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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第4章 内乱
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第百十六話 矛先

 

 高まりゆく凄まじい暗黒の魔力。

 その迫力を前にして、まず初めにルークが思った事は一つ。


(ゲートスキルが……使えない?)


 どれだけ力を込めようとも『転移』が発動しないのだ。

 この周囲一体を覆い尽くす広大な黒い霧のせいだろうか。

 根本的な理由は分からないが、原因が目の前のイゾルデであることは明白だ。


(そんな技もあったのか?)


 とはいえ多少の動揺はあるものの、何も転移だけが少年の力では無い。

 

(逃げる事が出来なくなっただけだ)


 最悪の場合、この場からメフィルを連れて転移で逃げようと考えていたが、その手は封じられた。

 どのみちルークがここで止めなければ目の前の魔女は容赦なくその力を八つ当たりのためだけに周囲に振りまくだろう。

 その結果、巻き起こされるのはアゲハの破壊と大量の虐殺。

 そうなればメフィルだって再び心を痛めることになってしまう。


 ならば。


(やるしか――ない)


 初手から全力で白色の魔力光を煌めかせ、ルークはイゾルデに向かって突き進んだ。


「はぁっ!!」


 気合一閃。

 かの戦鬼ドヴァンとも撃ち合った渾身の右拳が真っ直ぐにイゾルデの胸元に吸い込まれていく。

 一流の戦闘魔術師であっても視認する事すら難しい神速の一撃。

 回避の素振りを全く見せない魔女は、ただ口元に微笑みを浮かべるばかりであった。


 そして。


「えっ……」


 いとも容易くイゾルデに直撃した。


 しかし。


「あはぁ」


 余りにも禍々しく、それでいて余りにも強力な、暗闇にも似たトーガがルノワールの拳を受け止めている。

 イゾルデは特別な防御などしていない。

 ただ眼前に黒い魔力を集中させただけだ。

 身動き一つすることなくルノワールの攻撃を防いでみせた。


「そんっ……な……」


 特別な魔術など何一つとして使用していないことが分かっただけにルノワールの受けた衝撃は大きかった。


 魔女が動く。


「あはははぁっ」


 狂気に満ちた笑みを浮かべながら黒い魔力が蠢く。

 黒く光り輝く魔力で形作られた腕が出現し、それがルノワールに向かって襲いかかる。

 

「くっ」


 横手から殴りかかってきた黒腕を結界で防ぎ、ルノワールは続けざまに攻撃用の結界魔術を展開した。

 前面の結界をイゾルデに向かって放つ。


「やぁっ!」


 己に向かって突き進んでくる白い結界の壁を見据えながら、イゾルデは再び笑う。

 その笑みに触発されたように、魔女の背後から魔力で形作られた無数の黒腕が出現し、結界をせき止めた。

 しかしその隙を突いて、ルノワールは既にイゾルデに手のかかる距離まで迫っていた。

 

 凄まじい魔力を込めたルノワールの右手がまるで刃のように細められ、イゾルデに向かって突き出された。

 ルノワールを包み込もうとする黒腕を弾き飛ばしつつ、彼女の手刀がイゾルデの首筋に放たれる。

 だがその一撃も……再び暗黒に満ちた不気味な黒い魔力の塊によって阻まれた。


(嘘でしょ……!?)


 今のは例えマリンダであったとしても、回避もしくは、何らかの対抗魔術を使わない限りは無事では済まない様な攻撃だ。


(それを……あんな簡単に……)


 戦闘を続ける内にルノワールの心にも周囲の霧と同じような黒い何かが溜まって行くかのようだった。

 更に苛烈さを増して無数の黒腕がルノワールの眼前に迫る。

 そんな中にあっても、ただイゾルデはいつまでも、いつまでも楽しそうに微笑んでいた。


「うふふ、あははぁ……」


 彼女の笑顔が、妖しい瞳が、ルノワールに昔を思い出させる。


 その時に感じていた圧倒的な……『力の差』というものを。


(そんな……こと)


 弱気になりそうな心を叱咤し、彼女は懸命に強い瞳を魔女に向けた。


「ねぇ、ゾフィー?」

「……」

「昔を思い出すわね……」


 まるで美しい思い出を語る様な口調のイゾルデであったが、ルノワールにとっては悪夢の様な思い出しかない。


「あの時も貴方はこうして私に歯向かってきて……」


 クスクスと笑みをこぼし、彼女は言った。


「ねぇ、ゾフィー。私はまだここから一歩も動いていないわよ?」

「っ!!」


 一歩どころか、イゾルデは腕一本動かしていない。

 妖しく微笑みながら語っているだけだ。

 

「うふっ。あははははっ!」


 突然大声で笑い出し、魔女は語った。


「あぁ……もうすぐまた貴女が私の物になってくれると考えるだけで幸せな気持ちになるわ」

「勝手な……事を……」


 言わないで。

 そう反論しようとしたルノワール。


 だが。



「私から貴女を奪った……忌々しい、あの紅い髪の女も、もうこの世には居ない事だし」



 ――。



「……ぇ?」


 初め、ルノワールはイゾルデの言葉の意味が理解出来なかった。


「今……なんて……」


 紅い髪の女?

 イゾルデからルノワールを奪った?


 つまり、それは――。


「マリンダ=サザーランドとかいう女。知ってるでしょう?」

「……っ!!」

「あはは、全く……貴女の母親気取りなんて、虫唾が走る……っ!」


 楽しげに微笑み彼女は続ける。


「あははぁっ! でももういいの!」

「なに、がっ――」



「あの女には私自ら――裁きを下したのだから」



 ゆっくりと確かな口調でイゾルデは告げた。

 ルノワールにとっては、到底看過出来ない一言を。


「……」


 歪んでいく視界の中、少女はようよう声を絞り出す。


「こ、殺した……の?」


 震える声でルノワールは尋ねた。

 怯えた少女の顔が可愛らしく、イゾルデは口角を吊り上げる。


「あはははぁ」


 そのどこまでも心を見通させない濁った表情。

 はちきれんばかりの歓喜の瞳。


 それを見てルノワールは悟った。


「そん……な、馬鹿な……っ」


 信じられない。

 あのマリンダが。

 誰にも負けず、あらゆる障害を取り除いてきた最強の魔術師が。



 死ぬなんて有り得る筈が――。



「あはははっ! あははははははっ!!」


 その時の事を思い出したのか、絶叫するようにイゾルデは吠えた。

 魔女の全身は一層黒く光り輝き、力強さを増してゆく。

 底知れぬ深淵へと続く強大過ぎる魔力が漲り、ルノワールの心を押し潰すかのようだった。


「あいつの絶望の顔を思い出すだけで愉快な気持ちになるわ!」

「っ!」


 でも。

 もしかしたら。

 目の前の魔女ならば。



 イゾルデならば、確かに――マリンダを。



(いや! 有り得ない!)


 それだけは絶対に無い。

 いくらイゾルデとはいえ、マリンダを早々簡単に殺せる訳がない。


 そう信じる自分がいるのと同時に猜疑心を抑えきれぬ自分も居た。


「あらあら、ゾフィー? 急に元気が無くなったわね? どうかしたの?」

「っ!」


 びくつく心。

 沸き上がる恐怖心。


 目の前の魔女は何もかもを見透かしたように微笑んでいた。


「うっ……」


 駄目だ、動揺している。

 マリンダの事だけではない。

 イゾルデの眼前に立っているだけで、得体の知れない震えが走り、思考が掻き乱されてしまう。


 未だに残る、幼い頃に抱いた払拭できぬ記憶。


 目の前の女がどうしようもなく――怖かった。


 そんな不安と恐怖を無理矢理払いのけるために。


「ぁぁあああっ!!」

 

 ルノワールは力の限り叫び、全力で魔力を放出した。

 もはや人目があることに憚っていられる程の余裕は無い。


 両手両足の『翼賛輪』が唸りを上げる。

 みるみる内に白色の魔力光が周囲の暗闇を吹き飛ばす程の輝きを増し、一瞬の後には、白銀の鎧を身に纏った美しき戦女神の姿が在った。


「『武装結界』!」


 奥義を駆使しなければ、目の前の暗黒の魔女とは同じステージに立つ事すら出来ない。

 ルノワールはそれを自覚し力を振り絞った。

 戦鬼ドヴァンとの戦闘での消耗から完全に回復したとは言えないが、イゾルデを相手に出し惜しみをするなど愚の骨頂だと悟ったのだ。


「まぁ、綺麗!!」


 まるで童女のように瞳を輝かせたイゾルデが歓喜の声を上げた。


「流石ね、ゾフィー! 貴女って本当にこの世で一番美しいわ!!」


 怪物の中の怪物。

 化け物の中の化け物。

 異常者の中の異常者。


 誰かがイゾルデをそう呼び、誰もがそう思っていた。


 その凶刃が今――己と主人に迫っている。


「はぁぁぁあああっ!!」


 裂帛の気合と共に、ルノワールの全身が幻影を残す程の速度で霞み、白光を纏いし拳が音速を超えて突き出された。

 武装結界による強靭無比なルノワールの攻撃を見たイゾルデが僅かに身じろぎする。


「あはぁっ」


 直後、魔女の纏う雰囲気が――一変していた。


 更に更に。

 深く深く。

 重く重く。

 暗い暗い。

 濃密と称するのも馬鹿馬鹿しくなる程の黒色の光が瞬き、イゾルデの全身を覆っていた。


 そして。

 魔女の背から無数の黒腕が生まれ出で、その中心に不気味で巨大な『瞳』が出現した。

 爬虫類のように細められた虹彩の奥から無限とも感じられるほどの強大な力を感じ、ルノワールの全身を圧迫する。


 その『瞳』が――ルノワールを『視た』。

 

「……ぇ」


 今まさにイゾルデを攻撃しようとしていた腕がだらりと下がる。

 不可思議な脱力感、そして再び沸き起こる得体の知れない恐怖心がルノワールの心に暗雲を齎した。

 全身から力が抜け、膝からくず折れかける少女。


(何が――?)


 一体全体何が起きたのか。

 理解は出来なかった。

 視線の先ではイゾルデは満足そうな表情で佇んでいる。


 だが。


「ルノワール!」


 愛しき主人の声が――従者の活力になった。


「っ!」


 全身に再び力が漲っていく。

 身体を包み込む、あらゆる不調・恐怖、それら全てを払いのけた。


「やあああぁぁっ!!」


 『瞳』に屈しなかった事が意外だったのだろう。


「!?」


 ここにきて、初めてイゾルデの顔に驚愕の色が浮かんだ。

 瞬く間にルノワールの拳がイゾルデの黒き魔力にぶつかり、激しく嘶いた。


 白光と黒光の衝突。

 今度はルノワールの拳も力負けをしていなかった。

 じりじりと力同士が押し合い、魔女の表情に苦々しい感情が宿る。


「ちぃっ!」


 忌々しげにイゾルデはルノワールの背後にいる少女に目を向けた。

 愛しきゾフィーに祈りを捧げる様に佇むメフィルをまるで仇敵のように睨みつける。


「小娘がぁ……っ!!」


 吐き捨てる様に吠えたイゾルデ。

 彼女は怒りの籠った声色で叫んだ。



「まずは貴様が消えろ……っ!!」



 黒き輝きがルノワールの眼前を通り過ぎていく。


「えっ……!?」

 

 ルノワールの一瞬の動揺の後。

 イゾルデの背後の黒腕の内の2本が、真っ直ぐにメフィルに向かって走っていった。


 





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