静寂と疑念
あれから、オレと舞先輩は黙りこくったまま電車を降りた。
彼女の過去を知った。オレは、何も言えなかった。
一言も交わさず、何も声をかけてやれずに、彼女と別れた。
――パチン。
スイッチを押すと、パチパチと蛍光灯が点滅する。部屋は静かで、冷たい空気が辺りを包んでいる。
「―――?」
二階に続く階段に、茜は体育座りをしながら、俯いていた。
「メール、読んでくれていたんだな」
「もう、寝る前だったよ。あとちょっと遅かったら、鍵閉めちゃうところだったもん」
テーブルの上は綺麗に片付けられ、鈴音さんと皐月の騒いだ痕跡も無くなっていた。
「――やっぱり、何かあったんだね?」
見上げた妹の顔。オレは、彼女に全てを話した。話し終わる時には、時計の針は二回転していた。
「――土砂崩れと、爆発?ううん、そんなニュースは見てないよ」
ココアを注いで、テーブルに運ぶ茜。
「お兄ちゃん達の行った場所だと、地すべりはよくあるからね。土砂崩れが原因で爆発したとしても、予想ぐらいはされてたんじゃないかな」
「――どうして、そんな所へ行ったの?」
唐突だった。
「やっぱり、生徒会長さんと事件を調べてるんだね――何が、あったの?」
オレは、山の中で起きた出来事を茜に話した。少女を助けに行ったこと。その少女が謎のパニックに陥った事。
その時、少女の言葉が頭で反芻された。
――あの人はどこ―――ッ?!
「――あの人?」
そう、『あの人』とは誰のことだろうか?
「どうしたの?お兄ちゃん」
「いや……何でもない」
嫌な予感がした。
まだ、何かある――今日起きた事よりも、さらにひどい何かが起こる、そんな予感がよぎった。
「ふあぁ――眠い……悪い茜、もう寝るわ」
「うん、この話はまた今度だね」
はっきり言って、まだ眠くは無い。茜には悪いが、一人きりで考えたかった。
自室のベッドに飛び込むと、ズボンのポケットが震えた。緩慢な動作で携帯を引き抜くと、画面をスライドさせて電話に応答する。電話の相手は、鈴音さんだった。
『やっほー、良人君』
「…どうしたんですか、鈴音さん。こんな真夜中に」
時間は既に、午前零時を迎えようとしていた。一体、どんな目的で彼女はオレに電話をかけたのだろうか。
『あー…いや、皐月がね、「なんか良人、悩んでるのか最近元気無いんだよ」って。だからちょっと、慰めてあげようかなーって』
完全なるありがた迷惑だった。
「いや、特に悩みなんてのはないんすけど」
『まあまあ、とにかく聞きたまえよ少年。いやー、皐月から聞いたよ。そっちの生徒会長さんと、良い感じなんだって?』
ありがた迷惑な上に、勘違いだった。
―――ん?
「なんでアイツが知ってるんですか」
『お、やっぱりそうだったんだ。へぇー…そかそか、皐月に報告してあげないと』
「――は?」
『それと良人君。君も気をつけたまえよ。女ってのは恐ろしいから、君みたいにすぐ誘導尋問にかかる人はあっという間に騙されちゃうんだから』
――ダマされたッ!!
『うんうん。青春だねえ。じゃ、知りたかったのはそれだけだから。頑張れよ、少・年』
「え、おい、ちょっ!?鈴音さんっ!?」
―――プツン。
抗議する間もなく、電話は切れた。結局、彼女の目的が何なのかは闇の中に消えてしまった。
朝は、昨日の続きとは思えないほど静かで、落ち着いたものだった。
いつも通りに皐月に叩き起こされ、朝飯を口の中に詰め込まれながら学校に向かった。
「最近、変わらなくなったよな」
空を見上げながら、それとなく呟く。
「変わらないって?」
いつぞやと同じようなやりとり。いつぞやと同じような道。いつぞやと同じような会話。
「いや、ほらそこ」
オレが指差す所には、新しく回転したフライドチキンのチェーン店があった。扉の前には、杖をついたにこやかな白髪の老人が立っていた。
「あのおじいさん、赤髪のピエロさんとライバルなんだよね」
「ハンバーガーとチキンじゃ比べようもないだろ」
「まあ、それもそうだよね」
全国にチェーン店が出回っているこの時代だ。街に出れば、少し探せば見つからない事が無くなっている。
しかし、量が多いということは、その分土地が食われるということになる。
その内、全てが同じになってしまうんだろうか。どこへ行っても、どこを見ても同じもの。
変わることの無い世界。それは、このように同じもので全てを統一してしまうことなのだろう。そんな事を考えてると、なんとなく恐ろしい気がした。
「良人、また難しい顔してる」
むにいいいいぃぃぃ……と、皐月の両手がオレの頬をつねる。身体を捻って逃れると、彼女の表情は曇った。
「やっぱり、悩んでる」
俯き、歩き出す皐月。オレは、静かについていった。
「生徒会長さんと事件調べてるの、知ってる。昨日、スズ姉に聞いたんだ」
ああ、鈴音さん…なんでこう、面倒な方向に持っていくんだ……
「私には言えないのに、生徒会長さんなら言えるの?」
「いや皐月、オレは―――」
「私に迷惑をかけたくないから?いつもそうやって、私を遠ざける。七年前の事故も、そうだった。私は―――」
「――悪い、皐月。そういうんじゃ、ないんだ」
「生徒会長さんが好きだから?」
「――そういうのでもない。ただ、オレは―――」
「――ダメなんだ」
オレの言葉を聞き取ると、彼女は俯き、早足でオレを抜いて行ってしまった。
ちょっと話のアイデアがつまってまいりました…(笑)