第三六話 『夏至の荒魂』
前回までのあらすじ:
秋田の“ピラミッド”、黒又山に眠るという謎を解き明かすべく発掘調査に来た高砂衛介とその父である考古学者・高砂史一行。彼らは『かむなび教団』の追手をも退け、何とか目当ての石室へ到達する。
しかし聖地に足を踏み入れた一行を襲ったのは、祟りともいうべき突然の落盤だった――。
一
新幹線にゆられる中、父はたいへん熱心に語っていた。
それより赴く北の大地に眠るもの、そして『かむなび』が聖地と定める黒又山に関する考察であった。
蝦夷たちの大地には、古くから神が宿ったという。
順わぬ神々が一柱――その名も荒覇吐。古来東日本各地に祀られてきたが、その神性については未だ定説なき存在である。民俗学者に考古学者、果ては陰謀論者にいたるまで、銘々が様々な見解を展開してきた。
賓すなわち来訪神と云う者がいる。その名から“ははき”すわなち箒の神とする者もいる。
そして、蛇の神とする説もある。
『注目したいのは民俗学者の故吉野裕子先生が唱えた“蛇神説”さ。
“はは”というのは蛇を表わす古語だ。大蛇に見立てられた木は古来、地に祈る人々の祭りの中枢を成した。よって蛇木、と。面白れえ見解だとは思わんかね?』
駅弁のシウマイを頬張りながら、父は熱弁を振るっていた。
蛇は古くから信仰の対象だった。
畏れらるると共に、敬われていたのである。太陽信仰においてその眼は神鏡の象徴であったし、雨雷を操る豊穣神にして、多産をつかさどる地母神でもあった。
ことほど左様に、極めて多様な性質を備える生き物とされたのだ。
『俺が思うに、妊婦の腹を箒で撫でる、という古俗などはここら辺に発端があるのかも知れん。やや複数説の折衷案的なところはあるが、実は類例が色々と――』云々。
縄文人の信仰。
彼らが心を寄せた黒又山。その地に眠るもの。
ボックス席にて向かい合った吾人と卜部氏は目をぱちくりさせ、反応にも大いに困った。そして興味だに抱かず、車窓に執心する早楽。構わず父はよく喋り、また終始よく食った。
以上は昨日昼間のことである。
ところで、これは何事ならん。
土砂に埋もれたはずの俺は、何ゆえ斯かる回想を為しえているか。
無論これはまさに死なんと悟り、その刹那に駈け廻った思索の一幕である。走馬灯と称すれば陳腐であるが、ともかく俺は観念してしまっていた。
「が……助かった、らしい」
高砂衛介、このごとく生きてここに在り。
地底怪獣はその巨体で我々に被さるごとく腕を立て、土砂と瓦礫から守っていたのである。頭上においては、鎖帷子のような喉の鱗がゆっくりと脈打っていた。
「かはっ……爬若丸よ、褒めてつかわす」震える声で卜部氏は讃えた。
「や、卜部さんお怪我は。何か辛そうだ」
「…………何とも、ない。それよりも案ずべきは他にあろう」
「他にって、そうは仰いますが! いや……でもまァなるほど」
そこには云い知れぬ光景があった。
山頂に神社を戴く土が崩れ、石室はうずもれたかのごとく思われていた――しかるにこの景色は何ぞ。
中央にたたずみし神像のみが、山土の降り注ぐを免れているのだ。
神像は、天に向かって光の柱を奉っていた。夏至の朝日を燦々と受け、それを辺りへ撒き照らしつつ、幻想的に煌めいている。
しかしその様、奇しかること怯えるより仕方無し。
神をかたどったそれは不気味なほど丁寧に紋様を割せられ、内なる空洞を、日光のもとに晒している。
中は空しいまでに、空っぽである。
そしてこれは我らがこじ開けたものに非ず、その内側より破られたもの。裂け目の外へ反ったかたちが、それを物語っていた。
瘴烟らしきものが立ち込め、覚えしは噎せ返るほどの鬼気。
断言すべし。
いったい、有ってたまるものかと。
こんな物体が、古代人の手で当地に奉じられたなどて。
なるほど当方、史学の神髄は存じぬ。然れど物事の限度は存ず。
また確言すべし。
こんなものが有ってもよいのは、常世を置いて他に無いと。
「ゲゲっ……た、タゴサク先生はどこでい!」
卜部氏にへばりついた早楽が、ぎゃあぎゃあ云ってふためいた。
蓋し、南無三宝と。胸の辺りに寒気じみたものを感じる。おおよそ非常な折にて来たす、心の臓より血の気の引きゆく感覚だった。
吾人高砂衛介は、たいへん恐れていたかも知れぬ。神祀不敬に及んだ肉親の身に、いざ天罰が下るということを。
因果応報、然るべき仕打ちか。
さりとてこれを潔しとせざるは、人の利己的性である。横柄とでも評せばよい。
この目で見るだに望まれぬ現実であった。
一歩引いて傍観せる我々と異なり、まさに神像に触れんとさえしていた父である。皮肉にも、土に埋もれずに済んだことが不運だったのだ。
語るべきは二つ。
片やずたぼろの雑巾がごとき、無力で軟弱な人影。それは吾人がこれまで最もよく聴いてきた声を以て、情けなく呻吟している。
完膚無き高砂史の姿であった。
片や、もはや名状し難し。せいぜい正体不明と称せん。
引っ摘ままれて伸びたがごとき、不気味きわまる後頭部。そこに戴く物は冠ともつかず、鉄面ともつかず。
赤熟した南京豆を思わす巨大な目は、よくよく見れば眼鏡である。
面妖なる朱色がぼうっと睨むや、その眼光は我々をして度肝を凍てつかしむ。冴えぬこと、某に睨まれた蛙に如かず。
それはまさしく、神蛇の仮面であった。
二
肌の色は蜚蠊に似ていた。
朝日の柱を爛々と浴び、放つ光沢は淫らですらある。そのたたずまいはさながら鎌首をもたげた蛇であるのに、鹿より細い二脚を以て地を踏みしめている。
そして体に走る朱色の紋様は、一体何を意味するのだろう。見当さえも、俺にはつかぬ。
父の首根っこはふんづかまれ、ぎりぎりと締め上げられ、苦悶で皺くちゃになった顔が現状を伝えていた。
気持ち悪い生き物の手によって、我が父は三途の瀬戸際に立たされているのだ。云わば俎上の魚なのだ。
名答求む。
斯くも兇険なるものが、蝦夷に伝わる古き神であるというのか。
「~~~~~~~~ッッッ!!!?」
為す術無くただ泡を吹く哀れなる被食者。その慟哭が我が理性をハッと破いた。
「ちょっと踏ん張ってろァ、親父ィ!」
心の落ち着きこれあらばこそ、引力自在を用いて一気に跳躍した俺は、その怪物を叩き斬るべく打ちかかった。
距離が縮むや、突風が頬をうつ。妖気の脈に身の毛も弥立つ。
されど当座で退く気は無い。ここで怯めば後が無い。
擬神器の刃が却火を吹き上げ、まさに脅威を断滅せんとす。
蛇の仮面はその眼光をこちらに向けた。――それは如何にも人工的で、なおかつ極めて有機的。
するとどうか。
重く濁った暗黒の気、すなわち強い“陰”の気が、節くれ立った掌より放たれる。
我が刃の火行はたちまち萎れ、この手も無理矢理押し戻されたのだ。さながら対なる光と影の、互い嫌って避けるがごとく。
恐らく火行が秘める“陽”の気の然らしむるところであろう。「ぐお……ァ!?」
「――だが……! どっこい、そうは烏賊の金玉ッ」
刀の振り上げたるは惜しくも跳ね退けらるれど、上げたる勇みは然もあらず。俺はそのまま慣性に乗り、敵の腹へと突っ込んだ。
しノ字にくねった体線のうち、その腹はよく肥えている。あるいは身重の女にも似て、前へ丸みを帯びている。そこに吾人は猪突したのだ。
ぶに、という珍妙な弾力感。
時を同じくして姦しき叫喚が我耳をつんざくも、幸い父のそれには非ず。
醜い仮面の下に起りし、怪物の癇癪であった。
すると父の体はその握りから逃れ、吾人もろとも雪崩れ込むように投げ出される。そこにすばやく早楽が飛び出し、父を身で受けそのまま退いた。
いっぽう俺とて我武者羅である。もがくがごとく這いつくばると、蜻蛉返りを決め込んだ。
蚯蚓よろしくのたうち回る敵を尻目に爬若丸のもとへ舞い戻った我々。そこには今の光景を前に狼狽えてか、いよいよ憔悴したような卜部氏がへたり込んでいた。
「ダゴサク先生ェ、生きてっか! 死んじゃあ駄目だい!」
父はうんともすんとも云わねど、呼吸の音がひうひう聞こえる。手当て如何で助かる容態と見るべし。
「フーッ! フーッ!! ……あァでかしたぞ早楽、本っ当にでかした」
血眼になって息を切らし、俺は満腔の祝意をまくし立てる。「よく解りましたとも、今までの妖怪なんぞとはわけが違げえ……! その、何と申しましょう」
これに拝み屋答えて曰く、
「……祟り神、か。あるいは荒魂か」と。
触らぬ神に祟り無し、とはなるほどまことに宜なるかな。すなわちこれを侵せば、斯かる厄を惹起するなど勿論のこと。
やはり恐ろしくていけない。
氏の体調も勘案するに、戦闘続行は悪手か。
「い、云いえて妙な。なおさら、真っ向勝負は控えたほうが良い」と、俺は早口に述べる。
「何ゆえぞ?」
彼女は目を細めて息をついた。どうやらとぼけておいでと見える。
「卜部さん、あんたが弱ってらっしゃるのは百も承知です。が、一応理由を伺っときたい」
「ほぅ……ぬしはもっとニブいと踏んでおったわ」
曰く、彼女の妖力は既に息切れを起こしているわけである。
式神二頭を同時に使役し、夕べの睡眠時間は零。あまつさえ戦いも嵩むときた。へたれぬほうがおかしな話だ。
「――気を遣わせてすまぬ。しかしこの際、妾のことは構うな」
しかしながら気丈にも、彼女はその強がりを止そうとしない。「爬若丸、お前は衛介の援護じゃ。早楽は先生をお連れして逃れよ」
「それで宜しいンカ、凜殿ヨ?」
「爬若丸をお前のごとく利口とは、まだ云えまい。あれには鷹匠が要ろう? さぁ解ったら疾うせぇ!」
「が、合点だよ我ガ主、帰ったらまた褒めてくれろ! ――おりゃア先生、ちょっぴり荒れェが許してくれやッ」
「ング……ァ」
手負いの父をうんしょと背負い、小柄な河童はすっ飛んだ。がたいに似合わぬ力持ち、後でゆっくり賛じてやりたい。
それとて生きて戻り果せれば、の話であるが。
精を出すべきことは一つ。
当座必ずしもこの敵を討つべからず。何はなくとも早楽たちの逃走に時間を稼がねば。
「らァ、くっ喋ってもおれん! やるからにゃ今だ、爬若丸ッ」
反り跳んでその背に着し、ダンッと音を立てる我が踵。背鰭に手をかけしがみ付く。
然せるが早いか、大怪獣は猛進開始。
光柱そびえるピラミッドの頂にて、土煙が巻き上がる。目茶目茶になった神社の梁も、燐寸のごとくへし折られ、尚更その見る影を無くす。
目標、前方約十二メートル。
大地に轟く号吼と共に、とうとう獣は神に牙を剥くのである。
発達した前肢が地を搔くと一挙に加速し、のしかからんとて跳びあがる。巨影がそこに覆いかぶさるや、期待と不安が揃って湧いた。
――吉と出るか、凶と出るか?
その答えは神のみぞ知る。
怒り狂える、荒神のみぞ。
解答。
零距離からの波動攻撃。我々は強烈な突き上げを喰らった形になる。
「らーァア!?」
今以てこの山に常識など何があろうか。
狂気の叫びが再び聞こえ、我が騎獣の巨体は軽々と宙に浮かしめられた。有るまじき無重力感に尻小玉が竦んだ。
正に、ひゅんッというのである。
爬若丸は喉を絞りきって重音を奏でる。本能さわぐ随に、囂々と悲鳴を上げたのだ。
我が座せる背は、その咆哮に震える空中で引っ繰り返った。
刹那にして天地が転じたかとも思われながら、山麓に広がる秋田の野を望む。佳景である。見えしは大湯の遺跡であった。
さてまたここにて驚くべきは、昨日とは非なるその有様であろう。
「ンな…………馬鹿な」
黒又山と共鳴するかのように、光が一筋伸びている。
環状列石の中心――日時計といわれた石柱から、輝くものがそびえている。
夏至の太陽と黒又山、そして大湯環状列石。
これらを結ぶレイラインが示唆したのは、この恐るべき脅威の存在だったのか。縄文時代の人々は、それを知った上で原始宗教を興したというのか。
荒唐無稽も度が過ぎよう。
俺は以上を一瞬の間に見た。
しかるに、後は落ちるのみ。大怪獣ならいざ知らず、人が落ちては助からぬ。眼下は瓦礫と土石の床である。死ぬまじく飛空の霊札を使いたいところであるが、術式起動はもはや追い付かぬ。
とうとう年貢の納め時か。
地に先んじた爬若丸は、周章しながら潜行を始めた。追撃恐るる獣の本能である。
俺も猫ほど軽かれば、はたまた亀ほど堅かれば、逃ぐる手立ての一つや二つ、講ずる能はあるものだ。これを活かすも許されぬとは、南無南無とぞ云うほか無きか。
しかし折しも、渡りに船あり。
耳慣れたそれは重々なる疲弊から嗄声となり、いと苦しげに呪文を唱ず。それでも味方を救わんとする、友達甲斐ある心意気。
「急々如律令、引力自在法!」
卜部氏であった。「くッ…………か、はア」
「うらべ、さァん!」
我が身体は落下速度をふわり削がれ、猫の造作で着地した。如何ならん。この大恩や幾許ぞ。
「善哉……善哉。どうにか、間に合ったようじゃの」
息も絶え絶え彼女は云う。
そして大方予想は出来たが、遂に力は底をつき、その膝はがくんと頽れた。
「――やっぱし、そうなりますか」
遣る瀬無し。ああ遣る瀬無し。こんな吾人とその父が為、友をここまで苦に晒すとは。
駆け寄りざまに、俺は彼女の細い体を抱きとめた。
「……衛介…………何じゃその顔は。らしくもない」
肩にかかる吐息は儚げで、あえかに枝垂れる柳にも似る。そして我が心には何か煽られるものがあった。斯くなる上は已まれまい。当座は疾っくに、潮時なのだ。
決着をつけねば。
理屈は何も難くない。逃げるが勝ちとぞ物するのみ。
「宜しいか。全身全霊、引き際を見計らいますッ」
残った引力自在の効で、抱えたままに電光石火。
蛇神の放った妖気の光弾が、砲火を成して迫っていたのだ。なるほど、遠距離攻撃も手のものか。
「ちょっ……! えいすけ…………?」
重畳だ。退っ引きならぬこの況にても、そこはかとなく心が躍る。
気炎万丈、いざ行かん。
我が手は女の右脇に、且つは女の膝裏に。ここを以て俗に御姫様抱と称すべし。
三
孫子の第十三篇で説かれる九地には、戦場の型として九つの分類が定められている。
中でも「圮地」は山林などの険しい地を云い、戦いづらいため急いで脱せと説く。即ち行けというわけだ。
しかし思えらく、今退こうにもきっと叶わぬ。逃げるにだって活路は要るのだから。
俺は光弾を避して瓦礫を駆け上がった。先ほど爬若丸を仕留め損ねた荒神はすみやかに方向を転じ、当方を以て標的と為していたのである。
「無礼にお許しをッ。こちとら、こんなの初めてですんで!」
「ひぁあ……うァ! …………痛ッ、すまぬ。真にすまぬ。妾が足手纏いなばかりに」
「ンなこたねえ。反省会はまた後日、飯でも食いつつ致しましょオ」
いずれのものかも判らぬ汗が、我が掌をぐっしょり濡らす。「誰があんたを死なせるものか」
氏は力無く瞼を開き、虚ろながらも目を合わせた。
「衛介、ぬしに一つ願う。あと……少しだけ、どうかこのまま居てたもれ」
「心中ですか! やっ、諦めちゃならん」
「痴れ者……誰がぬしを死なすか」
「じゃあ何なんですッ? そっちは限界だってのに」
「かけるのじゃ…………伸るか反るか、大技をば……!」
我が身に宿る火行の力は、氏の身に残るわずかな土行を大いに強めていた。すなわち“火土相生”である。
火が燃えては灰を生み、その灰が土を肥やす。
自然の仕組みに則った、陰陽五行の理に他ならぬ。
氏は、我が衿をぎゅっと握った。
「良きかな、あぁ良きかな」
襲いくる祟り神をよそに、安んじて詠嘆す。「ぬしの懐はこんなにも温かい」
「てやんでえ……! 頼むからッ…………無理だけはしなさんな」
「一発だけ、それだけでよい――」
深く深く息を吸う。して、柔らかな女の肢体に力がこもり固くなる。
来るべき一繋ぎの詞を期してのこと。すかさずしてその口からは真言がまろび出た。
「オン、キリキリ……ノウマク、サンマンダ・バザラ・ダン」
剣印、刀印、転法輪印、矢継ぎ早に編まれる印呪が、妖気を以て術を為す。「ソワタヤウンタラタ・カン・マン!」
不動金縛法――怨霊、悪鬼、敵を捕らえ、その魂を縛り付ける。
あたかも釘で打ったがごとくに。
「――――急々如律令ォ!」
術に結われた不可視の鎖。
まさに迫り来る荒神の身を、刹那にして絡めとった。音も無く、そして容赦無く。
女の泣き叫ぶがごとき、金切り声が野笛となる。
動く能わざるその神体は、慣性により飛び続くのみ。放ち損じの砲丸よろしく、瓦礫の山へと突っ込んだ。
骨肉の打ちみしゃがれる、有機的かつ悲痛なる音。両手ふさがり耳ふさがれず、俺は思わず歯を食い縛る。
しかしこれこそ無二なる好機。「――足止め、充分……!」
今を逃せば埒など明かぬ。
『始めは処女の如く、敵人戸を開くや後は脱兎の如く。敵、拒ぐに及ばず。』――「孫子・九地篇」その二六。
「来やがれ、爬若丸ゥーッ!」崩れた山路の斜面を穿って、地底怪獣ここに再び。
よくぞ応えてくれたもの。
力を使い果たし、ぐったりとした氏を抱きかかえたままに、俺は爬若丸に飛び乗った。
そして手をつき念じて込める。土の式神ワイラへと、我が火の力を送り込む。
ぶるるッというと一つ震えて、それは大いに怒号を上げた。
「……さあ頼む、お前の主人は良い仕事をしたぞ」
骨を通じて震撼してくる。
鼓膜の爆ぜて果てんがばかり、響く吠声に顔が歪む。我が眼には涙がにじみ、絶後の絶叫に変わった。「あれをまとめて吹っ飛ばせ!!!」
我らを乗せた巨体はのけ反り、夏の始めの太陽すら口腔に飲む。
次の瞬間。
土行の力は我が烈火を受け、その強きことを跳ね上げる。土石は熔ければ溶岩となり、全てのものを灼きつくす。
――そんな事象を彷彿させる、光と熱が放たれた。
大怪獣、口より吐きしは火球であった。
それは唸りをあげて飛び、瞬く間には大爆発。
紅蓮の熱と黄輝の光が、その神奈備に火柱を奉るなり。
俺は振り返らなかった。四散する砕片が恐ろしくて、爆風に焦げることが怖くて。
遮二無二、爬若丸を走らせた。
月曜の朝刊には以下の文字が躍ることとなる。
六月二二日午前五時。鹿角市にて森林火災。未処理不発弾か――と。
生きてこの見出しを確認出来たという吾人の行倖は、その程を語るに有頂天と云わずして、一体何とするものか。
荒ぶる神は狼藉者を前に、灰と消えたというべけん。




