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アサルト・オン・ヤオヨロズ  作者: 金精亭 交吉
第二章【太古を読み解く男】
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第三九話 『茉莉花』

前回までのあらすじ:

 千歳が拾ってきた怪鳥の雛は、高砂家で飼われることに決まった。雛は可愛がられて育つも、あまり動物に明るくない衛介は何となく不安を募らす。そこで凛に相談すべく「寿満窟」を訪ねる衛介だったが、先日の一件もあり少しばかり敷居が高い。

 しかし、意を決して参じた彼を出迎えたのは、やけにハイテンションな謎のツインテっ娘であった……。


 貧すれば鈍するものこそ、生きづらき人の世の心根である。

 昭和の押し売りがゴム紐をひさいだように、困り尽くせばなりふりなど構いもしない。

 足らぬ足らぬは工夫が足らぬとの標語はあるけれども、真に足らなくなっては何をか工夫せんや。斯くして退嬰(たいえい)の病が膏肓に入ると、とうとう相迎うるは落魄というものである。


 寿満窟に参じた我々の見しは、商店が辿った落魄の一途、その成れの果てであった。


「さあさ、もう何でもお売り致しますからね。風水オブジェ全品二割引き、各種護符は三割引き!」

 薄桃の小袖に身をくるんだ少女。売り口の如何にもな闇雲(やみくも)さ具合が、この間まで中学の制服なんかを纏っていたであろう幼さを物語る。「あとは日用雑貨でございますっ。茶碗に花瓶、銅鍋なんかも」


 捲し立てる少女の、二つに結われた長髪が勢良く暴れていた。客を目にするやすっ飛んできて(はしゃ)ぎ立てるその様は、子犬のごとき愛想だった。


 ここに悟る。あわれ、看板娘も若くして世代交代かと。

 つらつら思うに看板娘たる者、このくらい愛嬌を振りまけるに越したことは無い。なるほど卜部氏とても、吾人をして心中悶々たらしむる程度には申し分あるまいが、商いにおいて(たっと)しと為すべきは第一印象に他ならぬ。

 そうした意味でこの新人は、さぞ()()より宜しからん。いつ有ったか知れぬ繁盛をもし復せば、一本の美談が書けよう。


 ――感傷に浸るというのも十数えると大抵は飽きが来る。なお、妄念と袂を分かつに際した潔さは我が長所でもある。


「エースケくんの、……知ってる人、なの?」飛鳥の声はひそひそ耳打った。

 あちらの威勢に尻込むこと、斯くのごとし。こやつはときたま臆病なのだ。


「いいや、さっぱりだい」

 我が背に隠れた飛鳥の問いに、片眉を上げて答えた。

 そして曰く「ちょいと店員さん、びっくりさすなよ。それに、こちとら買い物しに来たんじゃねんだ」と。

 俺は一つ、肩透かしを食らわしめんと企てたのである。


「え?」少女はものの一秒だけ、口をいささか尖らせた。「……はッ、これはまた失礼、占いのご依頼ですね! かしこまりましたっ、そこにおかけ下さいまし!

 ……――よいこらしょっと」

 どんっと音がし、飛鳥がびくつく。


 鈍音を立てて卓に置かれた式盤(しきばん)には、「一回¥700ヨリ」との札が貼りつけられていた。

 古色蒼然たるそれと、嫌に阿漕(あこぎ)なサービス料。割に合うやら合わぬやら。いよいよ面白く思えてならない。

 占具の醸す怪しの感すら、もはや苦笑の種となろう。


「へへえ、そこは敢えての値上げかァ」

 俺は俄かに口角を上げる。それ自体は()しからず思いつつも、我が関心は津々としてこの少女に向けられてもいた。


「な……何が可笑しゅうございますか? 陰陽道を今に脈々と伝うる、占術の神髄なのですからね。これでも安いぐらいなのですからね」

「解るにゃ解るが、無え袖は振れんしな」


「お任せ下されば、今後の金運だって(かんば)しくなるかも」

 このとき高砂家の赤貧を見抜かれたように思え、次ぐべき二の句を閃き損ねた。無論すぐさま杞憂と知れるも、何だか旗色が悪くていけない。

 俺は飛鳥を肘で小突いて、一つ如何(いかが)かと目配せをした。


「えーっ、何。普通そこ、うちに振る?」

 ひょいと飛鳥は顔を出す。こちらは滑稽がっての意図だが、彼女の様子は渋々だ。


「つれねえな」

「もう! それよか、鳥ちゃんのこと聞きに来てんじゃんよう。なら凛ちゃん……てか店長居ますかとかって、訊かなきゃでしょ」

「でもよホレ、見てみ。この新人ちゃんは面白いぜ」

「何でそんな楽しそうなのエースケくん……!?」

 小声ながらも先方そっちのけのやり取りであったから、礼儀という礼儀も概ねそっちのけな我々である。


 二つ結いの少女曰くは、

「……あの。結局のところお二方、冷やかしにいらしたのですか。犬も食いませんからね、兄妹喧嘩なんて」と。

 はてな、一体何の喩えであろうか。

 刹那にして雰囲気が凝固する。わなわな気色ばんだ飛鳥と、木で鼻をくくるような看板娘。


「東海林……?」

 俺が気付くのは遅きに失した。


「ほら云わんこちゃない! うわアん、これだから嫌だったのに!

 人はすぐ後輩だの妹だのって。暗に背ぇ低いって……チビだって云ってるんだよみんな!」

「い、生きてりゃこんな日もあるッつうもんさ」

「エースケくんが無駄に大っきいんだって問題だもん! エースケくん嫌いっ」

「何だ何だ、ぬかすじゃねえか」

 …………云々、げに(いたずら)なる蒟蒻問答。


「ちょいと、そこ勝手に盛り上がるの止して頂けますかね!?」

 いっぽう小さな商人の痺れは切れ切れであった。面白半分で火蓋を落とした口喧嘩だが、店に云わせれば我らのごとき素見など食傷気味に違いはなかった。

 買わない客はただの客である。

 が、なまじ全き無用客でもなければ、あまり喧々したくはない。少々、図に乗るにも度を過ごした吾人であった。


 宜しく反省すべきところだ。

 この痴れ者め、とでも叱してくれよう知人ならば一人いるが、彼女が留守であるとのことなら、一つ辞儀して今日は(まか)ろう。

 正にそう考えたときのことである。


莉央(りお)、何を騒いでおる。たまの客様に失敬を申すでないぞッ」と一声。

 ――勘定場の奥より覗く、暖簾(のれん)の向こうの部屋からだった。

 その音呼の主たるや、当方としては満を持すべきものがある。この店の主にこそ、俺は用事があるのであるから。


「ややっ、卜部さん」

 刹那、襖の奥から細い首がひょこりと。面は素嬪(すっぴん)でこそあれ、達者そうな顔色だ。

 去んぬる戦いのくたびれも良く良く癒えていよう、と俺は人心地がついた。


「え、衛介……? さも突然、どうしてぬしが」

 ところがどうか、今以て目の合った彼女はあたふたしている。「――え、えぇい痴れ者っ、それならそうと早く告げぬか!」

 しかのみならず、ぷいと顔を背けられてしまったではないか。ものの瞬刻ゆえ視認しかねたけれども、達者げな肌色が俄かに頬紅を帯びたかのごとく錯覚した。

 続いて首が引っ込むや、どったんばったと音響く。ようやく静かになったのは、その足音が二階まで到達してからのことであった。


 何事ならんや、まず以て尋常でない。


「はへ……どーしたんだろ凛ちゃん」

 我が疑問を、ちっとも違わず飛鳥が代弁した。 


 二つ結いの娘の返事は、溜め息として口を出る。そして首をすくめて述ぶるは、

「……呆れますこと。ほんにお見苦しいものを」と。

 要領得ずしてこれに応えて曰く「あァいやいや。そんな、こちとら別に」と。


 果たして何たることか。ここの店主はあれでいて、店員に見くびらるること酷なものがある。しかも二つや三つは下の者に。

 しかしなるほど、ありつる造作は情けない。


「あれでいて照れておりますからね。衛介様は罪な殿方です」

「罪? この俺がか」

「それにしても貴方があの衛介様とは。聞いていたほど男前でも…………いえ。ご功名は予々(かねがね)

「……ははぁ」

 やはり得難き要領である。俺はうっかり、話の継ぎ穂を()いでしまっていた。


 卓上を豆のような蜘蛛が跳んでいる。きっと今現れたものでもなかろうに、目にとまったのは只今である。

 耳朶をかすめて蚊も飛んでゆく。耳にとまるは、右に同じ。


 己の脇汗さえ気にとまり出すころ、やっと少女が開口す。


「えー……まぁ此度はご容赦下さいましね。どうにもこうにも(わたくし)の姉は、ああで御座いますれば」

 この店員と思しきは、面映ゆげにそう云った。

 難ずれどもこれを憎まず。

 人に父を語る際にとる我が態度を、髣髴させられざるを得ぬ。ならびによく似た嫣然たる笑み。ひとたび気付けば遺憾なく、彼女らの家族たるを物語っていた。



 人が呪術を用いるときその骨肉に妖気が流れることは、これまでの見聞を以てよく心得ている。そして読者の諸兄にとっても、先刻承知のことかと存ず。

 体と妖気の間柄はおよそ回路と電気のそれに似る。だが人間など脆い有機物なのだし、流れには少なからず()()が生じてしまう。

 これが我らの体には、実に負担なものなのだ。


 去んぬるごたごたを逞しく戦った卜部氏だったが、その活躍ぶりが諸刃の剣となっていた。

 式神の使役に不動金縛法の発動など――賛すべき(いさお)しが目白押しの先般である。また忘るまじきは、一連の騒ぎが我が父の企てをその発端としている事実である。

 畢竟するにこちらの都合で、彼女を憔悴させたのであった。


 卜部家の大黒柱は病床に就き久しく、母など(つと)に世を去っている。首はいよいよ回らずになりゆく。

 斯かるなか一人家業を切り盛りする長女、凛。しかし全う能わずば、火の車はその馬力を上げる。首はなおのこと回らずになりゆく。


「我が家の経営状態ね……今回初めて見て、引っくり返るかと思いましたからね。もうね、当面は私ども“閉店セール”で回させて頂いてますよ」

 そこに登場、次女卜部(うらべ)莉央(りお)。彼女は改めて、上記の事情を縷陳していた。


「うー…………」

 やはり年下であると知るや、飛鳥の溜息は聞こえよがしにまろび出る。莉央の齢は十五と十月(とつき)。さほどの差とも云えまいに。

 飛鳥はしずしずと消沈した。

 ほどよい高さのその頭を、手で(さす)ってやる気さくさがあって俺に罰は当たらなかったろう。しかし気持ちが悪いと罵られるのも恐ろしく、我が手は己の頭を掻いた。


「えーと……あァ。変なこと聞くようだが妹ちゃんや。姉貴と違って、そっちは普段とかも忙しい方なのか」

「いきなり逢引きにお誘いですか。いやらしゅう御座いますね」

「こら、違わい。……日頃、店手伝ったりだとかを見ねえんでよ。俺ゃこれでも、おたくの常連なんだぞ」

 

「あっ……。お二方、どうりで」

 娘は、なるほどそうかという風に我々を見据えた。今を以て皿のごときその双眼は、何やら悟ったようである。

 そこはかとなき()()()顔。

 しかして自らを指し、「妖鍛冶(あやかぬち)師見習い」と称した。

 

「……あやかんちょ? ゆるキャラの名前っぽい?」

 未知の語彙に飛鳥は首を傾げる。内心の発想がそこまで謬妄であったわけではあるまいが、だからといって解りもせぬから、少々戯れてみたのであろう。

 ところがどうか。


「否ーッ。そんなんじゃござりません! お二方ったらPIROであらせられるくせに、ご存じないだなんて」

 慇懃無礼な血相で、莉央は不平の()を響かせた。

 だがどうしても訝しい。一体彼女は如何にして、こちらの身分を見抜いたか。俺はまだしも飛鳥に至っては、まだ名乗ってもいないのだ。


「随分な物言いだぜお前。いかにもこちとらPIROだけどな、君の趣味なんぞ知らん」

「しッ……趣味ぃ? 僭越ながら申しちゃいますけどね、かつてお侍は自分の得物を打った刀匠くらい、きっと把握していましたよ」

「なんの話だそりゃ」


「確かこの地元の支部に卸してるのは、魑魅梓に紅世景宗、辛鋪鎚、それと射干瑞刃……のはず。

 あなた方から否応なく感じますからね。その、特有の妖気」

 得意気な弁舌に並んだのは、我ら社中の手にして振るう擬神器が号。

  

「……だとすると妖鍛冶ってのは」


「おわかり頂けまして何より。

 これらを打った者こそ播州きっての名工、三島(みしま)凌雲(りょううん)翁! 押しも押されもせぬ我が師にございます!」

 話はすなわち下記のごとし。


 莉央のいう“妖鍛冶”なるものは、我らが得物・擬神器を製する職人に他ならない。

 思い起こせば、鹿ヶ谷支局長より聞いたことがあった。日緋色金(ひひいろがね)を鍛え一振りの太刀と成し、そこに五行の力を封込する匠がいる、と。また彼らは“専門の職人”である、と。

 見上げたものではあるまいか。


 脳裡において、目前の頑是ない小娘が俄然そこと繋がっていた。

 何せこの業界の話である。ここに事々しく紙幅を割くほどの不思議は無かったことやも知れない。しかしそうだと思ってみると、小娘に向く己の背筋は、やはり自ずと伸びているのである。


 今の世に咲く陰陽師姉妹。片や拝み屋、片や鍛冶屋だ。

 万全ならざる姉を助くべく、多からぬ有給休暇を用い帰省したるが現状の莉央である。常は神戸の工房で働き、刃を鍛える業を修めて、日々邁進に余念無し。


「それにしても……ほんとにもう、仕様のない姉ですことね。みっともなくて呆れちゃう」

 腰に手を当てお下げを揺らし、莉央はやれやれとて云った。


 職人気質もひよっ子にして、食った齢も十五とくれば、生意気盛りも未だ只中であろう。

 中学を出てすぐ家を出て。はや三ヶ月を経る。当人曰く帰省予定は盂蘭盆(うらぼん)まで無かったとのことだが、内心ほっとしているかも知れぬ。


「あっ、凛ちゃん」


 打って変わって可愛らしい小袖に着替えた卜部氏の大きな方が、しゃなりしゃなりと現れた。


「姉様、案の定(めか)し込まれて」

 にやにやと莉央は云い、己の座った椅子を微かにずらす。さも当然のごとくそこに滑り入ると、気付けば卜部氏は我が真正面に坐していた。


「しばらく声だに聞かせなんだのう」

「ご無沙汰しとります。すいませんや、親父がああなってからバタバタしてまして。あ、これおみやげです」

「ふん……許すまじ。妾は寝込んでおったわ」

 受け取るくせに氏はつんとして、ぷんすか膨れている。

 そこに莉央は「文字通り()()ですものね」と云うも、横の飛鳥がじとっと見てくるばかり。意味は毛頭解らなかった。

 雲煙過眼の心で流すべし。


 さて。

 何にせよ、俺が今回目当てとするところは、諸々の怪奇に通暁したこの姉君に他ならぬ。高砂家にやって来た“ちび”の正体を明らかならしむる為にも、知るべきことは山積みだ。


「今日来たのは他でもなくって、ご覧頂きてえもんが有んです」


「左様か。折しも、近いうちに連絡せんと思うておったところよ」

「へえ。……卜部さんからご用とは、こりゃまた」

 滅多なこともありたるかな。思えば前回、“甲府の惨禍”の前日に招かれて以来。何かというと常々こちらから出向いてばかりであった。


 ――よほど由々しき事ごさんなれ。

 俄然、脈拍が足を速めるのを感じた。上述の念が、なみなみと(おそ)れを湛えし我が胸を揺すぶるのである。


「もしや姉様……例の件をPIROに?」気遣わしげに莉央は尋ねた。


「なろうことなら避けるに()くは無かろう。じゃがそれも、こたびばかりは罷りならぬわ」

 装いに似合わぬノートパソコンが、我が眼前に開かれた。「――さてと事始めじゃ、衛介よ。先の一件、あの次第を忘れたわけではあるまいのう?」

 不吉な言葉で枕に振るや、滔々として氏は語る。切れ長の、凛乎たる眼差しを寄越して。


 俺は固唾を呑む他ない。ここを訪ねた用事の目途など、たちまち大事でなくなった。

式盤(しきばん)は占いに用いる道具の一種です。

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