閑話 『のゝしり上手の住吉さん』
第三章へ入る前に、今回も千歳視点からの短編をお送りいたします。
暑だ。夏い。めらめらしてる。
天気いい日のみなとみらいは、みんなやたらと楽しそう。土曜だもんね、そりゃあそうだわ。授業あったの私立だけだわ。
遊覧船が白波立てて湾を横切ってくのが見える。
海か、良いなあ泳ぎたい。ここじゃなくって鎌倉とかで。去年の水着は事故ってたねえ。センスが中学生って感じで写真見てるとエッてなる。今年どんなだ、花柄系? 白のバンドゥとかも良き良き。
悲しいことにお金はない。
「高2の夏」が1度きりとか、信じたくない話じゃないか。夏休みまであとチョイの今、もう2度とないこのシーズンを私は早くも名残惜しんだ。あーウンそれな、アホです、わかる。けれど今年の私にとって、きたる季節を満喫するにはあまりに具合が悪かったのだ。
私は横浜のJK。怪異ハンター、とかやってます。
たぶん地元じゃ一番つよい。ハマをシメてるちゃんねーったら、住吉千歳と覚えるように。
……ウッソ、冗談。突っ張っただけ。怪異に荒れた世の中だから。それでも私はどこにでもいる、ごく普通の高校生なんだ。
「チー子、どしたー。元気なくない?」
「アイスちべたい。キーンてきてて」
「今のカワイイ」
「ン~あざお」
「塩対応かよ、ヤーヨ、チー子ぉ」
学校からの帰り道。アヤの綺麗な金髪も、日射しを浴びてギラついていた。赤レンガにあるアイス屋さんが超おいしいしインスタ映えで、前から行こう行こう言ってて今日はようやく来れたんだよね。
最近オニ忙しかったから、こういうスイーツとかを楽しむ平和な遊びが嬉しい私。いつめん尊い。ほんとアモーレ。
飛鳥は喋るのだって忘れてアイスをぺろぺろ食べていた。ホッペ付いてる。ギャンかわですわ……。
「昨日タケとさ、やったの、やっと。したらね、十分で終わったわけ」
「おー。何、駄目なの?」
「始めからだよ? 腰振ってる時間じゃなくて、オッパイ触り出してからジュップン」
「うそだァー」
「がち、で。あり得んくない……!? すーぐぶちこむ、クッソすぐ。濡れるの概念イチミリも無い」
「けははは、やぁばい、お腹よじれる」
「チー、笑いすぎ! 深刻だから! まだ付き合って二週間だしっ」
「地雷のオブザイヤーっしょ」
「ねえ無理、困る。マジさあ、何が『オレもう我慢しねーから』だよ。そのくせ出すのはピッと一発」
「リョー先輩のはエンドレスって、こないだ言ってたかと思ったら」
「あーあ! リョーくん、寄り戻したい!」
さすがにウケる。おもしろすぎた。タケ坊見かけによらずウブいな。男子ん中でもイジられてそう。男バス最速野郎、みたいな?
私はあんまりゲラったせいで、ひーひー言ってつんのめる。手を欄干に突き立てて、ふたたび海に目をやった。ようやく引いてく笑いの波を、吐き出すみたくフウと一息。
「アスはこの夏どうなの実際」
無口なユカが、ふと訊いていた。「最近そういう話聞かんし。……てかこないだ告られたのは?」
「ふ? んぇーと、その。まあね」飛鳥はコーンをむしゃむしゃしてる。
「はあ。その反応、振ったやつ」
「あんま知んない人だったもん……」
「ヒロとは?」
「えー。何でよ、やだよ」
「ライン来まくってるじゃん。脈じゃん」
「スタンプ押しても切れないんだヨ。映画行こってめっちゃ言われる」
「やっぱアッスはもてちゃうよねー。小動物系うらやましーぞ♡」
アヤがでっかいムネ押し当てて、飛鳥にぎゅっとハグをした。このコも割かし背は低いけど、やたらオシャレでグラマーだから敢えて言うなら小悪魔系だ。
飛鳥は、柔かい、やらかーい、って和んだ顔で連呼する。私はワの字に弛めた口で、アヤずるいー、って笑って言った。
「居ないんだっけ、スキな人」しゃがれた声でユカが念押し。
「……居なかあ、ないよ? 一応だケド。カッコいいかもなあって、ちょっと」
「おっ、誰。当てよ……わかった、吉田」
「違ーう、てかそれ超あてずっぽ!」
「それな? いやほら席隣だし」
「いーよ、いーから、絶対ユカちゃん知らない人だし。ハイおわりっ」
へー……ほおー。何だ今のは。私も初耳なんですがそれ。
言えよ、言えよ~、気になるじゃんね。今度ふたりの時とか聞くか。教えてくれなきゃこちょこちょしたろ。飛鳥、脇腹弱いんだから。
けっきょくついに今日の飛鳥は、そのまま口を割らなかった。
アヤはバイトに行かなきゃだったり、ユカも彼氏ん家に行ったりと。今日は早めに流れ解散。
みんなそれぞれ日常がある。私らいつもつるんでたって、違う暮らしがみんなある。さりげ、私は夜まで暇だ。
ちょっぴり不思議。嘘みたい。こういう日って久しぶりかも。普通のバイトもPIROもなくて、ご飯つくって食べて寝るだけ。私ぽくない。
――なんか、むなしい。
地元に帰ると商店街はお祭りみたく賑わっていた。夏祭りももうすぐだよね。あー、日が長い。西日暑い。
今、ものすごく飲みたい気分。
何を? ほらあの、甘い系。シュワっと、ホロっと、そういうの。
キュウリいっぱい買っちゃった。塩昆布和え、めーっちゃ進む。おいそこのセミ、笑ってんなよ。だァれがオヤジギャルだってのよ。
◇◇◇
うちは正直おかしくなった。5月くらいに、突然に。ママは実家に行ったきり。パパもハイパー多忙っぽいし。何でなのかはわかんない。ホントのところを知るのがこわい。
皆まで言うな。知ってるよ。そだよ、私は寂しいんだよ。
一人えっちも最近はする。前まで「間に合ってるからいい」とか、イキりまくって、しなかったけど。
だけど元カレ思い出すのも、さすがに今更感しかないよ。ここ1ヶ月、歴代みんな頭の中で使い古した。今日は最悪。さっきトイレでのけ反ったとき、後ろの蛇口に頭ぶつけてクソ萎えたってか死にたくなった。
スン、と私は鼻をすすった。
いったい何やってんだろ私。この青春のピークってのは、去年くらいで終わってたわけ?
「痛っ……た」
まったく狭いトイレだ。私ん家ならまだマシなのに。文句言ってもしゃーないわ。ここは衛介ん家なんだから。
アイツは今日は、仕事日か。また妖怪と戦ってんだなあ。せいぜい死なずに帰って来てよ。なるべく早く戻っといでよ、夕飯ラップしとくから。
何だろ。不思議。一日ってさ、こんなに長いもんだったっけ。この頃たまーにあるこの感じ。家でぽつんとインスタ見てると夜がほんとに長いんだ。
シャワーって、神。汗と一緒にいろんなものを流してくれる。謎にモヤモヤする感じとか、あの月一のイライラだとか。「水道代がもったいねえからあんま長湯はすんな」って、最初によく言われてたっけ。
でも私、ぼーっと何も考えないで頭にシャワーかけるの好きだな。もう4、5分は流しっぱ。夏は最高。ひーぃ冷たい。
ザッ、と鏡に水がかかって自分の姿が目に飛び込んだ。
うーむ何これ。マッチョかよ。打倒吉田沙保里は言い過ぎ?
前までこんなじゃなかったのにね。もともと骨格めちゃんこ華奢で、小学校んときとかむしろ、ガリ過ぎてプールでガイコツ言われてたしさ。
――外から野太い声がする。まじか。衛介、いつの間に。
私はいそいそお風呂から出た。
「長湯だったな」
「帰ってたんだ……え、早くない?」
「俺が行くまでもなかったわい。前に祟った土地だってから怪異あるかもしれんと行ったら、支局長が祝詞を上げて、こちとら刀も抜かず終わった。万一のときの保険だ俺は」
彼はヤレヤレ顔で言う。
何もなくても、疲れてるよね。今日は行ったの千葉だっけ? 移動だけでも大変だ。私は気楽に遊んできたよ。お疲れ様、と小声で言った。
体温冷えてフラフラしつつ、崩れるみたくへたり込む。
彼はスマブラをやっていた。ポテチの袋が広げられ、ロング缶が転がっている。ひとりで楽しんでんじゃねー、って。
私はちゃぶ台の上にあった、銀の缶をプシュっと開けた。
「コレどうしたの」
「帰りに買った。ほれ、夏祭りの期間とあって、商店街で屋台のおやじが何も言わずに売ってくれたよ」
「やりィ。あんたは私服きてるとぶっちゃけハタチは超えちゃうもんね」
「おい、老け面って言いてえのかい」
「べつに? あたしは飲みたかったし、それよかアリガトってかんじ」
ここは手狭な六畳間。テレビ見ようと思ったら、どうやったって並んじゃう。私の体は黄ばんだ壁にくったりとして寄りかかり、髪も乾ききらないままに彼の体に首を預けた。
「お前、冷えたな。つめてえぞ」
「そういうあんたは体熱いね。酔ってる?」
「スト缶、回るなこりゃあ」
彼は、でっかい。筋肉ゴリラ。椅子にするには硬すぎる。でも温かい。お布団みたい。白いスウェット、良い匂いだな。私が洗ってんだよこれは。何さ、洗ったときなんかより良い匂いとかさせちゃって。
やばい。落ち着く。ホワンてしてる。
彼は飛鳥を助けてくれた。私にとっても恩人だ。ダサイし、イビキはうるさいし、家事もしないし、でかくてムサい。
でも優しいよ。知ってるよ。
気付いてるから、モロバレだから。あんたは何も言わないけどさ、思うよ、好きなんだろなあって。
恋愛だってこなれてくると、さすがに察しも良くなってくる。でもさ、私ら違うじゃん。今まだそういうんじゃないじゃん。
「嫌がんないの、髪も濡れてるスッピン女によっかかられて」
「ど……どうしたお前今さら」
彼は真っ赤になっていた。何でだろうね。飲んでるからか。「――嫌な輩を、家にゃ置かねえ」
「へーえ? 答えになってなくない?」
私のイタズラ心が騒ぐ。「ねーえ、あんたもそろそろさあ、彼女くらいは作んなよ」
「ぶっちゃけ好きな人とかいないの?」
「……」
彼は、黙ったままにゲームを一旦停止した。
ピッ、音が小さくなって部屋は若干静かになった。
私は寄りかかったままに、首を後ろにさっと回して彼と顔だけ向き合った。
「なあに、その目。何か言いたげ」
ちらり。視線は逃げていく。けど衛介は恥ずかしそうに、こくんと大きく頷いた。それからやっと喋ろうとして深ぁーく息を吸うのが見えた。
「……ウッソ。あんね、人ってね……誰かとこゆふな感じになると、そんな気がしてきちゃうんだって。騙せちゃうわけ、自分をさ」
彼を遮る私の言葉。
そしてそのまま封じるみたく、私は唇を重ねていた。
瞼の隙間に見える表情、あーあ、びっくりした顔してる。ほら、目ぇ閉じて。恥ずいじゃん。キスくらいは知ってんでしょあんた。
私知ってる。これ愛じゃない。きっと情とか、そういうやつだ。
ぷち、と背中が緩くなる。おー、おー、上手。ホック1個は外しやすくて良いでしょう。
「やん。……くっひひ、ねぇえ……ウン」
彼はくすぐるみたくして、お腹と胸をなで回す。遠慮しちゃって、ちょっと可愛い。痛くされるよりかは好きだ。ヤサ男かお前。かっこつけんな。
ざり。かかとの内側が、古びた畳に擦れて鳴いた。
――いつも迷惑かけてごめんね。そんな台詞がなぜかこぼれる。
太い、硬い、彼のうなじに私は両腕を回した。そして49キロを、ぜんぶ背中に傾ける。
ころりん。ぱたん――。
あっれミスった。駄目この体勢、めっちゃオッパイ無くなるやつじゃん。
「んッ……ふ」
今度は彼からだった。
倒れたまんま、組み敷くように、私の視線の逃げてた隙にその唇はがっついてくる。私は考えることをやめた。彼もとっくにやめていた。
テレビの画面が勝手に消える。一定時間で切れるってアレ。ゲームはチャカポコ鳴ってたけれど、それも同時に黙ってしまった。
夜が静かに更けていく。
ただ扇風機の音だけが、私らふたりを撫でている。お腹はちょっぴり寒かった。




