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アサルト・オン・ヤオヨロズ  作者: 金精亭 交吉
第二章【太古を読み解く男】
29/59

第二六話 『胡乱なる邪宗門』

前回までのあらすじ:

 先月の連続殺人事件で現場の一つとなった遺跡発掘現場は、役所の判断により立ち入り禁止とされていた。

 学者魂に火が付いた史は、そこを調査せんとして、息子たる衛介の制止もきかない。そうこうしている内、現場にて高砂親子が出会ったのは視察中の政府機関職員であった。

 機関の名は「特定遺造物保護管理院」。その男の言葉を聞き、業界の層が想像以上に厚いことを認識した衛介なのであった。


 かつて浮世の人々は、不思議のことが大好きであった。


 怪談はいつの時代も喜ばれる。

 (なにがし)公の墓あるを以て心霊名所と称するものや、むかし不吉の所伝ありとて呪いの何処其処(どこそこ)なりとも語る。由緒は玉石混交ながら、好者すきものどもの客足かせぎに資するくらいの魅力はあった。


 ただしこれらが人々をして面白可笑おもしろおかしがらしむるのは、それがあくまで作り話か……否、もしくは他人事との認識あればこそでもあろう。

 ゆえに一旦その実在が世の明るみに出てしまい、今に左様の危うきものが自身を襲うか知れなくなると、行楽娯楽の文脈なんぞは影を薄めた挙げ句に消える。


 平成二七年現在、人は不思議に怯えて居った。

 怪奇は現実味を帯びて、我らの日々の暮らしのもとに忍び寄り来る問題として、空き巣や痴漢や俺々詐欺より恐ろしがらるる事柄なのだ。


 ところで吾人高砂衛介が怯えるものは貧困である。俺は妖異や悪霊によるさわりを討つのが稼業であるから、我が懐の寒くなるのは社会が魔物に脅かされない平和の訪れるときであろう。

 柿が赤くなれば医者は青くなる、という話に似ていようか。


 ――さて。

 目下、俺は赤くなっていた。それはそれは柿のごとき様である。

 もちろん俺は柿に非ず、青くなるべき医者も無い。

 これは今朝がた受信した、メールただ一通の然らしむるところである。


 『差出人:桧取沢歓奈 件名:なし 

 よければ放課後、4階の多目的教室で会いませんか』


 多目的教室とは我らが校舎の最上階、その北側(すみ)っこに位置する、これといって用途無き部屋だ。

 すなわち人っ子一人もおらず、日がな一日静寂の立ち込める所なのである。


 さあ、吾人は期待してよいか。

 ――これはいわゆる、愛の告白を期した御誘いなのではあるまいかと。


 あな麗しの桧取沢嬢。叶ったり、叶ったり。男高砂衛介、ここに日の目を見ん。

 今や心は晴れ渡り、天にも登る(きお)いなり。もはや人目をはばからず、この場で雀躍(じゃくやく)するだに辞さぬ。


 しかして時は、とうとう三時三〇分。ただ今を以て、放課後と云う。

 俺は鞄を引っつかみ、件の場所へ赴かんとした。ところが気の()く時ほど、余所から応答を求めらるることは間々ある。


「衛介どした、携帯見てニヤニヤしちゃって? ☆5でも当てたって顔してるな」

 梶原裕也は、立ちはだかってそう云った。


「その貧困な発想はどっから来やがるんだ、リアジューのくせに……!」

「は?」

「良かろ、今晩にでも報告してやらあ。流石のお前もたまげるだろう話……ぐへっ、ぐへへ」

「ダメだこいつ早く何とかしないと。…………まぁ良いや、取り敢えず早よ行こう。ザワさんが待ってるよ」

 然り。こんな所で油を売っている暇はない。俺は急がねば。


「じゃあ行くぞ、いざ。 ――……ん、いや。待て裕也」

「ん、多目的室だべ?」

 何事ならん。

 どういった手違いを踏んで、この男はこれを知ったのか。


 よもや、彼女に三つ巴(サンピー)なんどの嗜好があるとは思えぬ。

 だとするとこの不届き者を退けぬ道理はない。友といえども容赦せぬ。


「ええいクソ、ちょいと待てッ。何でお前まで来んだよ!」

「……な、何でってこと無くね!? 事務員は会議に出ちゃダメなのかよ」


「会議? 前戯の間違いだよそりゃ!」

「あ、ちょ……いいから落ち着け! 落ち着くんだ衛介!」

 

 何が何でも振り切らんとて、俺はたちまち駆け出した。

 後ろを裕也が追ってくる。

 急げ、急げ。斯くなる上は、早きが勝ちぞ。


「衛介っ、すんげえ勘違いしてるぞお前ぇ!――――」



 PIRO関東神奈川支部は鹿ヶ谷支局長のもと、実動部隊のハンター四名、非正規雇用の事務職員一名から成る小ぢんまりした職場である。

 あえて広告(ちらし)を出すならば、「とても和やかで、アットホームな雰囲気です!」などと書きたくなるやも知れない。


 嘘には非ず。

 何故なら支局長を除く職員はみな同級生にして、また学友同士の者もいるからだ。


 梶原裕也がこの事務員となりしは、“甲府の惨禍”後まもなくのことであった。

 彼は事務所で働きつつ、高校生ばなれした博識を以て合議にも一臂を貸す。兵法の心得こそ乏しいけれども、彼なりの知は時として光一(ぴかいち)である。


 この良き友が俺をおちょくるのは大概蹉跌(さてつ)を起こした時だ。なお俺はどうにも()()であるから、斯かることは往々にして起こる。


「困るよ桧取沢さん、あの手の文面は。い……イヤ、別にね? だから何か誤解しただとかそういう事も無いがね?」

 俺は顔から火が出る思いで、つまらぬ文句を云い立てていた。「――でもやっぱ、趣旨が判然とせんのは困るわい」


「お二人ともすみません。普段メールなんて打ちませんので慣れず……その、いろいろ解りづらくて……」

「気にすんなよザワさん、オレにはちゃーんと解ってたし。こっちのアホはいざ知らず」

 げらげらと我が肩を叩く裕也。


「えと、あの……何かありました?」

「大した事じゃないさ。ぶっちゃけ、チェリーあるあるってヤツ」

「チェり……っ。ど、どど、どういう文脈ですか!?」

 どうやら不意打ちであった為か、彼女の言語はやたらと転ぶ。

 これが無闇に可愛らしくて参るわけだが、吾人という底抜けの頓馬(とんま)を笑うべしとするのもまた意地悪である。


「もう止しやがれ、虐めが過ぎる!」

 それこそ柿より真っ赤になった嬢は、正直もっと見ていたい。そんな思いは山々なれど、面目の零落に歯止めをかけるべく無理にでも止めねば。

 断腸の思いで、俺はぶんぶん両手を振って「やめ、やめ」と騒いだ。


「お、おほん。では気を取り直しての臨時会議、始めても宜しいでしょうか?」


「そもそも……会議は結構だが、なんでこんな所でやるんだい。いつも通り事務所でやりゃ良いのによ」

「今日の駐在って東海林ちゃんだっけ、確か。まあ、四人でやった方がいいよな」


 しかし桧取沢さんはきっぱりとして、首を横に振った。そして曰く

「つきましては施錠もしておきましょう、一応」と。「学校とはいえ“信者”が居ないとは限りませんから」

 

 只でさえ人の寄り付かざる、校内きっての僻地である。だのに彼女は、何にそこまで気を揉めるやら。

 てんで俺には、解らなかった。


「とりま、アガる話題じゃないな。今んところサッパリだけど、“信者”と名の付く奴らに関してイイ話とか聞かねーもん」

「お察しの通り、そうなります。それが今日の本題なのですけれども……――」

 西日の差し込む窓際に、その玉顔は物憂げであった。

 そして少女は語りだす。


 これやこれこそ世の糜爛(びらん)、なるほど物ノ怪ものさばるわけである。

 ――聞いた吾人の率直無比な、苛波(いらなみ)立った感想だ。



 人が何かにすがりたくなるのは、言いよう無き不安でどうにもならなくなった時であろう。

 すがれる物はいくらでもある。

 相談に乗ってくれる知友かも知れない。朝な朝なのお天気占いかも知れない。


 あるいは、宗教かもしれない。


 今や百鬼夜行のさばること雨後の(たけのこ)がごとし、とは先にも述べた。

 然らばこそ。

 民衆の心は弱り、そして「神」に、または神秘的(スピリチュアル)なものにすがるのではなかろうか。


 不安な生に救いを求め、説かれるままに心酔す。荒唐無稽な教義にも、これぞ真理と服従す。金を払えと命ぜらるれば、迷うことなく奉る。

 全ては信ずる神が為。


 これを是として以て人を惑わし、私腹を肥やす集団が力をつけつつあるという。

 その名も――


「――『宗教法人 かむなび奉祀会』。昨今、破竹の勢いで会員数を伸ばしているカルトです」


「うーわ、如何にも怪シイ。勧誘されたらどうしよ」

「もし生徒や先生に信者がいて、こうした会議を聞かれると何をされるか……。ですので当面、会議は目立たないよう行いたいと思います」

 蓋し、合点はいった。


「それと、今日からここは“部室”です。なので私達だけで貸し切りできます」

「どゆこと?」

「昨日『麻雀同好会』の設立を申請しました。まことに勝手ながら、お二人とも部員です」

「へえッ、いつのまに!」

 どうやら帷幄の場の確保が、もっぱら目的らしい。


 我が校において、部活動は八人、同好会は三人を以て設立を承認される。後者に活動費は降りぬが、麻雀は名目上ゆえ問題あるまい。

「……でもよ、やはり事務所ですりゃ良いこっちゃないか? こんなまどろっこしい真似せんでも」


「それは追って話しますが……実はちゃんと理由が。まずこれを見て下さい」彼女はファイルから何やら取り出す。「先月から個人的に調べていた資料です」


 一度くしゃくしゃにされた後、再び広げられた形跡のある紙束。


 ……俺は我が目を疑った。

 何を隠そう、この紙には鮮烈な見覚えがあったからである。


 忘れもしない。八咫鴉が封印されていた養殖所の一室にて発見した資料だ。

 当時何らかの手がかりならんと思ったところを、焦りに焦る榊氏に捨てられてしまったのであった。

 それを彼女が、合流がてらに回収したということか。


 ()り豆に花が咲いたというべき、あっぱれ至極の僥倖なり。


「桧取沢さん、こいつはお手柄なんてレベルじゃないぜ! どうしてもっと早く見してくれんかったんだい!」

「どこか……見覚えでも?」

「すっかり吹っ飛んじまった、と泣いたもんよ。榊さんがゴミみてえに扱うから」


 嬢は苦々しげに「そうでしたか」とだけ()くと、話を続ける。ゆっくりと落ち着いて、その文面が読み上げられ始めた。



『企画書【5774年度】制空兵力拡充案概要

 前略神聖無比ニシテ天ニ(ましま)ス主、(ならびに)是ニ(つか)(まつ)ル忠実無比ナル天巫(アメノカムナキ)(まう)シ奉ル。


 遠カラス来タルヘキ次元上昇(アセンシヨン)ニ際シテ異ヲ唱ヘ、神明ノ思召(おぼしめ)シヲ妨ケントスル愚昧(ぐまい)在リ(さうら)ハヽ、(すなは)チ此レヲ烈火ニ沈マシムヘシ。

 

 此レニ於イテ、愚昧ノ巣窟タルヲ灰燼ニ帰セシムヘクもちフル駒ヲ要セリ。

 然ラハ(あま)翔ケル熊野ノ御神使ヲ以テ、其ノ駒ト為サント願ヒ奉ルナリ。……(後略)』



 ご覧の通り、やけに難儀な文体で綴られている。ちょっとやそっとでは珍紛漢紛ならざるを得ないだろう。


 桧取沢嬢が(けみ)した限り、本資料前半は“5774”年度を目途とした生体兵器開発計画の事始めに用意されたものだそうな。

 そして文中の『熊野ノ御神使』が八咫鴉を指すことは推測に容易だ。


 後半数枚はまた別途で刷られたらしきもので、八咫鴉の制御不確実性からエネルギー効率の悪さ、果ては計画が中止に至るまでの経緯が簡単に述べられている。


「でも不可解なことが何点か。まず一つ明らかにおかしな、この“5774”年度です」

 やはり誰しもそこを訝りたくなるものである。

 当初暗号を疑った彼女は頭を捻りもしたといったが、いったん留保したそうだ。


 読書甚解(じんかい)を求めず、の精神か。なるほど、さもあらばあれ。

 

「まだあります。

 二文めの『次元上昇(アセンション)』という単語ですが、これはニューエイジ思想でよく取り沙汰される話でして……」


 どうやら近未来のある時期を以て、全人類がより高次の存在に改まることをいうらしい。

 有り体に云えば、平面上に現された漫画を実写という形で立体化するのに近い。


 ……まずい。自分で云っていて意味不明だ。

 正直、オカルトにはついていけぬ。

 

「や、おかしくね? それって確か、時が来たら否応なく起きることだから『妨ケル』もクソもない話だろ」

 得意の蘊蓄をふるう裕也。「……あくまで“論者”の主張では、だけどさ」

「さすがです梶原君。私もそこが引っ掛かりました」


「で、こんなイミフな文書が、さっきの『かむなび奉祀会』に関係あんの?」

「はい……資料は『天巫(アメノカムナキ)』という存在に触れています。

 実はこれ、教団の代表者が名乗っている“称号”と全く同じなんです」


 なるほど。かなり話は読めてきた。

 ここにて漸く、兼ねてからの敵が何者であったか判明したのだ。


「いやァ、大した収穫だ! この書類が有りゃ、オマワリにつきだしてやれるな! 甲府の件も問責できる!」

「……だな。すげーよザワさん。てわけでソッコー、支局長にチクりにいこう」

 我ら男子は嬉しくなって、事の上首尾を祝福した。万歳三唱である。


 然りながらも嬢曰く、

「いえ……それは尚早かと」

 俺は「何でさ?」と問うたけれども、返って来たる言葉は微々。「それは……その」と、いうばかり。


 斯かる沈黙は、時々あることであった。使う言葉を選りあぐねた際、目を伏して朴念仁のようになるのだ。


 しばしの間、少女は逡巡していたのかも分からぬ。

 陽がいよいよと傾いて、我らが部室は(だいだい)色に飲まれる。黄昏を告げたその光は、眩しいながらも影と連れ立ち、所々で黒ずんでいた。


「……事務所での会議を躊躇(ためら)った理由も、同じです。実際、私としてもこんなことは考えたくなかったのですが」

 ――そして、再び語りだす。



 細い窓枠が、わずかに影を落としていた。

 音もなく(わだかま)る不穏。鎌首もたげた不信の矛先、これは(いず)れへ向くべきか。


 憂患という蛇に、縛り上げられる思いがした。

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