#86 未来を繋ぐ言葉
最初に彼が誰かの為に拳を握ったのは中学二年の時だった。
天条心二と初めて会話を交わした時期でもあり、彼……垣峰守郎の人生を変えた年だ。
「しっかし、テメェも丸くなったなぁ羅亜よ。」
切れた唇から滴る血を拭いながら不良は不気味な笑みをボロボロの守郎に向ける。
「一匹狼が暴れ回ってるみてぇなあん時のテメェとは大違いだ。」
「……何が言いてーんだよ。」
身体の節々から主張してくる痛みが自然と守郎の声音を鋭いものにした。
ーーそうだ。オレはもうあん時のオレじゃね〜。ーー
「女の為に拳を握る、かぁぁ〜似合わねー似合わねー。」
痰を吐き捨て不良は獰猛を含めて守郎を睨みつける。
「テメェは周りのヤツ全てをブチ殺す暴走野郎が似合ってんぜ!!」
タッと地を蹴り不良は守郎へ接近する。能力の身体膨張は両腕に発動している。両腕からの打撃は何としても防がなければ致命傷を食らってしまう。
「……ッ」
守郎は舌打ちを残し不良に向かい接近する。
こちらから飛び込んでくる獲物に不良は嘲笑混じりに右腕を振りかぶる。
「ハッ!血迷ったか羅亜ァァ!!」
「血迷うなんてゴメンだな」
姿勢を低くして守郎は相手のタイミングに合わせるように注意深く不良の全身に意識を向ける。
そう、頑強で凶悪な右拳から繰り出される即死級の打撃が牙を剥くタイミングだ。
「こっちは中学ん時に散々迷ってきてんだ!」
呟く守郎の頭部目掛けて振り下ろされる最早鈍器のようなどデカイ腕。
守郎はギリギリまで足腰に力を溜め込んで全力で後ろへ跳んだ。
冷たい校内の床を思い切り叩き潰す不良は不発に終わった事に舌を打つ。
「ちょこまかと……ッ!」
不良は次撃を放つためすぐさまデカイ右腕を持ち上げる。
標的の守郎へと視線を巡らせる。
こちらへ反撃を食らわせようと接近する金髪の少年はすぐ目の前だ。
「ひゃっはーー!カモォォォォ!!」
同様に膨張させている左腕を蚊を追い払うように横へ薙いだ。
ブゥゥゥン!!と勢いよく空を切る不良の左手。上体を伏せることで見事二撃目を回避する。
大振りな不良の一挙一動僅かな仕草動作は守郎の観察眼と反射神経が容易く見抜く。
「……!」
無言で放たれる守郎の蹴りは不良の膨張した腕に比べると棒切れの様な足を払い、転倒させて隙を突くことが出来る……はずだった。
「……甘ァァい。」
「!?」
不気味な不良の一言。しかし空を切りながら繰り出される守郎の蹴りは急には止まれない。
直前で足までも膨張させた不良のデカく太い足に、蹴りを入れてしまった。
「……がっ、ぐっっ!!」
ゴキュ……と何かが外れる音が守郎の蹴りを放った足から生々しく聞こえる。
守郎は何の付加能力を掛けていない生身の足で鉄壁を纏う不良の足を思い切り蹴ってしまったのだ。
こんなのは鉄板に思い切り足をぶつけるのと同じだ。
無謀にして自暴。
「……この野郎ッ!」
もはや使い物にならない右足首は、立つことも、逃げることも出来ない。
目の前を悠然と立つ巨体の敵を見上げ、睨みつける。
「何だその目は?テメェどういう状況か分かってんのか?」
守郎は歯軋りを立てる。軸足を失った今。再び戦うのは不可能だ。
これが自分の限界。
ひっくり返しようのない実力差だ。
『オレらが諦めたら…誰が…誰が助けんだよ!!!』
記憶の奥底から、声が聞こえてくる。
その当時の情景が頭の中で再生されていく。辺りは闇夜が降り立ち生い茂る木々の元で、普段の柔和な顔立ちからは想像できない鋭い目付きで睨み付けてくる心二。
(・・・・・あぁ、こりゃ夏休みン時の)
守郎は思い出す。
夏休みの拉致騒動の時、諦めの言葉を呟いた守郎を殴った心二。
もしこの場に彼が居たのなら、きっと似たような事を言うのだろうか。
もしこの場に彼が居たのなら、平然とこの状況を革命出来るのだろうか。
「誰が助ける・・・・・か。」
「あ?」
目を伏せて呟く守郎に不良は何事か聞き返すが返答らしき言葉はない。
その代わり、静かに凶悪な笑みをこぼす。
「・・・・・心二、今回はもう助けいらねーみてーだ」
「さっきから何言ってんだテメェ」
トチ狂った発狂者に止めの一撃を下す為、巨大な右足を守郎の眼前に翳す。
足の影が守郎の顔面を覆う。いつ蹴り殺されてもおかしくない状況下にあろうとも守郎は何の抵抗もせずに、ただ、一言。
「……革命してやるってんだよ。」
守郎の言葉と同時、物凄い勢いを伴いながら李女は水圧砲射を放つ。しかし名の通り大砲の様な水砲弾はゴォォォォと空気を圧し潰す物音を立ててしまっている。当然不良は振り返り、対応する。
「・・・・・おいおいまだへばってなかったのかよ。何度やっても同じだっての」
余裕を持って前方から迫る射撃を叩き潰さんと馬鹿デカイ拳を握る。
慢心を持って満身の力を拳に込める。負けの文字なんてこれっぽっちも想像などしていなかった。
・・・・・この瞬間までは。
「・・・・・!?な、何だと!?」
不良の拳は迫る大砲を叩き潰せず、そのまま頑強な腕を貫通し、胸に風穴をも開けた。
不良は驚愕で口をパクパクさせていた。状況
が理解できていないようだ。
何故絶対防御のこの身体に穴を開けることができたのか。
さっき叩き潰せた攻撃が、何故今回は叩き潰せなかったのか。
答えは圧力。
例えば指に同じ力で消しゴムを押し付けられるのと鉛筆を押し付けるのとでは、どちらが痛いか。
勿論鉛筆だ。接触する面積が鉛筆の方が小さいからという簡単なお話。
なら・・・・・と李女は手元に飛んできた由美の奪われた刀を使った。
正確には、水圧砲射の先端に由美の刀を添えておく。
常時から桁外れの水圧砲射の圧力は面積が小さい刀の先端に全て掛かり、かつて無い貫通力を生み出した。
新しい必殺コードなどいらない。応用力はいつだって常に人類を支えてきた。
低い呻きを最後に、不良は完全に静止した。
「ふぅ・・・・・勝ったな。」
疲労を無理やり引っ込め、由美と守郎に笑みを向ける李女。
「李女ぁぁぁぁ・・・・・!」
震える声音を振り絞りながら由美は涙を浮かべる。歓喜のあまりフラフラの李女に抱き着く。
「・・・・・ゆ、由美ちゃん。」
「良かった、良かったぁ・・・・・」
二人の抱擁の声音を聞きながら守郎は強烈な眠気に襲われていた。
血を失いすぎた。本来ならいつバーチャルシステムから切断されるか分からなかったのだ。決着まで持った自身の精神力を讃えるべきなのかもしれない。
「・・・・・おい、羅亜。」
「あ?」
突然かけられた声。それは力尽きたかと思っていた不良は痰を詰まらせた様に篭った声だった。
まさかとは思った守郎は顔を上げ不良へ目を付けるが、自分と同じくもはや身体を動かす程のHPも残っていないようだった。
「お前、本当変わったと思うぜ。」
「・・・・・そりゃどーも。」
何を思ってそんなことを言うのか。いや、特に意味なんてないのかもしれない。暴君だった守郎の変化を目の当たりにして彼の素直な感想だ。
守郎自身かつての自分に関して、今更ごちゃごちゃ言われたくないので素っ気なく相槌を打つ。
「なぁ羅亜よ。」
「その羅亜ってのやめろ。」
いい加減耳障りな呼ばれ方を訂正すると不良は微かに笑みを浮かべた。さっきまでの凶悪で下卑た笑みではない。清々しいほどに爽やかな笑み。
「んじゃ、お前名前は?」
「垣峰守郎。」
「んじゃ垣峰よ・・・・・」
目一杯間を取った彼の一言は、覇気のない声音だった。必死に迫り来る眠気に抗う様な。
「・・・・・オレも変われるか?」
予想に外れた彼の言葉に守郎は返事をつまらせる。まるで過去の自分を見ているような気分が、どこか気味悪い。
「・・・・・変われんじゃねーの、とりあえず不良集団との関係切ってよ。」
動かなければ現状なんて変わりはしない。ほとんど可能性がゼロに近くても、やらなければ確実な0ゼロなのだから。
いつの日か心二に勧められた漫画の名言を思い出す。
「ま、そんな顔出来んなら心配ねーよ。」
いつの間にか不良だった彼は寝息を立てていた。その表情は実に綺麗な顔をしていた。
希望ある未来へ・・・・・温かい未来へ歩き出そうとする青年を見送って、守郎も瞼を閉じる。
現実世界で目を覚ますのは何時間後だろうか。起きる頃には、この騒動も収まっているだろうか。心二。優璃。奏也。奴らは大丈夫だろうか。
未練は数多いが、悔やむ間もなく守郎の意識は微睡みへと落ちていく。
「守郎!守郎!」
「垣峰、大丈夫か?」
今更のように聞こえくる彼女らの声は、どこか遠く温かかった。
「すごく・・・・・強いです」
立ちはだかる不良達を呆気なく倒してしまう紅空の無双っぷりを見ての添神早苗の感想だ。
汗一つ流さない危機皆無の圧倒的殺戮は流石上位成績優秀者。
「あらそう?」
うふふ、と上品に微笑べながら紅空は早苗の元へと歩いてくる。
ひとまず各学年の教室が並ぶ別館を調べ終えた紅空と早苗だが、探し人の雨凪を見つけることは出来ないでいた。
時間が経つにつれ、出逢えない雨凪の安否を思うと不安に押しつぶされそうになる早苗。
その視線は常に地面へと向けられている。
「あらかた別館は捜し終えたね。本館に移る?」
紅空が曲がり角越しの死角を指差して尋ねる。
確か曲がり角を進むと今居る別館から本館へと移る渡り廊下が伸びている。
「あ、そうですね。そう・・・・・しましょう。」
中庭を一望できる渡り廊下ではあるが、今はそんな気分にもなれない。昨日までは、桜南祭で賑わう生徒たちを渡り廊下から見渡せたのに。今は生徒の影すらもなさそうだ。
本館に雨凪がいる事を祈りながら、ふと早苗は中庭を見下ろした。
「・・・・・。」
最初は、それが誰か分からなかった。
自分の探す友達に似た人が無惨な姿で横たわっている。
しかしそれは決して他人ではない。再び目を凝らして、両足を切り取られた女子生徒の顔を確認する。
「・・・・・れ、雨凪?」
ガクガクと震える足。立っていられない早苗は手すりにしがみついて、覗くように再度目を向ける。
「早苗ちゃん?どうしたの?」
様子がおかしい早苗に気付き前を歩いていた紅空が引き返してくる。早苗は紅空に目も向けず目の前の現実を受け入れた。
紛れもない。絶対的にあの両足を切断されて倒れているのは、1時間ほど前に姿を消した流星雨凪だった。
彼女の周囲には件の侵入者と思われるガラの悪い男数人。恐らくは雨凪に牙を剥いたのはあいつらなのだろう。
「・・・・・ーーけなきゃ。」
「へ?」
顔を伏せる早苗の口から予想外の声音が漏れる。味方にさえも噛み付きかねないその危なげなオーラを放つ早苗はフラフラと手すりから離れる。
「・・・・・助けなきゃ。」
起動のスイッチが入ったみたいに急発進する早苗は渡り廊下を駆け本館へ向かう。
「どうやら見つけちゃったのね。無惨な姿になった後に。」
紅空はさっきまで早苗が手すりに身を預けていた所から中庭を見下ろし状況を把握する。
「何も出来ずに大切な人が傷付けられるのは辛いもんね。」
夏休みの一件を思い出しながら紅空は拳を握る。自分の知らぬ所で、知らない間に犯された悲劇の少女の名を紅空は知っている。
彼女と共に過ごした中学時代の青春を知っている。
スイッチが切り替わる様に冷たい目を瞬き、紅空は走り去った早苗の向かった先、中庭へと向かう。




