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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第3章 王宮の陰
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第九十九話 少女達の攻防戦 ~リィル=ポーター~

 

 二人の少女が背中合わせに、メフィル、カミーラ、マルクの3人を挟むようにして立っている。


「……さて、と」


 メフィルを手に掛けようとした男に冷ややかな視線を向けるクレア。

 睥睨するようにその傭兵を見つめながら、彼女は尊大な口調で言った。


「貴方には私の相手をしてもらいましょうか」


 その少女から発せられる魔力、覇気を感じ取り、スレイプニルの傭兵は息を呑んだ。

 油断ならない、どころではない。

 見た目は未だ幼さを残し、学生服に身を包んでいるような少女、その筈だ。


 それなのに。

 よもや己を超える実力を持っているのではないか。

 そんな思考が芽生える程である。


 また、このような場面であるにも関わらず、クレアの相貌からは緊張といった類の物は全く感じられず、終始堂々とした立ち姿を崩すことが無い。

 それがまた傭兵の警戒心を刺激した。


「はぁっ!」


 先に動いたのはクレア。

 トーガを身に纏い、魔力を高め、彼女の右拳が傭兵に向かって突き放たれた。


 


   ☆   ☆   ☆




 心強い。

 その力もさることながら、弱って来ていた己の心を叱咤してくれる。

 そんな意味でもクレアの存在がありがたかった。


 クレア=オードリーは強情で短気であっても、根は善人だ。

 加えて彼女の実力はリィルも身をもって知っている。

 今この場において、クレアの存在は希望の光に違いなかった。


「……」


(これでなんとかなる)


 そんな甘い思考を読み取った訳ではないだろうが。

 目の前の男は、リィルに向かって再び襲いかかって来た。


「しゃあっ!」

「ふっ」

 

 高速の一撃をなんとか回避する。

 しかし突きを回避するも、続けざまに水平切りが眼前を過ぎ、前髪を切り刻んでいった。

 

「くっ!?」


 リィルの目から見ても、男の身のこなしは見事の一言に尽きた。

 紙一重で避けたリィルは、咄嗟に男の顔面目掛けて無詠唱で火球を放ったが、傭兵の魔力の通ったナイフで切り裂かれる。

 だがその火球に一瞬とはいえ、男の意識が向いた際にリィルは懐に入り込み、右腕に力を込めた。


 瞬時に右腕の先端に魔力が通い、研ぎ澄まされた刀の如き、魔力によって象られた鋭い剣が出現する。

 それを傭兵の身体に向かって突き刺すようにして、振り切った。


「おっと!?」


 だがナイフの切っ先で、剣は僅かに逸らされる。

 剣閃を見切った見事な動きだ。行方を誤ったリィルの剣先が虚しく空を切る。

 男は一瞬だけ勝利を確信したような表情を形作ったが、直後にそれが誤りだと悟った。


「っ!」


 軌道が変わる。

 リィルの剣が形を変え、宙をスライドするようにして男の身体に追従していく。


「やぁっ!」


 右腕の動きに反応し、扇のように形状を変化させたリィルの剣が傭兵に向かって襲いかかった。

 一瞬の間に起きた剣の変化に、傭兵も顔色を変えた。全力で障壁を展開しつつ、己の不明を恥じるようにして、彼はその身を一歩退く。

 そうして、少し離れた距離から、よくよくリィルが右腕に纏っている魔剣に目を向けた。


 だが観察する時間を長々と相手に与えるつもりなどリィルには毛頭なかった。


「ちっ!」


 互いに風魔術で大地を掛けるようにして、男はナイフを、リィルは右腕の魔剣を振るう。

 時に刃同士が甲高い金切り音を発しながら、衝突を繰り返す二つの影。小柄な体躯を活かしながら高速で動きまわるリィル。傭兵も見事な体捌きでリィルの動きを時に阻害し、隙あらば高速の突きを放つ。

 お互いに決定的な一撃を中々決める事が出来ない。

 両者の近接戦闘術は拮抗していた。


「…………」


 やがて傭兵はトン、と地を足で軽く叩いた。

 次の瞬間、床がリィル目掛けてせり上がって来る。しかしリィルは即座にその攻撃を同じ土魔術でレジスト。男は続けざまに、水流を頭上から降らせた。だがいくら手数を稼ごうとしても、リィルとて熟練の戦士だ。この程度の攻撃では慌てることなど無い。

 リィルが水流の動きを抑え、男に再び剣を向けようとした時、彼は次は距離を取り、火球をこちらに向かって放った。

 これもリィルの魔剣であれば問題なく処理出来る。

 彼女は難なく傭兵の攻撃をいなしてみせた。

 続いて傭兵は霧を生み出し、リィルの視界を防ごうとする。


 その段になってようやくリィルは気付いた。

 突然の敵の攻撃方法の変更。

 近接戦闘による戦闘を放棄して、小技でリィルの撹乱を図るような行動の意図。


(まずい……っ!)


 時間を稼がれている。

 そう悟った。 

 

 敵はリィルの魔剣の弱点に気付いたのだ。


 リィルの魔剣は形状を自由に変化させることが出来、尚且つ、彼女が扱える魔術の中で最も高い攻撃能力を誇っている。

 武器の類を媒介するような技でもないため、いつでも使うことが可能だ。

 その半面、デメリットがある。


 魔力の消費が激しいのだ。

 この技は発動中は常にリィルの魔力を糧とし続ける。

 とはいえ、一度解除してしまえば、再び構築するためには更なる魔力が必要だ。


 故にリィルは短期決着を付けるつもりで攻撃を仕掛けていたのだが、どうやら敵はリィルの魔剣の性質を見抜き、時間を掛けることにしたらしい。


(このままでは、まずい)


 そうは思うも、恐らくこの魔剣でなければ目の前の傭兵と戦うのは難しい。

 覚悟を決める他なかった。


「やぁっ!!」


 魔剣一閃。

 霧を振り払い、一心不乱に傭兵に向かって突き進んだ。

 晴れた視界の先には油断なく身構える男の姿があった。

 彼は懐に左腕を入れている。

 

 そして抜き放った。

 もう一本のナイフを。

 男は僅かな淀みも無い動作で、迫り来るリィルに向かってナイフを投擲した。


「っ!!」


 リィルは魔剣を前面に広げ、ナイフから身を守る。

 だが鋭く飛翔してきたナイフの威力は望外であった。

 彼女の魔剣を持ってしても、軽々防げる物ではない。

 リィルの動きは止まる。

 ナイフの一撃を受け、たたらを踏んでしまったのだ。


 そして。

 致命的とも言える隙が生まれた。


「……ぁ」


 既に己のすぐ傍まで傭兵の男は滑り込んで来ている。

 リィルの態勢は不十分にも程がある。

 傭兵が右腕に持っているナイフを防ぐ術等無い。


 ゆっくりと世界が動き、目の前の男の顔がリィルの脳裏に刻まれる。

 それは殺すことに愉悦を覚えているような表情ではなかった。

 しかし、強敵と相対していることによる、満ち足りたような表情ではあった。

 今の彼はキサラと同じような心境にあると言っていい。


 敵のナイフが己の胸に向かって突き放たれていく。

 どうしようもない世界の最中、リィルは心の中で謝罪の言葉を口にした。


(申し訳、ありません……メフィル様、カミーラさん、マルクさん……)


 そして。


(お兄様……)


 ナイフが眼前に迫り、リィルは瞳を閉じ――、


(ルーク……)



 ――世界の動きが停止した。 



「「っ!!」」


 止まっている。

 目の前で硬直する傭兵の驚愕に満ちた表情。

 それらを視界に収めつつ、リィルは声を聞いた。


「リィル!!」


 我らが紅牙騎士団を率いるファウグストス家御息女の力強い声。

 その声に後押しされるようにして、リィルは傭兵よりもいち早く現状を理解した。

 そして理解したからには反射的に身体は動いていた。


 メフィル=ファウグストスという少女はユリシア=ファウグストスという天才魔術師の娘だ。

 その実力は誰もが認めるところであり、戦闘の経験値が乏しい事を除けば、リィルを軽く凌駕していけるだけの素晴らしい才覚を持っている。

 先程もう一人の傭兵にはアース・フォートレスを防がれたが、それでも傭兵は決して一撃でメフィルの魔術を破壊したわけではない。

 むしろ歴戦の傭兵を持ってしても、僅かな間とはいえ、動きを止める事が可能な程にメフィルの魔術が優れていたのだ。


 そう、一瞬だけならば――メフィルの魔術は敵の動きを抑制出来る。

 

(これが最後の好機……っ!)


 全身に活力を込め、リィルは吠えた。


「やあぁぁっ!!」


 メフィルの発動した結界魔術が傭兵の身体を包んでいる。

 目の前の男はようやく、メフィルの結界をナイフで切り裂くことに成功した。

 だが全てはもう遅い。


 既に完全に形勢が逆転した形になっている。


「っ!!」


 目を剥いて傭兵は反撃を試みようとするも、その時には既にリィルの魔剣が男の身体を袈裟切りに切り裂いていた。


「ぐっ!?」


 確実な決定打だろう。

 血飛沫を撒き散らしながらも、男は跳躍と共に後退した。

 まだ動けるのか、とリィルは目を見開いたが、流石に杞憂だった。


「……く、そ」


 やがて男は無言のままに、膝を付き、王宮の床に倒れ伏した。

 

「はぁ……はぁ……」


 荒い呼吸を繰り返しながら、倒れる男を未だ油断なくリィルは見下ろしていた。

 しかし一向に動きだすような気配は無い。


(……勝っ……た?)


 強かった。

 紛れもない強敵だ。

 以前にスレイプニルと戦った時に相対した傭兵よりも、今目の前に居る男の方が強かった。


(死を覚悟した)


 あの時、あの瞬間……メフィルによる援護が無ければ、今頃地に伏せていたのは、間違いなく己だっただろう。

 リィルは心の内でメフィルに多大なる感謝を捧げた。

 振り返ってみれば、そこには優しく微笑むメフィルの姿がある。

 このような場でも笑うことが出来る彼女は、なんて強い人なのだろうか、とリィルは思った。


 だが戦闘が終わり、冷静になった段になってようやく、もう一人戦っている少女が居た事を思い出した。

 振り返った先には二人の姿は無い。

 見れば廊下が破壊されており、二人の戦士は別の場所で激闘を繰り広げているようだった。


「クレアさんの元へ行きましょう」


 メフィルの言葉に逆らう者は居なかった。

 リィルを先頭にして、4人は再び歩き出した。






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