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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第3章 王宮の陰
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第百七話 竜虎相搏つ Ⅱ ~武装結界~

 

 防戦一方の展開。

 相手の怒涛の攻撃の激しさに、ルノワールは明らかに押され始めていた。


「くっ!?」


 戦鬼ドヴァンと神馬招来によって生み出されたアルス。

 その両者の連携攻撃は見事という他無かった。

 中途半端なルノワールの攻撃は全て防がれ、渾身の一撃を放ったとしても、軽くいなされる。


「はぁ……はぁ……っ!」


 ここにきてルノワールがその端正な顔に初めて珠の汗を浮かべた。


「はははっ! おいおいこれで終わりかぁ!?」


 勢いの減じた少女を見つめる戦鬼。

 ドヴァンが挑発するように叫んだ。


「っ!!」


 その間も怒涛の攻撃が迫る。

 ドヴァンの拳、蹴り足、その間隙を縫うようにして突進を繰り返す神馬。

 時に結界で攻撃を逸らし、時に体術でもってドヴァンの攻撃を防ぎ、転移を使用しながら神馬をやり過ごす。


 しかしこのままでは埒が明かない。

 それどころか、一方的にルノワールの方が消耗していくばかりだろう。

 彼我の優勢は明らかだ。


 神に祈るように、両手を重ねるメフィル=ファウグストスの姿がルノワールの視界に入った。

 このような場であっても己の身を案じてくれる主人に彼女は感謝すると共に……不甲斐ない戦いを続ける自分に怒りの感情が沸き上がって来た。


(いいさ、ならば見せてやる)


 心の内で彼女の闘志に火が灯る。

 ぐっと両足に力を込め、彼女は拳を強く握りしめた。


 覚悟を決めたルノワールは全力で魔力を解放する。


「はぁぁぁっ!!」


 爆発的な力の奔流。

 それは先のドヴァンの神馬招来時にも決して引けを取ることは無かった。


「っ! おっと!?」


 ルノワールは気合と共に、一層強力な結界を展開した。

 膨れ上がる結界の衝撃がドヴァンとアルスを吹き飛ばす。

 

「!」


 一瞬の隙間。

 戦鬼達が怯んだ隙に、ルノワールは転移でドヴァンから距離を取った。


「まさか逃げる気か!?」


 ドヴァンは訝しんだが、ルノワールは心の中で毒づく。


(そんな訳が無いでしょう)


 ルノワールは静かに両腕の袖を捲くった。

 捲り上げられたメイド服の下。

 両腕の肘から肩に掛けて、一つずつ美しい装飾の施された腕輪が嵌っている。

 腕輪には種々様々な紋様による魔法陣が描かれていた。


 『翼賛輪』


 そう名付けられた魔法具の腕輪の中央。

 そこには親指程度の大きさの魔石が埋め込まれていた。


 スカートに隠れているためドヴァンからは見えないが、実は両足の付け根の辺りにもそれぞれ『翼賛輪』が嵌っている。


「……行きます」


 精神を集中。

 彼女は体内を循環する魔力を両腕、両足に流し込んでいく。 

 より正確に言えば、翼賛輪、そしてその中央の魔石に。


「ぐぅ……っ!! うぅぅ……っ!!」


 唸り声と共に練り上げられていく魔力。

 ルノワールの全身が直視するのも難しい程に白く輝き、莫大な魔力が4つの魔石を中心に渦を巻いた。

 強大と称するのも馬鹿馬鹿しくなる程の魔力量。

 ドヴァン以外の人間は全員が息を呑み、ルノワールから発せられる圧倒的なプレッシャーに慄いた。


 普段はルノワールの力強さに頼もしさを覚える面々であっても、ここまでの『力』になると話は別だ。

 いくら仲が良い相手であったとしても、余りにも超常的な『力』に出くわした時、本能的に人間というのは身体に怯えが走るものなのだ。


 ただ一人。

 戦鬼ドヴァンだけが幼子のように瞳を輝かせていた。


「おぉ……っ!」


 膨れ上がった魔力の渦が鎮静化していき、やがて一つの形に落ち着いていく。

 それは一瞬の出来事だった。

 白い光が僅かに収まり、少女の姿が光の中から現れた。

 

 刹那の輝きの後。


 

「――『武装結界』」



 己の秘儀の名を口にしたルノワール。


 彼女の全身はさながら天使を思わせる様な美しい白銀の鎧に覆われていた。




   ☆   ☆   ☆




 光の渦の中から歩み出た少女の精悍な顔を見て。


「……綺麗」


 思わず、といった調子でメフィルは呟いた。

 この場に居た者は大なり小なり、似たような思いを抱いた事だろう。

 

 白銀の鎧。

 全身を覆い隠すような形状は、重厚的であっても威圧的では無く、まるでルノワールの性格を象徴するかのように繊細な意匠をしていた。

 その白銀の鎧は艶やかな長い黒髪と混ざり合い、とても美しい。

 白色の光を纏う姿は、神話で語られる戦女神そのものだ。


 『武装結界』


 それはルーク=サザーランドが生み出した奥義。

 極限まで高め上げられた結界魔術の結晶だ。


 かの白銀の鎧は全部で7層の結界から形成されている。

 それぞれルークに可能な限りの強度を誇っており、例え破壊されたとしても、魔力さえ残っていれば瞬時に結界は再構築するようになっていた。

 内側4層の制御は魔法陣を埋め込んだ4つの魔石に預け、外側3層をルノワールがその場に応じて制御するようになっている。


 あらゆる攻撃を受けつけぬ7重層の結界の鎧。

 ルーク=サザーランドの奥義は鉄壁の防御の魔術であった。


「久しぶりに見たな」


 この場で唯一人ルークの奥義を知っているディルが眩しそうに少女を見上げながら言った。


「相変わらず……すげぇな……」


 『武装結界』はルークの鍛え上げられた武術を最大限に活かすことが出来る魔術だ。

 白銀の鎧は敵からの攻撃を全て防ぎ、尚且つ外側3層の結界を変幻自在に変化させ、強力無比な攻撃を繰り出すことが出来る。

 あの鎧を身に纏ったルノワールの拳の威力は先程までの比では無いだろう。

 強固な結界はそのまま強力な矛にもなるのだ。


 生半可な攻撃では『武装結界』1層ですら破る事は出来ない。

 ユリシア様の全力の赤光であっても、3層破れるかどうか、といったところか。

 ディルの知る限りにおいては、かつてあの白銀の鎧の7層の防御を撃ち破る事が出来たのは紅牙騎士団団長マリンダ=サザーランドの奥義『紅牙』だけだ。


(これ……俺の防御だけで大丈夫なのか?)


 ディルの前面には彼に可能な限りの防御結界が張ってあるが、正直に言ってしまえば、ドヴァンかルーク、そのどちらかの全力の攻撃が飛んで来れば、たちまち吹き飛んでしまうだろう。


 とはいえ、目の前で戦う二人は紳士的な人間であるし、こちらに向かって攻撃を放つような事はしないだろう……恐らく。


(だ、大丈夫……だよな?)


「おっと……」


 全身を襲うような衝撃が鳴り響く。


 再び始まった――超越者トランセンダー達の戦いが。




   ☆   ☆   ☆




 白銀の騎士に向かって神馬アルスが突進を敢行。

 その速度はまさに神速。

 常人であれば目で捉えることすら不可能だろう。

 しかし油断無く身構えたルノワールは、顔色一つ変える事無く、迫り来るアルスに合わせて拳を突き出した。


 アルスの一角がルノワールの伸ばした右腕の先端と衝突する。


 直後――アルスの上半身が消し飛んだ。


 黄金の粒子となって消えていく神馬。

 アルスの攻撃がルノワールの防御の前に敗れ去ったのだ。

 無論ルノワールの鎧とて無傷では無い。

 強力無比な結界の5層までが今の突進によって破壊されている。

 だがアルスも結界もたちまち再構成されていき、アルスとの撃ち合いの衝撃も収まらぬ内にドヴァンがルノワールの背後に迫った。

 

 凶暴な魔力を身に纏った恐ろしい右拳。

 今までであれば、回避するなり、防御結界を展開するなり、といった対処をしていたルノワールであったが、彼女は今度は防御を放棄し、真っ向からの撃ち合いに出た。

 ドヴァンの攻撃が鎧に突き刺さる。


「な……っ!」


 そして――流石のドヴァンも息を呑んだ。


 防がれたのだ。

 何もせずに。


 今まであらゆる物を破壊してきた戦鬼の拳は、白銀の鎧の半ばで止まっていた。アルスの時と同様に、その拳は結界を5層破壊するに留まっている。


 そして間髪いれずにルノワールのカウンターがドヴァンを襲った。

 結界で形作られた右腕の小手が一瞬にしてルノワールの顔ほどの大きさへと変化し、ドヴァンの脇腹に向かって放たれる。

 至近距離からの一撃であったが、戦鬼は見事に重心を後ろにずらし、ゲートスキルも用いて、威力を最小限に抑えた。


 しかし、それでもダメージは抑えきれない。


「がっ……ははっ!」


 腹部に突き刺さった攻撃にも怯む事無く、ただちに戦鬼は態勢を立て直してみせた。

 痛む脇腹を気にした様子もなく戦鬼は吠える。


「すげぇな、おいっ!」


 ドヴァンは尚破顔した。

 その表情には楽しくて楽しくてしょうがない、と書いてある。


 アルスの突進、そして渾身の攻撃も防がれた……にも関わらず戦鬼の余裕の表情はどういうことか。

 これには有利な状況に身を置いている筈のルノワールが顔をしかめた。


(まだ……何かあるのか?)


 彼女は『武装結界』を無敵の力とは考えていない。

 現に母親には破られている。

 警戒心を解く事無く、ルノワールは笑う戦鬼を見つめた。


「はは、なぁ、アルス?」


 ドヴァンは楽しげに神馬アルスの鬣を撫でる。

 優しい手つきだった。

 まるで本当の馬のようにアルスは気持ち良さそうに身を捻っている。

 

「……やろうか」


 そしてドヴァンとアルスが横並びになって再びルノワールに向かって突進を開始する。

 それは先程までの攻撃と何ら変わりなかった。


(なんだ? なに、を……)


 思考を巡らすも敵の狙いが分からない。

 ルノワールは睨みつけるようにして鋭い視線を敵に向けながら、再び両手両足に力を込めた。

 一瞬にして、すぐ傍まで迫るアルス、そしてドヴァン。


 カウンターの態勢に入ったルノワールを気にした様子もなく、彼らは足を緩めずに一気果敢に攻め込んだ。

 

「いくぜっ!!」


 ルノワールと接敵する直前、ドヴァンが声を上げた。

 その声に同調するかのように、アルスが嘶きを上げる。

 

 そして――、



「『人馬一体』!!」



 ――戦鬼と神馬が折り重なり合い、一つになった。



 煌々とした瞳を輝かせたドヴァンの全身が赤と黄金の交じり合ったような光に包まれる。


「……っ!?」


 瞬時の出来事にルノワールが驚愕の表情になったが、目の前の敵が待ってくれる筈も無い。


 空恐ろしい程の力がドヴァンの拳に満ちていき、ルノワールの白銀の鎧に突き刺さった。


 白銀の鎧の纏う結界の第1層、第2層を破壊し……尚も勢いは決して衰えず6層までを突破し、そして。


「そん、な……っ!?」



 第7層目の結界が――消えた。



「……ぁ」


 今ここに。

 白銀の鎧は姿を無くし、メイド服を身に纏っただけの少女の姿が露わになった。


 茫然としたルノワールの眼前。

 凶悪な笑顔を浮かべた戦鬼ドヴァン。


「おらぁっ!!」


 ドヴァンの攻撃の前に『武装結界』は弾けて消し飛び、ルノワールの身体が戦鬼の拳によって宙を舞った。






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