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アサルト・オン・ヤオヨロズ  作者: 金精亭 交吉
第二章【太古を読み解く男】
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第五三話 『燃ゆる暁、尺玉乱飛』

前回までのあらすじ:

 衛介らを逃がす代わりに、あわれ歓奈が犠牲となった。

 嘆き悲しむ衛介と、無意味ではないと前を向く千歳。アラハバキが他怪獣と交戦する隙に、ふたりは一旦の離脱を決めこむ。

 しかし自衛隊の空爆が始まる前に、飛鳥を保護できなければならない。とんぼ返りで強襲すべく、彼らは再突入を開始。あらたな擬神器を手に駆け付けた凜も合流し、今般最後の戦いが幕を開ける。

 二大怪獣、憑神、人類。生き残るのは誰か。


「東のかたの守り神……青龍、東京にあらわる、か」

 ずんずん歩む爬若丸の背にゆさゆさと揺られつつ、ごく神妙に小首を傾げて卜部の凜氏はぼやいて居った。


 向かうところは災厄の果て。妖気怪力なお吹きつのり、そこは瓦礫のたけである。されど組み合い打ち合う二竜は、怒涛巻きたつ波浦に似る。

 散る荒潮のしぶきに代えて、(ほむら)と土煙がのぼる。視覚化されし拒絶の相は、人を(はば)める神の結界。


 そこへ寄らねばならぬのも、本能的に忌まわしかった。


「俗伝に曰く、大陰陽師安倍晴明(あべのせいめい)は十二の式神がひとつとして青龍をも用いたそうな。ただし今おるあの竜が、それそのものかは何とも云えぬ」

「莉央ちゃんところの、ありゃあ玄武で」

「キトラとタカマも、(もど)きに過ぎぬ」

「とすると、なかなか本物は」

「もとよりあれらは蕃神(ばんしん)ゆえに。天文や風水の文脈で語るのは容易いが、彼ら神獣がその身を地に(あらわ)すなぞおよそ考えがたい」


「……んでは、むこうにいるのは何です」

 純然とした不思議の念が、我が口よりこぼされていた。

 百鬼夜行の盛りにこそあれ、藪から棒の大怪獣。桧取沢嬢を死に追いやった、(にっく)き仇というべき竜だ。


 荒覇吐と闘争しているのは偶然鉢合わせたためか、はたまた東のみやこの危機に、わざわざ駆けつけてきたのか。

 敵の敵は味方なりとて千歳は短慮に云って居ったが、やはりこれには賛同しかねる。いずれも等しく脅威であろう。


「それらしきもの、と見るほかあるまい。にせと断ずる根拠は無けれ、しかしまことの四神出づるにこれと云うべき縁起も知れぬ。ならばひとまずこう呼ぶべしや」

 思案顔にて氏は語る。「――仮称、青龍権現(せいりゅうごんげん)とでも」


 権現、すなわちかりの現れ。

 諸尊の力が仮初めに、地上へ出だされしものと云うか。……釈義の用もこの際なかろう。ともかく、なるほど左様に呼ぶのがよくよく便宜的と思われる。


「だとよ住吉、覚えたかい。あちらを権現様ってんだと」

「はいはい。ゆーほど興味ないけど」

 もっか千歳の関心は、これでもかと研ぎ澄まされていた。狙う、目指すは、ただひとつ。神も仏も乞うておらぬし、邪魔するものは斬るのみなれば。

 いま最大の障害たりうる荒覇吐神と争う何か。ひとえにこれで宜しかろうし、味方と呼ぶにも足るのであろう。冷徹という面金からは、よく知る女の気込みが匂った。


「ホラ次、来るよ。ぼさっとしない」

 岩肌めいた獣の背から、ぬっと彼女が立ちあがる。「もう第何波か知んないけど、ねッ」


 障りの雨というべきものにや、冷たい妖異は矢のごとくして後から後から降ってきている。

 それらの黒き群敵は、何を隠そうかの水神みなかみの眷属どもにほかならなかった。飛鳥に宿りし妖霊が、何やら我らを遠ざけんとて鉄砲玉を寄越しているのだ。


 嬢の察しを信ずるならば、かの水神は荒覇吐神をどうにかすべく働いている。

 やはりさっぱり素性のわからぬ奇々怪々のみたまではある。だがその仕業しわざに悪徳はなく、人を死地より逃がさんとする態度はむしろ利益りやくに思しい。


 有難迷惑ありがためいわくとはこのことか?

 

 ――とっ、と跳ぶ。

 いわおのごとき爬若丸の大頭おおあたまから千歳が発った。彼女の手からは長巻が伸び、もやくやとして迫る霊気を一刀のもとに斬りすてた。


 夜明け待ちたる漆黒の空、崩れた鉄筋山脈の尾根。を振りきったその勢いで野猫のごとく身をひるがえし、次ぐ一息の神通力を脚に注いで壁を蹴る。小高き廃屋の上に乗って、千歳は先を見渡した。


「見付けた……っぽ、ぇ」

 期待の一言。眉間をハの字に皺寄せて、鋭い睨みで闇を刺す。


 いっぽう直後に地鳴りがするや、彼方の景色は一瞬にして燦爛たる光を噴いた。

 荒覇吐神の攻勢である。体に走る朱色の紋より、燃ゆる気光が放たれたのだ。恐るべき熱量の暴力であった。これをとり巻くあらゆるものを、赤き波動が吹き飛ばす。

 対する青龍権現は、その威力をば生身に浴びて黒々と立ちつくして居った。


 さんざん殴り合えていた間合いは、今や尻尾も届かぬはざま。大怪獣の滑りし跡が、地表を派手に抉っている。

 武蔵坊の立往生か。それは、落雷に焦げた巨木をみている風であった。


「敵襲、停滞?」

「ああそのようじゃ。今の熱波を凌いだゆえか、こちらに構う余力も削げたな」

「よっしゃ住吉、戻ってこい。突撃すんなら今っきゃあるめえ」

 仏頂面の千歳を見上げて、おういと俺は声音を張った。ところが返事は悲鳴さながら、突風、暗雲、急を告ぐ。

 

( ま゛)――……来てるッ」

 俄然であった。

 爬若丸がグルッと唸り、その喉首をもたげんとする。獣の勘が動くと同時に、三白眼を大きく見開き千歳が脇へとすっ飛んだ。コンマいくらのずれも無からん、おなじ景色のなかには黒きもやの団子が突っ込んでくる。

 はて爆弾か、さて榴弾か。

 そこ一帯が砕け散る。木端微塵と化す廃屋から女は咄嗟に身投げして、爬若丸がこれに合わせて落下地点へ滑りこむ。


「なーぁにが敵襲停滞じゃ阿呆!」

「すっとこどっこい、どの口が? ほゎ!?」

 ものの刹那の浮上感。爬若丸がひとっ跳びして、顎で千歳をとらまえたのだ。


「閉じないどいてよ……()ァえぐい、から」

 彼女は右手で宙ぶらりんに、獣の歯茎に掴まっていた。

 何だこたびの敵襲は、と今さら間抜けに問いもすまいか。陸自の流れ弾が来るなど、もういかんせん二時間遅い。かの憑神の手勢であろうし、そのうち程度のもっとも厳しい将軍級の輩であろう。


 しかし感ずるこの気配……もしやまさかの、そのまさか。


 離脱を図って駆けだす式神。揺さぶられつつ、振り返り見る。身の毛もよだたんばかりの湿気が、わっと辺りを呑み込んだ。靄のなかでは、ひうひう云って小さきものが呼吸している。異常の生命力だった。

 うずくまりし黒き韋駄天。蝕まれたる水魔の尸童(よりまし)。それがぬるりと立ち上がり、ようよう人の姿をあらわす。


 くまなくすすにまみれたような、ちんまい娘の体躯があった。

 その輪郭はけぶっていたが、白蝶真珠しろちょうしんじゅのごとき瞳が妖しいほどに輝いている。


 銅鉢打ってこれ鳴りわたる、高き音色を耳に聴く。殺気(よろ)える警鐘は、帰れ去れとて響くに似たり。

 墨に染まりし金棒は、あにはからんや天下の擬神器――辛鋪鎚(カノトホヅチ)にほかならぬ。

 それは細腕から伸びて、振るわれるたび地を叩く。いずれ国土を砕かんばかり、日緋色金(ひひいろかね)がうなりを上げた。


「思えば()()()と喧嘩すんのも、これが初めてとか笑うよね」

 だん、と千歳は地に降りて云う。

 急ごしらえの剣幕だった。底意地をして身に刃を佩かせ、努めて血気を尖らしむ。あらん限りの親愛を、ここぞ不撓の戦意と変える。


「とっ捕まえたら帰るよ――飛鳥!」

 くるり回った射干瑞刃(ヌバタミヅハ)が飃々として空を裂き、胸元照らすその勾玉の、乙に光って見せるは碧羅。

 彼我ひがの間合いに垂れる陰気も、貫くまでの構えであった。


『アァ、ナー、ァス』と俄かに聞けるは、千歳の挙動に応じてである。

 久方ぶりに耳にする、小娘の身の発せし声だ。『ナパゥル、スゥーヅ……エゼヴッ。ガァーッ!』

 

 愛くるしさは異類の言葉と思しきものに潰されている。夷狄の唄か、獣の駄々か、はたまた仏の密言か。何のものかも判らぬし、推して知れようことにもあらず。


 黒き憑神、目標B。東海林飛鳥はりにけり。

 げに恐るべし、いま直々にその奇態と相まみゆるを。ゆえに知るべしこの作戦の、本丸まさにこれなるを。


 待て早まるなと云うべきものかは、判ずるいとまもあらばこそ。

 射干瑞刃と辛鋪鎚が、相打ち合って競鳴す。



 その始まりは一瞬だった。


 うずたかかりし瓦礫の塚より我らを見下ろす目標Bに、海原うがつ駄津だつも斯くやと千歳が瞬発していったのだ。


 もはや抱き留めるは能わず。鰻を掴んで獲らんとするか、燕を徒手にて得んと願うか。――望ましくとも至難のことと、今や千歳は悟ったのである。


 この方針は先刻中に共有済みの旨であったが、いざ目標と遭遇したのはいかにも不測の折柄だった。

 依りし(みたま)の素性などなど未詳のことはあまりに多く、さはさりながら頭を捻って推理をすべき時にもあらず。

 よほど我らを退けるのに急を要する心算(つもり)が立ったか、ないし配下の鉄砲玉らがとうとう底をついたであろうか。ぱっと思い浮かんできたのはこの程度までが精々である。


「いかんせん。仕留むる手筈の申し合わせも、まだ詰めるべきところがあったぞ」

「おっぱじまったら仕方ねえ。そりゃあ怪異を相手としては、予定外なぞよくあるこって」

「ぬしも云うようなりおった」

 氏は鉄扇を開きつつ、眉毛を上げて苦笑した。


 は宙を斬る。杖は夜風を薙ぎ払う。それらが互いを身づから迎え、がァん、ぎィんと鳴きわめく。


 見るも異様の光景である。そも擬神器というもの自体が対人武具ではないのであるし、斯くして二つが打ち合うなども想定されざることであろうか。

 その攻防はどこまでも、殺意のにおわぬやりとりだった。

 捕縛と退散……それが互いの目的にして対立すべき利害であって、両者に得物を振るわせるのは論理の脱げた使命の情だ。神の思いは読めぬものだが、この地獄より立ち退けという態度がやはり観測できる。


 しかし千歳よ、手立てやいかに。

 ()が当たらねば相手は沈まず、当ててしまえば飛鳥が斬れる。見ていた限りは神の御業みわざでそうそう死なぬ身柄と知れるも、さりとてお前はうぬ(やいば)で友の体を傷つけうるか。


「ふッ……づ」

 千歳は飛び退いた。

 辛鋪鎚が大根切(だいこんぎり)に振りぬかれた瞬間だった。激しい粉砕音に合わせて瓦礫の足場が崩れ去る。


 これに構わず彼女の剣は真一文字(まいちもんじ)に斬り払い、憑神の立つ鉄骨の根を枝打ちよろしく破断した。


 すると転落すまじとしてか相手は天狗のように舞い、ふわり不思議の念力をして足場もろとも浮かび上がった。

 千歳の体は跳んだ軌道と不意な反重力に遊ばれ、むなしく空を足蹴(あしげ)にしながら錐揉(きりも)み様に降ってくる。


「云わぬことではないわい、のう!」

 だっと発てるは卜部氏であった。

 常の彼女と同じ人とは思えぬまでの身のこなしかな。爬若丸の背を飛び降りて、展開されし鋼の扇で千歳ともども天を(はた)いた。霊威の気流が吹き上げられて、女の体を落ち葉さながら軟着陸へと導いた。


「お見事。こちらも、ぶっ放しゃあしょう」

 これに次ぐべく騎獣の頭を跳び箱にして俺は出る。爬若丸も首を振るってこの勢いの一助を為した。

 いざ、しこうして宙に躍ると俺は(つるぎ)()に手をかけて、鞘の内ではその刀身が活火激発かっかげきはつして滾る。


 ――オン、サンネイ・サンネイ・キレイギャレイ、ソワカ。

 気を巡らしめ、深く念じた。日輪の神、黒点の鳥、燃ゆる息吹を貸し(いだ)せとぞ。


「ッしゃあ、急々如律令!」

 紅蓮の太刀を抜き放つ。込めた力がほとばしる。

 我が秘技すなわち炎を上げては空をも焦がす一閃と化し、黒き憑神浮かぶところを熱光線が呑み込んだ。

 大爆発だ。火気が飛び散る。しかしそこから真っ白けっけの水蒸気が膨れ上がって、間もなく五体満足なるまま飛鳥の姿が滑り出た。


「……堅てえ。()んだか、悪りいんだかな」

 尻餅ついて目を剥く千歳をよそに額の汗をぬぐった。水の神気は伊達ならず。焼き殺しては悔やみきれぬが、怯ませるだに叶わぬほどか。

 そこに千歳が跳ね起きて来る。


「衛介、あんた」

わアってる! 見やがれ、あんなに元気だ奴は」

「うなじを狙う。あたしの神器はリーチあるから、ピンポで峰打ちぶっこめる」

「気絶に賭けると? 阿呆おめえ、漫画みたくに上手くいくかい」

「じゃあどうすんの、良い案あんの」

「今んところは浮かばんがよう」

「ないなら黙ってろってのバッ……ぁ?!」

 舌打ち交じりに云う女。何ぞ悶着する間やあらん。


 ごっ――と衝撃、半歩の間合い。

 焼けて赤々した鉄骨が、噴気しながら落ちてきていた。千歳が咄嗟に引くのは我が手、俺はそちらにのめりながらも彼女を庇って背後へ刃向はむく。

 さてこそ来たり、(つい)の一撃。かの黒神が後追うように、超高速で詰め寄ったのだ。


 落下の(きお)いに全体重が上乗せされし打突であった。肝の凍てつく心地に急かれ、これをどうにか鍔際(つばぎわ)で受く。

 骨の髄まで痺れが走り、嘆く(はがね)は耳に鋭し。


 間近に(まみ)ゆ。

 少女の姿は湖底のごとく暗かった。しかるに白く(おぼろ)の瞳は只人(ただびと)らしく潤んで居った。半ば物ノ怪、半ば人……東海林飛鳥の変わりし様をいま改めて認知する。

 さぞや頭痛がつらかろう。さぞや夢見が悪かろう。


 気張りの弛むその刹那、彼女の左腕(さわん)が陰気をまとって畳返しを繰り出した。

 南無三宝と思えど遅し。ぐん、と霊波に掬い上げられ我々の身は吹き飛ばされた。


「衛介、千歳!」叫ぶ卜部氏。

 彼女の声が遠ざかりゆく。まさに我らは退(しりぞ)けられた。危険域から追い払われた。

 何丁離されたか知れぬ。ふたり揃って地に()って、とっ散らかった路面に打たる。


 大怪獣が吠えていた。

 荒覇吐神の癇癪の()は二十三区にこだまして、土に鎮まる山彦どもが八方位から呼び返す。地の神々の嚶鳴である。


 気付けばウーンウーンといって(やかま)しかりし防災無線も、所詮は人の奏でるものと思えば途端にひ弱に聞こえた。

 悲しからずや、時間切れとは。

 雲の上にて飛び交っていた轟音の群れが降りてくる。空自の戦闘機であろう。住民退避は完了したか。然れば空爆が始まる。果敢なりけり人の反撃、神の威嚇を物ともせずに鋼の翼で天翔(あまかけ)る。


()……んんィ」

「だいじょぶか」

「……いちお。いろいろグロいけど」

 至るところの擦り傷に、砂利と血糊が塗り広がって見目みめはなるほど痛ましい。大概、俺も同じであった。

 まだ歩きうる。離脱はできる。怪我を意識しては負けだ。


 我らの頭上わずかの空を、火を噴く矢が滑っていった。背高のっぽのビルはほとんど怪獣たちに壊されて、ここ新宿の大久保辺りは今やずいぶん平たく見える。

 なるたけ地表のすれすれを飛ぶ、戦闘機の部隊であった。


 くるりこれらが跳ねあがり、あっと云う間に視界の外へ。


 ――93式(きゅうさんしき)空対艦誘導弾くうたいかんゆうどうだん

 見やれば、そびえる荒覇吐神の土手っ腹に寄せられていく。弾着、炸裂、金切り声が草の根までも震わせる。

 怒れる蛇は駆け出した。尾を振り乱し、地を掻きむしり、嘔吐が町を焼き払う。


「くそォ、来やがる……!」

 予想進路の延長線上三〇メートル。

 暴走列車の迫るに似たり。このまま腰を抜かしていれば数秒後には挽肉か。

 

 茶々ほうちゃの戦局だった。慌てた我らは這う這うのてい、刀も投げ出す勢いである。されど手遅れには変わりなく、すべて蹴散らす神の猛威を目前にして悪あがき。ここを生き残れようものなら何の助けや有るべきか。

 それは、めでたき横槍である。


 突如我らの背後より、屋久杉老いては斯くやと見紛う重苦しき神が現わる。消炭色けしずみいろの巨竜であった。どすんとそれは立ち塞がって荒覇吐の進みを食い止める。物凄まじい衝撃で、かわらのごとく焦げた鱗が千々(ちぢ)に砕けて降ってきた。

 そして再びその下からは、青き完膚が顔を出す。


 青龍権現……その目力めぢからは瑠璃の光を放って居った。

 

 否応もなく湧き出してくる恐れ涙を噛みつぶし、千歳は射干瑞刃を取って頭上の(いくさ)めつける。ここはあたかも峡谷である。大怪獣の相撲を仰ぐ、波乱の谷の底である。


「踏まれる前に抜けるよ、早くッ」

 是非を問いあう余裕は皆無だ。青き斜塔のごとき龍蛇りゅうだの股をくぐるは鼠の心地。

 しかし生憎、その時だった。


 直上、あめが破裂する。

 鼓膜が千枚あれども足らぬ、圧倒的な轟きだった。果たして爆撃開始の折に、我らはそこにいたのであった。

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