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アサルト・オン・ヤオヨロズ  作者: 金精亭 交吉
第二章【太古を読み解く男】
33/59

第三〇話 『マッド・アルケオロヂスト』

前回までのあらすじ:

 緊急会議に臨む麻雀同好会。

 飛鳥の白黒を巡っていよいよ紛糾するが、衛介と歓奈は二つの捜査線を平行させるとして折合いをつけることに。飛鳥への猜疑と同時に歓奈とのわだかまりも解消し、雨降って地固まる結果となったのであった。

 ややあって、歓奈から借りた新書を片手に帰宅する衛介。信じがたきことに、その著者は他ならぬ彼の父・史であった……。


 マッド・サイエンチストなる言葉がある。

 あまりに突飛な研究を以て、世を騒がしめた科学者をいう俗称である。


 錬金術師といわれし高名のパラケルスス翁に始まり、近代外科が父ジョンハンター、奇想の大発明家ニコラテスラ……

 ――他にも常人的感性からは狂気ないし妄誕の他でない(たち)の学者が、数えるほどだが歴史に名を残している。


 これは彼らが良くも悪くも立派であるがゆえだ。


 ところで一方、マッド・アルケオロヂストは如何か。

 この言葉は和英辞典の助力に与りつつ、たった今俺が生み出したものである。

 すなわち、とち狂ったる考古学者。


 彼らが歴史にその名を残すことはない。人生をかけて歴史を論ずるにも関わらず、だ。

 それもそのはず、彼らの生業は凡そ下記に定まる。


 有ること無いことでっち上げ、自作の“偽史”を妄想す。羞恥心もあらばこそ、書き(したた)めては世にこれを出す――。

 ことほど左様に、立派とは程遠い。

 むしろこれを唐変木といわずして何とするか。


 我が父・高砂史は紛れもなきマッド・アルケオロヂストである。

 彼もまたこのふざけた生業に人生をかける一人であった。 


 そして豈図らんや、桧取沢嬢から借りてきた本が父の著作であろうとは。実に不本意なことである。


「親父の罪は重いっ。よくも勤勉な同級生に出鱈目を読ませてくれたな」

「出鱈目? てめえは本文のどこをそう思うんだ」

「読むかこんなもんッ! 親父の本ってだけで重々お察しだい!」


「ぶぁはは、こいつめ、笑かしやがらァ! 食わず嫌いほど救えん愚も無え」

 声高らかに、父は云った。


 確かに書の内容など一読もせざれば、今の吾人にこれをなじる権利は無いやもわからない。

 しかし陰謀論者の著書という大前提を忘るべきにはあらず。


「まあなるほど、普通なら俺もお手上げだ。贔屓にしてくれていた出版社がやっつけられた。

 当面、俺の本なんぞ出してくれる所は無くなったわけだ」


「そりゃどんな顛末だい、一体」

「…………重役社員が忽然と“消滅”した!」

 どういうことか。

 なぜ「消滅」を強調せるか? 言葉の綾にしては妙ではないか。

「大人ならよォ、普通そこは失踪といわんかね」と、俺は口を挟んだ。


「いや、お前『かむなび』は聞いたことがあろう。こんな滅茶苦茶な芸当は奴らにしか出来まいっ。

 彼らは神隠しで“消された”んだ」


「へえ? まーた突拍子もねえのな」

「神保町の本社で勤務中に行方不明になったんだ! やっと警察に捜査願が出されたらしいが、今更どうだか……」


 何たることか。

 果たして真偽は知れぬが、本当ならばこれは事である。

 

 上記では少しばかり平静を装ってみたものの、『かむなび』が動いているとあらば警戒せざるを得ぬ。しかのみならず人的被害が本当だとすると、いよいよ我々PIROの領分にもなるのだから。


 しかし何を以て阿父は、これを然ると踏んだのか? これが疑問でならなかった。

 よりにもよって出版社を、などの経緯はどう説くのか。


――『天巫(アメノカムナキ)に関して客観的に触れている貴重な書籍です』


「はッ……」もしや、そういうことか。

 我が背に寒心が走った。現状は思った以上に芳しくない。それどころか考えうる限り最悪といって過言でない。


 有り体に表せば、我が父の身が危ういということなのだ。


「察しがいい子だ、衛介。お前にしちゃ感心なもんだな」

「なァにを呑気なっ。今からでも遅くない、刷った分を回収してひとまず謝罪しよう……一時を糊塗しなくっちゃ」


 しかし我が正論を物ともせず、父は吼えるように云った。

「すっとこどっこい、いつからそんなに肝が小いちゃくなったんだお前。(いたち)っ屁というやつを見舞ってやんぞ、連中には」


「違げえや、我らPIROはまだ戦う時じゃねぇん――」

「息子よ、悪りいが止めても無駄だ。きっとこれがお前にかける()()の迷惑になろうと思う」

「……人の話を聞かねえか!」


 こうなると八方どうにもなるまい。昔から話の分からぬ男なのである。

 歯ぎしりが止まらない。俺は卓袱台前にどっかり座り、父の著書をばふっと置いた。


 やや冷めた茶を一飲みに干したかと思うと、大人気もなく不敵な笑みを浮かべる父。

 四十にして惑わず、というのか。

 冗談にしても厳しいものがある。


「斯くなる上は、前々からの計画を話すこととしようじゃないか。乾坤一擲、一世一代の大勝負をな」


「どんなに碌でもねえか知れない……!」

「何とでも云うがいい。一向に構わん」


 我が隣に腰掛けるは細い女影。

 いつの間にか湯を上がった千歳が、たいそう不安げに見守っているのだ。

 脈絡これ解らずとも、察せるものはあるらしい。父のまさに語らんとする、その志や野望か無謀か。


 斯かるほどにこのマッド・アルケオロヂストは、


「玉となって砕くとも……瓦となって全からじッ。――お前らよく聞け」とて、淀みなく語りだした。



 古の好事家は、年がら年中いつでも、そして花鳥風月何にでも美を見たという。


 とある女官はちょうどこの時季を語るに際し「夏は夜」と述べ、二言三言で以て蛍光の妙を称えたかと思うと、「雨など降るもをかし」としてその段を閉じている。


 物干し(ぎわ)に踏んぞり返った俺は、漆黒の雨雲を仰いでいた。

 軒にかかれば野放図にしたたる雨も、ひとたび(とい)を通れば行儀よく順流してゆく。

 水行末、雲来末、行き着く先は果てないが、土に通ぜぬ水もまた無い。


 今の吾人にはそんな風流に浸るゆとりもあらざれど、夕涼みがてら長考に嵌っている。極めて深刻な考えごとだ。

 それはもう、呆れるほどに。


「あんた、寝ないの」うすら眠そうな女が問う。


 変わり映えなき長歌の雨音。中年の男が奏でる、かまびすしい寝息。

 これらによくよく物飽きしてきた頃であった。


「しょうもないじゃん、一人で考えてたって」

「んーむ……」

「うあ、らしくなァ」

 蒸し暑い季節である。

 ゆったりしたタンクトップで装った千歳は、我が脇に投げてあった団扇(うちわ)を拾い上げた。


 もうどのくらいこうして居るであろうか。父とはどのくらい議論を上下(しょうか)させたろうか。


 俺に、父を説得することはとうとう能わなかった。思えば、近所の土饅頭に行った折も然り。


 馬耳東風の向こう見ずをして、安きに留まらしむ。

 憔悴するにはもってこいの、この上なき七面倒である。……親ともなれば、なおの事。


「や……とかく日本人は“自己犠牲”みたいな功を(たっと)ぶところ有んだろ?

 俺ぁつらつら思うにね、実にあれほど馬鹿らしい話も()んじゃねえかって」


 豆電球のもと、疾うに寝入った父を睨める。

 せっかく(さや)けき雨の声をも、台無しにする鼾の主。



 数時間前、この男は以下のごとく語ったのであった。


――『題して“神奈備(かむなび)遺跡盗掘テロ”とする』


 この時点で噴飯する者がいても不思議はない。それほどに、正気の沙汰ではないのだから。


 一応、内容を詳説して駄目押しと為そう。

 まず父の狙いが何なのかといえば、それは騒ぎを起こすこと。すなわち後継研究者へ向けた呼び水である。

 

 ざっくばらんに表すなら、父はもはや自身による研究をすっかり諦めてしまったわけだ。


『あの教団は間違いなく、原始宗教に関わりの深い(なにがし)かを崇め立てている。

 何故かは解らんが、これを奴らは隠そうとしてるのだ…………この訝しさ……陰謀があるに決まっていらあ』

 父は得意の暴論を遺憾なく奮っていた。

 

 しかしながら、中々どうしてこの見解を否むことは出来なかった。

 ――桧取沢さんの資料にも目を通して、『かむなび』の危険性は確信できるがゆえ。


 そこで奇しくも図星を得てしまった父は、上梓を行った出版社もろとも教団に狙われる羽目となる。

 既にして、みすみす消されるくらいならば引っ掻き回して散りたしと願うに至ったのだ。


 ……なるほど、帰ってくるなり「腹を括った」と(いき)れていたのはこの為か、と。

 不承不承ながらも、合点がいった。



「住吉やあ……一体全体どうすりゃ良いんだろな、俺は」

 己の膝に顔を埋め、がっくりと項垂れる。豆電球と、白い街灯で明るみを得ていた視界が陰に落ちた。


「そいえば今日さ」千歳が口を開いた。「放課後に飛鳥んところ行ってきたけど」

 聞くに、わざわざ雨のなか病院へ見舞に赴いたそうな。


 そう思うと、俺は申し訳無さで返事もし得なくなった。彼女の傘を俺が持っていったばかりに。

 自己嫌悪で潰れてしまいそうだ。


 我知らず人に迷惑をふっかけておきながら、しゃあしゃあとして頬桁を叩いたわけか。

 しかのみならず。

 進退窮まり、已まれず奇行に及ばんとしている父を止めることだに出来ぬとは。


 ところが千歳は以下に続ける。「云ってたよ、あのコ。いつでも衛介は誰より必死だって。で……昨日のことごめん、てさ」


 団扇が(くう)を叩く声。これは千歳に涼を送るが、その()が場をよく爽やがす。

 ぽつぽつという静雨と相まり、小夜の気配を彩っていた。


「青木ヶ原で初めて飛鳥助けた時の話も、聞いたよ。

 あんた、自分はいいから生きてアタシに会え的なこと云ったんだってね」

「…………ああ。まァ、な」

 何であったか。

 確かに、そんな趣の台詞を口走ったような気もする。それとて随分前にはなるが。


「あは、そのへんやっぱ親子じゃん」 

 千歳は相好を崩すと、手にした団扇で吾人を一打。顔を上げた我が目にとまりしは、それに張られた何気無き広告であった。

 “ひろげよう 横浜 たすけあいの輪”と。


 どんな福祉キャンペーンの文句か知れない。

 然りとて、今の俺には充分だった。

 

 試みてもなお止められずんば、無理して止めることはない。むしろ全霊を以て(くみ)し、その発掘を大金星に導くが孝道ではなかろうか。

 これぞ発想の転換である。


 父は、事の決行を八日後の土曜と定めている。ならば吾人はその日まで、策を講ずるにしゃかりきとなる他ない。

 希わくは犠牲を出さじ、と。

 

 暫くして俺は云い立つ。「そうさな……お前にゃ感謝してもしきれんぜ、住吉」


 すると薄らな月影のもと、女の(つら)は照れくさそうであった。

 ――いつしか雨は上がっていたのだ。

 

 夏は夜、月のころは更なり。

 欣々然として、思わず俺は黙唱していた。

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