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電話

作者: 上原直也

 ラインは電波があまり良くなくて結局電話をかけることにした。

「もしもし」

 わたしは彼が電話に出ると言った。

「もしもし」

 と、彼も言った。

「どう?」

 わたしはからかうように言った。

「どうって?」

 と、彼はわたしの問いに、おかしがっている口調で聞き返した。

「小説。書いてる?調子はどう?」

「どうだろうね。あんまり調子が良いとは言えないのかな」

 彼は苦笑するように笑って答えた。

「そっか」

 わたしは彼の返答に、上手い感想が思いつかなくてただ頷いた。

「でも、まあ、せっかく書き上げて投稿してもどのみち落選することになるんだから、結局は調子が良かったとしても同じことなのかもしれないけどね」

 と、彼は言ってから、自嘲気味に少し笑った。

「……きっとそのうちにわかってくれるひとがでてくるわよ。だって、わたし、あなたの書く小説、結構好きだもの」

「良美はいいひとだな」

 彼は軽く笑って言った。

「いっそのこと良美が小説の審査員だったら良かったんだけど」

 わたしは彼が口にした冗談に、曖昧に口元を綻ばせた。

「ところでどうかしたの?」

 と、彼は少し間をあけてから訊ねてきた。改まったような、真剣な声だった。

「良美が電話してくるなんて珍しいなって思ったけど」

「ううん」

 わたしは取り繕うように微笑して言った。

「……ちょっとね、上手く寝付けなくて。誰かと話したい気分だったの」

 わたしは言った。

「で、こんなに時間に起きてそうなひとって言ったら、剛くらいしか思いつかなくて」

 今、部屋の時計の針は深夜の二時を指そうとしていた。

「まあ、確かに、僕は基本的に夜行性だけど」

 彼はわたしの発言に、苦笑するように笑って言った。彼の笑い声を聞いていると、何故だか安心するような気がした。

「今日ね、春の匂いがしてた」

 わたしは思いついたことを口に出した。今日、お昼の休憩時間に外に出た際に、春特有の、甘いような匂いがしていたのだ。

「もう三月も下旬だもんね」

 彼は今はじめてそのことに気がついたように言った。

「桜はまだ咲いてなかったけど」

「でも、もう時期なんじゃないかな」

「楽しみだな。桜」

「そうだね」

「みんなで最後にお花見にしたのってどれくらい前だっけ?」

「どうだろう。たぶん、もう、三年とか、それくらい前になるんじゃないかな」

「もうそんなになるんだ」

「季節が過ぎるのは早いよ」

 彼は微苦笑して言った。

「だって僕が東京に出て来てからもう四年が経つんだもんね」

「そっか」

 彼が住み慣れた町を離れて東京に出て行ったのは四年前の春だった。彼は東京に憧れがあるし、一度環境を変えてやってみたいのだとそのとき話していた。

「東京はどう?」

 わたしは訊ねてみた。

「楽しんでる?」

「どうだろうな」

 彼は苦笑して答えた。

「楽しいこともあれば、そうでもないこともあるけど……」

「またこっちに戻ってくるつもりはないの?」

 わたしは訊ねてみた。また彼と毎日のように会って話すことができたらな、と、懐かしいような、苦しいような気持ちになった。

「……今のところはまだ考えてないのかな」

 彼は言った。いくらか弱い声だった。

「……べつに東京に何があるっていうわけでもないんだけどね……でも……」

「せっかく東京にいったんだもんね」

 彼はわたしの言葉に、どう答えたらいいのかわからなかったのか、黙っていた。

 わたしは何年か前の、春の光景を思い出した。みんなで彼を駅のホームまで見送りに行った日のことを思い出した。

「また久しぶりにみんなで集まれたらいいね」

 と、わたしは言った。

「そうだね」

 と、彼も頷いた。

「……なんか剛と話してたら眠くなってきた。これでやっと眠れそうかも」

 わたしは口を開くと、冗談めかして言った。

「僕は良美の睡眠導入剤ってわけか」

 彼はわたしの科白に可笑しそうに微笑して言った。

「明日も朝早いの?」

 彼は気遣わしそうな声で訊ねてきた。

「うん」

 と、わたしは頷いた。

「朝の八時半には会社に着いてないといけないから。六時起きかな」

「大変そうだな」

 彼は微笑して言った。

「まあ、もう慣れっこだけどね」

 わたしは軽く笑って強がりを言った。

「なら良かったけど」

「でも、ありがとね」

 わたしは言った。

「何が?」

「上手く言えないけど、色々。剛と話したことで気分が落ち着いたっていうか、元気が出たっていうか、これでぐっすくり眠れそう」

「そう?」

「うん」

 わたしは頷いた。

「じゃあお休み」

 彼は言った。

「明日は寝過ごさないようにね」

「大丈夫。ちゃんと目覚ましかけて眠るから」

 わたしは軽く笑って言った。

「良美を起こすのには特大の目覚ましが必要そうだな」

 と、彼は笑って軽口を叩いた。わたしはそうかもねと言って笑った。

「今日は夜遅くにごめん」

「べつに構わないよ」

「小説頑張って。良い小説書けるといいね」

「そうだね。まあ、頑張ってみるよ」

「それじゃあ、また」

「また」

 わたしは彼が電話を切るのを待ってから電話を切った。


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