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アサルト・オン・ヤオヨロズ  作者: 金精亭 交吉
第二章【太古を読み解く男】
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第四〇話 『粗笊』

前回までのあらすじ:

 「寿満窟」を訪れた衛介と飛鳥が出会ったツインテっ娘は、凜の妹である莉央(りお)だった。そして彼女は擬神器を製造する職人、妖鍛冶(あやかぬち)の見習工だという。

 かくしてまた見聞を広げる衛介らなのであったが、どうにもそれでは終れない。凛は神妙に、「先日の一件」に関してある話をし始める。

 衛介をして固唾を呑ましめた、その内容とは…………?


 陰陽師の神妙に語る言葉というものは、聞く者の膝を必要以上に乗り出させるような訴求性を帯びている。

 何ゆえであろうか。

 その言葉尻が士人たちの至言を練ってこさえた団子であるならば頷けるところであろうけれども、どうやら然したることはない。話す(むね)の根拠が多くは、不可解な占卜をその出どころとしている。

 そのくせ聞き手が気付いた時には、聞かざるべからずと心得て已まれなくなっているのだ。


 これが卓越した話術なのか、あるいは験力のなせる技か。あいにく我が知の浅薄な引き出しに、この答えは糸口も入っておらぬ。

 ただ我が畏友卜部氏は説教上手であるから、人をして深々と思考せしむるに大変()ける。これは確かなことだと云えた。


 こと吾人の話をするにも、氏の言に深考させらるるなど無しと云えば、たちまち法螺吹きに堕する羽目となろう。

 彼女は今なお、しばしば心配をよこしてくる。

 赫々として我が五体を巡る、火行の妖気に関する懸念である。


 勾玉が八咫鴉の力を喰った。しかして、その胃袋となったのは我が身であった。


 剣技の腕は未だに立たず。兵法の心得乏しきこと、これ百姓に(たが)わず。敵を知らず、己をも知り敢えず。

 そんな吾人がこのPIROで危うからず働き、口に糊して来られているのも、ひとえに“力”の能わしむるところである。


 猪口才なる捻りは持たぬ、圧倒的な火気。

 氏曰くその分だけ肉体へ負担とするところが甚大となってゆくのは、やはり自明の理であると。

 力は多々益々(ますます)弁ずるのみとする幻想が、いずれ己に災いすると。


 右の懸念を説く彼女の口ぶりは医者に似る。俺はそのつど大丈夫と答えてきたし、また構うなかれとも再三云ってきた。

 然りとてあまり聞かされ続けば、流石の俺とても深考せざるを得ずになりゆく。悔しいけれども、お喋りの端々に警句を挿してくるようでは耳に胼胝(たこ)も出来るというものだ。


 さて、その卜部氏が色を正して語らくは、先の一件の後日談であった。

 人呼んで「黒又山森林火災」。

 かの神奈備が獄炎に呑まれ、かの荒神は消し炭に帰しぬ。()()()は三途に腰まで浸かって、流木のごとく臥している。

 酸鼻を極めた痛み分けである。然るにその禍事(まがごと)が単なる山火事として報じられているのは、奇妙であり且つ不本意だった。


 “甲府の惨禍”を皮切りに、怪奇事件が然るべき報道のもと知らしめられ出したことには以前触れた。


 にも関わらず、此度ふたたび情報操作が図られているとは何事ならん。

 なるほど「ミマサカ書房社員失踪事件」等、怪奇とは断定しかねる事案も存在する。とはいえ本件を怪事と見なすことに、余儀など有るべくもない。

 当然、本件はPIRO東北支局の清原君らが処理に当たっているはずではないか。


 事件翌日の朝刊を(けみ)して以来、溜飲の下がらぬ日々が続いていた。それは俺のみにあらず、氏もまた同様であったそうな。

 卜部の姉君は斯く語りき。


「黒又山の荒魂――――あれを丸く納めたつもりになっておるのならば、大間違いじゃ」

 不吉な口振りであった。もはやこの段階で、彼女の言葉が我心をふんづかまえて離そうともせぬ。


 俺はたまらず、どうしたことかと問うた。

 氏は一息ついたきり音吐こそ寄越さなかったが、答えはとっくに示してあった。こちらへ画面の向けられた、パソコンの映す文字列に。


『Japanese cable:

 The truth of a concealed FIRE,21Jun2015』

 ――隠蔽された火災の真実。

 左様に報じたるは、機密の暴露を目的とした国際的に有名なウエブサイトである。幾ヶ年前には米国政府の極秘文書を含む外交公電を漏洩させるなどして、大いに物議を醸したものだ。


 果たして何の内緒話を、この英文が明かすというのか。

 暗雲低迷とした念を重くるしく振りほどいて、俺はマウスのホイルを転がす。

 右人差し指は頼りなく震えていた。


『日本で引き起こされた大規模な不可解な火は、隠されています。

 6月21日に秋田のMt.Kuromata(それは、“KUROMANTA”として知られる)で引き起こされた火の原因は不発弾ではない。

 それはある種類の超自然的な生き物は関連づけられます。

 日本の地方の当局P.I.R.O.は弱い毒気の力を検知しました。関係がある人の話によると、その毒気はyōkiと呼ばれる。

 Yōkiは一般的に自然に存在しません。

 しかし、多くの超自然的な動物たち――彼らはおとぎ話に記載されていることがある――の体から、それが確かめられています。ほとんど多くの彼らは最近になってから発見されました。

 関係のある人は言います。驚くべき強いyōkiを持ったものが移動Mt.Kuromataから。不運にも、それは見当たらなくなりました。』云々。

 ――上記は自動翻訳機能によるため、この拙さには目をつむられたし。


 ここにたいへん宜しからぬ事項が読み取れた。

 無論ことの真偽は定かでない。だが仮に、以下では記事の無謬性を信ずべしとして話を進めたい。

 少なくとも前半文は、我らが身を以て裏書きと為しうるからである。ただ妄想を綴ったのみと、云うにはよく出来過ぎていよう。


 まず前提として、現場を確認せしは清原君であると考えるに誤りは有るまい。しかしながら報道が為されず、PIRO社中ですら未伝達の沙汰が、(ざる)に水注すごとく垂れ流しとは如何に。

 云わずもがな大問題である。

 件の記事が投稿されてまだ幾ばくも経ってはいないが、PIRO本部がこれを知るのは時間の問題――あるいは既知でも不思議はない。


 ゆえに推して知るべきは、清原君たち東北支部を待ちうける咎めの宿命(さだめ)に他ならぬ。


 なお一口に咎めといえども、意味するところは場合によりけり。

 何しろ件の経緯は二通り察せるのである。すなわちこれを要秘匿としたのが本部の采配なのか、はたまた支部の裁量なのか。


 前者ならば本部は意図あって当該報告を内密にしたのであるし、それを(みだ)りに漏泄せしめた愚が難ぜられよう。

 一方後者であれば、支部は職場の三宝「報・連・相」を横着した上で、その口を鴻毛(こうもう)の軽きに比しているのである。この不誠実が責められよう。


 呆れが宙返りをしてしまい、まさしく俺は閉口していた。

 いずれの場合も清原君らを擁護し得ない。否、むしろするつもりも無い。


 確かに、知らしむべきで事件が報ぜられぬ現状に首をかしげはした。然りとて情勢が許さざれば勝手はせぬが常道というものだ。

 我々としても本件に相当の責任は感ずるし、もともと我父の所業に因したこと。しかしながら斯くも話をややこしくした彼らの浅墓さが底知れず、ただ唖然である。

 当局の失態は当局として、相応に叱らるるが良かろう。これを薄情と云うなかれ。


 本件は、既に無数の邦人から閲覧されているようだった。

 ウエブ上の巨大掲示板においても、すっかり話の種である。悪趣味なネチズンは(さか)しらに語らっているが、旨は尾ひれ羽ひれで図々しく飾ってあった。

 (ささや)き千里とはこのことを云うか。いよいよ慎莫に負えぬ。


 我関せず焉、と俺は(うそぶ)いた。

 すると苦々しく首を横振る卜部氏が見えるも、痴れ者め、とは聞こえてこない。我ら二人にしてみれば、後は黙示で充足したのだ。


「解っとりますとも。……景宗(こいつ)をよくよく、()いでおかにゃあ」

 駄目押しに、我が口を突いて出た台詞であった。

 己の尻は己で拭えと。清原君にはそう伝えたい。

 だが一方の我々も、己の(らち)は己で明かす。これに尽力せねばなるまい。


 ――かの荒魂(あらみたま)を討ち果たすべし。

 

 今般遭いし祟り目は、その尾を長く引いているのである。

 それはさながら大蛇のように、禍々しく尾を引くのである。

 ゆめゆめ絞め殺さるべからず。既にして寿満窟を後にする我が拳骨は、満腔の意を握り締めていた。


 腹の底には猛禽がひそみ、その両翼を逆立てる。まるで迦楼羅天(かるらてん)のごときが、竜蛇を喰わんと垂涎している。

 不意にそうした心象を、俺は脳裡に描いて居った。


 あるいは他の鳥やも知れぬが、定かにするのは億劫だった。黒い鳥の宵闇に舞うを、見留めることの(かた)きにも似て。



 願わくばしばらく、野放図な随想に付き合われたし。


 吾人高砂衛介は一人つ子として育った。

 これには二本の(よし)があって、一は夜半も中々帰らざりし父、二はむなしく夭逝せし母にある。父はともかく母が好きこのんで他界したはずは無いから、潔しと為して南無南無と云うほか俺には出来ぬ。


 しかし(おもんみ)るに、俺が女にもてぬ由もここいらに認め()べくはなかろうか。己の前に姉無き家は、母()らずんば妹も無し。

 すなわち長きに渡り、高砂家は野郎の国巣であったのだ。

 ゆえに女心など半ば外国語である。敢えて比ぶれば、秋の空の方がよほど明快にも感ぜらる。


 他方、姉だ妹だという存在への憧れるところを云えばそれは並でない。なかんずく「妹」という言葉に醸される砂糖菓子じみた風味は何か。


「妹ってのは何かこう…………そそるんだなア」

 時と所は帰宅の道中。空かしっ屁を()るがごとく、俺はその駄念を吐露していた。


「うぇ……ぇえ!?」

 ぎょっとして、どんぐり眼をひん剥く飛鳥。「きもいよエースケくん! 今のはさすがに通報ものだよっ」

 こちらの左手を並歩していた彼女が、やや跳びのいて路肩に乗りあげている。そしてそのまま危なげもなく、一本橋を歩みゆく。


 暑い一日であった。梅雨はうじうじと明けない癖に、たまさかの晴天はといえば茹だるようである。

 のべつ幕無しに、横手を自動車がかっ飛んでゆく。大型トラックなんどが通れば喧しいのは云うまでもない。遠慮会釈もあらばこそ、轟々と会話を阻んだ。

 斯かる往来が続くので、心なしか我々の声もがなる様になっていた。


「何。良いだろうがよ、妹」

「リオちゃん見て言ってるだけなくせに」

「こら、莉央ちゃんは良い子だったでねえか。あの姉貴を補って余りあるお利口だぜ」


「嘘ぉ。あの凜ちゃんより?」

 莉央は先刻、ちかぢか紅世景宗の刃こぼれを見てくれると云っていた。

 いくら日緋色金(ひひいろかね)とはいえども、千代に八千代に欠かれぬ刀など有りはしない。いわんや刃筋の然るべき、剣客に使わるるでもない。

 それで畜生を数多(ほふ)れば、余計に脂が巻くものである。

 職人の目で以て見るに、手の入れどころはさぞかし有ろう。


(とみ)に、卜部さんが阿呆みたく思えてならん。今日とか見たろ、あの慌てよう。まっ()になっちまってまァ」


「えっそれ……エースケくんが来たからじゃん」

 飛鳥はその目をくりんと向けて、こちらの眉を読むように答えた。


 むろん上述はあくまで冗句である。俺は呵々と笑ってすらいるのに、娘は不満の面相だった。

 意図がどうあれ、酷い漫罵だ。ただこの俺が現れたのみで、何ゆえ周章されねばならぬか。


「人をお化けのように云いやがる」

「…………解んないならいーよ、もう。そんなんだからエースケくんはさ」

 ――飛鳥の台詞はここで途切れた。


 縁石の上を踏んで初めて、(つむり)をようやく我が(たけ)に並べる。しかしそれとて良く眼を凝らせば、爪先立ちでのことだった。

 戯れにこの首を傾げてみる。

 目線の高さにゆとりが出来るや、彼女は(かかと)をすとんと下ろす。どこか満足げなその瞳と、俺は視線を相交えた。


 一見するに、身体の具合は良好そうだ。そのうえ先々週の時分よりこちら“発作”というのは無沙汰とも聞く。

 何かにつけて体調は、と尋ねられるのも本人的に癪であろうから、俺も滅多に訊かないのである。

 

「もてないんだヨとかって云いてえんだろ。分からあ」と、前に向き直る吾人。


「今日は違うもん」

「じゃあ何だってんだね」

「オンナノコの気持ちが全っ然解ってない! ……て、云おうとしてた」

「現に云ってやがんの。生意気なこった」

「有りゃしないよ? うちが知らない恋バナなんか」

 そう云って、飛鳥はありもしない胸を張った。果たして何の話であるやら。

 するとそのまま、ぱっと駆け出す。スカートは()()()はためいて、娘の健脚を小気味よく見せしむ。


 俺は一寸目を細め、眼前の明媚に見惚れた。

 この言葉が適当か否かは知れなかった。が、そう記すより他に仕方の無いこともまた本当であった。


「エースケ君のちーび!」

 ほんのり橙色を帯びた坂道。

 彼女の影法師が夕焼けを浴び、とうとう我が背丈を越えた。大層それを嬉しがってか、細くて黒い人型は(いとけな)く跳ねている。

 その足元より兀然と立つのは、やはり稚き小娘らしい。白く煌めく玻璃によく似た、得意満面の笑みであった。


 達者かな、げに達者かな。

 しかし並びに怖くも思った。思わざるを、得なかった。

 有漏路に吹きたる無常の風を。可憐なる夏椿(なつつばき)の儚きを。また遠からず、その笑顔が脅かされてしまいはせぬか、と。

 これが遣る瀬無く、心悲しかった。

 図らずも俺は感傷的になっていたのだ。


「ちびよ、きっとお前のような妹が欲しかったぜ」

 (がら)ではないと感じつつ、わざわざこんなに無理を云う。「さぞ可愛がってたろうよ。がはは」


 案にたがわず、飛鳥は吃驚したという趣であった。


 平らかな坂道に夕涼が染みゆく。

 一体我らはいつのまに、斯くも静かな所を歩いていたか。車の通りもさほど無い。飛鳥がきいきい怒っているのも、また一段と五月蝿く聞こえる。

 かなかなと鳴くのはこの年の初蝉であったかも分からぬ。


 吾人のこうした感傷は、家に帰着するころまで後を引いたのであった。

迦楼羅天(かるらてん)とは婆羅門および仏教に語られる巨鳥。仏法を守護し、竜や蛇を捕って食うとされます。

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