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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第4章 内乱
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第百十九話 王国の後継者

 

 その日、曇り空の広がるアゲハ北端、栄えあるミストリア王宮では厳かな空気が蔓延していた。

 未だに完全に修繕が終わっていない王宮の広場には幾人もの貴族、そして彼らの私兵たる騎士団が並んでいる。


 広場の中央に設けられた即席の玉座に座しているのは現ミストリア国王――ラージ=ミストリア。

 ラージ国王は、どこか不安げな表情を隠さずに、側近の大臣達に時折目配せをしたり、終始落ち着かない様子であった。

 彼は眉目秀麗な青年時代を過ごし、壮年となった現在でも、その容姿には華やかさが残っているが、男性的な力強さは全く感じられない。

 重要な事柄には大臣や公爵の言を容れるばかりで、碌に自身で物事を決断してこなかった経験の乏しさが、ラージ国王の頼りなさに繋がっていることは間違いが無いだろう。


 帝国相手にしてもそうだ。

 初めに使者としてやって来た帝国の人間の言葉を素直に受け取り、ラージ国王は自身では何一つとして対応策は打っていない。

 すなわち、ミストリア王国とメフィス帝国は友好国であり、不戦条約を結んでいるので侵攻をする訳が無い、と考えているのだ。

 近頃のミストリアの王族を象徴するかのようなラージ国王であるが、今この場においても、国王としての威厳には乏しく、その存在感は決して大きくは無い。

 それは国王以外のミストリアの血族達も似たり寄ったりである。


 しかし唯一人。

 ラージ国王の娘の一人に頭一つ抜けた迫力を持った少女が居た。

 ラージ国王の周囲にはミストリア王家の血縁者達が立ち並んでおり、その中にはカナリア=グリモワール=ミストリアの姿も当然在る。


 カナリアは先の王宮で起きた動乱以降、明らかに様子が変わった。

 美しい容姿や明るい振舞いは健在であるが、何か大望を抱いたかのような、やるべき事を見つけたかのような、芯の通った『強さ』が随所に見られるようになったのだ。

 近頃の彼女は普段から、忙しそうに何やら動き回っている。

 その痩身から放たれる若々しい覇気に加え、爛々と輝く瞳の輝き。

 兎にも角にも周囲の人間から見て、その変容は明らかであり、貴族達は僅かに鈍い警戒心を抱いていた。


 とはいえ、この場においてはカナリア以上に圧倒的な存在感を放っている存在が二つ。

 一人は紅牙騎士団の顧問であり、己の師匠でもあるグエン=ホーマー子爵を背後に引き連れたユリシア=ファウグストスだ。

 日頃の柔和な雰囲気は鳴りを顰め、現在の彼女は公爵家当主の座に相応しい威厳に満ちている。

 端麗な容姿を華美になり過ぎない白を基調とした正装で包み込み、背筋を伸ばした彼女の背中は何よりも頼もしい。

 眦は険しかったが、全身から放たれている貴族としてのオーラは他者と比較すれば突出していた。


 他方、広場内においては、ユリシアとは反対側で黙している壮年の男性。

 ゴーシュ=オーガスタスも異彩を放っており、その存在感の大きさ、不可思議な迫力は決してユリシアに劣ってはいなかった。

 整えられた髭を軽く撫でつけつつ、彼は自信に満ちた眼差しで直立している。

 

 誰も彼もが王族が場に居るにも関わらず、実際に広場の主役として対峙しているのは、ユリシア、ゴーシュの両名であると理解していた。

 二人は涼しい顔付きで佇みながらも、時折鋭い視線を通わせている。


 定刻となり、大臣の声が鳴り響く。


「今日集まって頂いたのは――」

「無駄な口上は不要だ」


 だが間髪入れずにゴーシュが大臣の言葉を遮った。


現在・・の王国のやり方に倣っていては日が暮れてしまう」


 皮肉を口にする様にゴーシュが述べると、付き従う部下の如き、サーストン公爵、テオネーゼ公爵も頷いた。その他にもゴーシュの背後にはミストリア王国の過半を占めるだけの貴族達の姿が在る。

 顔を赤くさせた大臣を一瞥し、ゴーシュは己がこの場の支配者であるかのように言った。


「オーガスタス家に眠りし、真の『審判の剣』! これが本物かどうか、そして――」


 一際鋭い視線をラージ=ミストリア並びに王族達に向け。


「――現在の王族が本当に玉座に座するに相応しいかどうか。確かめてもらいたい」


 まるで舞台演劇の役者のように高らかにゴーシュが告げると、付き人の如き少女が彼の背後から現れた。

 彼女は両手に『何か』を手にしていた。

 丁重な手付きで、その『何か』に掛けられていた麻布を振り払い、少女はまるで騎士が宣誓をするように膝を折り、ゴーシュに差し出した。


 一つ頷き、ゴーシュは『それ』を掴みあげると、高々と天に掲げた。

 

 鞘に納められし黄金に輝く宝剣。

 ミストリア王国の秘宝――『審判の剣』を。




   ☆   ☆   ☆




(……本物ね)


 苦々しい思いでユリシアは顔を顰めた。

 王家の側に眠る『審判の剣』も同時に運び込まれたが、その真贋は確かめるまでもない。


 それなりの見識や造詣など無くとも、その剣同士には、歴然とした差が在る。

 ゴーシュ=オーガスタスの手にした宝剣はまさしく、国宝の名に相応しいだけの威容を称えているではないか。

 剣から漲る圧倒的な迫力と美しさ、そして燦々と照りつける太陽の如き眩さは、かの剣が唯一無二の物であることを証明していると言っても過言ではない。

 更には、その宝剣は見ているだけで人間の心に大きな傷跡を残すかの如き、力強い魔力を放っている。

 この場で立っているだけでも、気圧されてしまう程の力をユリシアは感じていた。


 一方、王家の側が持ってきた『審判の剣』は明らかに劣っていた。

 確かに見事な造詣、本物と瓜二つの姿をしているが、どう考えても、その剣には大賢者カーマインの残した秘宝たるだけの魅力、力は感じられない。

 万が一、王家の側の宝剣が本物であったとしても誰も信じることはないだろう。


「……」


 ラージ国王も無言の内に思わず生唾を飲み込んだ。

 いや、この場に居る誰もが同じような感想を抱いたに違いない。

 『審判の剣』は平時、強力無比な結界に守られており、その姿をこのような近くで、日の元で、目の当たりにする事が出来ないのだ。

 王家の結界にしても、王族、というだけで解除出来る程生ぬるいものではない。

 王族であれば鎮座されている『祈りの間』まで入る事は出来る。しかし結界の先へ進む事は出来ない。

 ミストリア王宮の宮廷魔術師達が総出で解除するために秘術を用い、3日間もの時間が掛かったのだ。


 そうしてようやくお目見え出来たというのに……ゴーシュの手にした宝剣に比べてしまえば、ラージ国王の目前に存在する剣などガラクタ同然である。


「さて……」


 自信たっぷりにゴーシュは言葉を紡いだ。

 さしもの彼も、かのユリシア=ファウグストスですら圧倒されている姿を見て心地よい気分を味わっていた。


「どちらが本物か……論ずる必要があるだろうか?」


 無い。

 どちらが本物かは明白だ。


 しかし。


「お待ちください」


 ユリシアがゆっくりと、内心の動揺など露ほども感じさせぬ泰然とした態度で声を上げた。

 ゴーシュの元に集っている貴族達は顔を顰めたが、王族並びにゴーシュに追従していない貴族達はユリシアの声に希望の光を見た。


「なるほど、確かにその『審判の剣』が本物であることは間違いが無いように思われます」


 この言葉に異議を差し挟む者は居なかった。

 ゴーシュは無言でユリシアに視線を向けている。


「……」

「しかし、古来、何らかの諸事情があり、王家の信頼するオーガスタス家に宝剣が一時的に預けられたのかもしれません」


 ユリシアの言は淀みなく流暢だった。

 その声色からは、自信の無さなど微塵も感じられない。


「国王陛下並びに王族の方々を前にして不敬な発言をお許しください」


 頭を下げ、予め断りを入れたユリシアは続ける。


「もしかしたら往時、何らかの王宮内での異変、争い事が生じ、その時、最も安全だと思われたオーガスタス家に預けられたとは考えられませんか? オーガスタス家は王国建国時より続く名家中の名家。王宮にとっても所縁の深い信頼出来る臣下に秘宝を託したのかもしれません」


 何の証拠も無い詭弁だ。

 論拠としては非常に弱い。


「王家の長い歴史を考えれば、そういった内密の有事が存在していたとしてもおかしくはないと思われます」


 いや、これは論拠ですらない、唯の推測である。

 もっと俗な言い方をしてしまえば、いちゃもんを付けているに過ぎない。


 だがそれでも構わないとユリシアは思った。

 明確な証拠こそ無くとも、ゴーシュの持っている剣はスレイプニルの動乱時に盗み出された物だと彼女は半ば確信している。

 ここでその事に触れ、剣の所在の怪しさを告発してもよいが、大切なのは剣の『出自』ではない。


 最も重要な事は、剣の力とカーマインの血族封印だ。

 確かに今現在『審判の剣』を持っているのはゴーシュ=オーガスタスだろう。

 しかし、かの宝剣も王族の人間でなければ真価を発揮出来ない筈だ。


 もしもカーマインの封印すら解除していたとしたら――。


(その時は――)


 荒れ狂う様な内心を悟られまいとユリシアはポーカーフェイスを貫いた。


「重要なのは――『審判の剣』は真の相応しいミストリア国王に力を与える、ということです。この場で国王陛下が剣を手にし、力を引き出せるかどうかを試して頂くのはいかがでしょうか?」


 ユリシアが言い終わると同時。


「くくっ」


 ゴーシュ=オーガスタスは確かに薄く嗤った。


 己の勝利を確信したかのように――。




   ☆   ☆   ☆




 おずおずと。

 自信なさげにゴーシュより宝剣を手渡されたラージ国王は、手にした秘宝の重みに手を震わせていた。

 それは何も重量に由来する重みでは無い。

 己こそが真の王族だとする自信の無さから来る震えであった。


 ゆっくりと額を流れる汗を拭う事もせずに、ラージ国王は鞘に収まる剣の柄に手を伸ばす。

 傍に控えるユリシアの促すような、しかし優しい微笑みに僅かながらの勇気を得たラージ国王は一思いに剣を鞘から引き抜いた。


 直後。


「おお!」


 広場内には喚声が広がった。

 鞘に収まった状態ですら素晴らしい輝きを放っていた剣であったが、引き抜くと更にその力を昇華させたのだ。

 輝きは広場中に広がって行き、剣から発せられる魔力の凄まじさに誰もが息を呑んだ。

 ラージ国王の緊張に満ちていた顔にもようやく笑顔が見えた。


 ユリシアも内心の安堵を隠しきれずに、思わず小さく息を吐く。


(『審判の剣』はラージ国王を王族だと認めている)


 目の前の輝きを見れば、それは明らかであるように思えた。

 

 だが。


「……」


 おかしい。


(……何故?)


 自分達にとって不利な状況が起きている筈なのにも関わらず、ゴーシュ陣営の貴族達の動揺が少ないのだ。


 ユリシアが警戒心を募らせていると、ゴーシュ=オーガスタスが口を開いた。


「なるほど、お見事ですな」

「そうだろう、そうだろう? オーガスタス公よ」


 気分良さそうにラージ国王が頷いて見せる。

 その顔には勝者の笑みが張り付いていた。


「失礼ながら――少しばかり剣を拝借してもよろしいでしょうか?」

「おお、いいとも! 王族以外には力を発揮しない、ということを証明してもらわなくてはな」


 ラージ国王の言葉を聞いたゴーシュの口元には嘲るような笑みが浮かんだ。

 しかしラージ国王はそれに気付かなかった。


「では失礼」


 ゴーシュ=オーガスタスが『審判の剣』を手に取った。



 その瞬間――広場は眩いばかりの輝きに包まれた。



 剣から発せられる輝きが急激に増したのだ。

 周囲を照らす神々しさは先程までラージ国王が手にしていた時の比では無い。

 迸る魔力も桁違いだった。

 神話の一幕であるかのような……まるで英雄の持つ伝説の武具の如き威容だ。


「……」


 言葉を失った王族一同を尻目にゴーシュは言った。


「『審判の剣』は真の相応しいミストリア国王に力を与える」


 その瞳がユリシアに向けられる。


「……っ!!」

「確か……そうだったな?」


 焦燥感を滲ませないようにユリシアが声を絞り出す。


(やられた……っ!!)


 そうは思っても、内心での苦々しさを露ほども感じさせぬ声色で言った。


「大変失礼ですが……私にも一度剣を握らせては頂けないでしょうか?」


 もしかしたら、単純に魔力量などの所持した人間の能力の多寡によって剣の力は解放されるのかもしれない。

 それは無いだろう、という確信を半ば抱きながらも、ユリシアは最後の抵抗を試みた。


 しかし。


「…………」

「どうかな? ファウグストス公」


 何も起きない。

 ユリシアが手にしても、『審判の剣』が力を発することは無かった。

 ラージ国王の時にすら劣る、どころか、そもそも輝きすら見せることはない。

 どれだけ魔力を込めようとも剣は何も反応を示さない。

 ゆっくりとユリシアが再びラージ国王へと剣を渡すと、ゴーシュ程では無いにしろ、剣は反応し、力を放ち始めた。


 そしてこれが決定的な決め手となった。


 この場に居る人間の中で、最も魔術師として優れているのは間違いなくユリシア=ファウグストスだ。

 それは誰もが認める所であろう。


 そのユリシアですら力を引き出せない剣から、ラージ国王のような魔術師としては凡才でしか無い人間が力を引き出した。

 そして、そのラージ国王を遥かに上回るだけの力をゴーシュ=オーガスタスは引きだして見せたのだ。

 その際に特別な術式などを使っている兆候などは微塵も無かった。

 

 すなわちその結果が指し示す事は――。


「さて……これ以上の議論が必要かな?」


 ――ゴーシュ=オーガスタスこそが真の国王に相応しい、という事。


 目を見開き無言で佇むユリシア=ファウグストス。

 そして蒼褪めた王族陣とは対照的に、ゴーシュに付き従う貴族達から歓声が溢れた。







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