閑話 『彼あんぽんたん 私つらたん』
第二章へ入る前に、今回は少々違った視点からの短編をお送りいたしたいと思います。
5月31日午前、東京都町田市場末の某ホテルにて――。
「で、オジサン? 結局いくらくれんの」
「…………さ……三万」
「んー、まあ良っかぁ。しょうがないなー」
私はちょっぴりアブナイお仕事やってる横浜のJK。今年2年の代。
この仕事は身体使わなくちゃできないから、割りと勇気がいる。
しなくてすむなら、したくない仕事。
……でもお金のため。実際、文句とか言ってる余裕ない。
「じゃあさ。早く見してよ、オジサンのやつ。」
「イイねェお嬢ちゃん。……そういう積極的なコ、大好きだよ僕」
「え~。だって待てないもーん」
お相手はごわごわと毛深くて、お腹がでっぷりとたるんだ“タヌキ”みたいなオッサン。体はめっちゃ汗ばんでるし、何か動物みたいにクサイ。
ぶっちゃけ、クソキモ。だってリアルにタヌキだし。
私は制服のリボンをしゅるりと弛めた。
「今日はぁ、オジサンのおっきな“しっぽ”を可愛がったげるね~?」
ベッドに腰掛けた私がそう言うと、男は嬉しそうに履き物を脱ぎ脱ぎとやる。
そして、
「そぉら……。ね、立派なものだろう」ぼろん、と。
あー。虫酸が走るって、こういうことなのかな。
「うっわ、なにこれヤバ……風船みたい」
見たくもなかった物を前に、さすがの私も気分サイアクになった。
もうダルい。というか限界。終わらしてとっとと学校行こ。
ならいっそ、茶番もこの辺で止めちゃえ。いまさら不便無いっしょ、特には。
「――……あのさぁ、誰もこんなグロいやつ頼んでないっつーの」顔をそむけて私は言った。
「んん? でも、もうお金は払ったからね。僕が君を食べちゃうのは、決まったからね」はげ頭を油で光らせ、男が笑う。
「へー。そんなこと言ってる余裕あるわけ。解んない? そもそもあたしが見せてっ言ったのは、さすがにもうちょい可愛い“尻尾”。あんたら特有で、フサフサの」
「う、う~ん。もじゃもじゃでごめんよ」
ちなみに空気読めない人が一番ムリです、私。
「……ごめんよ、とか。ま、それで済んだら世話無いわ。罪はもっと、ぜんぜん重い」
「あ、あれえ、なぁんか怒ってるのかな」
「きゃは。アナタの罪状、こっちが知らないとか思ったァ?」
「ざいじょう……。それ、僕の?」相手がその身から薄々と放つ、“妖気”の波長が急に乱れた。
強い動揺の証拠。はいアリガトー、こいつはほぼクロ確定で。
――さ、お仕事始めましょ。
「窃盗20件、強姦11件・うち5人を捕食……ここんところ町田ら辺で起きてる一連の事件。てわけで妖狸ッ、あんたの処分を承ってきたよ」
「~~~ッッ!? まさかお嬢ちゃん、狩人かァ? ちくしょォ何で、この化けがバレた!」
そう、コイツは狸の化け身。
たったいま早口で並べ立てた他にも器物損壊、住居侵入その他うんたらかんたらと余罪に事欠かない。
今日の私のお仕事は、この妖怪を討伐すること。
「こっ……この通りだ! なにも、殺すことはないだろう!?」
ぼぅん、と音立て煙が上がり、ずんぐりした動物の格好が晒け出された。文字どおり剥がれたのは、化けの皮。
逃げようとして個室の扉をガリガリやるけど、獣の姿じゃ糠に釘。私を絶対逃がすまいと、自分で鍵をかけたのに。
おばかさん。
「ひらけ擬神器――」
小さくカワイく仕舞ってあったそれは、鋭く冷ややかに本来の姿を身に戻す。真っ黒くて不愛想。まるで夜中の雨みたい。
これが私の、私だけの刃。
「――射干瑞刃っ!」
私の名前は住吉千歳。ちょっぴりアブナイお仕事やってる横浜のJK。
でも「怪異ハンター」とか胸はって名乗るのは、かえってダサい気しちゃうし嫌。
まあ、そーいうお年頃です。
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今日おんなじクラスの可愛いコが、こんなことを言ってた。
「チョッと甘えたげれば、さりげイッパイくれたりするし。稼ぐならね? やっぱオッサン相手が安定。ジョリ髭うざいの、だいぶあるケド」
顔が可愛いだけじゃない。背は小っちゃいのにスタイル超いいし、何か小悪魔系な感じで通せてる。服とか香水とか、そんなんどこ売ってんのってレベルでイイの持ってて。彼氏もそこそこサッカー部。
正直、ズルい。
私なんか、ちょっとついて行けないなーと思うこともあるくらい。
でも聞いてた私の友達――飛鳥が毅然として言った。
「もの申すよアヤちゃんっ。人間ダメになっちゃう、そんなフケンゼンなバイトしてちゃあ! うちなんかはねェ――」
いっつも決まった感じで駄弁ってる、教室でのイツメン・グループ。居るコはみんな、結構カワイイ。飛鳥も、このアヤちゃんも、他だって割と。
まぁそういう私だって、容姿に自信が1ミリも無いとかいっちゃえば嘘になるのかも知んない。……変な意味とかではなくて。
「ヤーダぁ飛鳥~っ、イイ子チャンぶりとかァ! てーかバイトは違くない?」と、食い気味のアヤちゃん。
「ぴゅあっぴゅあだね」「カーワイーィ」
どっと爆笑が生じ、口々にそんな声が上がる。
飛鳥は
「うぇーっ、そこ笑うかな?! もう、これだから分からんチンは!」と、腕をぷいぷい振っていた。
一体どうして、正論っぽいこと言った飛鳥が道化みたいな扱いになっちゃうわけよ。
私は不思議でならなかったけど、ここでそんなことマジ顔で問い立てても、うざいだけ。てか、もしかすると皆だって似たようなコト考えてんのかも?
そう思った私はソッポを向くと、リップクリームを何気なく塗りながら10秒ほどやり過ごした。
なにこれ。あたしダっサ……マジうける。
これらイツメンが本音で喋るのなんか、大体はヨソを愚痴るときぐらいのものだと思う。裏を返すと皆も内心では、飛鳥のことは笑ってなんかない。
――悪いコたちじゃないはずだから。
「今日の帰りファッキン行く人とーまれ!」
アヤちゃん放つ、鶴の一声。
「うん行きたい行きたいー」「イイねー」と、皆ものすごい反応速度。宙に上がった人差し指は、すぐに他の手で埋まった。
「あちゃー、うち部活だからゴメーン。また今度誘ってー?」PIROの仕事と部活の両立で忙しさMAXな飛鳥は、肩を落とす。
そして、ちょっとだけ私を見た。
チィちゃんは行くの? って顔してる。……飛鳥は解りやすくて可愛い。
「あー……あたし家事やんないと。夕飯の買い物とかもまだだったんだよネー。てへ」
これは道行くおばちゃんの台詞じゃなくて、5限明けの教室で女子高生が言ったことなんだけど誤解しないでね。
そしてすかさず「やばァー、チトセの女子力パないんだけどー!」と、皆よりお褒めの言葉を堪能した私なのであった。
最近の私らは、住む世界が皆とだいぶ違ってる。
そんな中でいろいろ考える。
中でも断トツで痛感するのは、そのギャップこそがパないんだってこと。
学校は変わらず楽しいけど、ものの見かたはがらっと変わった。良くも悪くも、お利口さん。
今日のおかずはどうしましょ。
お弁当にも詰められるから、揚げ物にでもしようかな。明日はバタバタしそうだし。
考えないと、やってけない。
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私の財布はいつもスカスカ。
焦げたお家を直さなくちゃいけないから。あと、食費も半分出さなきゃいけないから。居候って、思った以上にツラい。
懐が寒いと心の温みもちょっと失せちゃうのは、案外ホントなのかもしれない。
お小遣いとか彼氏とか、常に在るのが当たり前って思ってた。
相手がそこそこかっこよければ、好きとか以前に満足してた。
でもそんな風に、春爛漫とした私の頭のお花畑は、季節の変わり目に合わせてパアになったのだ。
“いとこ”によれば「月に叢雲花に風」なんだってさ。言われたあと辞書引いてみて、ミョーに納得したのを覚えてる。
別に現状を喜んでるわけじゃないんだけど、私には良い薬だったのかも。
……見た目だけでオトコを選んだ結果が、野守蟲だもんね。バカでしょ普通に。
これに懲りたら今後の人生、つきあう相手はも少し慎重に選ばなきゃだなーとか思ってみたり。いや、いっそのこと、しばらく恋愛なんかしないでも案外――
「――――やい住吉、どうした住吉っ。おまえ、耳糞でも溜まってんじゃねえだろうな」
よく聞き慣れた野太い声が、私を呼んだ。
気づけば私の鼻先には、米粒一つ無く平らげられた白い茶碗がつき出されている。
「……ん。…………んぇっ? あー……ごめん衛介。何か言ってた?」
「オイオイ勘弁してくれや、もう三べんも四べんも。おかわり頼むってんだよ」
紹介します。この人は高砂衛介。
私の従弟……ってことにしといて下さい、あくまでも。
「やだやだ、あんたの長考癖が伝染っちゃったじゃん。…………はい、どーぞ」
膝元のお釜から、杓文字できっかり二すくい。
衛介は放っとくと好きなだけ食べるので、いとも簡単に家計を圧迫する。だから当初の私は(居候の分際で)ご飯のおかわりを一杯までと規定していた。
でもそんなことで彼はめげない。今度はその一杯をメガ盛りみたいにし始めた。
その子供的な発想はギャグなの? と聞いてみたけど、衛介はドヤ顔で「頓知を制するは天地をも制す!」とかいって聞かないから、見るに見かねて炊飯器の管理権を接収した私だった。
「良いかよ、確かに俺たちゃ貧乏さ。だからってなァ、飯くらい鱈腹食いてえよやっぱ」ゲソフライを口に放り入れて、白いご飯をわしわし。「いつオッ死ぬかもわからんのだ」
「はい、はい。明日の仕事は精々気をつけましょーね」
この人はホント、食いしん坊なんだなあって思う。
いつもながら、こんな美味しそうにご飯食べてる人にトヤカク言ったげるのは酷かも。
「時にお前、このチャンネルもう見んよな? さっきボヤボヤしてた間にMステはおわっちまったぞ」
「えっウソ。……シクった、がん萎え」
「よし、んじゃ俺のを見よっかねぇ」
するとテレビの脇から紙袋を持ってくる衛介。珍しく、ビデオで何やら見たいんだって。
「これってアレ、ずいぶん前やってた朝ドラ?」
どうやらけっこう話題になった連続テレビ小説らしい。海女みたいな子が出てくるやつ。
当時は途中で見るのやめちゃったんだった。
「ばかに入れ込んでた奴がいてな、全編録画してんだとよ。見ろ見ろとあんまりうるせえから、序盤だけガサっと借りてきた」
「ふぅん」
「や、まァでもね、ノーネンというのはなるほど可愛い。これに尽きる」眉をハの字に垂らしてるのからも判るように、衛介は満悦だった。
まあ、確かにキレイだよね。現に女優さんなんだし。
だから何、って気もするけれど。
「……うち、払ってないのにね」言いつつ、苦笑いが込み上げてくる。
どこに何を、とは敢えて書かないつもり。
彼はオデコにシワよせて、唸るみたいにこう言った。
「あっ……! 来やがってたか。いつ頃だ」
「えと、たしか一昨日らへん?」
「言ってくれたろうな、専らTVゲーム用だから繋いでおりませんと」
「一応。でもあれはまたすぐ来そうなノリ」
「ンーム…………止そう。飯がまずくなる」
衛介のキライなものは3つ。掃除当番、ブロッコリー、あとの1つは「集金」だ。
……もっとも四角い部屋を丸く掃くこの人だから、その当番翌日の事務室はやたら埃っぽい、って支局長は度々ご立腹なわけで。
「話戻るけど明日のやつ詳細、連絡うけてる? あたし今朝がたも仕事入れてたからまだ聞いてなくてさ」
「お、そういやァ明日って俺ら二人か。指令書を見るに、水竜のたぐいが漁港近くに居座っててかなわんそうな。ま、サクッとやろうや」
「まじ? 海ってことでしょ、それ」彼の無計画ぶりに、私は不安でたまらなくなった。「あのね、だったらもっと早く色々とさぁ……」
掃除だけじゃなくて、やっぱり他も詰めが甘い。そんなことで危なくなっても知らないんだから。
「ぶひゃ、嫌なのかい。水属性の癖によ」
「ば、ばーか。そうじゃないしっ。どうせアンタ大した準備もしないで行く気じゃないかとか心配したの!」
そう。衛介と私は、割とぶつかりもするほうだとも思う。
てかお互いそれなりにケンカっ早いタイプだから、一旦言い出すと引かないってのが大きい。
私も私で悪い癖。
「嘗めてんのかこの安本丹っ。今日も今日とて、わざわざ卜部さんに『引力自在』の札を頂いてくる周到さだぞ!」
「そりゃ確かに入り用でしょーけどぉ、ライフジャケットとかの用意はあるわけ? そういう最低限要る系のやつ!」
「ッ…………そ、それは、その」
――はい。案の定これだもの。
「ほらぁ、やーっぱ詰め甘い。アンポンタンはあんただよっ」
「……じぇじぇ」
しゅんと萎れて、ドラマの方へと視線を逃がす衛介。ぎゃふんとなれば、そこそこ素直。
こんな感じにあーだこーだとやりつつも、案外うまくやってます。
エラソーなこと言ってた私だけど、彼みたいな発想は実際してなかった。八咫鴉のときも、勾玉のチカラをああいう場面で活かす機転には脱帽しなくちゃと思う。
私一人じゃ足りないし、この人だけでも危なっかしい。
結局私ら、お互い様。
建前上は親戚なんだもん。これくらいの助け合い、フツーにしなくてどーすんのよって感じ。
少なくともママがこっちに戻るまでの間は、ね。
※「妖狸」というのは、いわゆる化けダヌキと同じです。かちかち山に代表されるように、多く伝承中では世辞にも善良とは言いがたい描き方をされます。
なお、これを読んでからプロローグをご覧いただくと、話がつながるかもしれません。




