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アサルト・オン・ヤオヨロズ  作者: 金精亭 交吉
第二章【太古を読み解く男】
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第二八話 『緊箍児ノ輪』

前回までのあらすじ:

 先月甲府を襲った八咫鴉、この出現に教団の関与があるとは疑うに足ることだった。しかし当時の状況を考察した結果、あろうことか飛鳥に内通者(スパイ)の容疑をかける歓奈。

 そして後日、衛介らは複雑な思いで飛鳥にそれとない探りを入れるのだが、彼女は変わらず天真爛漫。とうとう彼らはしどろもどろに。

 辛抱たまらぬ衛介が口走らせたのは、教団の信仰をそのまま問うに等しいことだった。


 俺は鱗のある生き物が大嫌いである。

 生まれもって(いや)なのではない。輓近(ばんきん)を以て、後天的にそうなったのだ。


 我が仕事は危なっかしい妖怪が主な相手となる。

 このうち鵺だ狸だという小型獣は御しやすいが、厄介なるは蛟や野守蟲などの竜類だと思う。


 果ては八咫鴉のごとき大怪獣もその類であるときたものだから、なおのこと好かぬ。


 そんな吾人だけれども、こたびは我慢に余念がない。蜥蜴を前に、一人胡座(あぐら)を掻いていた。

 

「なぜずっとそこに座っているのだ」野守蟲は問う。

「追ったところで始まらん」俺は言下に応える。


 正直、意想外のことであった。

 豈図らんや、飛鳥がその癇癪玉を爆ぜさせようとは。あんまりにも過剰である。


 ――“神”って信じるか


 なるほど、先ほどの質問自体唐突であったのやも知れぬ。しかしながら、激昂するなどおかしかろう。


 飛鳥は

『お、おたんちんッ! ……そんなんだからエースケくんは!』と、駆け出していったのだ。

 口は災いのもと、ということなのか。


 俄然、桧取沢さんの読みが信憑性を帯びた。

 遺憾これ極まりなくも、明らかに不自然である。凡そ人の逆鱗は、あそこまで過敏でない。

 

 あの小娘は碌でもない淫祀の信徒に成り下がったに違いない。あな嘆かわしや、あな嘆かわしや。

 天衣無縫の手本とさえ思っていたのに。

 まさか討つべき敵の犬だったとは。


 意気消沈気味の俺は腕も胡坐も組みっぱなしで、沈思に徹す。


 部屋を飛び出た娘を追って、裕也もわぁわぁ云いつつ駆けていった。今を以てここに居るのは、人と蜥蜴の一対一。


「見損なったぞエースケ。お前はそんな戯言を云わない質と踏んでいたが……いや、私の瞳はまだ曇っているのかもな」 

 柵越しの蜥蜴が不貞腐れながら云った。


「戯言? 阿呆め、おたくの組織が崇めやがるオカミの話だ」


「飛鳥がどうして腹を立てたか、お前には解らないのか」

「あァよく解っとる。そもそもお前らはグルだったというのも解った」


 琥珀色の瞳が、俺を恨めしげに睨めている。

 UVランプに照らし出されたその影。鈍色の尾は不気味にうねった。

 

「……きっとお前のように無理解な人間こそ、むしろ“神”の名のもとに欺かれるのだな。かつての私と、そう変わらない」


「かつて?」

「この世に“神”など存在しない。それを教えてくれたのは飛鳥だ」足の鍵爪がコツンと床を打つ。「()めてくれたのだぞ……騙され続けてきた私を」


 話が再び読めなくなった。

 飛鳥は日常的にここを訪れ、飼育係に勤しんでいる。その中で、よくこの妖怪と話をするのはわかる。

 

 ……そこで神を否んだのか?


「てめえら『かむなび』っていうんだろう。だったら、天巫(アメノカムナキ)がどんな連中だかも知ってんだ」


「……ッ。そこまで察しが良くて、なぜ飛鳥を理解してやれない?

 彼女は私の為に怒ったのだ」

「解せんな」


 蜥蜴の喉が激しく(りき)んだ。

 出所の知れぬ理性と、生来の獣性が、態度という器で交わる。


「私は忘れたい……! 元いた所の忌まわしき話など……――これを慮ってのことッ」

 言葉以上のおどろおどろしさを、俺は覚えていた。


 本気だ。紛れもない。

 こやつは何かに飢えていたのか。

 餌でもなく、繁殖相手でもなし。生意気なほど高等な、人間臭い何かに。

 それを示すがごとく、野守蟲は語る。


「この恩は忘れない。我が(もう)(ひら)いてくれた、飛鳥への恩はな」と。


 渡る世間に鬼は無し。

 ひとまず以て、そのように黙唱した。


二 


 情報を整理したい。

 まず桧取沢嬢の見解は、大怪獣出現の背後に宗教組織の存在を認め、東海林飛鳥が一連の「起爆剤」として機能しているとするものであった。


 この説の論拠は八咫烏復活の不自然さ、および突如使われた高度な術式など。

 ――彼女がこの前まで何ら知らぬ素人であったとは考えづらくする出来事の数々だ。


 然りながら、ここに異なる見解を一つ立てたい。

 やはり飛鳥を邪門の徒と疑うべきには、未だ非ず。栃麺棒(とちめんぼう)になってはならぬ。


 捕虜曰く飛鳥はこの妖怪を、信仰という呪縛から解き放ったと。神などおらぬと真理を説いたのだ。

 ――ここを以て論拠と為す。

 

 俺が二階に戻ると鹿ヶ谷支局長と裕也が、飛鳥を慰問しているところであった。

 先程はぷりぷりいっていた彼女であったが、今度はめそめそ項垂れていた。


「衛介……おまえな」吾人に気付いて、裕也は眉をひそめる。

 難ずる眼差しだ。逸りが高じてこれを抑え得ず、だしぬけに問いつけたことを。

 裕也としては、その意やいずれぞ。

 いたいけな娘をして悲しましめた無慮を憎むか。はたまた、腹底の読めぬ相手に短刀直入せるを蔑むか。


 否。それしき、どうでもよいことやも知れぬ。

 

「ひどいよ……エースケ君、ひどい」飛鳥の頬を(つゆ)がつたう。「ラプトルちゃんは“カミ”に騙され続けて。ツラい思いも沢山してたの。

 やっと最近落ち着いてきてたのに、いきなり変なこと聞いてくるなんて」


 しとど流るる心の雫。目を腫らし(はな)をすすり、敢然と云う。

 俺は全き誤解をしていた。

 この娘は天真爛漫なだけではない。本気となれば斯くのごとし。これぞ腹の底である。


「ラプトルから色々聞いてきた。奴を改心さしてやれたのは、お前のお陰だそうな」

「あの子はね、もう云うのもイヤなんだよ……!

 うちに話してくれたのでさえ、ホントなら話しづらかったかも知んないんだから」


「そうさな。お前がプンスカするのもわか――」

「――――まずあの子に謝ってよッ!」

 我が言を遮りしは、喉を絞るがごとき飛鳥の甲声であった。


 なるほど苦きを再び思い起こせしめた吾人か。そこに罪が生じたわけか。


 しかし、飛鳥よ。こちらで汝に如何なる疑惑がかかっていたか、知らいで怒るは非義なるぞ。

 なるほど疑わしきは罰せずであるが、李下に冠を正さずとも云うのである。


 そう思うと、むかむかとした憤りに似たものが我が内に沸いてくる。


「俺が謝る前に……だ。おめえは何で黙っていやがった? ずいぶん色んな情報を得てたそうじゃないか。えぇ?」

「……っ」

 どきりとしたのか、飛鳥は言葉を発さなかった。


「今後の作戦に有利な情報かもしれんのだから、報告すべきとは思うが普通だろう」

「そ、それは……」


「衛介っ、お前がキレるところじゃねえよ」

「るせえッ。黙ってろ裕也」

 

「ハイ、ハイ。……喧嘩しないのよ、あなたたち」

 鹿ヶ谷支局長の声であった。彼女は二つ三つと拍子を打って、麦茶を注ぎ始める。

 燄々(えんえん)に滅せずんば、と思ったようだ。


「んっ……んくっ……ぷはぁ」

 飛鳥は浴びるような勢いで茶を飲み干すと、口を開いた。「わ、わかった。喋ればいいんだよね、ラプターちゃんに聞いたこと全部」


「そうとも。こんな重大な件を隠すやつがあるか」

「……頑張ってはみるよ。出来るだけ」

 ――何を大袈裟な。ことが事とはいえ、単に報告するだけではないか。

 これを以て桧取沢嬢による疑いも晴らせるならば、もう云うことなど無いのだ。


「でも……出来なかったら、ごめんね」

 娘は前置く。涙を拭い、何かに腹を括るがごとく。


 一体全体なんだと云うのか。勿体ぶって何になる?

 いよいよじれったく思われて、かなわなかった。


「飛鳥ちゃん、つらかったらゆっくりで良いわよ」と、支局長。

「うん」


 少女は深く息を吸う。小んまい身体のすみずみに、酸素を巡らしむべく。

 急転はその時であった。

 

「い゛――ひぁッ! またこれ……来ちゃ…………」矢庭にして悶え始める小娘。

 寝耳に水に他ならぬ。 

 これぞ、東海林飛鳥がかねてより悩まされてきた持病――突発性偏頭痛である。


「飛鳥ちゃん? お願い、無茶しないで」

「ぁあ……んッ…………んむ、無理! やっぱ無理!!」

 西遊記にて(そん)の行者は、玄奘の手で頭に(たが)を填められる。

 いわゆる緊箍児(きんこじ)の輪、というのがそれだ。

 彼が主に背くとき箍はきりきりと締まり、その脳に激痛を見舞うのである。


「――(つぁ)ッ! な、何でっ……何でこんな! っやば………死、んじゃアゥ!!」

 何ゆえ斯かる折に至って、発作が起こってしまうのか。ああ、世の中ままならぬ。


「くそ、どうなってんだ! だ、誰か早く氷嚢を!」総員大慌てで、介抱に取りかかる。


 怖くて以て、たまらない。

 このまま飛鳥が助からざれば、俺は何と詫びればよい?

 如何に慨して泣けばいい?


 死に物狂いな少女の声が、館屋中にこだました。

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