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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第1章 公爵家の事情
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第十四話 模擬戦

 

 ファウグストス邸の庭の東端には、少しばかり、他の場所とは毛色の異なる異質な一角が存在する。


 その場所は緑豊かな庭とは対照的なまでに土色だった。

 整地された地面は固く舗装されており、中央には大きな魔法陣が描かれている。

 それは強力な結界魔法陣だ。

 魔法陣の力によって、この一角から魔力が漏れ出ないようになってるのだろう。

 更には物理的にも外部から切り離すように入り口以外の部分は薄く金網が四方を取り囲んでいる。


「外で実験する時に使うのよ、室内じゃ危ないこともあるし」


 とはユリシア様の言。

 場所の名前も実に簡潔で、実験場と呼ばれているそうだ。


「今日はここで何をするのでしょうか?」


 僕は首を傾げながら尋ねた。

 今朝方シャワーを浴びていたらいきなり部屋に入ってきて、「ついてきて!」と言われただけだから、何がなんだかさっぱりですよ?


(というか……)


 朝からビックリしましたよ?

 ユリシア様はすっごく楽しそうな顔でニヤニヤしてましたけど。

 僕は恥ずかしさでいっぱいですよ?


「おはようございます、ルノワールさん」


 実験場には一人の老執事が待っていた。

 ファウグストス家で執事と言えば、もちろんビロウガさんだ。僕じゃない。

 現在この場所には僕とユリシア様、そしてビロウガさんの3人がいる。


「まずはこれを見て」


 言いつつユリシア様は地面に手を当てた。

 魔力を地中へと注ぎ込み、魔術を展開させる。


 直後。

 2箇所の土がどんどんと盛り上がっていき、次第にそれは形を変えていく。

 あれよあれよという間に、二つの土の塊はすぐに人の形へと落ち着いた。


「これはなんというか……とても精巧なゴーレムですね」


 ユリシア様が発動したのは、所謂ゴーレムを作成する魔術だ。

 土や鉱物といった物質を媒介にして、異形の人形を作り出す魔術。

 とはいえゴーレム自体はさほど珍しくもない。それほど高度な魔術でも無い。

 

 ただ……その完成度が異常だった。


「本当に……着色さえしてしまえば、人間と見間違ってしまうかもしれません」


 思わず感嘆の声が漏れた。


 人型を模すゴーレムも少なくはないが、これはその中でも更に別格である。

 現在男女それぞれ一体ずつのゴーレムが並んでいるが、遠目からならば完全に人間そのものだ。

 流石にここまで精密に人の姿をしたゴーレムを見るのは僕も初めてだった。


「ふふ~ん。最近新薬の調合との兼ね合いもあって人体の構造に物凄く詳しくなったのよ」

「……そ、そうなんですか」


 それってもしかして……いやもしかしなくても。

 

(僕が現在服用している薬ですよね……)


 内心で苦笑しつつ僕は尋ねた。


「それにしてもここまで人間そっくりな見た目にした理由は……」


 自動操縦ではどのみちゴーレムは細かな動作をすることが出来ない。例え遠隔操作したとしても、人間のような自然な仕草を真似することは難しいだろう。

 もちろんそういったゲートスキルであれば可能かもしれないが、通常の手段では精々雑に動かす事が出来る程度の筈だ。

 故にここまで人に似せることにはあんまり意味がないと思う。


「そこはほら……趣味?」

「な、なるほど」


 愛想笑いしか出来ない。

 だけど妙に納得してしまう自分もいた。


「いや一応ちゃんとした意味はあるわよ? ここまで人に似せたゴーレムをたくさん並べておけば、戦場なんかでは相手に対する牽制になると思わない?」


 慌てて付け足すユリシア様。


「偽兵、ということですか?」

「そそ」


 う~ん。

 そう言われると確かに。


「……一理あるような」


 ないような……。


「でっしょ?」


 しかし僕の同意する返事を聞くと満足そうにユリシア様は胸を張った。

 これまたどこか子供っぽい仕草。

 失礼かもしれないけど本当に可愛らしい人である。


「今日はちょっと模擬戦でもやってもらおうかと思ってね~」


 彼女は少しばかり声のトーンを落とし、呟いた。

 どうやらようやく本題に入ったみたいだ。


「はぁ……模擬戦ですか?」

「そそ。わたしのゴーレム2体とビロウガを相手にね」


 彼女の言葉に誘われる様にして、僕がちらりと目線を向けるとビロウガさんは柔和な微笑みを見せた。


「ルノワールさんも日々の鍛錬を欠かしていないようですが……たまにはこういった催しも勘を鈍らせないためには必要かと思います」


 あ、ビロウガさんも乗り気なんだ。


「……確かにそうですね」


 魔力操作と肉体の鍛錬は日課となっているが、流石に対人戦闘訓練までは行っていない。

 少し前まではマリンダ相手に組手はしていたけれど、現在は残念ながら相手がいなかった。

 今回の模擬戦。ビロウガさんも望んでいることならば、僕としても断る道理はない。


「ちなみに獲物は?」


 僕のスカートの下、両足の太ももには対になる様にして2本のベルトが巻かれている。

 2本のベルトにはそれぞれ、トンファーが固定してあった。

 昔から愛用している武具であり、有事の際に使用できるように日頃から僕は携帯しているのだ。

 別に名工の手で作られた業物、などではない。

 僕が適度に使いやすいサイズに固めた、ただの鉄の棒である。


「あぁ……うーん、武器の類は今回は無しで。ゴーレムもそのへん考えてないし」

「承知しました」


 僕が確認を終えると、ユリシア様が僕の背後に向かって手を振った。


「というわけで皆を呼んだから」

「は?」


 ユリシア様に促され背後に目を向けると、実験場に向かって歩いてくるメイド達、そしてメフィルお嬢様の姿が見えた。

 シリーさんはいない。おそらく玄関口の詰所にいるのだろう。


「面白い試みだしね。ルノワールの実力の一端を知ってもらう良い機会だと思うし」


 上機嫌に鼻歌を歌いつつユリシア様は僕に背を向けた。


(模擬戦、か)


 戦闘の勘を失ってしまうことにでもなれば、それは護衛としては致命的だ。

 時にはこういった訓練も重要である。


 実験場の外へと視線を動かすと興味深そうにこちらを眺める屋敷の人々と目が合った。

 イリーさんなどは僕に向かって手を振っている。

 なんだかとっても楽しそうに、はしゃいでいるけれど、今から僕とビロウガさんが戦う、ということを承知しているのだろうか。


(まぁ)


 例え誰が見ていようが、僕としても特に不都合があるわけではない。

 これはあくまでも模擬戦。

 奥の手まで披露するつもりなんてさらさらない。

 

 そして。

 10メートルほどの距離を空けて、僕はビロウガさんと2体のゴーレムと相対した。


「一応言っとくけど、殺すのは無しだからね」

「分かりました」

「心得ております」


 ビロウガさんと視線を合わせる。

 彼の表情はいつも通りの温和な老執事であったが、その身に纏う気配だけが平時とはまるで異なっていた。

 素早く練り上げられていく魔力。

 洗練された老執事の纏う覇気がどんどんと高まっていくのを感じる。


「じゃあ始め!」


 ユリシア様の合図と共に。


 ――ビロウガさんの蹴り足が僕の眼前に迫った。




   ☆   ☆   ☆




 ずっしりと身体全体に響くような衝撃。


(……重いっ!)


 右腕で受け止め、反撃の姿勢を見せた途端、ビロウガさんは即座に僕から距離をとった。

 同時に僕の背後から火炎が迫り来る。

 振り返る事無く、僕は無詠唱魔術でその炎の渦を弾き飛ばした。


「ふむ」


 彼は真剣な眼差しのまま一度頷き、髭を撫でる。

 今のはただの様子見だろう。


 そして一拍の後。


 離れていながら、身を圧迫するような強いプレッシャーが僕に襲いかかった。


 老執事の全身を覆うようにして魔力が満ちていく。

 力強く、そして乱れることなくビロウガさんが身に纏ったのは、淡く発光する魔力の輝き。

 その光は老執事の老練さを体現しているかの如き紫色だった。

 

 『トーガ』

 

 トーガとは体内の魔力を身体を覆う鎧へと変化させる魔術だ。

 戦闘魔術師が戦闘で使う基本の魔術にして、最大の奥義でもある。

 物理、魔力の両面において身体を守り、肉弾戦時に相手にダメージを与える技法。

 

 トーガはただ強力な魔力を纏えばよいかというとそうでもない。

 魔力が強くなればなるほど制御が難しくなり不安定にもなる。

 更には分不相応な強い力を行使すれば、すぐさま魔力切れを起こして戦闘どころではなくなってしまうだろう。 

 

 一流の戦闘魔術師であれば、自分が維持できる最適な魔力量で身体を覆い、インパクトの瞬間だけ、すなわち攻撃を相手に与える瞬間、相手からの攻撃を受ける瞬間、その時だけトーガの強度を爆発的に高めることが出来る。


 とはいえあくまでトーガは戦闘用の魔術であり、ミストリア王国の一般教育過程で習うことはない。

 この国でトーガに習熟しているのは軍人か騎士団。もしくはビロウガさんやユリシア様のような特殊な立場の人間だけだ。


 そして僕も。


 身体の内に眠る魔力を迸らせた。

 僕の全身を魔力による白い光が包み込む。

 全身を巡るトーガの力強さを感じた。


 紫色の魔力を纏うビロウガ=ローゼス。

 対峙している僕は白色の魔力によって包まれていた。

 僕がトーガを纏うとそれに対抗するようにビロウガさんが纏う魔力も膨れ上がる。


 直後。


 旋風のようにビロウガさんの拳が上方から襲いかかって来た。

 同時。

 足元の地面が土魔術によって僕の足を絡め取る。

 更に。

 ユリシア様の操るゴーレムが僕の背後から凄まじい勢いで走り込んできた。


 強力な魔力を帯びた上方からの攻撃で僕の意識を奪う。もしくは受け止めさせることで時間を稼ぎ、よしんば土魔術で行動を抑制し、ダメ押しでの背後からの一撃。

 初手で全てを決しようと言わんばかりの連撃だ。


 しかし。

 

「ふっ!」

 

 呼気に合わせるように魔術を展開。


(わざわざビロウガさんの攻撃を受け止める必要はない)


「むっ……」


 ビロウガさんの攻撃を受ける前に僕は前面に即座に結界を発生させた。

 ノータイムで作った障壁のため、大規模な魔術は防ぐことは出来ないが、現在ビロウガさんが右腕に纏っている魔力の程度から察する威力では破壊されることはないだろう。

 結界作成と同時に、足元の魔術をレジスト。土魔術による拘束を解除。

 身体を逸らして背後からの攻撃を僅かに躱す。そして躱す勢いのまま膝を折り、腰を捻った。ゴーレムの顎めがけて、踵を持ち上げて後ろ回し蹴りを放つ。


 常人ならば顎が砕けるほどの威力を込めたが、ユリシア様お手製のゴーレムの強度は伊達ではなかった。態勢は崩したものの、頭部が破壊されるようなことはない。

 上体が僅かに逸れたゴーレムに追い討ちをかけようとしたが、その前にビロウガさんが結界をぶち破り迫ったため即座に上空に回避。


 しかし飛び上がると、すぐさまもう一体のゴーレムが飛びかかってきた。

 先ほどのビロウガさん以上に凶悪な魔力を迸らせながら真っ直ぐに、僕に拳を向けるゴーレム。


 再び僕はその攻撃を瞬時結界を張って防ごうとした。


 だが。


 僕の結界が下方からの魔力光線の一撃で消え去った。

 下に視線を向けるとそこには右腕をこちらに向けたビロウガさんの姿。

 彼は先ほどのやり取りで再び僕が結界を張ると踏んだのだろう。

 そしてゴーレムに対して最適な援護行動を選択した。


 すなわち。


 間隙を縫ってゴーレムの拳が迫る。


「くっ!?」


 全身を揺さぶるような衝撃。

 ゴーレムの鋭い一撃が僕の鳩尾に突き刺さった。間一髪で打点をずらし、いくらかの衝撃は逃がしたがそれでも無傷というわけにはいかなかった。

 ここでのけぞってしまえば敵の追い討ちを許す状況になってしまう。

 肉体に鞭打ち、ゴーレムの突きを受けると同時に、上空から風魔術で発生させた突風でゴーレムを地面に叩きつけた。

 僕はそのまま空中に足場となる結界を発生させて、中空から下の様子を見つめる。


(これ、きっついなぁ)


 僕のトーガによる防御を突き破ったゴーレムの攻撃は想像していた以上の重さを伴っていた。

 

(なんとかインパクトの瞬間に打点をずらしたから大丈夫だったけど、まともに喰らったらやばかったかも)


 ユリシア様が魔力を込め、操っているという事実を忘れてはいけない。

 あのゴーレムもビロウガさんと同じように非常に危険な存在だ。


 そしてこのあたりからビロウガさん達の戦法が変化した。






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