#77 エピローグ:古旗由美の隠しゴト
店内のクラシック音楽が心地良い時間を演出するはずが、心二達の心境は穏やかではなかった。
ひょんな事から始まった身内同士の暴露大会。
桜南祭で起こったトラブルやらを語ろうではないかという会合は早くも三人目。
……爆弾は投下された。
「……え?優璃ちゃんえ?どゆこと?」
引きつった笑みを消さないように心二は優璃に再度聞き返す。
真顔でその言葉を受け止めてしまっては、優璃の冗談を受け入れる事が出来なくなりそうで、怖かった。
聞こえなかったのかな?とばかりに優璃は再び暴露する。
「だから、女の子とベロチューしたって」
「はっはっは、ど、どうせくーちゃんとってオチでしょ?くーちゃんはノーカンだからね。」
由美は涼しい表情を浮かべながら肩をすくめる。
忘れがちではあるがくーちゃんこと深海の故郷は米国である。
深海曰く、その地域ではスキンシップに口付けを交わす習慣があるらしい。
深海と知り合った当初はいきなり金髪美少女にキスとかされた優璃は顔を赤くして倒れた事もあった。
そう言えばそんな深海のキス癖も最近では一切見られなくなった。日本に慣れてきた、という事だろうか。
「くーちゃんとじゃないよ〜。大体くーちゃんとだってベロチューしたことなんてないよ」
ベロチューベロチューとうるさい奴である。お前の口をベロチューで塞いでやろうか!なんて気になってしまう心二はそろそろその優璃とベロチューした女の子の名を尋ねることにした。
「で?結局……誰とチッスしたの?」
表面上は興味なさげを決め込む心二……ではあるが、内心ドキドキである。男とじゃないにしろ、ベロチューである。
同性であっても普通に抵抗はあるだろう。
優璃から発せられるであろう女の子の名前に耳を傾ける。
「雨凪だよ雨凪」
「れい……な?誰それ」
真っ先に反応する由美。心二を除くみんなも同じような反応だ。
「あ?そーいや優璃、フロンティア決勝前にそんな名前の奴のこと探してたよな?」
守郎は目元を鋭くしながら記憶を辿る。
「あー!確かに言うとったわ、そんで屋上にいるとか守郎が言うから託巳が屋上行ってんな」
まぁ嘘やってんけどな、と奏也は皮肉げに付け足す。実際は体育倉庫前で倒れてるところを放ってきてしまったのだ。流石に誰かに起こされてるだろうが。
……起こされてるよね?
というか何より驚いているのは心二だ。
「お前ら、そんなに仲良かったのか。」
心二が初めて優璃と雨凪が知り合いだと知ったのは堅志との戦闘中の時のことだ。
確かに思い返せばラブラブしていた感はある。
「勘違いしないでほしいけど、知り合ったのは今日だし。それにベロチューだって好意的なものじゃなくて殺意的なものだったの。」
「「もうお前何言ってんだよ。」」
思わず守郎と陽志のダブルツッコミが炸裂する。
殺意的なベロチューって何かしら。
「だから〜勝つためのベロチューなんだってば」
「優璃は一体何と戦ってんねん……」
「もう放っておこう!こいつはもうダメだ!」
もう見るに堪えない心二は話を変えることにする。
「優璃、あとで詳しく。」
由美はこっそりと優璃に耳打ちする。……まぁ友達としては気になることなのだろうか。
心二としては何やら冷ややかな表情をしていたことがやけに気になる。嫉妬?まっさか。
「次……私なんだけど。話すこと、特にない。」
くーちゃんこと深海の出番は、話題の無さが災いして次の話し手へと順番が飛んだ。
「私も……あるとしたら桜南祭を寝て過ごしてしまったくらいか。」
次の話し手である李女も特に無いみたいだ。心二を庇って堅志からキツい一撃を受けてしまった故である。
「ごめんな李女。」
「謝らないでくれ、大したことじゃない」
あいも変わらず凛々しい笑みで微笑んでくれる李女。りなたんは、カッケーんすよ。
「悪い、オレも寝てたから特にないな。」
陽志も話題に困っていようだ。話に聞くと成績優秀者狩りの主犯に襲撃を受けた様だ。陽志でさえ勝てないとは、やはり相当な手練れなのか。
となると、残るは一人。
「うち?最後か〜、ハードル高いねぇ」
困り顔で由美は前髪を弄る。
どうやら話題はあるようだ。
「確かあれは昼前……」
由美は指に絡めていた前髪を解いて、話を始める。
唐揚げ棒を購入するため数ある出店フロアであるグラウンド前へと一人赴いていた由美はふと焼き鳥の屋台が何事かやらかしたらしいことを守郎が言っていた事を思い出す。
「そう言えば、焼き鳥屋どうなったのかな」
実際何をやらかしたのかは定かではないが、集合場所である中庭へ戻っても今は誰もいないし、暇つぶしに行ってみることにした。
焼き鳥屋は確か校門前だったはず。
近道のクラブハウス裏の路地を経由して校門前へと向かう。
噂では人気のない裏路地や校内で成績優秀者狩りなる者たちの襲撃を受ける事件が多発している影響で、こうして周囲には運営側の生徒が巡回を行っている。
……とは言え、クラブハウスの裏路地は結構広い。先に見える曲がり角を曲がればすぐに校門へ出るがさらに奥へ行けば裏門まで行ける。
正直裏路地での成績優秀者狩りによる襲撃を完全に防ぐのは何十人規模の見回りを配置しないと難しいかもしれない。
そんなこの裏路地は基本左右を部室の壁やフェンスで囲まれている。
フェンス越しは校外であり川を挟んでいる散歩道は殆ど無人で寂しい光景だ。
……しかし由美は見てしまった。
少し前方、向こう岸から川をジャンプで飛び越え、フェンスに引っ掴み校内へ侵入しようとする男三人の影。
影というか丸見えではあるが。
恐らく学園祭の賑やかな生徒たちの声に当てられこっそり侵入して荒らしてやろう……なんて悪事を起こそうとしているのだろうか。
見た目が強面ばかりなのでそんな予想をしてしまう。
そんな侵入までしなくても、明日の桜南祭は一般公開だから明日にすればいいのに、と。
由美は親切心から侵入を試みる彼らに教えてあげることにした。
「え、えっと〜!今日は一般非公開なので明日また来て欲しいんですが!」
由美の声にフェンスにしがみ付く三人が振り向く。
金髪の巨漢にスキンヘッドのハゲ、右眼を前髪で隠された陰気系ヤンキーが声を揃えて「あ??」とガンを飛ばす。
「……って、あ?アンタ確か心二のダチの」
すると目を丸くしながら陰気系ヤンキーが由美の顔を凝視する。
「……えっ、知り合い?」
由美は小声で思わず漏らす。
マズイことに由美はこの三人の顔に一切心当たりがない。
心二の名前が出てるし、心二の知り合いなのは明らかなのだが。
「……おい音、向こうは知らないみてーだぞ。ってかオレも知らねーよ」
金髪の巨漢が『オト』と呼ばれる陰気系ヤンキーに尋ねる。
「大空覚えてねーの?オレ覚えてるぞ?アレだろ、黒翅騒動ん時拉致られてた女だろ?」
今度はスキンヘッドハゲが日光を反射させながら身を揺らす。
眩しい……威嚇か!?
「……あぁ、もしかして守郎のダチか」
「だから心二達のダチつってんだろ。」
三人は合点がいった様で、由美に視線を集める。
「丁度良かった嬢ちゃん、とりあえず表の校門開けてくれや。」
「いや、だから今日は非公開って言ってんじゃないですか。」
「頼む、この態勢キツイんだってよ!」
ガシャンガシャンとしがみ付くフェンスを乱暴に揺らす。
これはまるで檻の中に入っているゴリラの様で面白い。
「……おい今さっき失礼なこと思わんかったか?」
「ひぃ!?思ってません!」
「……んっ、まぁ本当にキツイからさ、とりあえず落ち着いて話せるところとかないかな?フェンス越しでもいいからさ……」
との事なのでオトと呼ばれる彼の言うとおり裏門へと案内した。
「さて、そんじゃどっから話そうか」
「ちょ、顔怖いんですけど」
裏門の門越しに対峙する由美とヤンキーグループ。
裏門へ向かう途中に気づいたが、どうやら彼らは由美達が拉致されたあの夏休みに関係のある人達らしい。
優璃からは大体の事を聞いていたが、助けてくれた不良グループの顔や名前までは聞かされていないし、終始惚けていた由美は知る由もない。
「黒翅の奴らが攻めてくる。」
「へ?」
唐突に打ち明けられた物騒事に由美は思わず聞き返してしまう。
「あんたらを拉致った奴らが名のある不良グループを丸め込んで攻めに来るって言ってんだ。言わば不良連合軍的な。」
何この不良漫画的な展開。
「……桜南祭一般公開は明日。つまり……」
明日、この桜南祭は戦場と化す。
そういうことなのだろうか。
「心二にメッセ飛ばせばよかったんだけどよ。何せ急に仕入れた情報だったからな。そっか、今日は非公開で学園祭してんのか。」
彼らは納得すると無駄足だったとため息をつく。すると彼らはわざわざ桜南祭に迫る魔手を知らせるために6駅分もの距離からやってきてくれたわけなのか。
「じょ、情報ありがとうございます。でも……」
由美は眉根を寄せながら言葉を紡ぐ。
「……ま、だろうな。」
由美の話を聞いて守郎は頷く。
「由美の言う通り、大丈夫だ。」
え、え??と李女や奏也は頭を傾げる。
「ってことは、学校側に知らせんでもええってことなんか?」
見た感じ奏也は心底不安がっている様だ。ただでさえ黒翅のメンバーは夏休みに乗り込んだ時点でもかなりの数だったのだ。
それより更に別の不良グループも加勢するとあっては、かなりマズイ展開だろう。
「だって、学校側に知らせたら明日の桜南祭確実に無くなるだろ?それはヤダ!」
子供みたいな言い分の心二に口元を引き締める李女。大人の対応としては桜南祭の開催を延期してでも平和にやり過ごすべきだ。
「……でもでも、大丈夫だって〜。」
優璃は能天気に自信の根拠を言葉にする。
「桜南生徒会に風紀委員がいるんだし!」
桜南の生徒であれば充分に理解している筈だ。
フロンティア決勝を飾った如月雫率いる生徒会。
青山礼愛を始めとする校内の暴力事件を鎮圧する風紀委員会。彼ら以外にも腕の立つ生徒は数多い。
「もしもの時は、オレらも加勢するし!」
腕を捲る心二は復讐心に心を燃やしていた。
夏休みの旅行を台無しにされ、桜南祭までもを奴らに潰されようとしている。
奴らに合わせて桜南祭の開催を見送るなんて屈辱は嫌だし、黙って桜南祭を潰されるのも御免だ。
「……あっちからやって来てくれるんだ。潰し損ねたこのイライラを発散するいい機会じゃねーか」
守郎の言葉に全員が同感した。
拉致された彼女たちはやられっぱなしなのだ。出来ることなら何倍にもしてやり返したい。
イライラがこみ上げてくるのが嫌なほど分かる。
「……ま、事が起こらない限りは明日も存分に楽しもうぜ」
な?と陽志は言いながら席を立つ。
そろそろ帰るに頃合いな時間帯だ。
「よっし!明日も楽しもうーーー!!」
優璃のテンションに当てられみんなも笑顔を浮かべる。
明日に迫るのが危機だとしても、今はそれについて考えるのは止そう。
それが彼らの結論だった。
「そーいや姉ちゃん」
「ん?」
就寝前の心二部屋にて紅空は大の字に寝そべりながら台本を読みふけっていた。
恐らく明日の『芽吹姫』とやらの演劇の台本だろう。
「姉ちゃんってセリフある役だっけ?」
夏休み中に演劇の練習で学校に通う姿は何回か見かけたが、その当時紅空の口から『空を駆け回るだけの天使役』だと聞いていた。こんなに台本を読みふけらなくてもいいんじゃないだろうか。
「あ〜配役変わっちゃってね、主役になっちゃった」
「へ〜」
まぁ基本ハイスペックな紅空の事だ。特に問題ないのかもしれない。
「……姉ちゃん、あのさ。」
心二は一つだけ案じていた。
もしも、劇中に黒翅が攻めてきたとしたら。
劇を台無しにしてしまったら。
ましてや相手が黒翅だ。紅空からすれば先輩を犯した連中、言わば仇とも言える連中なのだ。最夏先輩のお見舞いの時に見せた紅空の悪鬼が宿ったような表情から察するに、今でもあの怒りは忘れてはいないだろう。
紅空の事を考えると、なるべく彼女を黒翅に近づけたくない。
それならやはり明日の桜南祭を延期にすべきなんだろうが、それは所詮一時的な逃げなのだ。
必ず奴らは心二たちに仕返しすべく奇襲を仕掛けてくるのだろう。
出来ることなら明日で全てを終わらせたいのだ。
「なに?」
台本から覗かせる瞳は純粋そのもので、本来の言葉を言い出せなかった。
「……劇、頑張れよ」
代わりに発した言葉に紅空はフフンと鼻を鳴らして立ち上がる。
「任せなさい!とくとお姉ちゃんの演技を見るといいわ」
言いながら手を振り部屋を出る。
もう時間も遅い。
さっきまで紅空がいた扉に手を振り返し、電気を消した。
心二を纏う闇は、夏休み優璃たちを探し駆け回った森の暗さと比べれば可愛いくらいの明るさだった。
……由美は一つ隠し事をしていた。
路地裏でのオトこと木場音祐達との一件直後。案内した裏門へ向かおうとした時だ。
確かに聞こえた。
黒翅なんかよりも不穏を感じさせられる裏の掛け合いが。
「……あぁ、上々だ。奴も上手く人間に紛れられてるみたいだしね」
ゴクリ……。
息を潜ませて壁越しの男の通話会話を盗み聞く。
「あと数ヶ月ってところか。奴らが動き出すまで、精々オレらも上手く潜伏するさ」
人間に紛れる?潜伏?あと数ヶ月で何が起きるのだと言うのか。
不気味な恐怖が由美の全身を襲う。
後ろ姿で顔が見えない彼が何者か、知るのが怖い由美は急ぎ足で裏門へ向かいその場を後にした。
まさか、このやり取りがあの大事件の予見だったとは、思いもしなかった。
残酷な悲劇まで、あと数ヶ月。
今回で今シリーズを畳むことにします。
このシリーズは雫と礼愛の過去を明かすまでがこの第7シリーズ運命一会編です。
次回から黒翅との学園戦争編を描いていきます。
恐らくこれが長編最後になるのかな。
多少は今回みたいな短編的なエピソードは混ぜるでしょうが。
目指すは#100で完結です。
最終章は何十話も掛けて新タイトルでの連載になるのでそちらの方もよろしくお願いします。
タイトルは「バ革命◯◯」と元タイトルに何文字かを付け足す形になりますかね。
遂に今回で最終章に向けての重大な伏線も張ってしまったので本当にこの作品の終わりに近づきつつあります。
あと補足として今回の由美のシナリオは#68周辺時期の話です。
是非読み返し等オススメします。
さて、ラストスパートまであと少しです。
では、第8シリーズ「結集の絆桜編」へと続きます。
最後の長編、まさしく祭りの様にキャラ達に大暴れしていただきましょう。




