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アサルト・オン・ヤオヨロズ  作者: 金精亭 交吉
第一章【黄金連休、我が身休まず】
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第一三話 『当世つんでれ気質』

前回までのあらすじ:

 衛介の親友、梶原かじわら裕也ゆうやは大変なイケメンである。

 そんな彼がカノジョとの記念日に何を買うべきかなどと微笑ましい悩みを語る最中も、衛介は連日続く事件に気を揉んでばかり。

 その後は裕也の気さくな激励もあり少し気を晴らし、綽々(しゃくしゃく)として帰路についた衛介であったが……。


 俺が裕也と別れてより帰宅するまでの間には、一時間そこそこの間が開いていた。

 その間の内訳は語るに容易い。何故なら、それがただ無粋にもコンビニで漫画雑誌を立ち読みしていただけであるためだ。


 数にして三誌。これは毎週恒例の習慣として数年来続けてきた我が数少ない道楽である。一冊くらい買え、などと難じられても困る。なにぶん高校生は貧乏なのだ。

 出版業界の先行きを余程気にかける者や、些末ながらも経済に貢献がしたいと志す者が忠実(まめ)に購入するとよかろう。そして俺のことは、屑とでも(しわ)ん坊とでも好きにけなすがよい。


 ……貧すれば鈍するか。褒められた話では到底ない。


 とまれかくまれ俺が家に戻る頃、刻はぼちぼち日暮れであった。思えばこの時間帯、昨今は連日見事なまでに碌な目に遭っていないのだが、どうやら今回は恙無く帰着することができたらしい。目出度し、目出度し。


「帰ったぞー」

 ところが居間の戸を開いた我が目に飛び込んできた光景は、豈図らんや奇天烈なものだったのである。


 ――居候が引っ繰り返っているのだ。女はその制服も乱れたままに脱ぎ掛けで妙な色気を放ちつつ、何ともだらしなく己が鞄を敷いて臥し、部屋の隅に転がっていた。


「……オカエリ」

 所々肌蹴た千歳が力無く吐く。


「何だ、何だ。女子高生っつうのは家帰ると皆こんなんなのかい? 夢を壊してくれるじゃあねえか」

 そう罵りながらも俺は、好いものに出くわしたと少なからず喜んだものであった。

 

 まじまじ見ればこの娘、胸の双丘に関してのみ今一歩頼りなさげなところはありながらも、か細い瓢箪(ひょうたん)状の胴部に羚羊(かもしか)のごとき脚など生やしてこの上なく婀娜(あだ)っぽいものではないか。

 このところは擦った揉んだでついぞ気付けていなかったが、千歳とて、未だ小童の延長たる中学時代とは全く別の生命体に進化しているのである。さぞや学校でも雄どもの卑しげなる視線の向くところとなっているに違いない。


 さてまた頼りなさげとなど述べはしたものの、思えらく、そもそも乳房は決してその大小一つが良し悪したるとは限るまじ。

 例えば、弘法の著とさえいわるる道徳書「実語教」は次のように説く。


 『山、高きがゆゑに貴からず。樹あるを以て貴しと為す』


 なるほど桧取沢嬢のごとき巨峰は如何にも以て夢が満杯といった風だ。然りとてそれを超然的な唯一尊物として他を認めざる輩がいるともなれば、それこそ不埒千万というに他ならぬ。

 三十一文字(みそひともじ)に名高き香具山にせよ、その丈だけを観たのではあまりに並一通りであろう。(かなめ)は質である。


 それゆえ千歳を前にして俺は、慎ましくも整った山というものを個人的に甚く評価したい。乳もまた然り。

 ――はて。ならば飛鳥は如何(いかん)、とな? 意地悪は云うべきでない。


 奇しくも、全裸よりよほど助兵衛に感じられるその脱ぎ掛け衣。同歳女子のかくもしどけない格好なんど尋常にてはそうそう拝めまい。棚から牡丹餅、“自家発電”の付き付きしい副菜(おかず)が得られたといったところである。

 さて、これ以上は我ながら気色が悪くなりゆくので自重せん。


「ねえ。何見てんの。きもいんだけど」

「そりゃ随分だい」

「だーぁからこっち見ないでっつってんじゃん……」

 何やらすこぶる理不尽ではないか。ここは飽くまで俺の家と忘れてはならぬ。


「ダ、誰が見るかよ、ンなもん。第一だな、何でったってそんな見っとも無え格好してんだオマエはっ」

 鰾膠(にべ)もなく女は此方を睨み付けている。次に、ぺろりと捲れ出た臍を隠しつつ(とつ)と聞こえよがしな舌打ちをしてこう云った。


「着替える気力もあんま起こんないから……。とりまあっち向いてて」

 一体全体、如何したというのか。去んぬるてんやわんやで疲れを溜めているのは解らぬではないが、だからと云ってこれ程まで機嫌を損ねるのは考え物であろうに。


 学校で面白くない目にでも遭ったのか。もしくは俺と同じく遅刻をして、不愉快な思いを被ったのか。憶測は幾つとなく立てども当人が嫌に依怙地(えこじ)なものだから、真相は訊くに訊き辛い雰囲気であった。

 然りとはいえども原因さえ解らずこのまま居られても参るばかりである。

 斯くなる上は、一時退却とすべし。


「と、そだそだ。便所行ってくら」

「うー……」

 俺は半ば逃げるが如く居間を退いた。そもそも便所に用があるというのは、必ずしも嘘ではない。


 三分程度経ちて――。


 今この瞬間、一天四海で、沈着冷静なること吾人に()く者は無しと見たり。

 然るところで、ここに閃きし事案が一つある。否、別段大した発想な訳でもないが――というのも、本人から聞かれぬとあらば、学校の件は飛鳥に訊ぬるが最速たらん、と。只これだけの話だ。


 色々と禍にも遭ったものの飛鳥と知り合えておって良かった。何せ彼女らは同組で何時もつるんでいるのである。

 当座に於ける閉口頓首の沙汰に活路を切り開かんと志すにあたり、これ以上有益たりうる者などどこに在ろうか。

 いやはや斯くも早々に役立つ時が来ようとは。それそれ善は急げ。昨日の礼を改め述べがてら、今日学校で“我が従姉妹”の身に何かあったか、早速聞き出してご覧にいれよう。


 ……さて、程無くして返信来たる。流石は女子か。そこらの野郎共が遅さときたら、雲泥の隔たりがあろう。

 だがこれまた困った事に、その内容は如何せん理解に苦しむものであった。


『もう!オンナノコのそーゆーのは男子がちゃんと気付いてあげなきゃダメじゃん!!仮にもイトコなんだったら!!!(`0´)』――以上。


「…………?」

 はてな、幾分乱れてこそいるようだが、確かに日本語を用いて記述されているのは判る。しかるに意味はからきし解らぬ。

 顔文字を判断資料とするなら、俺は図らずも、触れるべからざることに触れてしまっているのやも知れない。これは参った。


 余談ながら「仮にも」と書かれているあたり、飛鳥は薄々感付いているのではあるまいかという懸念がよぎった。

 我々が従兄妹だなどという嘘八百の設定に。

 暴かれてしまえば、自今が身の振り様に支障を来たしそうで不安に思う。


 虚言の件は別に置いておくとしても、目下は千歳に関してもう少し掘り下げて訊かねば捗が行かない。


『わりいもっと解りやすく頼む!!』

 続けて動揺交じりに斯く送りしは吾人だ。字面がこれ以上間抜けにならぬよう上への表記は敢えて控えたが、語尾に幾らも「(くさ)」を生やしておけるは、気さくなるをそれと無く表現せんが為である。


 また返信即入る。

 曰く、『ええー。じゃあ保健体育の教科書さんしょー。』とのみ。さあ、いよいよ何のことやら。


 怪しきかな。如何にも本日は歴史に保健と、教科書がよく活躍する日和であった。

 授業以外で斯くも教材を手に取る事など生まれてこの方初めてやも知れぬ。それは流石に大袈裟としても、特に保健体育などは他科より試験勉強せぬ科目たりて久しいのだから、現状をしてそれに等しからしめている。


 そして教科書先生は全てを物語って()った。日本史に勝るとも劣らず、ご丁寧にも総天然色の挿絵付きだ。


「っ……!」

 ──なるほど、道理でぷんすかしているわけである。飛鳥には感謝せねば。昨日赴援に出向いた甲斐もあったと思う。

 この教科書を見よとは、的確無比な指示に恐れ入った。彼奴め、思いの外に切れ者ではないか。


 ここまできて、漸く事をおおむね理解した吾人であった。これより油断は禁忌であろう。何とかして機嫌を取りつつ居候に世話を焼かねばならぬとは七面倒なる話だが、奴を放っておいて怒り続けられては堪ったものではない。ここは(すべか)らく、一肌脱いで切り抜けんと思う。


 

 一方千歳はというと、憤悶たる形相で深長な溜息を量産し、己が身の幸を工場排煙の如く外漏させていた。

 過ぎた失敬かも知れぬが、その様にはどことなく深海の熱水噴出孔を彷彿とさせるものがあった。


「ヤァ。どんなだい住吉、具合のほうは」

「……どうって。別に」

 俺が話し掛けれども、ぶっきら棒なる応答の他戻って来ない。


 生理痛に悩む彼女は既に緩めのスウェットに着替え、壁にもたれてくたっと胡坐(あぐら)をかいている。相変わらず気は悪そうだ。

 きっと女性は月並みに、程度はどうあれ多くがこういうものなのだろうから已むを得ぬ。遺憾ながら金玉を打った際の爆痛が婦人方に理解されぬと同じで、野郎がこの苦を理解するのは凡そ不能といえよう。


 さて、下手な台詞で雷を落とされてしまっては一巻の終わりである。桑原桑原、注意細心なるを要とする。俺は腫れ物に触るがごとく口を開いた。


「お察しするぞ。さぞ辛かろ」

「ウっザ……どーせ解りゃしない癖に」

 虫の居所悪しきこと古今未曾有なりとでも云わんばかりに女は頭を掻き(むし)り、更にその禍因の一端をあたかも俺が担っているかのような気勢で槍の眼光を投げてくる。


「す、すまん。アーァそうだな、何かソレに効く薬の一つも飲むと良い」

「家に置いてきちゃったし。てゆーか燃えちゃったし」

 あわれ、泣きっ面に蜂とはこのことか。実に世話が焼けていけない。


「うちに何かしらあるかも知れん。探してみようじゃないの」

「はぁ……? なんで男一人で住んでる家に今役立つ薬がありえるわけ」


「御袋がおっ()せる時に置き忘れてったのがあっても不思議はねえ。最早遺跡みたいなもんだがよ。ん、ホレホレ早速何やら出てきたぞ」

 俺は脇棚を漁りながら云った。早くも薬品らしき瓶を一つ発掘する。


「何それ」

「えと、正露丸……だな。駄目かこりゃ」

 その後しばし棚を掻き回してみるに懸命となったけれども、出土した品は正露丸の他、だいぶ古くなったヨウ素系うがい薬、目薬、未開封の虫刺され用軟膏くらいであった。

 ……高砂家は甚だ医薬品の乏しき家庭だと白日の下に晒された訳である。ゆくゆくは市販の総合感冒薬くらい常備しておきたき所存だ。


「もういい。明日とかも用事で出なきゃなんだけど、別に適当に何とかするし」女は半ば諦めた風である。


「代われるお使いなんなら俺で行ったるが? ゆっくりしとけよ、こんな時じゃねえか」

「アー……考えとく」

「よし、ンじゃあ飯でも食って元気出そうや。気い取り直して今日の夕飯は――」

「作んないから。アタシあんま食欲ないし」

「こらこら、最後まで聞かんか。店屋物でも取るかって云わんとしたんだ」

「……そう」

 ふとしも、ここで裕也の戯言を思い出し云う。「何かしら暖ったかいもんが良かろう。ええと、例えば蕎麦とか」


「ピザ」

「待てい、ありゃ平日に二人で頼むもんでもねえだろ」

「…………」千歳の口はヘの字に曲がって居った。


「ご、ごらんよ、蕎麦の品書き。どーだね、この『天ぷら盛り』と『鴨南蛮』以外はどれでも食って良いんだぜ」上記二種は蕎麦屋の品書き中でもなかんずく割高である。


「……『マルゲリータそば』とかは無いのね」

 さて、これゆえ呆れるというものだ。阿呆の鼻毛で蜻蛉を繋ぐというべし。

 俺が馳走進ぜんというのにこの女、飽くまで己の意地を通すつもりらしい。体調も機嫌も悪いとは言え我侭を垂れるのは筋違いであろうに。


 然れど怒りの沸点著しく下降気味の彼女へ無闇に楯突けば、思わぬ反撃を被って火傷をし兼ねないのは事実だ。

 いらだち昂じて(あや)しの刃で打ちかかられた日にはまず敵わない。下手な悪鬼怪異よりも余程恐ろしかろう。

 当方ひとえに低く、低く。


「……わァかった、ピザを取ってやる。マルガリータでいいんだな?」

「マル“ゲ”だからね。恥かしいから外で云わないでよ、それ」

「お前うっせェのな!」

 そんな重箱の隅まで突付いてこなくたって良いではないか。ああ(かまびす)しや。俺は何かにつけて、他人の揚げ足を逐一取らんとする輩が嫌いである。何時しかこの恨み晴らさいでか。


 渋々とピザ屋に電話を掛けマル“ゲ”リータ及び鶏照焼のハーフ・アンド・ハーフをSスモールで注文した。

 後者は我が好みを反映させた物だ。食欲不振のこの女がどの程度食うかは読めねど、小さめに頼んだのできっと余らないと思う。俺はそこそこ腹も減っているのであるし。



 ……全く愉快でなかった。宛も居候の屈託が此方に伝染したような感じがしてくる。


「やれやれ、御ピザは三・四〇分で上がりますとさ。ちょっくら受け取り行ってくらあ」

 俺はあくまで素っ気無く吐く。ところが相手は何を思ったか、存外軟い応じ方をしてきたのであった。


「……ありがと」

「ほう」

「ちょっぴり食欲出てきたかも」

 最終的にピザの注文が確定して、幾らか気を満たしたのかも知れない。又は全く関係無いかも知れない。体のことは、本人以外知り得ない。


「いや、まぁアレだ。東海林を上手いこと救助出来たってな訳で、細やかにだが一つ祝杯しようじゃないか」

 九死の窮地を切り抜けたるは小娘自身であったが、敢えては述べずにおく。


「てか何かゴメンね」

「……? 急に、どうしたい」

「あんたにあたっちゃってさ。ここん所あんまりにもハードだったりとかもあって、今回の……ちょっとキツめで」

 はてさて、俺は風の吹き回し如何も読めぬ愚者である。恥ずかしくも突如の陳謝にどう反応して良いやら分からなくなったものだ。

 豈にこの娘、どう出ても困らせ者ならずや。


「なっ、何をお前が謝ってんだ。体調しんどい中、早起きまでして昼飯まで拵えてってくれたんだものな……と、時にあの弁当、中々旨かったもんだぞ。うむ」


「へ? そ、そう。あれは何てゆーかアタシの分のついでっていうか……」

 女は目線を泳がせて、絞り出すように付け加える。「じゃなくて、飛鳥助けるのに協力してくれたお礼、的な? ……あー、ゴメン。もうよく分かんなぁい」


「かッハハ、面白れえやお前」

「べっ、別になんも面白くないし!」

「まぁそだなァ、俺の方こそ体調に早く気付いてやれんで、すまなんだ」

 ……迎合するような台詞を吐く俺も俺なのだろう。仮初めにもこやつを甘やかした事を云ってしまうのが本当に適当だったものかは、判断しかねた。


 かくまれ、夕食前にして僅かながらも千歳の機嫌が上向いたような気もするので、そこは以て良しとすべけん。何せ三食は笑って喰らうが最善なのであるから。

 忘れぬ内に、飛鳥へ礼の一報を入れておくことと致そう。

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