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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第3章 王宮の陰
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番外編 ユリシア=ファウグストスの失敗 ~後編~

 

「補助? それはユリシアの支配魔術への抵抗を助けるということか?」

「うん、そう」


 頷くルークにマリンダは疑問を呈した。


「いや、待てよ。そもそもその支配魔術を解除出来ないのか? お前ならば――」


 彼女には己の息子の技量に対する絶対の信頼がある。

 自分は器用な魔力制御や魔術の解除などは苦手であるが、ルークならば。

 しかし少年は難しそうな顔で眉根を寄せた。


「うーん、どういう風に失敗しているかも分からないし、僕は支配魔術に精通している訳ではないから……外側から無闇矢鱈と力を加えるのは避けたい」


 ルークは冷静に言葉を返す。

 ここで下手に魔術を刺激して最悪の事態が起きるような事があってはならないからだ。


「そうか……お前の見立てでは、支配魔術に抵抗するユリシアを補助するのが最善だと思う訳だな?」

「うん。ユリシア様の方が間違いなく僕よりも正しい抵抗を行えるだろうし、それが一番確実だと思う」

「……よし」


 マリンダはルークの言を全面的に信じた。

 そこに一切の疑いの色は無い。


「それでいく」


 こと魔術、魔力の精密操作・制御において、ルークを上回る魔術師をマリンダは知らない。

 未だ幼さを残したこの少年の実力は、既に間違いなく大陸最高峰に位置するものだと彼女は確信していた。

 そんなルークがユリシアの体内の魔力の様子を探った結果、導き出された結論であれば信頼に値する。

 まぁ、元々彼女は自分とルーク以外の人間の誰にもユリシアの事を任せるつもりなど無かったが。


「時間はどの程度かかりそうだ?」

「ごめん、そこまでは分からない」

「そうか」

「もしかしたら何か解決策が見つかるかもしれないから、マリンダ達は出来れば、ユリシア様の読んでいた支配魔術について調べて欲しい」

「了解した」


 一言頷き、彼女はミユリに視線を向けた。


「ミユリ、手伝ってくれるか?」

「はっ、はい、喜んで!」


 他の遠巻きにマリンダ達の様子を見守っていた宮廷魔術師達も、事態の推移を理解し、ルークに応援する様な視線を向けていた。

 ちなみにこの研究室に出入りする宮廷魔術師達は、王宮内でサザーランド親子に嫌悪感を抱いていない、恐らく唯一の集団であろう。

 彼ら彼女らは、皆この二人の実力を認めており、時には共同で魔術の研究をしたりする程度には仲が良かった。


「他の人達も……悪いな、騒がせてしまって」


 宮廷魔術師達は皆一様に、マリンダの謝罪の言葉にも温かく苦笑しつつ、協力を惜しまない友好的な表情を浮かべていた。




   ☆   ☆   ☆




 少年は優しく声を掛けた。


「……失礼します、ユリシア様」


 美しく白い手の平に、ルークは己の手を重ねる。

 そしてゆっくりと丁寧に、ユリシアに届くようにと魔力を流していった。


 ルークは瞳を閉じてユリシアと向かい合い、集中力を研ぎ澄ませ、全神経を魔力供給に傾けている。


「……」


 少年の手の平から伝わる温かな光。

 それが淑女の身体の中を優しく満たしていった。




   ☆   ☆   ☆




 何も見えない。

 何も聞こえない。

 そして……凍える程に寒い。


 釜を覗き込んだ直後に、わたしは自分の肉体の変化を感じた。

 途端に手足が動かなくなり、気付けば全身が硬直し、微動だに出来なくなったのだ。


 魔術実験の失敗を悟ったわたしは、徐々に肉体を蝕んでいく支配魔術の影響を軽減するべく、咄嗟に魔力を全力で迸らせた。

 それが功を奏したのか、わたしの意識は未だに鮮明としている。

 しかし漠然とした不安はあった。


 この状況をどうやって打破するか。

 少しずつ支配魔術を打ち消していっているが、果たしてわたしの魔力は持つのだろうか。

 気を緩めれば肉体は支配され、下手をすれば意識を手放したが最後、元に戻る事が出来なくなってしまうかもしれない。


(不覚だったわ……)


 この歳になって、調子に乗ったか。

 集中力の切れた状態での未知の魔術への挑戦。

 確認を怠り、才能に驕った結果がこれとは、なんとも情けない話である。


(それにしても……)


 寒い。

 支配魔術の影響だろうか。

 何故か体温が段々と奪われている様な感覚を覚えた。

 らしくもないが、暗闇が根ざす心の中で懸命にもがく。

 

 そんな時。


(あれ?)


 唐突に何か不可思議な光が現れた。

 正体不明の魔力がわたしを後押しするように、全身を包み込んでいくではないか。


(温かい)


 初めに感じたのは優しい熱だった。

 その真白に光り輝く温かな魔力が、わたしの活力となった。

 不安に思う心を打ち消し、それでいてそっと背中を支えてくれる。


『頑張ってください、ユリシア様』


 やがて声が聞こえてきた。

 それは最近になってよく耳にする様になった少年の声だった。


『マリンダが心配していますよ』


 そうか、マリンダが。

 親友の名前を聞くだけで不思議と力が漲ってきた。


『もうじき娘さんの誕生日なのでしょう? こんな所で遊んでいる場合ではありませんよ』


 諌める様な言葉の中に確かな優しさがあった。

 それはこの全身を満たす魔力と同じであり、どこまでも純粋で透き通っているように感じられる。


(そうか、これが)


 魔力というのはある一定の強さを超えると、まるで抑えきれぬ力が表出しているかの如く光り輝く。

 わたしは昔から、その魔力光の色合いは、その人の心を表しているのではないか、と思っている。


 ルークのそれは眩いばかりの白色だ。


 それはきっとどこまでも純粋で、温かく、優しい。

 そんな彼の心の現れなのだろう。

 全身を巡る少年の魔力がこの上なく心地よく、いつの間にか……わたしの心の中に蹲っていた不安が消え去っている事に気付いた。


『さぁ、もうじきです』


 やがて――わたしの肉体を蝕む支配魔術が弱々しく瓦解していく。


『もうひと踏ん張りですよ、ユリシア様』


(えぇ、そうね)


 わたしはその白い輝きに導かれる様にして両目を開いた。




   ☆   ☆   ☆




「あっ!」


 初めに声を上げたのは、ミユリだった。


 ゆっくりと瞼を開いたユリシア。

 彼女の眼前には、祈るような格好で己の手を握りしめている少年の姿が在った。


「目を覚ましましたよ、マリンダ様!」


 ミユリの声に誘われマリンダは視線を親友に向ける。

 彼女の眦は一瞬だけ優しく彩られ、すぐさま普段の鋭いものに戻った。


「なんだ、随分と寝坊だったな」


 つい先程まで、ミユリでさえ近寄りがたく思える程の真剣さで本を読み込んでいた人間とは思えない。

 マリンダの口調は軽く、表情にもからかうような笑顔が在った。


「たまにはぐっすり寝たいものね」


 肩を竦めつつユリシアがマリンダに笑みを返す。

 その時傍に居た少年が立ち上がり、ユリシアに対して恭しく頭を垂れた。


「おはようございます、ユリシア様」


 あどけない笑顔でルークが言うと、突然ユリシアが少年の頭を撫で始める。


「えっ?」

「ありがとう、ルーク」


 ユリシアはいつになく真剣味のある穏やかな声音でルークに感謝の言葉を投げ掛けた。


「え、あの」

「貴方の声が聞こえたわ」


 それだけではない。

 少年の心も。

 優しさも、温かさも、純粋さも、しっかりと感じた。


「あ、あの~」

「ふふふっ」


 マリンダの息子、ルーク=サザーランド。

 なんと良い子なのだろう。

 この歳にして既にその魔術の技量は洗練の極みにあり、それでいて驕り高ぶる事もなく、心の中に濁りが無い。

 彼の心の一端を暗闇の中で感じたこともあり、今やユリシアの少年に対する感情はマリンダに近いものがあった。


 周囲を見渡せば、数多くの視線がある。

 今回の自分の失敗のせいで、大勢の人に心配を掛けてしまったのだろう。


「ごめんなさいね、みんな」


 一言彼女が謝罪の言葉を投げ掛けると、誰もが皆口々に「気にするな」といい、微笑みかけてくれた。


 彼らの懐の広さに感謝しつつ、ユリシアも優しく微笑んだ。




   ☆   ☆   ☆




 時刻は既に日を跨ぐ宵時。

 わたしはその日、久しぶりに自分の屋敷へと帰ってきた。


「奥様お帰りなさいませ」

「ただいま、ウェンディ」

「夕食は召し上がられますか?」

「そうね……頂こうかしら。でももう遅いし、軽い物でいいわ。あと悪いんだけど、ちょっと書類の整理もしたいから……執務室まで持って来てもらってもいい?」

「はい、畏まりました」


 真っ直ぐに馴染み深い執務室へと直行し、わたしはソファに腰掛けた。

 窓からのぞく月明かりを見上げ、一人溜息を洩らす。


 近々迫った娘の誕生日。

 どうしても祝いたいと言って半ば強引に誕生日会を開きたいと申し入れてきた、ある侯爵の顔が脳裏に浮かんだ。

 年頃の息子がいる侯爵はあからさまにメフィルと自分の息子との間に面識を持たせたがっている。

 いや、もっと直接的に言ってしまえば恋仲に出来ないものかと画策しているらしい。


 それ自体は悪い事では無い。

 メフィルとて、しばらくすれば結婚を考えなくてはならない年頃を迎えることになる。

 女として、パートナーがいつまでも見つからない、というのは少しばかり可哀想だろう。

 そもそも、わたしとて見合い結婚であったが、夫の事は心から愛していた。


 故に渋々侯爵の押しに頷き、了承したのだが……。


「ふぅ」


 メフィルには特に親しい男友達も居ない。

 わたしの目から見て、「この子とメフィルが結ばれてくれればいいな」と思えるような人間にも心当たりは無かった。

 そういうこともあり、むしろわたしからメフィルの相手になってくれそうな人間を探していたぐらいだ――つい最近までは。


「失敗したかしら……」


 侯爵の息子をメフィルが気に入るとは限らないが……「この話が流れてくれないかしら」、と。気付けばわたしは随分と失礼な思考に耽っていた。

 そして今日、自分の手の平を優しく包み込んでくれた少年の顔を思い浮かべた。


「……」


 ルーク=サザーランドは、わたしの知る限り、同年代の王国貴族の男子の中では、間違いなく最も強く、最も勤勉で、最も優しく、最も信頼出来る。

 振る舞いには品があり、中性的な顔立ちは非常に整っている。

 いい歳をしたおばさんであるわたしだが……昼間のルークには思わず胸がときめいたものだ。


「はぁ……なんとかして」


 ルーク=サザーランドとメフィルを恋仲に出来ないものだろうか。


「……何を考えているんだか」


 そんなことを呟きながら、わたしも侯爵の事を笑えないな、と一人苦笑した。

 

 




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