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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第4章 内乱
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第百二十七話 壁の内側

 

 緊急避難用に予め鉱山の裏側に用意しておいた魔法陣。

 二人して転移をしてきた僕とイゾルデは、警戒するように周囲に視線を向けた。

 とはいえ少しばかり鉱山から離れた目立たぬ一画だ。

 元々人の気配の無い場所に魔法陣を設置したのが幸いし、人影は見当たらない。


「さて、と」


 無理矢理の侵入では限界があった。

 しかし鉱山内部の様子を少しでも探れたのは収穫だろう。


「やっぱり捕虜の中に紛れ込む他ない、か」


 これ以上鉱山、というよりも、あの謎の壁の内側を知ろうと思えば、それしか方法が無い。


「……」


 無言で月を見上げるイゾルデに声を掛けた。

 

「イゾルデは――どうしたい?」

「……」


 しばらくは僕の問いにも答えずに佇んでいたイゾルデであったが、やがて彼女は静かに呟いた。


「……貴方に従うわ」


 イゾルデの視線が真っ直ぐに僕に突き刺さる。

 彼女に頷きを返した僕は振り返り、睨みつけるような瞳を鉱山へと向けた。




   ☆   ☆   ☆




 揺れる馬車内は当然の如く、快適とは程遠い在り様であった。

 馬車の追跡を開始し、中に紛れ込むまでに大凡4日を費やしたが、入念な準備が功を奏したのか、僕とイゾルデは全く疑われることもなく、鉱山の検問を潜り抜けていた。

 

 両腕と首には、対象者の魔力を封じ込める手枷と首輪。

 麻布一枚だけを身に纏わされた、まるで奴隷のような捕虜たちの中に僕とイゾルデは居た。 

 薄汚れている、とは言っても、ロスト・タウンの住人と似たり寄ったりだ。

 この程度の衛生環境、劣悪な衣服などは珍しくも無い。

 自慢ではないが、最底辺の暮らしぶりには慣れている。


「……」


 現在僕とイゾルデが着用しているのは、偽の手枷と首輪だ。

 実はこの魔法具を作成するのに多少の手間を要した。

 帝国が用いている拘束具と同じ程度の魔力を放ち、同じ程度の魔力を封じ込める力を持っていながらも、僕とイゾルデの血液を染み込ませる事で、いとも容易く外す事が出来るようになっている。


(……老若男女問わず、か)


 周囲に軽く視線を向けてみる。

 優れた体格の成人男性が居れば、まだ年端もいかない少女の姿もある。

 平時ならば温和な雰囲気を纏っているだろう眦の優しい婦人も、今や目は虚ろであり、光は失われていた。

 当然のことながら誰の瞳の中にも希望は無い。

 これから自分達を待ち受けるだろう辛い未来を思い、敗北した故郷を思い、絶望に打ちひしがれていた。


(可哀想、だけど)


 痛々しい彼らの姿には同情を覚えるし、胸も痛む。

 とはいえ無闇矢鱈とこの場で彼らを解放したとして。


(その後どうなる?)


 既に彼らの故郷は、家は、帝国に奪われているのだ。

 行き場が無い。

 むしろ無責任にこの場から逃がしても、より辛い未来が待つだけだ。

 酷な事かもしれないが、この場所に居さえ出来れば、帝国側も、少なくとも表面上は彼らを捕虜として扱うだろう。

 であれば、今後のデロニア上層部の働きかけ次第では、鉱山にやって来た彼らも真っ当に故郷に帰る事が出来る可能性がある。


 万が一ここで彼らを解放したとして。

 よしんば帝国の手から逃れたとして。


(そういう人達が……ロスト・タウンへ流れ着くのかな……)


 ぼんやりとそんなことを考えていると、やがて荷馬車が右に大きく旋回した。

 覚えがある十字路。


(そろそろ、か)


 鉱山内部の碌に整備されていない道をガタゴトと大きな音を立てながら進む荷馬車。

 荷馬車の中に居ても、ある程度は現在、鉱山のどこに居るのかは把握出来る。


 そっと身じろぎしつつ、隣へと目を向けると、まるで本当の捕虜の人達と同じように虚空をひたすらに眺めるイゾルデの姿が在った。

 化粧もしておらず、普段の迫力満点の為りは完全に身を潜めている。

 その様は実にこの場に溶け込んでおり、違和感を抱かせなかった。


 やがて――馬車が止まる。


 僅かに鼓動が速くなったことを感じたが顔には出さない。

 以前に見た時同様に、幾人かの人間達が壁の門から出てくるのを感じた。


 声が聞こえてくる。

 

「……首輪はちゃんと機能しているな?」

「はっ! 確認します!」


 何やら時計の様な魔法具を手にした帝国軍人が荷馬車の後部の布を手で払いながら、僕達に顔を向けた。


「今から一人ずつ首輪の確認をする。抵抗はするな」


 そう言うなり、彼らは近くに居た少女の腕を乱暴に取り、手にしている時計のような魔法具を彼女の首筋に当てた。


「……いたい!」


 無造作に腕を引っ張られ痛みに顔を顰める少女。

 馬車内が俄かに殺気だったが、男の背後から無数の軍人達がやって来るのを見て、捕虜たちは抵抗を諦めた。


「問題なし」


 帝国軍人は手元の魔法具を確認し、一度頷くと、即座に少女の身体を易々と持ち上げ、近くに居た軍人に運ばせた。


「ゾフィー……大丈夫なの?」


 小声で囁くようなイゾルデの声に僕は耳をそばだたせた。


「……多分」


 恐らくあの魔法具は、実際に首輪に拘束能力や魔力を封じ込める作用があるかどうかを確認するための装置だろう。

 僕とイゾルデの首輪は、本物を見て僕が模倣した贋作である。

 とはいえ、限りなく本物に忠実に術式まで似せた(一部はカスタマイズした)ので、多分大丈夫……だと信じたい。


「おい、小僧」


 視線で促され、渋々と荷馬車の端に寄ると、彼は即座に僕の首筋に魔法具を当てた。

 内心ではかなりビクビクと恐怖心を覚えていたが、素知らぬ素振りで僕はぼんやり鉱山の高い天井を眺めていた。


「む?」


 そこで一度男は顔を顰める。


(えっ! な、なに、その反応!?)


 ドキドキ、ドキドキ。

 いざその時を迎えた事で、流石に心臓が早鐘を打っていた。


「いや何……お前さん、かなりの魔力量なんだな」


 軍人は一度だけ口角を吊り上げて嗤った。

 そうして自慢でもするかのように手元の魔法具を見せてくれる。


「ほら、ここにどの程度の魔力を封じ込めているか、っていう目安が色と大きさで表示されるんだが……ここまで大きな魔力量を持った奴は初めてだ。まぁ大凡の値だがな」

「……ふぅん」

「兵役でもしてたのか?」

「いや」


 ぶっきらぼうな口調で呟きながらも、僕は内心で冷や汗をかいていた。


(ま、不味い?)


 帝国軍人は別に怪しげな視線を僕に向けている訳ではない。

 まぁ時折数人は魔力量が高い人間は居るのだろう。

 そういった人間達の一人として、僕を物珍しく見ている。

 とはいえ、そんな人間が二人続けばどうだろうか。


「次、お前だ、女」


 平時であれば、イゾルデにこのような物言いをする人間は即座に冥界へと旅立つ事になるだろうが、今だけはイゾルデは辛抱強く、男に為されるがままになっていた。


「ん?」


 そして僕の時同様に顔を顰める帝国軍人。


「お前も……?」


 魔法具の偽装自体は上手くいっていても、こんな事から綻びが生じるのか。

 苦々しく思っていると、いつまでも訝しげな表情で固まる軍人に煮えを切らしたのか、一人の白衣を纏った壮年の男がやって来た。

 彼はいかにも研究者然とした人間であり、神経質そうな眼差しが、長く伸びた前髪の隙間から覗いている。


「何をしておる!? 早くせんか!」

「博士……しかし、この二人」

「何か怪しいのか!? だったら摘み出せ! こちとら、これから実験、という段になってから呼び出されているんだぞ!」

「いえ……怪しいというか……非常に大きな魔力を持っているようでして」

「なに!?」


 軍人の言葉を聞いた研究者は目を丸くして僕とイゾルデを見た。

 そして軍人の手元の魔法具を見るなり、下卑た笑顔を浮かべた。


「だったら好都合だろうが! 研究が捗る!」


 どうやら話しぶりからして、軍人の男よりも研究者の男の方が立ち場が上であるらしい。


「いえ、ですが……」

「どのみち首輪がある以上は逆らえん! 早く済ませろ! 私は研究室に戻りたいんだ!」

「は、はい」


 渋々ながらも頷く軍人。

 研究者に押される様にして、僕とイゾルデも先の少女達と同じようにして壁の内側へと誘われた。


(あ、あぁ~……ホッとした)


 ひとまず安堵のため息を心の中で吐きつつ、僕は視線を上げた。

 軽く上目遣いでイゾルデを見上げるも、彼女はいつにもまして無表情であった。


(なんか、イゾルデ……)


 様子が少し変だ。

 あの日、鉱山に侵入した時から、以前とはまた違う不気味で空虚な気配がイゾルデにはあった。

 とはいえ声を掛ける訳にもいかずに、僕は促されるままに壁の内側に足を踏み入れた。




   ☆   ☆   ☆




 硬質な硬い床を歩いて行く。

 前後には僕と同じ荷馬車で運び込まれてきたデロニアの捕虜たち。

 淡々と行進する様は不気味であり、怯えの表情を浮かべる捕虜たちに比べ、既に慣れ切った様子の帝国軍人たちの面倒そうな表情が対照的だった。

 

 やがて幾分も歩かぬ内に大きな広間のような部屋へと案内される。

 無機質な室内は簡素の極みとも言えるほどに調度品の類は無く、まるで牢屋のようであった。

 これから鉱山での労働を強いられるものと思っているデロニアの捕虜たちも不安げな表情で周囲の人々と顔を見合わせている。

 

 室内に100人ほどが集まった頃だろう。

 広間の入り口が閉ざされ、部屋の四方に存在する通気口の様な穴以外は外界から切り離された。

 

 これから一体何が起こるのか、と人々が考え始めた頃には、既に「シューシュー」という、空気が振動する様な音が聞こえてきていた。

 それは四方の通気口から漏れてきている白い靄の様な煙が入って来る音だ。

 

 戸惑いの声を上げる人々も空気を一度体内に入れてしまったが最後、虚ろな眼差しがやがて、ゆっくりと閉じていき、意識を失った。




   ☆   ☆   ☆




 人々が深い眠りへと誘われた室内で僕はゆっくりと瞳を開いた。


「毒……」


 自然と漏れた呟きが隣に居たイゾルデに拾われる。


「ええ」

「とはいえ身体にそれ程の異常は無さそうだし、昏睡させるだけかな」


 当然の如くイゾルデは肉体に全く異常をきたしていないようだ。

 僕とイゾルデは互いに毒にも耐性がある。

 二人ともが肉体の頑丈さにだけは自信があった。


 穏やかな寝息を立てている周囲の人々を見渡してみるも、命を落とす様な事態にはなっていない。

 どうやら眠らせることが目的のようだった。


「やっぱり労働させることが目的じゃない」


 もしも捕虜たちに鉱山でのミルグラフト探鉱を進めさせるつもりなのだとしたら、このような毒で眠らせるような真似はすまい。

 

「さて、と」


 催眠ガスが放たれた通気口に視線を向けるも、流石に人が通れそうな程の大きさではない。

 素早く入り口の扉へと近寄り、外の気配を探る。

 幸いにして何の気配も感じなかった。


「よし」


 僕は素早く右手の指先に切り傷を付けた。

 滴る血を媒介にして首輪に施した封印の術式を解き放つ。

 同じようにイゾルデも魔力を解放した。


 こっそりと部屋に入る直前に、外壁に貼っておいた小さな札。

 それらを媒介にして転移が発動可能であることを確認した僕は振り返り、イゾルデに向かって言った。


「行こう」


 



 

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