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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第4章 内乱
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第百三十四話 アンタッチャブル

 

 敵の数は目算で大凡7千。

 騎馬と歩兵で構成された部隊だった。

 彼らは攻城兵器を持ちだし、強引にロスト・タウンを覆う壁の一部を破壊し、街中まで攻めてきたという。


「指揮官の名前はトマ=レベリネック。帝国の将軍だな」

「将軍がわざわざこんな辺境まで何をしに?」

「さぁな。トマは大馬鹿だからな。将軍、と言ってもトマは将軍の中では下位も下位。一番の無能野郎さ」


 そう言ってスレッガーは普段通りの酷薄な笑みを浮かべつつ紫煙を吹かす。

 しかし、どことなく彼の声音はいつもよりも冷やかに感じられた。


「帝国には20人もの将軍がいるのは知っているか?」

「うん。確かその上に将軍達を統括する上将軍がいるんだよね?」

「ああ。上将軍は現在3人。こいつらは全員優秀だ。ま、それだけに戦略的な価値も低いロスト・タウンに攻め込んできたりしない。暇じゃないからな」


 まぁ曲がりなりにも天下を目指すと宣誓した国の上将軍が弱ければ、笑い者にしかなるまい。


「だが、今来ているこいつは――」


 スレッガーは周辺の地図(予め有事の際に使えるようにと彼が作成していた物)の一角、ロスト・タウン北西に指先を宛がった。


「どうしようもないほどの愚か者だ」


 彼の指し示す先は、現在帝国軍が侵入し、無法を働いている区画だ。


「でも、どうして帝国軍は攻めてきたんでしょう」


 戦略的にも地理的にも資源的な意味合いでも価値など無い。

 ロスト・タウンを攻め取って、帝国は一体何を得るのかが分からなかった。


「……ただの遊びだろうな」

「は?」


 意味が分からずに首を傾げると、スレッガーは尚も笑みを深めた。


「……トマの部隊は前線には出なかった。対デロニアにおける戦いでは弱小たるトマの部隊は邪魔だったわけだ。しかし馬鹿な将軍様は楽が出来る、とのうのうと過ごしていたんだが……流石に暇を持て余したんだろう。デロニアとの戦は既に趨勢は決まっている。有り余っている体力の捌け口としてロスト・タウンを選んだんだろうな。奴にとっては幸いな事にロスト・タウンは帝国から然程の距離が離れている訳でもない」


 暇つぶし、だというのか。


「そんな勝手な理由で――」

「ある意味……強者が弱者を嬲る、というこの街のルールに基づいているとも言えるな」


 スレッガーは今度は顔色一つ変えなかった。

 彼は無表情に続ける。


「帝国軍は既に街の中に潜入し、多くの人間を『狩って』いる。文字通り、遊びのつもりだろうよ」


 僕は疑問を投げかけた。


「ロスト・タウンの人間が早々簡単に帝国軍に後れを取るとは思えないけど……」

「腕に覚えのある奴らは現在静観しているさ。事の成り行きを見守っている奴がほとんどだ。なんせ個々人の武力は兎も角として、数と装備が違う」

「じゃあ狙われているのは――」

「女子供が中心だ。目的は言わなくても分かるな?」


 心がざわめき、例えようの無い怒りが僕の中に渦巻いて行く。

 そして今の今まで黙って話を聞いていたイゾルデが呟いた。


「――それでどうするの?」


 静かな瞳に晒され、スレッガーの口角が吊り上がる。


「どうする? 決まっているだろう?」


 酷薄な笑みを浮かべてスレッガーは言った。


「世の中弱肉強食さ」




   ☆   ☆   ☆




 街の中は阿鼻叫喚の坩堝であった。

 帝国の兵装を身に纏った男達が女子供を中心に暴れ回っている。

 彼らは唯でさえ廃墟と言える街の中を更に破壊し、己の欲望を満たし、破壊する衝動に身を任せ、楽しげに笑っていた。

 将軍たるトマは、その最たる例と言ってもいいだろう。

 傍若無人な振る舞いで少女達を攫った彼は手当たり次第に己の欲望の捌け口とし、部下達と共に暴れ回る事にこの上無いほどの快感を覚えていた。


 ロスト・タウンに住まう人間達を自分よりも格下の存在と見なし、何をしても許されるような心持ちになっている。

 殴り傷付け、泣き叫ぶ女を犯しては愉悦の表情を浮かべていた。


 ただただ荒れ果てているだけで、何一つ恐れるものなど、この街には無い。

 トマがそんな妄想に執り付かれた時、彼の視線の先には、一際変わった女の姿が在った。

 このような薄汚れた最底辺の街中にあって、彼女の存在は異質だ。

 全身を黒い装束で覆ったその女は妖艶その物と言って良い。

 遠目からでもはっきりと分かるほどに整った小顔が口元に浮かべている妖しい微笑。

 艶やかな唇に目を奪われたトマの視線が釘付けになった。


 彼の視線の先に居た女がゆっくりと上空へと昇って行く。

 近くに居た帝国兵達も、トマ同様に怪しげな女に目を奪われていた。

 不可思議な程の存在感に魅入られたトマは舌舐めずりと共に、部下達にあの黒尽くめの女を目の前まで連れて来るように命じようとした。


 そして。


「うふふ」


 女が笑った。

 決して大きな声ではないが、どこまでも響き渡るような美しい声だった。


「あははは、ははははははっ」


 両腕を広げ、顎を引き、女は高らかに笑う。

 笑い、嗤い、その度に彼女の全身からどす黒い魔力光が溢れだし、天空を埋め尽くして行く。

 茫然と空を見上げる帝国軍人達の眼前に、突然巨大な腕が出現した。


「あははははっ」


 女の背後から立ち上る、山の如き巨大な黒い黒い腕。



「消えろ、汚らしい屑共!!!」



 言下一閃。


 黒腕が街ごと、あらゆる瓦礫を巻き添えにしながら無数の帝国軍を弾き飛ばした。




   ☆   ☆   ☆




 イゾルデの攻撃を見守っていたルークは内心で苛立ちの言葉を吐いた。


(やり過ぎだよ……っ)


 これでは街の人々まで被害に遭ってしまうではないか。

 歯軋りしたい思いであったが、少なくとも現在の彼女が、帝国軍を打ち倒し、街を守るために行動してくれていることには変わりが無い。

 それに帝国兵の振舞いは非常に気に入らないが、暴力に訴え、好き勝手に生きるのは、この街では正しい姿だ。


(いや、落ち着かなきゃ。僕は僕でやることがある)


 ドナンに集っていた何人かも既に行動を開始している。

 イゾルデが鮮烈なパフォーマンスと共に殲滅を担当し、その隙に帝国軍人達を殺し、もしくは捕虜として捕獲する。

 スレッガーの指揮の元、リーファンやローファンなどが動き回っている事だろう。


(先に手を出して来たのは、彼らだ)


 国の法の元を離れ、ロスト・タウンの流儀を先に持ち出したのはトマ将軍達の方だ。


 同じ暴力を生業とする人間だとしても、街の人間と帝国兵の間は絶対的な差がある。


 それは自分達も同じ目に遭うかもしれない、という危機感を持っているか否か、だ。


 トマ率いる帝国兵は碌に戦場で命を懸けた経験の無い兵士ばかり。

 彼らは弱者を嬲る事はあっても、強敵に対して挑戦していくような気概が無く、必然的に自分達が被害に遭う可能性を考慮していない。


 ならば。


「地獄を見てもらいましょう」


 そう言ってルークは誰にも見つかる事無く、ロスト・タウンの外に静かに出て行った。




   ☆   ☆   ☆




 トマは眼前の光景が信じられなかった。

 身を包む数々の魔法具のおかげで一命こそ取り留めたが、部下達は一瞬の内に死に絶えていた。

 先程の攻撃で彼が持っていた護身用の魔法具も全てが消えてしまっている。

 次にかの攻撃が自分に向けられれば命は無いだろう。


「はぁはぁっ! くそが!!」


 この街にやって来てから己が行った行為全てを棚に上げつつ、トマは言葉を吐き捨てた。


「あのクソ女が! 目に物を見せてやる!」


 トマは全軍を街の中に侵攻させた訳ではない。

 配下である7千人の兵士達の内の半数は街の外で待機させていた。

 彼はその予備兵力を投入する事で、あの女に報復をしようと考えた。


「さっきの攻撃であの女も魔力切れだろう」


 トマは常識の範疇でそう予想した。

 これは何もそれほど間違った見通しではない。

 それほどまでにイゾルデの攻撃は衝撃的だったのだ。

 常人であれば、あの黒腕の一撃を放った時点で、間違いなく気を失ってしまうだろう程の大魔術である。


 しかし彼は理解していなかった。

 把握していなかった。感じていなかった。


 イゾルデという女の力を。

 修羅の巷を我が物顔で歩く怪物の姿を。

 ロスト・タウンに住まう、地獄を生き抜いている猛者達の力を。


「はぁはぁっ」


 息咳を切らしつつトマが己の部下達が待っている陣地に戻ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「な……なんだこれ、は……」


 近くの森林が根こそぎ消え去り、陣地は壊滅。

 部下達は誰もが倒れ伏しており、残されているのは燃え盛る天幕のみ。

 運んでいた筈の積荷は全て消えている。

 当然の様に行軍中に必要な糧食の類も無くなっていた。


「だ、誰が……」


 呻くトマの背後から声が聞こえた。


「貴方がトマ将軍ですか?」


 振り返ったトマの視線の先には未だ幼さを残した少年が居た。

 しかし小柄な体躯から放たれている迫力は先程の女にも負けていない程だ。


「なんだ貴様!? 気安く俺の名前を呼ぶんじゃない! 何様のつもりだ!?」


 喚く様に叫ぶトマを冷めた瞳で少年は見返した。


「何様か、って。それはこちらの台詞でしょうが」


 憤怒を押し殺し、目の前の愚か者を真っ向から見つめ返し、ルークは言った。


「目には目を。歯には歯を。貴方達は弱者を蹂躙した」

「な、なにが」

「だから僕達も弱者たる貴方達を蹂躙するんですよ」

「お、俺が弱者だと!? 俺はメフィス帝国の将軍だぞ!! この俺に何かがあれば本国が黙っちゃ――」


 トマの言葉は途中で遮られ、代わりに低音のよく響く声が届く。


「見せしめにはなるだろう? それに貴様が消えても帝国の将軍共も誰も困るまい?」


 いつの間にか現れたスレッガー。

 彼に目を向けたトマの瞳は驚愕に見開かれた。


「……ぇ?」


 それは崩壊した己の陣地を見つけた時以上の反応だ。

 トマは絶句し、ただ茫然とスレッガーに目を向けている。



「あ、貴方は……な、なぜ、貴方がどうして――」



 しかしトマの言葉は断罪の一撃によって虚空へと消え去った。

 スレッガーの拳が真鍮色の魔力光で輝き、彼の心臓に深々と突き刺さっていた。


「答える義務は無いし、貴様には知る権利も無い」


 短く独白するように呟き、スレッガーは絶命し倒れ伏したトマに唾を吐きかけた。

 先程の意味深な言葉についてルークは問いかけたかったが、隻眼の男の背中は明確に追求を拒んでいる。


 彼はルークには背を向けたまま尋ねた。


「物資はどこへ?」

「全て街に運んだよ」

「流石だな。ご苦労さん」


 ルークに視線を合わせる事無く、スレッガーは静かに燃え盛る天幕を見渡しながら葉巻に火を付けた。


「……」


 紫煙が夜風に流れて宙に消えてゆく。

 スレッガーの視線は、寒々とした冬の風に吹かれて靡く帝国軍旗に向けられていた。

 





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