花壇と事件
用事があるから、と皐月は小走りでオレより早く学校を出た。
特に急ぐ理由も無いので、オレはのんびり帰る事に決め、上履きから外靴に履き替える。今年度新しく買い換えたもので、少し踵の部分が硬い。
「本当だったんだな―――」
あれからオレは、ずっと失踪事件の事を考えていた。これで九人目、担任の教師がそう漏らしていたのが頭の中で再生される。
これはただ失踪が重なっただけなのか?
それとも――――何かの事件に巻き込まれたのか?
少なくとも今までの死体に殺人と思える痕跡が無かったため。警察は全員が自殺したという線で捜査をしているらしい。
噂も噂で、ある事無い事飛び交っておりこれといって的確な情報は無かった。
校舎を出ると、通路脇に見た事のある人影が立っていた。
「知り合いだったのか?ソイツ――」
今朝死体が横たわっていた花壇――――今はもう何も無く、紅い血のみが残っている―――の傍らに、彼女はいた。
「いいえ、何も知らないわ。誰だったのかも、どんな人だったのかも」
昨日の電波女が、そこに立っていた。あの時と同じ、夕日で髪を赤く染めて。
「この子もこんな奇怪極まりまい事件に巻き込まれてしまった……これで、九人目よ」
この女は、事件について色々知っていそうだった。
「私はこの事件を独自に調べているの。警察なんて、何の役にも立たないのだからね」
「噂だとこの事件は学校側が警察に対して隠蔽をしているなんて言われてるぞ。できるのか?そんな事」
「……隠蔽はできなくとも、黙らせることは可能なはずよ。この学校は一応進学校なのだから、不吉な事件で嫌なレッテルを貼られたくないのでしょう。そういった情報を表沙汰にしたくない親や教育委員会の人達が、圧力をかけているとも言われているわ。生徒の三倍の大人達が関わっているんですもの、警察も対応が遅れるはずだわ」
街の際まで太陽が沈んでいくと、オレと彼女の影は長く伸びていた。
「――で、アンタは結局ここで何をしてたんだ?墓参りってだけじゃ、ないんだろ?」
「ええ、そうよ。私はここで、死んだ子の記憶を辿っていたの」
―――電波だった。
「あなた今、失礼な事を考えてなかった?」
「いや、何も」
「私は触れたものの記憶を読み取る事が出来るの。あなたから見たら、頭のオカシイ人だと思われるでしょうけどね」
全くもってその通りだった。
「こんな奇妙な事件、中二病持ちが調べるもんじゃねーよ。早く家に帰んねーと暗くなんぞ」
「ふふ、やっぱり信じてないのね。いいわ、証明してあげる」
彼女は、オレの頭にその右手を置いた。優しく、懐かしいような感覚がオレの頭をよぎる。
―――あれ…この感覚、どこかで……
「家ではあなたと妹さんの二人暮らし…両親は……そう、二人とも七年前の原発事故で…それからは、幼馴染の子が世話をしてくれてるのね―――」
薄気味の悪い女だった。
「気分を害したのなら、ごめんなさい。どうしても、信じてもらいたかったのだから」
「――どうしてだ?言いふらされる危険を考えたら、そんな事する必要も無かっただろ」
ぷいと、彼女は顔を反らした。日はとうに沈み、彼女がどんな表情をしているのか、分からなかった。
「こんな事、誰に言っても信用されないでしょうね。散々根掘り葉掘り聞かれた挙句、最後は――精神病院の扉をノックさせられるハメになるでしょうから」
ふいに振り向き、オレの瞳を見つめる先輩。
「あなたはもう、この事件に関わってしまった。死体のいた場所を知ってしまった、それだけの事がきっかけで事件に巻き込まれてしまう。しかも厄介な事にね――事件に巻き込まれたが最後、あなたに実害が及ばないようにするにはこの事件を終わらせるしかない」
「要するに、事件調べるのを手伝えって言ってんだろ?遠まわしに言わないで、そのまま言えよ」
「くす、ごめんなさいね。私は、遠まわしにしか言えない性格なの」
はぁ…とわざとらしく大きな溜息をつく。
「わーったよ、手伝うよ。そのかわり―――」
「金は払わないわよ」
一つ条件がある、と言おうとした瞬間に、先輩に遮られた。
ギャラを求められると思ったらしい。
「ちげーよ。名前だ、名前を教えろ。そっちがオレの名前知ってんのにオレがアンタの名前を知らないんじゃフェアじゃない」
一瞬ためらった後、彼女は口を開いた。
「舞――よ。東雲 舞。」
「分かった、よろしくな、舞先ぱ――」
その途端、オレの唇は彼女の掌で遮られた。
「私、自分の名前が好きじゃないの。先輩、だけでいいわ」
「――――先輩?」
「ふふ、よろしい」
ぱっと、彼女の手が離れる。オレの唇には、彼女の体温が残っていた。
「もう時間も遅いし、今日はここでお開きにしましょうか。妹さんや幼馴染の子も待っているのでしょう?」
「何だ、名前までは分からないのか?」
唐突な質問に驚いたのだろうか、少し間を空けてから先輩は答えた。
「私の力を買いかぶりすぎよ。私が他者の記憶を覗く時、白黒の写真のようなものとして写るの。人の名前までは、さすがに分からないわ」
くるりと回れ右をすると、先輩は校門へと歩いていく。
「私はもう少し、この事件を探ってみるつもりよ。またね、良人君」
家に帰ると、ニコニコと皐月が出迎えてくれた。
オレは妹の茜と二人暮らしで、両親は七年前に起きた原発事故で早くに亡くしている。それ以来、皐月の祖父母の世話になっている。
皐月も皐月で、昔こそオレの家の隣に住んでいたのだが、一時期親の転勤で遠くへ引越してからオレの隣の家には彼女の祖父母が住んでいた。
しかし、オレと皐月が中学校三年に上がった時に彼女の祖父が先立ち、高校に入学した時には彼女の祖母が後を追うように旅立ってしまった。
それからは皐月が一人で暮らしており、こうしてオレと茜の食事を作ってくれている。もし皐月が毎朝起こしてくれたり飯を作ってくれていなかったら、オレ達は寂しい家庭になっていただろう。
「それじゃ、私はもう帰るねっ」
皐月は着ていたエプロンをシンクに畳んで置くと、家を出ようとする。オレはその後ろ姿を呼び止めた。
「待てよ、送ってく」
「え?で、でも家隣だし」
「まあ、いつも飯を作ってくれてるお礼って事で」
家を出ると、空には無数の星が光っていた。
「見て見て良人、星が綺麗だよ」
「星ぃ…?どうした皐月、急に」
「いや、こうやって良人と空見るのも久しぶりだなーって思って」
隣では、皐月が懐かしそうな目で空を眺めていた。
「そういや皐月、学校出るとき言ってた用事って何だ?」
その事を聞いた瞬間、皐月の表情が曇った。
「あー……うん。えーと――さ、探し物だよ、探し物っ!自転車のカギをどこかで落としちゃったみたいでさ」
嘘だと思った。表情は、それだけではすまない深刻さがにじみ出ている。
「あのさ、皐月。最近部活の事で色々あるんだろ?一人で思い悩んで無いで、相談とかしろよ。幼馴染のよしみで、聞くだけはしてやるから」
「お、幼馴染…だから……だけなの?」
「――ん?」
「何でも―――無い――」
この夜の暗さでも分かるくらい、皐月の顔は赤くなっていた。やはり、最近の皐月は様子がおかしい。
「とっ、とにかくっ!私は大丈夫だからっ!良人も深夜アニメばかり見てないで、早く寝なよっ」
それじゃまた明日――と、やけに慌てながら皐月は家に入っていった。……何を慌てていたんだろう?
「まあ、いいか……」
今はやることがあった。
アイツに、聞きたいことが山ほどあるからだ。
「―――触れたものの記憶を見る?すごいねソレ、滅多に聞かない能力だよ」
家に戻るとすぐ、妹の茜に今日あった事を話した。
「オレの頭に触れただけで、お前や皐月の存在まで分かったんだ。他のヤツの記憶を見るなんてこと、できると思うか?」
「うーん…そういう話は全く聞かないから何とも言えないけど……多分、可能なんじゃないかな」
……ほう?
「物の記憶……例えば、イスとか。お兄ちゃん、イスに記憶ってあると思う?」
「あるわけないだろ、生き物じゃないんだから」
「それがね、持っているんだよ」
―――何だか、難しい方向に持っていかれそうな気がした。
「イスにしばらくすわっていると、その人の体温がイスに残る。座れば多少なりとも板はたわむし、元にあった位置からはズレる。それをイスの持つ記憶としたら――」
「――茜、結論を言ってくれ」
「要するに、この世界にあるあらゆるものは記憶を持っているんだよ。言い換えるなら、痕跡。その人は、その痕跡を目で追えるという、突出した力を持ってるんじゃないかな?」
でも、と妹は続ける。
「その人は―――自分の名前を舞さんだって言ってたんだよね?」
「ああ、そうだけど?」
「ふーん…あの人がそんな能力持ってたんだね」
「何だ、アイツの事知ってたのかよ」
「知ってるも何も、その人、生徒会長さんだよ。毎回集会の時に司会を務めてるじゃん」
知らない方がオカシイ、という冷たい目線を茜からいただいた。
「で、その舞先輩がこの事件を調べてるらしいんだ。オレも興味本位で調べてみる…というより手伝わされる形になったわけだけど、アイツは何でこの事件を調べようと思ったんだろうな?」
「彼女なりの、理由があるんじゃないのかな。普通の人じゃ絶対に分からない、複雑な事情。だからお兄ちゃんと接触した――お兄ちゃんならきっと、普通じゃない事も優しく受け止めてしまうだろうから――」
「……完全に買いかぶられてるし、遠まわしにオレが普通じゃないって言われてるようなもんじゃねーか。どっちにしろ調べてる理由も分からねーし」
「事件に入れ込む、何かがあるんじゃないかな?」
そういうと、茜はカバンからシャーペンとルーズリーフを取り出した。
「じゃあまず、事件を整理しようか――――――……」
相変わらず文章が拙いのと、地味な笑いの取り方が目立つと思います。すみません。




