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アサルト・オン・ヤオヨロズ  作者: 金精亭 交吉
第二章【太古を読み解く男】
37/59

第三四話 『地底怪獣、進撃せよ』

前回までのあらすじ:

 大湯温泉に浸かり、日々の疲れを癒した高砂父子。

 土産物を見るなどして心を和ますも束の間、少々気を抜いた隙に、客室前は奇妙な人だかりで埋め尽くされてしまっているではないか。とうとう直接の襲撃をかけてきた、「かむなび」信者の一団である。

 斯くして温泉旅館を戦場に、闘いの火蓋が切って落とされた。一行の命運や如何に。


 我らの世には人畜がおり、常世の国には物ノ化がいる。

 両界隔たること鉄囲山(てっちせん)にも似て、尋常これらに往き来は無い。


 しかし条理はいつしか歪み、しばしばこの世にあやかしは来る。人に仇為す魔の者を、こちらに召すのもまた人である。


 その術がどんな呪師に編み出されたかなど検討もつかぬ。けれど実際、これはどうでも良きことだろう。

 そもそも昔の話であるし、ごくごく一部の者のみ知れた、文字の通りの「秘術」であった。

 

 さて――これが続けば世話などないが、時代は常に千変万化。

 今や秘術は明るみに出て、良くも悪くも巷をして興味津々たらしめている。


 そしてこの()()を突いたのが『かむなび』であった。


「しかしあやつらは何じゃ……!? 野良の妖術使いがこんな所で、など……しかも多過ぎる」

「ぜえ……ぜえ………………い、云っちまえば“信心深い方々”です」

 息切れしつつも皮肉を込めて、唾するように俺は答える。「もひとつ云うと、ありゃア野良とは程遠いッ」


「忌々しや。何方(いずかた)の輩か存じぬが、これほど夜刀神(やとのかみ)を召し出しよるとは」

 前後二方の廊下にひしめく蛇どもを見て、卜部氏は云った。


 以下は「常陸国風土記(ひたちのくにのふどき)」に残る説話の一節である。


 『(くにひと)曰く、蛇を()ひて夜刀神と為す。

 其の形は蛇の身にして(かうべ)に角あり。率引(ゐみちびき)て難を免るゝ時、見る人あらば、家門を破滅し子孫継がず。』

 

 ここでいう「風土記」とは詔勅により諸州で編纂された古代地理誌であるが、現在その大半は散逸してしまったと聞く。常陸のそれは数少ない遺存物の一部なのだ。

 さぞ失われた数多の文には、記紀に漏れた古伝承があったことであろう。


 黒蛇どもはその長さ、おおかた三メートル内外。

 口吻の先に突き出た角が、その全身を鋭く思わす。さながら(しな)った刀剣である。これはなるほど()の刀かな。


 さて、吾人はここ十余分間、相当数を斬り伏せてきた。しかしこれでは到底きり無い。殺陣(たて)を不得手と云いこそせぬが、いよいよ息が上がっても来る。

 俺は卜部氏をも守るべく、廊の前後を行ったり来たりだ。


「平気か衛介?」

「へっちゃらです。……が、願わくば次で終いにしたい」

「さればいな」

「や、来ますぞ第二波! 卜部さん、援護をっ」


「承りき――」

 確りと頷き目を閉じて、呪文を唱える陰陽師。「ノウマク、サンマンダ・ボダナン・ハラチビエイ、ソワカ」

 目にも留まらぬ指使い。一瀉千里にその九字を切る。


「――急々如律令ッ。土行妙呪、発手群石(はっしゅぐんせき)!」

 薙ぎ払うような手振りに合わせ、少女の放つ霊気の波動が、一閃成して地を這った。

 床はたちまち亀裂が走り、砕けて以て礫に変わる。それが散弾銃のごとくに、迫りし鱗虫を一掃したのだ。


 俺とて負けてなるものか。

 そこで削がれた敵の群れへと、我が両足は飛び込んだ。神器を以て乱撃無双、この奮迅をとくと見よ。


 叩きつけては踏み潰し、そして撫で斬りに伏せる。剣舞の軌を追い火の粉も揚がる。

 蛇の鱗を焼き焦がし、正に()()()同然と成す。


「うらァ、どんなもんだいっ。今に東北支部も駆けつけるぞ! お前らなんぞに勝ち目はねえ!」

 響き渡る火災報知器。

 炎は柱となって昇るや、廊の照明を熱割れせしむ。所は暗闇に落ちるも、焔を以てぼうっと(あか)い。


「な、何て野蛮な。PIROは皆さま良い方々だと聞いていましたのに」

「うわあ。皆が皆、とはいかないのですね。きっと」

 にこやかに始終を見ていた信者の一団が、漸う動揺し始めた。


「ですが、こちらだってそろそろ増援が…………あ、今。来たみたいですね」

「おお!」

「やった、ばんざい! ばんざぁい!」

 かしましく狂喜する信者ども。彼らの背後より、何か飛び出す。


 その影は暗澹の廊に躍起していた。


 黒の煙はゆらり漂い、焦げた臭いが立ち込める。斯かる下、さらに不吉な“何か”の影が、踊るがごとく跳梁す。

 我が眼をしてその姿を明らかならしむるには、疾きに失した。


 目尻を汗が一筋伝う。俺は強いて目を見張り、額に三ノ字の皺が寄る。

 ――この刹那であった。


 闇夜の鉄砲、抜き打ち一太刀。南無三とこそ思ったが、これを凌ぐ心得は無かったのだ。


「がッ……?! く…………うっぐぁ……」

 纏った白地の浴衣の肩が、赤黒に染めあがる。「そっちの加勢が早かったかァ……!」


 今のは一体何者か。凡そ人類の所作ではないが、(やいば)を使ってくるとは如何。

 ここで狩られる訳にもゆかぬ。一旦立て直さなくては。


「大丈夫か、衛介ぇ!」


(つぁ)ア、ここはひきましょ卜部さんッ。得体の知れん奴が……さぁ早く!」

 その斬撃はなおも続いた。

 転がり退いて起き上がり、引筋違(ひっすじか)えて切り返す。


 先んじて卜部氏を逃がし、可及的速やかに吾人も続くべし。後衛にあの“刃”は対処能うまじ。

 しばし、死ぬ気で()()()()()だ。


 駆けゆく彼女の姿を尻目に、臨む体位は正眼の構え。


 敵は掛け声一つも上げず、煙中から斬りかかってきた。

 横薙ぎの刃を鍔で受けると、俺は手首をぐるりと返す。やがて左拳で突き飛ばさんとて、殴る思いで()っつけた。


 鳥獣類を思わせる、毛の感触。そこに覚えたものだった。

 ――ますます相手の得体が知れぬ。一体何と打ち合っている?


 肝が俄かにぞっとして、汗はいっそう勢いを増す。受けし刀傷さえも、いやに滲んで苦を加う。

 (ふくろう)のような双眼のみが、宵闇にぎらついていた。あまりに面妖なるそれに、俺はとうとう恐れを為した。


 辺りは暗し、そして煙たし。云わば蛙の頬冠り。ここに見ゆるが二つの眼光、および攻め来る刃のみ。

 どうして怖くなくなどあろうか。


「ぬがっ、潮時も潮時かァ……て、ごふァッ」吾人は全く、居付いていたのだ。極度の疲労とこの怯え、ここを以て言い訳と為す。

 とどめとばかりに跳び蹴りを受け、階段際まですってんころり。


 地を打つ箇所から順繰りに、苛烈な痛みが身を襲う。この盛大なる転落で、俺は一階に追いついた。


「う……卜部さん、あんたまだそんな所に! とっととずらかって下さいっての、まだ夜刀神もかなり居るっ」

 もはや死に物狂いで這って、俺はがらがら怒鳴って云った。


 ところが曰く、

「斯くなる上は……已むを得んかのう」と。

 浴衣の懐に忍ばせていた、霊札を一枚引き抜く卜部氏。土行の気により黄色く光り、まばゆいまでに解き放つ。


「――な、何をなすって」


「案ずるな衛介、ぬしに敗走などさせぬ!」

 阿鼻叫喚たる旅館を抜けて、その玄関に仁王立ち。月影を背に少女は叫ぶ。「――急々如律令、出でよ護法・爬若丸(ほうわかまる)ッ」


 めっぽう突如の出来事だった。

 氏の足元が大いに轟震したかと思うと、その地点からめきめきいって、一直線に床が隆まる。


 ――丸で土竜(もぐら)の通るがごとく。

 

 しかして続くその瞬間、蛇の大群が宙に舞う。吹き飛ばされて、散り散りに。

 時同じくして地を破り、そこに出づるは土遁の巨竜。


 新たな式神がその姿を現した。


 馬によく似た長面なりつつ、目鼻口など(がま)を思わす。歯牙はさながら小太刀のごとく、何を食わんと煌めいている。

 そして最も目を引くは、岩をも穿つその爪だった。よく発達した前肢の先に、恐ろしげなる爪一つ。

 全長凡そ十メートル、まさしく地底怪獣だ。


 氏の「やれ!」という一声で、暴れ始める爬若丸。


 僅かに残った群蛇はたちどころに押花と化し、信者どもも喚きながら尻尾を巻いてゆく。

 恐ろしかりし“刃”の主も、いつの間にやら消えていた。


「今じゃ衛介、早う跨がれ」卜部氏である。

「……ッ! こりゃまた、かたじけねえ」

 俺はすかさず、むくつけき背に飛び乗った。


 象とも獅子ともつかない声で、その咆哮は闇夜を震わす。(けだもの)なりの、勝鬨であった。



 よろしく煩慮すべきこととして、父と早楽の件がある。

 彼らの行方は何処にか、そもそも逃げ延び果せたか。気が気でなくて、俺は押っ取り刀であった。


 爬若丸は我らを乗せて、羽州大湯の地を走る。剛強無比なる爪を以て、石畳すら壊して進む。


 この(あるじ)たる卜部氏は、怪獣の名を「ワイラ」と呼んだ。すなわち種としての呼称だ。

 曰く、ワイラは近世の絵巻物などに見られる妖怪とのこと。長らく詳しいところは知れず、全身像すら曖昧だったが、氏の父上によりやっと召喚が成功したという。


「こやつは先々、当家相伝の式神たりうる。しかし未だ、妾には制御しきれぬ部分も多うてな」 


「……にしちゃあ、こんなに従順ですが」

「従わすには餌が要るなり。手配願った生肉は、元々そこに用いるつもりであった」

 思えば爬若丸は、蛇を幾らも食っていた。偶然都合は良かったわけか。


「へえ、そうとは知りませなんだ。今の今まで、卜部さんたら焼肉が食いてえんだとばかり」

「な、何じゃと…………鼻元思案も大概にせんか」


 さて。

 我らはこの式神に肉の臭いを追わせ、保冷箱を持った父らとの合流に踏み出していた。


 肉食獣の鼻によればその方角は真っ直ぐに、黒又山をば目指している。たといその身が危うくも、彼はあくまで本懐を求めたということらしい。


「頼むぜ、死なんでておくれよ」

「ぼちぼちこの辺りじゃろう」

 のどかな田野の脇に繁った、若葉の群落にさしかかる。式神の鼻息はいよいよ荒く、地を掻く脚も速まっている。


 しかしながら、ここで我らの目に入ったのはどうにも奇妙な光景であった。 


「だーから違げんダヨ、オイラは人の尻小玉を抜いたりなんざしてねェ」

「しずねっこの! 通報(つうほ)ば受げたら飛んで来んのが仕事だ」

 更に聞こえしは、何やら穏やかならざる罵声である。大きな斧を片手に抱えた男が、河童をふん捕まえているのである。


「何じゃ、早楽が凄まれておる」

「困りましたな。黙らせましょう」俺は苛立ちを隠せず居った。「……むっ?」

 ところがあるところに気付く。何を隠そうその身なり、見覚えあるではあるまいか。


「やぁちょいとそこの、もしや東北PIROの方では?」俺は爬若丸の背を跳び下りて呼ぶ。

 彼の装具と手にした武器が、主な判断材料だ。


「んだっちゃ。……ってオメエ、なじょした? そんな血みどろで」

「それを放したって下さいな。この娘のペットなんです」

 男は驚いて(まさかり)型の擬神器を畳むと、早楽を引っ付かんでいた手も放した。


「おらぁこういう者だが」彼は職員証を見せる。「あんだは名前何つうのや」

 清原(きよはら)辰次(しんじ)君は精悍な男であった。


 骨身は俺より少し華奢だが、榊のような趣はない。大斧を振るには都合良く、鍛え抜かれた腕である。

 

「おーお、関東支部の人かぁ! ほんじゃ、仲良ぐすてけろな」

「やァもうそりゃ是非是非! こちとら、聞きてえことも山ほどあんですよ」

 俺は先程まで経緯を、清原君にすっかり語った。そして何故こちらに加勢に来なかったのか、と。我慢がならずに問うていた。

 あれだけ派手に怪異が出ていたのだ。レーダーに映らなかった訳はない。

 

 すると彼は答えて曰く、

「もつろん、(しゃ)ねえわげじゃねがった。けっども、そっちは本部の人が行っでくれた筈だべ」云々。


「またまた。京都から何時間かかるとお思いか」

「違げえんだでば……」

 聞くに、今日は折しも本部より視察が来た日であるらしい。かつて俺が榊を相手にしたごとく、ちょうど清原君も先方との対談をしていたそうな。


「そいつはお察しします。さぞかし面倒っちかったでしょ、硬てえのが来るから!」

「んなことねえべ。おらの所は、やたら可愛(めんこ)ッチャが来たさ。

 本来その役やってた奴は、ひでえお怪我で来れねんだとよ」


「へっえェ、何です。そっちはずいぶん羨ましいじゃありませんか」

「だべ?」我々二人は大いに笑う。

 どうも彼とは、よく馬が合いそうに思えてならぬ。新しい友人を得た気がした吾人であった。

 しかし当座は滅多なもので、歓談している暇も無い。ぼちぼち切りあげ、失礼させてもらわねば。


「――取り敢えず、旅館の後片付けを宜しく頼みます。今ごろ本部の人とやらも、多分あれ見て目ぇ回してるでしょうし」

「おう解った、手伝いさ行ってぐらァ。いづがまたな、高砂!」

 俺も「うっす、お疲れさんです!」と手を振り、笑顔で彼を見送った。

 

 漸く以て一段落である。

 深く深く息をつく。俺は仄白い東空と、山を見上げた。


「まぁ早楽を虐めるなんざ……と初めは思いましたが、存外良い奴でしたな」

「左様。人は話してみねば、良きも悪しきも判らぬものよ」

 このとき俺は、卜部氏と初めて会った時のことが一瞬頭をよぎっていた。果たして彼女は如何であろうか。あるいはあのとき学んだ旨を、ここで口にしたかも知れない。


 不意に彼女は目をそらしてしまった。


「と……時に早楽。そちが落ち着いとるということは、高砂先生もご無事なのじゃな?」

「あ、そだそだ忘れてた。当然だともヨ。

 おゥイ先生、出といでよ! おかしなのは追っ払ったって!」


 すると側の茂みがわさわさいって、父の声が小さく聞こえる。

「そこの馬鹿でかいイグアナは危なくないのか」と。


 俺は文字通り、心底胸を撫で下ろしていた。

 そして地べたにどっかり座り、「とんでもねえ。今日の発掘、こいつが鍵だぞ」と述べた。


「ああ底抜けに僥倖だ。二人ともよくぞ生きて戻ってくれた」

 藪を這い出し父は云う。「にしても肝を冷やしたな、物騒なの担いだ奴が来やがるから。敵かと思えばPIROだったか」


「でも親父が隠れたのは賢明だったかも知れん。こっからの予定、訊かれると悪りいだろう」

「……そうさな。なるほど、事の本番はここからだ」

 彼は大きく伸びをするや、眼前に鎮座する“神奈備”を睨んだ。


 ここは黒又山の麓である。


 近くで見てもすこぶる見事な、ほぼ錐形の山だった。父曰くこの中に暴くべき謎が眠る、と。

 やや黎明が近づいて、漸う白くなりゆく山際。陳腐な云いぶりやも知れないが、蓋し神秘的であった。


「確認させてくれ、卜部くん。この土を掘削する方法は?」

「思わくは、ひとえにこの式神・爬若丸の爪を道具と為し、ここより穴を掘り繋げんと。このごとく考えまする」

「……がはは。ダイナミックですがすがしいぜ、若者の考えることってのはよォ」

 さも偉そうに腕を組み、自信に満ちた調子で笑む父。


 いっぽう早楽は保冷箱から肉を引っ張り出し、爬若丸へとぽいぽい投げる。

「ソリャ、今のうちに食いナ! 大仕事だもの、今に腹ぺこんなるゼ」

 耳まで裂けた巨大な口が、噛むことも無くこれを一呑み。心なしか嬉しげな様子であったが、俺は驚くばかりであった。

 

 いざ、神祀狼藉ごめんくだされ。

 怒れる賊徒となり下がり、古代の息吹をほじくり返す。一体これが何を生むのか、俺には()()()解らない。

 見届けるまでが志である。


「……爬若丸よ、いよいよ本仕事じゃ。夜明けは近しや、さあ急げ!」

 大湯の地とて朝まだき、畑も(なわて)も人などいない。静寂(しじま)の空と緑の山に、怪獣の猛り声がこだましていた。

 進撃の始まりだ。

※「ワイラ」は本来ひらがな表記ですが、地の文で読みづらかったため本作ではカタカナ表記をしています。

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