教室と異変
昼下がりの教室は、いつになくざわついていた。
教室の端っこにはお化け屋敷でバイトをしているのかと疑うほどの濃い化粧をした所謂ギャルの群れ、教卓の周りには最近発売したゲームの話で盛り上がる男子生徒、廊下には走り回る一部のバカが、それぞれ気の向くままに昼休みを満喫している。
オレは皐月と机を向かい合わせにして、昼飯を食っていた。
ちなみに人々はこのギャルの群れをサル山と呼んでいる。
と、冷めた目つきでサル山を見ていると様々な非難の声が浴びせられる。見るだけでこのザマだ、さわらぬ神には何とやら…という事だろう。
「なーんか全く変わんねーよな」
皐月の作った弁当を頬張りながら、別に誰に言うまでもなく呟く。
「変わらないって……何が?」
「失踪事件だよ。あんなに人が死んでんのに誰も騒ぎ立てたりしないと思ってさ」
箸でから揚げを掴むと、そのから揚げはするりとオレの手元から逃げ出し、箸は空を切っていた。
「誰も不吉がって騒がないんだよ。こんな奇妙な事、関わりたがる人なんてそうそういないよ」
「まあ、それもそうか……」
奇妙な事、全くその通りだった。
ある日忽然と姿を消し、きっかり13日後に死体で発見される。それも連続で―――こんな偶然が、あるのだろうか?
オレは、この事件の裏に渦巻いている人の心の黒さを、直感的に感じ取っていた。
「まあ…その内解決するってっ!!昼休み終わっちゃうし早く食べよっ」
居心地の悪さを感じ取った皐月が雰囲気を良くしようと明るく振舞う。
――人の心には必ず無関心、というものが生まれるんだよ。お兄ちゃん――――
昨日、妹の茜が言っていた事が頭の中で再生される。
ヒトは危険を察知したときに、無意識的にそれに関する記憶を手放す――つまり、物事から一歩引いて傍観する、という事だ。
この事件の根幹には、一体何があるんだ?
なぜこんな事件が起きたんだ?
そして―――何がそうさせたんだ?
疑念の渦が頭の中を支配していく。弁当の味もとっくに分からなくなり、オレは、皐月の言葉に作り笑いを浮かべる事しかできなかった。
午後の授業は中止となり、急遽臨時の全校集会が開かれた。
内容は――言うまでもない。例の、失踪事件の事だろう。
「見て見て良人、生徒会長さんだよ」
促されるがままに、壇上へと目を向ける。そこには生徒会長、もといいつぞやの電波女だった。
「綺麗だよね、生徒会長さん」
皐月が、彼女をみつめながら呟く。まあ、確かに見た目は綺麗な人だった。見た目はな。
彼女が壇上に上がると、全員の話し声がピタリと止んだ。彼女には、人を黙らせる何かがあるのだろう。
そして、彼女は話を切り出す。
「―――え?」
彼女の声が聞こえた時、皐月の目は大きく見開かれ、その表情を失った。
オレも、始めは彼女が何を言っているのか、理解できなかった。
生徒会の意向により、本日から本校生徒の失踪・死亡事件を調査、情報提供をした者は―――
―無条件の退学処分の退学処分とします――
無条件の退学処分。
つまり、事件を調べているのがバレた瞬間、そいつはこの学校を辞めさせられる、という事だ。
「ウソだろ――どうしてそこまでして隠匿したがるんだよ―――」
ワケが分からなかった。
今までに九人が死んでる。また一人姿を消して、行方は掴めていない。警察も、まともには動いていない。
この状況で、なぜこんな決まりを出したのか?
知られたくない何かがあるのか?
違和感が、頭の中で渦巻いていた。
どうして、その四文字がぐるぐると思考を回り続ける。
結局、心に残った疑問の種は消える事は無かった。
「それはね、良人君。あなたがまだ子供だからよ」
彼女は、あの日最初に出会った時のように屋上のフェンスにもたれかかっていた。艶やかな黒髪が、風になびかれて緩やかな波を作る。オレが屋上に来るなり、オレの抱えている違和感を当ててきた。
「無関心――危険な事に脚を踏み込まないということは、自分が巻き込まれないようにするという事よ。そしてそれは同時に、大人になるという事でもある。まずは自分の身を守るのが、賢明でしょう?」
「納得できねーな、その考え。自分の身が危険に晒されてでも、人を助けようとするのが大人なんじゃねーのかよ?」
ふう、と溜息をついた。
「そんなちっぽけな正義感じゃ、どの道誰も助からないし、助けられないわ。それにね、良人君。そんな生半可な正義感じゃ――あなたも死ぬ事になるわよ」
氷のような冷たい声と、冷たい目をした、冷酷な舞先輩――
彼女のいう大人とは、いつもオレが目にし、いつかはオレもなる大人というものは、そんなに残酷な生き物なのだろうか?
「ふふ、大丈夫よ良人君。あなたの持っているその猜疑心は、当たり前の事よ。それが、大人と子供の――――違いなのよ」
「そんな考え、納得できない」
オレは、固く拳を握り締めた。
「なんであんな処分を取り決めたんだ?教師達の心情くらいは読めるだろ」
「ええ、私が提案したんですもの」
その時、頭の中は真っ白になった。
「あんなの、ただの脅しよ。こうでもしないとバカ騒ぎをする人達がどうしても出てしまうから―――それに」
そこで、先輩は一呼吸おいた。
「この方が、情報を得られやすかったからよ。私なら、生徒会長の肩書きで適当な理由をつけてこの事件に関しての情報が得られる。他の人達に変に嗅ぎ回らせておいて、ガセネタでも掴まされたらたまったものじゃないからね」
「その為にわざわざ、あんなオーバーな対応をしたってのか?」
「ええ、そうよ。これは、私以外が勝手な真似をして真相から離されるのを防ぐ措置」
合理的ではあった。でも、オレは納得がいかない。
他人に頼らず、独りで抱え込もうとする舞先輩に腹が立った。自分でも、なぜこんなにムカつくのか、よく分からない。
何でも独りでやろうとすんじゃねーよ、先輩―――
「こんな強行手段に出たんだ、この数日である程度の目星はついたんだろ?」
「くす、どうかしらね?例え教えたとしても、あなたが理解できるかどうか」
「さすがにオレの事を見下しすぎじゃないっすかね、先輩」
「あら、事実じゃない」
ひどい貶されようだった。
「あなたの中のオレとは、一体どのようなものなのですか?」
「一言で表すなら、ゴキブリ、いやゴキブリ以下よ」
声も出なかった。
「冗談よ。落ち込まないで頂戴」
そんなオレの気を知ってか知らずか、先輩はたんたんと話を続ける。
「じゃあ、今回で分かった事を踏まえて、この事件を整理してみましょうか。この事件の根幹にはね――」
――怨恨という、呪いが絡んでいるのよ――――
何かもう、何かもうって感じです。はい。
ちなみに言い忘れていましたが設定的には舞台が埼玉(秩父あたりという事でかなり適当ですが)、年代的には少し未来としています。
あと無関心や記憶に関しての説明は私によるただの解釈です。ご注意下さい。
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