えば、空を駆る翼竜としては最上位に位置する聖獣だ。
現在ロスト・タウン周辺に出没している飛竜とは訳が違う。
「ワイバーンを使役している、って……それは……」
まるでリヴァイアサンを操っていたベルモント=ジャファーのようだ。
「俺も詳しい事は分からん。とにかく、飛竜共がこぞって逃げてきたのは、恐らくワイバーンが原因だ」
それはそうだろう。
もしも本当にワイバーンが現れたのであれば、飛竜達にとっては、恐ろしい事この上ないに違いない。
「あいにくだが、今回はイゾルデは捕まらんかった上に、あまり割ける人員も無い」
「スレッガーが赴けばいい気もするけど……」
別に協力したくない訳ではないが、そもそもスレッガーならば、僕の助力など無しに解決出来るだろう。
「前にも言ったが、俺はあまり、この街を離れられん」
「そこで僕?」
「そうだ。こちとら食料も融通しているし、お前さんにも働いてもらわないとな」
不敵に微笑むスレッガーに僕は苦笑を返した。
「飛竜討伐に参加するのは?」
「お前さん含めて10人程度だな」
「その間、3人を見ててもらってもいいの?」
「この結界内に居れば、まず大丈夫だろうが、まぁ……それぐらいはいいだろう。とはいえ四六時中面倒をみるのは御免だぞ」
「時折様子を見に来てくれればいい。結界が破壊されたらスレッガーならば分かるでしょう?」
「保証は出来んがな」
紫煙を吹かしつつ、彼は虚空を見上げた。
「仕事の内容は飛竜を討伐することだけだ」
「方法は?」
「全てはお前さんに任せる。全滅させてくれてもいいし、ビビらせて立ち退かせてもいい。まぁでも食料として活用したいし、鱗も売れるだろうからな。出来れば殺して確保して来てくれれば助かる」
「そう……だね」
「言っておくが、奴らは既に何人もの人間を攫い、殺し、食っている。如何に住処を奪われたとはいえ、同情の余地は無いぞ」
「分かっているよ」
「本当かね……」
流石の僕だって、弁えている。
僕はそれほど聖人君子ではない。
生きていくということは、弱い生物を食べていくということに他ならない。
「この世は弱肉強食でしょう?」
そう言って僕はスレッガーに背を向けた。
☆ ☆ ☆
「やぁルーク」
スレッガーに声を掛けられている『ドナン』の面々が集う場所へと顔を出すと、真っ先にリーファンとローファンの二人が傍にやって来た。
ロスト・タウンにおいて、集団を作り、一つの目的のために何かを為す。
それは昔この街で住んでいた時の事を思えば、ひどく奇異な事のような気がした。
それもこれも、全てはスレッガーの尽力の成果の一つなのだろう。
「早速行くか」
「あれ? 結局最終的には13人って聞いていたけれど……」
まだここには10人しか居ない。
「さぁ? 先に行ったか、来ないかのどっちかでしょ?」
「待たなくてもいいの?」
「別に構わないだろう。目的を達成すればいい」
余りにも色々と杜撰なような気がしたが、僕は溜息を零すに留めた。
(まぁ、流石に急に統制が取れるようになる訳もない、か)
歴戦の傭兵集団であるスレイプニルや紅牙騎士団と比較してしまえば、誰も彼もが自由すぎる。
真っ当から他人の言葉を聞く訳も無い、ということか。
「まぁ行きましょうか」
僕が言うと、双子が楽しげな様子で肩を並べ、他に集っていた人々も歩きだした。
☆ ☆ ☆
目的地はロスト・タウンのすぐ傍の名も無き山だ。
元々この街は目の前に広がる山裾に作られた街である。
山に近付くに連れて、次第に飛竜達の姿が散見されるようになった。
一匹の飛竜がルーク達を見かけるなり、一気に上空から急降下を開始し、襲いかかって来た。
目前に迫る飛竜がルークが発生させた結界に阻まれ、上空で停止する。
とぼけたような表情を浮かべた飛竜を囲い込むように結界を生み出し、閉じ込めた結界の箱の中に白い光が瞬き、次の瞬間には、燃え焦げた飛竜が地面に落ちて行った。
「何匹くらいいるのかな?」
少年が首を傾げるとリーファンは言った。
「さぁ? 分かんないけど、そんなに強く無さそうだね」
「一匹だけだからだろ、リー。囲まれたらそれなりに厄介だぞ」
ローファンの忠告は尤もだ。
油断は命取りになる可能性がある。
「とにもかくにも山に侵攻しましょう」
ルークの言葉に、何故か誰もが頷きを返していた。
平時は傍若無人に振舞うロスト・タウンのならず者たち。
そんな集団の中心に居るのは、この場において最年少だろうルークだった。
「のんびり行くのもなんですし、走りましょうか」
少年の快足に合わせて、9人の猛者達が一斉に大地を駆け抜けてゆく。
全速力では無いとはいえ、この場に居る者たちは、決してルークの速度に後れを取る事は無かった。
山の中は既に飛竜達による完全なる縄張りが完成していた。
山間に入るなり、襲いかかって来る飛竜の群れの中に果敢に突っ込んでいくルーク。
彼は幼い容貌、小柄な体躯、美しい横顔の少年である。
しかし戦場での彼はまさに悪鬼羅刹の如き強さであった。
次から次へと牙をむき出し、咆哮と共に火炎を吐きだす飛竜達の攻撃は全て、無駄に終わる。
ルークの全身が白光に包まれ、瞬時に生み出される結界が、あらゆる攻撃を防ぎ切っていた。
繰り出される結界による圧撃、唸る拳、撓る蹴り足。
それらが次々に飛竜達の牙を折り、翼を断ち切り、強靭な飛竜の鱗を突き破った。
余りにも高速、余りにも強靭、それでいて戦場を縦横無尽に駆ける少年の姿はまるで舞台役者の舞のように美しい。
ロスト・タウンで生き馬の目を抜くように生きてきた猛者達ですら、ルークの背中に圧倒されていた。
彼らは彼らで目前の飛竜達をそれぞれ打ち倒してはいたが、それにしたって、かの少年とは比べるべくもない。
彼らは皆一様に、少年の圧倒的な力に畏怖し、不可思議な感覚が全身に満ちてゆくのを感じていた。
それこそが、かの紅牙騎士団員達や、スレイプニルの傭兵達が、自分達の絶対的なリーダーに心服し、憧れ、英雄と共に在る事を誇りに思わせる、戦士としての昂揚の発露。
それは傍若無人な暴力だけでは決して誘発されない感情だ。
未だかつてロスト・タウンにおいて、感じた事の無い高揚感に包まれたドナンの面々は、ルークを中心に一陣の暴風となって、瞬く間に山に巣食う飛竜達を撃滅してゆく。
その時、一際巨大な飛竜が姿を現した。
明らかに群れのボス格だろう威圧感漲らせた凶悪な瞳が一堂に向けられ、同時に咆哮が空気を震わせる。
さしものロスト・タウンの猛者達も一瞬だけ、顔を顰めたが、それらは全て杞憂に終わった。
魔力が高まり、恐ろしい程の強靭な牙が並ぶ飛竜の口から豪炎が巻き上がる。
だが。
「っ!!」
声にならぬ気合一閃。
少年の結界がいとも容易く炎を打ち消し、次の瞬間には、少年の拳が飛竜の鱗を突き破った。
☆ ☆ ☆
「御苦労さん」
街に討伐した飛竜達を持ち帰り、スレッガーの元へとルーク達は足を運んだ。
「首尾はどうだった?」
「まぁ、上々だったんじゃないかな。みんな大した怪我も無かったみたいだし」
スレッガーへの返答に対し、ルークの背後で付き従うように佇んでいた面々も頷きを見せる。
「そうか。さて、こいつらをどうしようかね?」
「肉は保存食にしよう。干し肉として長期保存できるように加工するのが良いと思う」
このまま放置しておけば腐るばかりだ。
「ふむ。そう言えばルークは料理が得意なんだったな?」
「え? まぁ……自慢じゃないけれど、外の世界で一番勉強したのは料理だと思うよ」
あとは芸術に関する造詣だが、悲しい事にロスト・タウンでは何の役にも立たない。
「そうか。なら、これらの処理はお前に任せてもいいか?」
「え、別にいいけど」
「鱗や皮の処理は俺がやろう。まぁ、肉については処理してもらう代わりに、多少融通してやるよ。それに見た限り……」
そこでスレッガーはルーク以外の討伐メンバーに視線を巡らせた。
誰もが一様にルークの言葉に頷き、それでいて一歩退き、尊重している。
イゾルデを止めた一件以降、彼を特別視する色合いが街全体で強くなったが、それにも増して、今の彼らの瞳の中には、少年に対する憧憬の色が確かに在った。
「一番活躍したのもお前さんだろうし、な」
「そんなことは無いよ。流石にこの街の人達は強いね」
ルークが微笑み、そう口にすると、背後に控えていた面々は誰もが嬉しそうな表情になっている。
まるで将軍様に憧れる少年のようではないか。
もちろんあからさまに表情に出ている訳ではないが、スレッガーからすれば一目瞭然である。
これはロスト・タウンでは中々に有り得ないような光景だ。
「まぁこれで飛竜の件はとりあえず一件落着だな」
「うん、じゃあ僕は帰るよ」
そう言って踵を返す前に。
ルークは今一度討伐参加者に視線を向けて言った。
「今日はお疲れ様でした」
それはロスト・タウンでは見た事も無いほどの晴れやかな笑顔であり、誰もが言葉を失った。
呆れた様な、驚いた様な。
それでいてどこか陶然とした表情で去りゆく少年の背中を見送っていた。