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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第1章 公爵家の事情
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第十五話 vs. ビロウガ=ローゼス

 

 ビロウガさんが中~遠距離でゴーレム達をサポートするように動き回り、それに呼応しながら2体のゴーレムが怒涛の攻撃を仕掛けてくる。

 ゴーレム達は身体の一部を欠損もしくは、ほぼ全損させたとしてもユリシア様からの魔力供給によって即座に復元するのが厄介だった。


 遠隔操作であっても、やはりそこはゴーレム。

 優れた武闘家ほどの体術は持ち合わせていない。

 しかし普通の人体の構造では不可能と思われるようなトリッキーな動きも混ぜてくるので油断ならない。


(だけど……)


 特筆すべきはビロウガさんのアシストの上手さだ。

 時には突風を発生させ、時には魔力光線で僕の結界を破壊し、時には火と水魔術で僕の視界を阻害し、隙あらば土魔術で僕の行動を制限する。

 彼自身高い戦闘能力を誇っているが、それ以上に相方のサポート行動の巧さが際立っている。長年の経験に基づく彼の戦闘行動は非常に理に適っていた。


 ビロウガさんは正確無比にして、最適な行動を、的確なタイミングでとる。


(……とはいえ)


 それも完璧ではない。

 実験場中を風のように動き回りながら、僕は反撃の一手を構築していった。

 なにも僕だって、ただ闇雲に敵の攻撃を捌いていたわけではないのだ。


 かのゴーレムには弱点がある。


(準備はいいかな)


 いくらかの攻防の後。

 再び僕は距離をとった。


 しかし、これまでの動き同様に、すぐさま2体のゴーレムが追ってくる。

 それは想定通りの軌道だった。


 そして。


 ある地点。

 地中に僕が仕掛けた罠。

 ゴーレム達が僕が仕掛けた魔法陣のすぐ傍まで到達した瞬間。 


「ふっ!」


 2体のゴーレムを包み込むようにして結界を発動した。

 一部の隙も生じぬように完全にゴーレムを覆い尽くす。

 同時にビロウガさんの周囲にも同様の結界を構築する。


「ぬっ……?」


 訝しげな表情をしたビロウガさん。

 それはそうだろう。

 なにせその結界には大した強度が無かったから。

 ビロウガさんは何故このような力のない結界を張ったのかと勘ぐったに違いない。

 彼はすぐさま右腕に魔力を込めると僕の結界を破壊しようとする。


 しかし僕の視界の端には、しまった、という表情をしたユリシア様の姿が映っていた。

 彼女は既に僕が何をしたのかを悟ったはず。


 何故なら2体のゴーレムは完全に沈黙してしまったからだ。


「よし……」


 やはり。

 ゴーレムの弱点。

 それは実に単純明快であり、ユリシア様からの魔力供給がなければ何もできない遠隔操作であることだ。


 あのゴーレムはユリシア様が魔力で遠隔操作をしている。

 つまり魔力の行き来を阻止する結界で全身を覆うことでゴーレム達はユリシア様の操作から切り離されてしまうことになる。

 そうなってしまえば、残ったのは魔力が内包されただけの、ただの人形だ。

 

 戦闘中、地面に罠となる結界発動用の魔法陣を張ったのは、流石に動き回る相手を3人同時に結界に閉じ込めるのは失敗するリスクがあったからだ。

 もしも誰か一人でも結界に封じることをしくじれば、外側から結界を破壊されてしまう。

 下準備に多少の時間はかかったが、なんとか上手くいってよかった。

 

 僕はビロウガさんが結界を破壊して外に出てくる前に2体のゴーレムに近づき、結界に腕を通す瞬間だけ腕周りの結界を消し去りゴーレムの額に触れた。

 そしてゴーレムの体内に魔力を流す。

 ユリシア様の制御下においては、僕の魔力干渉はレジストされてしまうが、ユリシア様から途絶された現状において、このゴーレムには僕の攻撃から身を守る手段が無い。

 即座に体内の術式が破壊されたゴーレムはただの土の塊へと戻り、消え去った。


 もう一体のゴーレムも同様に破壊すると同時。

 自分の周囲の結界を破壊したビロウガさんと視線が交差した。


「……」


 彼は無言だったがその表情が物語っている。

 老執事の全身には未だ覇気が漲っており、その瞳が放つ強い光は彼の年齢を忘れさせるほど。


 ――続行だ。




   ☆   ☆   ☆




 ビロウガさんが腕を振り上げる。

 それに呼応するかのようにして宙に巨大な炎弾が生成された。

 完成するや否や彼はその炎弾を僕に向かって放つ。

 一連の動作は流れる様に無駄が無く、極めて迅速。

 しかし近接格闘の最中ならばともかく、10メートル以上離れた場所からの攻撃であれば、強固な結界を張ることも容易い。

 あの程度の炎弾では僕の防御を抜けられない。


 そんなことは彼もわかっている。


 罠だ。


(本命は下)


 土の中から炎弾以上の速度でこちらに向かってくる気配がある。

 炎弾は囮。

 そう判断し僕は下方・前方に強力な結界を構築。

 これで敵の攻撃を捌こうと思い――、


(いや待て)


 ――背後から僅かな気配。


(後ろ……)


 思考の間もあればこそ。

 前方から迫る攻撃を全て防ぐ。

 結界にぶつかったビロウガさんの魔術が爆発四散した。 

 その余波によって生じた衝撃、巻き起こる煙。


 一時的に視界が塞がれた。

 ビロウガさんの姿を見失う。


「……っ」


 そして背後から敵の気配を感じ、僕は反射的に結界を構築した。


 だが。


 背後を振り向いた瞬間に――最初に炎弾の迫ってきた方向、すなわち元々ビロウガさんがいた方向から今日一番の魔力を感じた。

 

(さらにフェイク!)


 振り向いた先から忍び寄ってきていた気配はビロウガさんが魔力で作った人型の幻。

 それを認識するなり、僕は再びビロウガさんに向き直るも、彼の腕には既に凄まじい魔力が満ち満ちていた。


 本命はこの一撃。

 ビロウガさんの右腕が魔力光によって眩い程の輝きを放っていた。

 先に受けたゴーレムの一撃など遥かに凌駕するだろう威力。

 とてもではないが瞬時に用意出来る結界では防ぐことが出来ないだろう。


「し……っ!!」


 疾風の如き一撃が僕の胸に放たれる。


 しかし。


「……」


 思考を超えて――反射的に僕の身体が動いた。


 少しでもビロウガさんの攻撃の威力を減衰するために前面に結界を構築。

 さらに地面の下に仕掛けておいた魔法陣を発動。もう一つの結界を展開。

 ビロウガさんの攻撃はそれら2重の結界を容易く貫通した。


 しかしほんの少し。

 結界によって威力が減じた。速度が落ちた。

 

(今……っ!)


 カッと目を見開き、ビロウガさんの攻撃を包み込むようにして両腕を広げる。

 腕の中心に渦を作るようにして魔力を回転。瞬時に出力可能なありったけの魔力を込めた。

 濃密な魔力によって形作られた小さな魔力の竜巻にビロウガさんの拳が触れた途端――竜巻を中心とした衝撃波が吹き荒れ、彼の腕の魔力が雲散霧消していった。


「なんと……っ!?」


 自分の渾身の一撃が無力化されたことに対して流石のビロウガさんも驚愕に目を見開いている。


 動きの止まった隙に僕は彼の胸に手を当てた。

 ビロウガさんのトーガを打ち貫き、魔力を帯びた僕の手のひらが彼の硬い胸板に触れる。

 もはや僕がその気になれば、彼の身体を破壊することは容易い状況だった。


「……続けますか?」


 静かに問いかける。


「……」


 ビロウガさんは、しばし呆然とした様子だったが、


「いや……これは私の負けですな」


 次の瞬間には老執事は潔く敗北を認めた。


「お見事です」


 先程までの洗練された鋭い気配が鳴りを潜める。

 僕を称えるビロウガさんの顔にはいつも通りの柔和な笑顔があった。


「あ、その……ありがとうございます」


 普段の好々爺に戻ったビロウガさんに褒められ、なんとはなしに僕は反射的にお礼を口にしていた。

 彼の表情は優しい。


 しかし。


「……最後の魔術……あれは一体?」


 この一点だけは気になるようだった。

 最後のビロウガさんの一撃を弾いたことを言っているのだろう。

 確かにあれほどの威力であれば、瞬時に発動させた障壁程度では木っ端微塵にされてしまう。

 彼とて必殺の一撃であった筈だ。

 

 だが実際には僕はビロウガさんの攻撃を防いで見せた。


「1つはこれですよ」


 種明かしをするように僕は足元の地面を指差した。

 そこには僕が罠を張った時に生じた魔力の残滓が微かに残っている。


「これは……」

「ゴーレムを無力化した結界と同じものです。この罠を戦闘中に実験場の9箇所に設置しました。僕が立っていた場所も罠を設置した箇所の一つです」


 あらかじめ準備しておいたその発動術式をビロウガさんと僕の間に展開したのだ。

 流石に急場で作った結界のため、完全にビロウガさんの攻撃を防ぐことは出来なかったが、それでも魔力は多少減衰する。瞬時結界を組み合わせれば尚更だ。


「ゴーレムを止めたあの2つだけではなかった、と?」

「はい」


 ビロウガさんの言葉に苦笑しつつ僕は言った。


「流石に2箇所だけでは誘導するのも大変ですので」

「なるほど……全く気づきませんでしたな」

「まぁ、足元から魔力を送っていつでも発動出来るようにセットしておくだけですから……戦闘中であればもっと大きな魔力が行き交っていますし気づきにくいと思います」


 とはいえ彼が知りたがっていることは別だろう。


「そして最後の魔力の竜巻ですが……『螺旋法』による高密度魔力力場生成の応用です」


 僕が一息に言うと、ビロウガさんは目を丸くした。


「聞いたことがありませんが……」

「えっと、その……マリンダが勝手にそう呼んでいるだけですので」


 螺旋法とは物理的にではなく、螺旋を描くように魔力を扱うことで、様々な魔術の強度を上げる技法のことを指す。

 編み出したのも、名付けたのもマリンダだ。

 物理的にも捩れの力によって強度が増したり、威力が上がったりすることに着目したマリンダは魔力でも、それを実践した。

 そして確かに様々な場面において威力・効果の向上に結びつけることに成功している。


 とはいえ、『魔力を捻る』というのは通常の流れとは掛け離れている所業だ。

 魔術も作りにくい。

 場合によっては螺旋法を組み合わせたことで失敗することも珍しくない。

 しかも魔術の劇的な向上が望めるかというと、そこまででもない。習得までの苦労を考えれば尚更物足りなく感じられるだろう。

 などといった負の部分が目立ち、マリンダは螺旋法に関しては特に口外していなかった。まぁそもそも、そう簡単に真似出来る技でもない。


 それに今回の技は厳密には螺旋法ではない。

 要領は同じだけれど、単純な力技なのだ。

 強力な魔力による干渉は空間に影響を及ぼし、魔術のように形ある力を掻き乱す。力場の影響を受けた魔術は、本来の効果を維持することが出来ずに消えてしまう、というわけだ。

 特別な魔術を構築しているわけではないので、発動までの時間が僅かで呪文詠唱も必要無い。

 まぁ……瞬時に魔力の渦を作るのはかなりの練習が必要だけれど。


「……本当に強引な力技ですので、相当の魔力がなければ既に構築された相手の魔術を崩すことは出来ません」


 もう一つ言えばかなりの魔力密度を必要とするため、広範囲の魔術に対しては使えない。

 先ほどのビロウガさんの攻撃のように一点突破を狙った高火力の一撃を防ぐ時にこそ真価を発揮する技法だった。


「なるほど」


 僕の言葉に深く頷くビロウガさん。


「これはなんとも……完敗、ですな」


 だが言葉とは裏腹に彼は満足そうな表情をしていた。


「それにルノワールさんは本気では無かったでしょう?」


 更に彼は晴れやかな顔で言った。


「えっ?」

「貴女は私の攻撃を見事に防いでいましたが、一度も貴女からは仕掛けてはきませんでした」

「あ、っとそれは……」

「いえ、よいのです」


 ビロウガさんは優しく微笑む。


「実際に貴女には私を圧倒するだけの実力がありました。ふふ、まだまだ私も精進が必要ですな」


 その表情に触発されたのか。

 自然と僕も微笑んでいた。


「お互いに、ですね」

「左様。人生は短い。歩みを止める暇などありません」


 と、いつの間にかユリシア様が傍までやって来ていた。


 僕とビロウガさんは静かに低頭する。

 その様子を眺めながら、僕達の主人は言った。


 いつものように陽気な口調で。



「じゃあ次はわたしね、ルノワール?」



「えっ?」


 戸惑う間もあればこそ。


 ユリシア様の手のひらが僕に向けられる。


 直後、迸った蒼い魔力光が僕の視界を埋め尽くした。


 





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