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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第3章 王宮の陰
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第百九話 竜虎相搏つ Ⅳ ~咆哮~

 

 此度の戦闘において、戦鬼ドヴァンの顔に初めて焦りの色が浮かんだ。


(馬……鹿な……)


 未だ幼さを残した少女の力だというのか?


 あれが?

 あの力が?

 あの姿が?


 ドヴァンを遠目に見つめる瞳の色は澄んでおり、どこか穏やかさすら感じられる。

 その落ち着いた表情はまるで聖母のようだった。

 だがその身に纏う鎧は、その迫力は一体……何なのか。


 白銀の鎧をベースにして、所々が常に、捩じれ、渦巻き、荒れ狂っているような不定形で歪な形状。


 それでも一つに纏まっている。

 魔術として成り立っている。

 つまりそれは『力』として……制御出来ているということだ。


 あれほどの荒れ狂う力を。

 あれほどの暴虐の力を。

 まだ10代であろう子供にしては信じられない技量だった。


 これまでの戦闘ではドヴァンにも幾分か余裕があった。

 『神馬招来』からの『人馬一体』。

 今までの人生において、戦鬼がこの奥義まで駆使して敗れた事はただの一度も無い。


 己が最強、と自惚れている訳ではないが、それでも確かな自信と、長年生き残ってきた戦士としての自負があった。


「……っ」


 しかし今、目の前に。


 己を凌駕しうる力の持ち主が現れたではないか。


 身を襲うプレッシャー。

 震える肌は粟立ち、強者の覇気に中てられているかのようだ。

 心臓が早鐘を打ち、血液が沸騰するかの如く熱くなっている。

 久しく感じることの無かった、死を恐れる恐怖心。

 それを確かに感じた。


「……ははっ」


 だがこれこそが。


「いいぜぇ……おい……!」


 求めていたものでは無かったのか?

 

「俺を……討ち倒して見せろ……っ!!」


 腰を屈めた戦鬼は一息で吠え、次の瞬間ドヴァンの肉体と神馬アルスが再び重なり、一つになった。

 『人馬一体』は奥義に相応しい威力を誇る代償として、アルスという強大な力を身に宿すがために、肉体に凄まじい負荷が生じる技だ。

 一戦闘で何度も発動してよい魔術では無い。


 しかし。


(関係ねぇ)


 やるしかない。

 やらねば……己が殺される。

 瞳の奥に闘志を宿し、傭兵団団長は少女を見据えた。


 赤と黄金に輝く『人馬一体』戦鬼ドヴァン。

 白銀の鎧を身に纏う『武装結界・螺旋』ルノワール。


 極限まで高め上げられた戦士達の力の咆哮。


「うらぁああああああ……っっ!!」

「はぁあああああああ……っっ!!」


 魔力が唸りを上げ、大地が鳴動し、天空が震え、空間が歪んでいく。


 ミストリア王宮広場。

 最大にして最後の戦いが始まった。

 



   ☆   ☆   ☆




 蠢く結界がドヴァンの拳と激突する。

 全てを破壊する最強の一撃が結界を破壊しながらルノワール目掛けて突き進んだ。

 だが結界は渦のように唸りを上げながら、再生を繰り返しドヴァンの右腕を弾き、逆に螺旋を描きながらドヴァンに向かって絡みつこうとする。

 その力と速度は先程までの白銀の鎧とは比較にもならない程、強く、鋭く、速い。


「らぁっ!!」


 だがドヴァンもさる者。

 身を翻し、半身を逸らし、螺旋の渦を回避しながら右足を振り上げ、回し蹴りを放った。音を置き去りにする程の蹴り足が戦場で瞬く。

 

「ちぃっ!!」


 しかし半ばで『武装結界』に阻まれる。

 例え『人馬一体』状態のドヴァンであっても、今のルノワールには生半可な手では一撃入れることも適わなかった。


 そしてすかさず、ルノワールが動く。


 結界でドヴァンの蹴り足を弾いた直後、ルノワールの左腕が螺旋の渦を纏い、蠢く恐ろしい力の塊となって、戦鬼の脇腹に吸い込まれていった。


 足を引き、態勢を整え、右腕を前面に立て、防御の構えを取るドヴァン。

 ルノワールの拳が唸りを上げながら戦鬼にぶち当たり、甲高く鋭い衝撃音が響き渡り、周囲の地面が大きく陥没していき、そして。


「はぁっ!!」


 ルノワールの左腕が戦鬼の抵抗を真正面から撃ち破った。


「……ご、っは!?」


 全力の力を身に纏いし、ドヴァンのガードは脆くも白銀の鎧の前に砕かれる。

 衝撃を逃しきることが出来ずに、戦鬼の全身に痛みが走った。

 減衰しても尚破格の威力。

 ドヴァンの口から鮮血が僅かに漏れ出でた。


 衝撃も冷めやまぬままにルノワールの追撃が迫る。戦鬼はゲートスキルで無理やり己の身体をルノワールから遠ざけ、目の前の恐怖の螺旋の塊を退けた。


 一足飛びにルノワールから距離を取る。

 離れ、立ち上がり、ドヴァンはルノワールへと再び視線を向けた。

 

「……?」


 そこで戦鬼は訝しんだ。

 今の攻防は明らかにルノワール側に分があった。

 逃げるようにしてドヴァンは身を引いたのだ。

 先程までのルノワールであれば、即座に転移を使って追撃に出た筈。


(まさか……あの状態では使えないのか?)


 冷静な思考が蘇り、戦鬼はルノワールを観察した。

 圧倒的な力にばかり意識が持っていかれていたが、よくよく見てみれば、ルノワール本人の様子はどうか。

 完璧なまでにドヴァンの攻撃を防いだというのに、彼女は肩で息をしながら荒い呼吸を繰り返している。

 その表情に余裕の色は一切無い。


 それは『武装結界・螺旋』を発動する前にドヴァンの一撃が刺さったことによる影響もあるだろうが……あれはそれだけではないだろう。

 苦しそうに顔を歪めながら必死に歯を食いしばる形相。

 美しい顔には苦悶の表情がありありと浮かび上がっていた。


(そうか)


 『武装結界・螺旋』はあれほどの力を己の身の回りで制御せねばならない。維持せねばならない。でなければすぐさま解除されてしまうのだろう。

 それは恐らくドヴァンであっても想像出来ない程の超常の精神力と制御力、そして集中力を要している筈だ。

 故にゲートスキルを使っている暇など無い。

 そんな余裕が無いのだ。


(あの技もまた……完全ではないのか)


 そしてドヴァンは気付いた。

 気付いてしまった。


「……」


 この場で確実にルノワールに――勝利する方法に。




   ☆   ☆   ☆




 辛い。

 苦しい。

 頭が割れそうだ。


「はぁ……はぁ……っ」


 『武装結界・螺旋』。

 未だ不完全な奥義に僕の体力と精神は擦り減らされていた。

 少しでも気を緩めたら最後、白銀の鎧は雲散霧消していくだろう。


 この技は確かに強い。

 僕が母を超えるために考え出し、編み出した技だ。

 強力無比な白銀の鎧を更に螺旋法で強化することによって、無類の防御力、付随して同時に攻撃力も得る事が出来る。


 しかし代償として、他の魔術は一切使えなくなってしまう。

 そして何よりも致命的なのが――消耗が激しすぎる点だ。


 長期的に身に纏うことは出来ない。

 だから、早く、あの男を、倒さねばならない。


「はぁ……はぁ……」


 遠目に僕を見つめる戦鬼ドヴァン。 

 奴の探るような瞳と僕の視線が交差した。


「……」

「……」

 

 戦鬼は一度、何か物思いに耽るかのように思案顔を作り、次いで頭を振った。

 その瞳の中には紛れもない闘志の色が宿っており、纏う雰囲気は歴戦の戦士そのものだ。

 真っ向からその闘志を受け止め、僕は決意を胸に宿し、丹田に力を込めた。


 僕の勝利を願う主人の祈りの声が聞こえてくる。


 彼女が祈るというのならば、その祈りを成就させるために全力を尽くそう。


 僕はメフィル=ファウグストスの従者だ。


 なればこそ。


 主人の願いを叶える事こそ……従者の務めなのだから。


「……いくぜ」 

 

 短く一言。

 重厚な低音の声が僕の耳に届き、その時には既に戦鬼の肉体は音速を超え、一陣の風、いや光の塊となって、僕に向かって突進をしていた。

 同時に僕の肉体も戦鬼に向かって突き進んでいる。

 互いが互いの姿を視界に収め、一挙手一投足も見逃さないように、相手を見つめ、腰を落とし、拳を握りしめていた。


 渦巻く『武装結界・螺旋』の全魔力をその右腕に宿し、今の僕に出来る最大最強の一撃を放つ。

 かたや戦鬼の右腕に宿る魔力も、今日奴が放った中では間違いなく最高の一撃だろう。

 燃え上がるような凶悪な魔力がドヴァンの巨大な体躯全身を巡り、その全てを右腕の一点に集中させている。


 赤熱していく全身、尚光り輝き、広場を埋め尽くす、赤と黄金、そして白の瞬き。

 王宮全てを照らす程の光の嵐がミストリアの上空にまで伸びあがっていく。

 荒れ狂う魔力と光の中で僕とドヴァンだけが相手の存在を確かめ合い、挑む様にして声を張り上げた。


「おぉおおおおおおおおおおおお……っっっ!!!」

「はぁああああああああああああ……っっっ!!!」


 刹那の時の中。


 僕と戦鬼の拳がぶつかり合った。

 



   ☆   ☆   ☆




 世界の終焉を告げるかのような力の迸り。

 それら光の奔流が全て天へと昇り消え去った。


 残されていたのは崩壊した王宮広場。

 まるで荒野のような、その中央の空間に二つの人影があった。


 小柄な体躯の少女と巨漢の男。

 しばらくの間微動だにしなかったが、やがて打ちつけ合った拳が、ゆっくりと離れて行く。


「うっ……」


 少女が崩れるようにして、膝を地面についた。


「くくっ」


 そんな少女を見下ろしながら。

 対面する大男は口元を歪め、微かに、しかし確かに楽しそうに笑う。


 肩を揺らしながら微笑み、そして。


「――見事、だ」


 大男の身体が肩から倒れゆき、大地に伏した。


「……」


 仰向けに倒れ、瞳を閉じた大男を確認した後、膝を付いた少女が無言のままに晴れ渡る空を見上げた。


 ゆっくりと……まるで何かを掴むかのように右手を空に向けて伸ばす。


 雲は弾け飛び、彼女の視界の先には一面の美しい青空が広がっていた。

 突き抜ける様な青色。

 ぼんやりと空を見つめていた少女の視界の中を一羽の鳥が横切って行った。

 太陽の光を浴びて、キラキラと輝く尾を靡かせた桃色の小さな鳥。


 先程までの戦いが嘘であったかのように静まり返る王宮の中、少女の伸ばした手の平がギュッと握りしめられた。

 硬く硬く。

 何かを噛み締めるように、彼女は握り拳を作った。

 

 声は無い。


 それが彼女の勝利の咆哮だった。

 





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