第三一話 『蛮勇代匠記』
前回までのあらすじ:
史の著書を出版していた会社が怪事件に見舞われた。
本件は彼をして戦々恐々たらしめつつも、同時にとある破天荒な計画に駆り立てていた。それは「かむなび」に対する宣戦布告に違いなく、捨て身に等しい目論見でもある。
夜もすがら賛否を悩む衛介だったが、千歳の言葉に奮い立ち、ついに全面協力への踏ん切りをつけた。
一
吾人高砂衛介はたいへん善良なる市民である。
贔屓の蕎麦屋をして不良少年と称せしめたことはあるが、何を以てかは知れぬ。
きっと彼に見る目は無かったのであろう。
なにも、公園に屯して夜な夜な飲酒にかまけるなどしないし、煙草に至っては隠れても呑まない。
少なくとも真っ当な怪異ハンターを名乗るには恥じぬと自負している。
これ以て「のむ・うつ・かう」の心と為すべし。
どすを呑んでは妖を討ち、暴を以て暴に易うのである。
そんな吾人も今や愚父の麾下に参じ、悪巧みを巡らせんとして一生懸命。しかし、俺は敢えてこれを徳行の一と見なしたい。
事は一刻を争うのである。
このままのうのう過ごしていては、父の死難は時間の問題だ。
棒を飲む思いであったが、然りとてみすみすは死なすまじく、俺は“作戦”に与することに決めた。
――さて、然うと決まれば。
そもそも件の作戦とは、一体如何なる手段を以て為すのであろうか。俺がこれを知らずば、端から話にもならない。
問うと、明くる日の父は概要をこう説いた。
曰くまず第一に、今般は敵が公に聖地としている場が攻略対象であると。
『宗教法人かむなび奉祀会』は、神道系のカルトである。
そしてこの名の意味する“神奈備”とは、古く神を祭る霊山、ないし森などをいう汎称だったという。
例えば「万葉集」における鏡女王の歌では、以下のごとく詠まれている。
『神奈備の 石瀬の杜の 呼子鳥 いたくな鳴きそ 吾が恋ひ増さる』
石瀬といえばこの場合、奈良の龍田神社付近の森林を指すとされることが多い。
今回この姫先生の恋愛事情を評することは控えるが、古代よりこの語が神聖な地を指して使われてきたことは窺い知るに足ろう。
このたび父はこうした地の“底”に眠る秘密を、無理矢理あばいて困らしめんとしているのだ。
……なるほど、一見すこぶる気味の良い企てではないか。
けれども問題点はそれにも増して深刻であった。――驚くなかれ、これは犯罪以外の何物でもないのだから。
刑法一八八条第一項は、神祀・墓地などへの公然たる冒涜を「礼拝所不敬罪」として定めている。
咎めは六ヶ月以下の懲役、もしくは十万円以下の罰金。
これだから素直には賛じ難いのであった。
父は小型掘削機で現場に乗り込み、直接掘り起こすつもりらしい。もはや色々擲ったる蛮勇に、人目を忍ぶという考えは毫も浮かばぬと見える。
とはいえもはや法を犯さずして、本件を遂げる手だてなど有るものなのか?
俺は終日頭を捻った結果、合法手段の勘案には匙を投げた。この先唸っても苦量の計り知れなくなりゆくばかりであろう。
然らば当座、如何せん。
……――なおさら突飛にやればよい。
父の破天荒を御さんと欲せば、子はひとえにこれを凌ぐべし。
世にも奇々、げに怪々を事とする、PIROならではの破天荒。あっと驚く妙計を、何としてでも提さねば。
だとすると応援が欲しいところである。
確信犯と洒落込む以上、変人や阿呆、ないし狐狸妖怪の類にあらずんば務まるまい。ここぞという折に怖じるような肝玉では困るのだ。
幸い、然せる知り合いは居なくもない。
牛は牛連れ、馬は馬連れという。ならば阿呆は、阿呆連れだ。
二
こたびの作戦で攻略予定となっている神奈備は、秋田県鹿角市。小高き山の頂に位置する神社であるそうな。
鹿角というと、思い浮かぶは大湯の温泉か。
景勝として名うての十和田湖からもほど近く、風情ある旅館の建ち並んだ良き観光地なるやに聞く。
そこで父に同行志願を申し出てみたのだが、彼は「お前まで豚箱入りしてどうする」とてこれを一蹴した。
なるほど頷けることではあろう。彼が狙いは本来、自棄をも辞さぬ馬鹿丸出しの特攻により、その本懐の達成せしめらるるものである。
ならば子に巻き添えは及ばすまじとするが道理であるし、吾人としてもまっぴらだ。
助太刀を有意義と為すには、来たる父の狼藉をすべからくばれぬようすべきなのである。
斯かる具合に、俺は然るべき応援を求めて奔走することとなった。
しかして挙げるはその候補、ここでいの一番に思い浮かぶ人物がいるではないか。
思い立ったが吉日なれば、俺はすぐさま或るところを訪れていた。
「……――ンでね、秋田って所にゃ『金萬』とかいう銘菓がございましてな。
玉子なぞたッぷり使った白餡がふわっとした生地に包まれちゃったりなんかしてまぁ、さぞや旨いんでしょうよ」
「うぅーむ、いいのォ。涎が出るのぉ……!」
「あっはっはァ。卜部さん、見たとこ如何にも甘めえもん好き、って顔してらっしゃる」
「わかるのかや? 妾はすうぃーつに目が無うてな」
人を説得せんとした際は本題へ入る前にこませをまくが吉か、本談後に特典としてちらつかするが吉かはよく迷われたところであった。
さて、我が奇縁の友・卜部凛氏は稀代の変人である。
少なくとも我が目の届く知人の内では、図抜けて変梃である。
そもそも話し言葉が珍奇なのだ。
半端な広島弁もどきの中に古文染みた語句を折衷させ、紋切型のいわゆる爺を髣髴とさせる、極めて漫画的な口調を操っている。
親戚や教員、隣近所など顔見知った爺は数いれど、斯かる言語系のもとに生きている者は無二であった。
然らでだに、彼女は尚おかしい。氏は変わった言葉を話すだけの女ノ子、たるには留まらぬ。
何とその称するところは、陰陽師である。
有形無形を売りひさぎ、法外な値で客を占う。
なおかつ理解不能な梵語の陀羅尼で変幻自在に椿事を呼んで、決めの台詞は「悪霊退散」。
これで格好良しと思っているのだから、全くいい気なものだ。
そんな卜部氏とて歳は俺ともそうそう変わらず、いやしくもうら若き娘である。
手土産に買っていった麦チョコの袋に彼女は手を突っ込むと、莞爾としてこれを食った。
「やぁ大いに結構。俺も実はこう見えて、甘党だったりすんですよ」
「ぬしは元より食意地が張っとるじゃろう? しょっちゅう千歳が云うておる」
「嫌ですね……そりゃそれでまた、きまりの悪りい」
吾人はときたま彼女の店に足を運んでいる。本来その目的は我が体内妖力の経過観察だけれども、どうにもこの頃お喋りばかり弾む。
八咫鴉から吸収したあまりに濃厚なる火行の力が悪さをしまいか、という彼女の懸念は杞憂であったのだ。
「さればいな……来る度にぬしの話ばかりしよるぞ、千歳は」氏はくすくすと笑った。
「ほんとですかい。きゃつめ、愚痴が趣味とは感心しねえ」
「や、あながち然ばかりとは申すまじ。たまにはちゃんと誉めておるわ」
「まぁ常はいざ知らず、今度ばかりはちょいと愚痴を云われるやも分からんのですよね。
……ばかに色々、面倒を頼んだもんですから」
「面倒とな?」
「えェ。ちと、こちとら父に付いて秋田へ出にゃなりませんから、その間に探偵仕事を」
俺は千歳に“神隠し”関連の事件について調査を依頼したのであった。「でもね、奴も奴なんです。温泉なんぞオヤジ臭くて、学校サボってまで行きたかないーッて。呆れますでしょ」
「ふむ、なるほどそれは解せぬ。縦しや妾なら、機会さえあらば喜んで参るわいの」
ぷりぷりしながら云うは和服美人。「……尤も、旅費など無いのじゃがな」
――それ来た。正に全き、狙い通り。
ここを先途と為さいでか。
「カーァ…………新幹線の券がなァ……住吉が行かねって云うから一枚余っちまって、やあ参った参った」
腕をくみ窓に目を泳がせつつ、ちらりちらりと氏の方も見る。我ながら下種のような顔をしている気がしてならなかった。
「っ……! ほう、ほう」いっぽう彼女の食いつきも良好である。
ぴくんといって小袖を揺らし、切れ長の眸がいつになく輝いていた。鈴を張ったよう、とはこのことであろう。
「おや、もしや興味がおありで」
「ま、まぁそうよのう。無きにしも……あらず」
我が口角は思わずにやりと上向く。そしてすかさず、用事の詳細を言い含めた。
なるたけ言葉は丁寧に、また已むに已まれぬ沙汰であるとなかんずく際立たす。それがあたかも浪花節的にすら聞こえんばかり、奮励努力の限りを尽くしたのだ。
「な、何事ならん? ……物騒にして罰当たりとまできたものじゃな」
嬉々と打っていた相槌をやめ、戸惑いがちに小首を傾げる卜部氏。肩にかかった遅れ毛は、可愛いげに揺れた。
「――で以て! ……ここに卜部さんの手がお借りしたく」
「……ほぇっ? この無体に妾がか!?」
「あれやこれやと有りますでしょう。『オン、ちちんぷいぷい、ソワカ』って感じで一丁、お願い致しますよ」
さて、漸う辛くなってきた。良心が傷んでいよいよかなわない。
――畳み掛けて仕舞わねば。「神社を地下から掻っ掘っちまえって話なわけです。バレちゃまずいので、トンネルを掘るように」
「な――何をか云わんや、痴れ者っ! 嫌じゃ嫌じゃ、そもそも犯罪ではないかそんなこと!」
どうにもご立腹と見える。
しかし死活がかかる以上、押し返される気などない。
「な……アァちょいと、そこを何とか、ね? その様子じゃ不可能は無えんでしょう」
「妾に罰当たりの片棒を担がす気かえ?!」
「俺の親父は大馬鹿野郎にございますッ。
ご協力を得られなんだら、ミニユンボでほじくり返す気ですぞ!? 罰当たりの程は雲泥でさァ」
「ぬゥ、そちは止めるよう説得出来なかったのか」
「付ける薬が有んのならば売って頂きたい」
心底の呆れ顔で、氏は頭を抱えていた。
しめたるかな、考えてくれるようだ。而して、もう一押しすれば。いざ。
「いずれにせよ来週の日月、一泊二日で考えとります。きっとイイ所ですぜ、大湯温泉は」
「……温泉、か。饅頭もあるのじゃな」
「お土産は買ってきてあげません。悪しからず」
「うっ、そんなこと…………うぅーむ」
「まァ無理にとは申しますまい。今日んとこはここらでお暇しますでね、金曜くらいまでにお返事貰えりゃ有り難てえな、と」
俺はあえて素っ気無く述べ、よっこらしょとて鞄を負った。
罷る我が背に、めっぽう慌てて卜部氏は云う。
「待てぇ……か、考えてはおく。
じゃが、まだ行くとは…………まことに行くとは云っておらんのだからな! 万々、期待すな!!」と。
確信せり――これはあっぱれ、吾人の勝利と。
※「石瀬の杜」の解釈は他にも諸説あり、資料によっては未特定とするものもあります。




