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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第4章 内乱
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第百十八話 揺れる王国

 

 屋敷の中の空気は重く、皆の顔からは笑顔が失われていた。

 普段は家族を元気づけるアリーとイリーの姉妹でさえも、今回の一件に関しては強がる素振りを見せる事も出来ない様子である。

 とりわけルノワールの事を特に慕っていたイリーの動揺は大きかった。


 更には紅牙騎士団団長マリンダ=サザーランドの敗北という、俄かには信じがたい報告。

 これにはさしものユリシアでさえも、冷静さを完全に保つ事は出来なかった。

 初めはそんな訳無い、と。

 何かの間違い、もしくはマリンダが自ら姿を消しているのだろう、と考えた。


 しかし、娘のメフィルから齎されたイゾルデという女の存在。

 メフィルの目の前で、あのルノワールを圧倒し、挙句の果てにはマリンダを打ち倒したと公言したらしい。


 流石のユリシアも……どうすればよいのか分からなかった。


 そして。

 対処する時間すら与えられぬ内に、駄目押しのような宣誓がミストリア王宮内に布告された。


 それはルノワールがアゲハの街を去ってから2日後の出来事。


 度重なる不幸な急報続きで混乱するファウグストス家を巻き込んだ更なる変事が到来した。


「何なの、この馬鹿みたいな宣言は……」


 苦々しい口調で呟くユリシア。 

 対面に腰掛けるディルも心情としてはユリシアと同様だ。


 グエンから齎された報告書。

 その中にはこんな一文があった。


『現在のミストリア王国は不当な簒奪者によって統治されている。その施政が誠に優れたものであればこそ、偽りの王族に王国を委ねる事も看過していたが、近年の堕落した王宮に住まう偽者による政治は、もはや耐えがたいものである』


 今の王族は偽物だ、と。

 尚かつ自分は本当の王族を知っているぞ、と。

 仔細に渡り、そういった内容が書かれていた。


 あまりにも荒唐無稽な絵空事だ。

 こんな宣言を一体誰が信じるというのか。

 吟遊詩人の語り継ぐ伝説や酒場の酔っ払い達の戯言に等しい妄言だ。


『誠の王族は現在までその身分を隠匿し、座して王国が真の成長を遂げる事を待っていたが、帝国の脅威も差し迫った今、もはや一刻の猶予も無い』


 本当に王国の陥っている危機的状況を理解した上での、発言なのか。

 理解しているにも拘らず、こんな王族を貶める様な発言をしているのか。



『よって私――『ゴーシュ=オーガスタス』は真の王族の手に王権を復刻させることを、ここに宣言する』



 その文面に目を通し、ユリシアは普段は決して見せないだろう苦々しい表情で歯噛みした。


「まさか、よりによってオーガスタス公爵家とは、ね」

「同感です」


 ゴーシュ=オーガスタスはファウグストスを除く残りの公爵2家の当主と比較すると格段に理性がある人間だ。

 普段から冷静沈着であり、泰然とした態度は貴族達の中でも際立った存在である。

 日頃の発言にも粗は無く、豊かな知性を感じさせる男だった。

 ユリシアより貴族としての経験も多く積んでおり、まさしく、ミストリア王国を代表すると言っても過言ではない人物である。

 少なくとも表向きには、平民を見下すような態度を取ることもなく、ファウグストス家の次に市民に親しまれている公爵家は間違いなくオーガスタス家だろう。


「でも、何故……?」


 こめかみを押さえつつユリシアは呟く。

 何故。

 何故か。


 それが全く分からない。

 なるほど、これが本当にオーガスタス公の宣誓であるとすれば……その意図はどこにある?


「オーガスタス公は馬鹿じゃない」


 そうなのだ。

 他の貴族共とは違い、彼は頭がいい。

 闇雲に捨て鉢になった様に玉座を狙うだろうか。


(馬鹿な……)


 彼は現状をしっかりと理解している筈なのだ。

 

 今、王国に騒乱を齎せば……帝国の侵攻を許す事になるだろう。

 ミストリアが如何に大国であるとはいえ、内乱で疲弊した後に帝国の攻撃を受けてしまえば。


(泥沼の戦争が始まってしまう)


 それがオーガスタス公の望みなのだろうか。

 その先に何が見えるのだろうか。

 そんな不毛な行為の果てに彼は一体何を得るのだろうか。

 それほどまでに男という生き物は玉座を欲しがるものなのか。


「恐らく今までに掴まされていた情報にしろ、いくつかはオーガスタス公の撒いた罠だったと思われます」


 帝国の暗躍だとばかり思っていたが……。


「……彼ならば可能でしょう」


 それに不可解な点がまだある。


「それで……どの程度の貴族がオーガスタス公に賛同の意を示しているの?」

「驚くべき数ですよ……俄かには信じがたい程です」


 溜息と共にディルが呟く。


「ユリシア様と懇意に為さっている方々以外の……侯爵以上の家柄のほぼ全てがオーガスタス公に追従する構えを見せています」

「……」

「当然影響範囲は伯爵以下の貴族達にも及ぶでしょう。この国の領土の多くを実際に治めているのは『王家』ではありません」


 実際には王国とは名ばかりであり、既にこの国は半ば公爵達の手に委ねられている。

 とはいえ当然王族には、貴族達に対する命令権もあれば勅命だって下すことが出来る。

 しかし、公爵家には王族に対する拒否権があるのも事実。

 つまり嫌な命令には従わなくてもよいのだ。

 王族というのは、もはや象徴に近く実質的な権限は無きに等しい。


「それだけの貴族が何故……?」


 脅迫、だろうか。

 オーガスタス家による、貴族たちへの圧力――?


(いえ、それは考えにくい)


 今回のオーガスタス公の宣言は間違いなく、現ミストリア王国に対する宣戦布告、革命の宣言だ。

 いくら公爵家の力が強く、王族が弱い、とはいえ、王族は王族だ。

 ずっとこの国を長年に渡り、治めてきた。

 未だに国の頂点に居る事には変わりがない。

 民衆だって王家を尊重するだろうし、貴族達だって王族に対する尊敬・畏敬の念は少なからず持っている筈だ。

 何よりも歴史があり、王国の民としての矜持が誰の心にも多かれ少なかれ存在する。


(それをいきなり覆したりするだろうか?)


 たとえオーガスタス公が王家に『勝利』したとして。

 それこそ簒奪者の汚名が免れないだろう。

 国民は誰も納得しないだろうし、周辺諸国にしたって、王族への叛乱という不当な暴力で玉座を奪い取ったオーガスタス公を後押しするとは思えない。


 そんな状況を『勝ち馬に乗る』と貴族達は考えるだろうか。

 汚名を着せられ不透明な未来に生きる事が?


(有り得ない)


 ユリシアにはとてもではないが、そうは思えなかった。

 いくらミストリア王国が大国とはいえ、敵を増やし過ぎてしまえば、今よりも良い立場に彼らが付けるとは思えない。

 プライドだけは無駄に高い王国貴族達が、そのような状況を望む筈がない。


(考えれば考える程に……)


 不可解な点が目立っている。


(でも……)


 これだけ大胆な行動にオーガスタス公が出た、ということは――。


(この先にも――明確な『勝機』があるとしか思えない)


 それは王家を打倒した後のミストリア王国内でも十分な将来像を描く事が出来ている、ということ。

 

(つまり――)


 考えられる事は唯一つ。



『よって私――『ゴーシュ=オーガスタス』は真の王族の手に王権を復刻させることを、ここに宣言する』



 真の王族。

 これだ。

 これしかない。


(もしも本当に――)


 万が一、オーガスタス公の言葉通り、未だ世間に公表されていないミストリアの正当なる後継者が存在したとなれば、話の筋は通る。

 本物の王家の血筋であれば、たとえ最初は反感を抱いたとしても、国民達も納得の色をやがて見せるだろう。

 周辺国にしても、王家の血が絶えないのであれば何も言ってはこまい。

 極端な事を言ってしまえば、他国にとっては、ただの政権交代に等しい。


(でも、そんな、王族なんて――)


 少なくともユリシアには心当たりがまるでなかった。

 正直に心情を吐露すれば、実在するかどうかすら疑わしい。


 しかし『何か』があるのだ。

 貴族達全員が、一見すると荒唐無稽に思えるオーガスタス公の行動、宣言を後押しするだけに足る明確な理由。

 真の王族だと信じるに足るだけの理由が。


「……」

 

 ディルと二人で考えに老けこんでいると、荒々しくドアがノックされた。


「誰?」

「グエン=ホーマー様が屋敷に参られました」

「グエンが? いいわ、通して」


 しばらくすると執務室に紅牙騎士団の団長代理が姿を現した。


「ユリシア」

「一体どうしたの? そんなに慌てて」

「これを見てくれ」


 間髪入れずにグエンはユリシアに一通の封書を渡す。

 訝しげな表情になりながらも、ユリシアは罠の類が仕掛けられていない事を反射的に確認した後に、中に入っていた一枚の紙の上の文字に視線を滑らせた。


「……」


 しばし無言で茫然と。

 ユリシアは紙を持った姿勢から一切動く事が無かった。


 その紙はこんな一文で始まっていた。



『我がオーガスタス家には古来より代々受け継がれてきた秘宝が存在する』



 秘宝の存在を仄めかし、そして。



『正当なる王族を見極めし『審判の剣』

 これを持って、どちらが真のミストリア王国の継承者であるかを判断したく思う

 王宮に眠りし偽りの『審判の剣』と、我が家に伝わる真の『審判の剣』

 我が正当性を示す為にも、一度王家と私とで会見の場を持ちたいと願う』



 審判の剣。

 それによって自分の正当性を示すつもりだろう。


 文章の最後にはこうあった。



『我が名はゴーシュ=ミストリア。正当なるミストリア王家の血を引く者なり』



 静まり返る室内で掠れた様な呻き声がユリシアの口から漏れ出でた。


「馬鹿な……」


 オーガスタス公が……ミストリア王族の血を引いている?

 ではオーガスタス家はどうなっている?


 彼は一体何を考えて――。


「でも……そうか」


 一つだけはっきりした事がある。

 推測ばかりが先行し、合点がいかなかった一つの事案。

 どうしても目的が分からなかった……スレイプニルの行動理由。


「あのスレイプニルによる王宮への攻撃の目的は――」


 審判の剣を盗む事だった。

 あのタイミングで王宮を襲うに足る理由が、それ以外に考えられない。


「先の事件の事を踏まえればオーガスタス公に盗みの嫌疑が向けられるのでは?」

 

 ディルの質問に答える前に、ユリシアはグエンに問いかけた。


「実際に、王宮に今『審判の剣』は存在しているの?」

「ある。先程確認した。しかし」

「本物かどうかなど分からない、と」

「あぁ」


 それはそうだ。

 そもそもが『審判の剣』がどのような力を持っているのかも、定かではない。

 あの秘宝が使用されていたのは、それこそ乱世の時代だ。

 既に封印されてから長い月日が流れている。


「だけどそれは問題じゃない」


 実際問題として。


「恐らくオーガスタス公の『審判の剣』を見たであろう貴族達がこぞって……彼こそが真の王族だと認めているという事」

「万が一にも、それが事実であれば――」


 ディルの言葉に吐き捨てる様にしてユリシアは答えた。


「下手を打てば……オーガスタス家に敵対しようとするわたし達こそが逆賊の謗りを受け、王国から責め立てられるでしょう」







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