#76 太刀川奏也の受難
「あぁ……どうして!どうしてなのチンさん!貴方は私を置いてどこへ行ってしまわれるのですか!」
「オマン、仕方のない事なんだよ?僕だってオマンと一緒にいつまででもラブ・ホーヌで暮らしたいんだよ?」
二人の掛け合いにフムフムと頷き仮演技指導を務める天条紅空は台本に目を滑らせる。
……滑らせちゃってるのかよ。
「ストップー!えとえと、カグさっきのラブ・ホーヌの所、もっとヌの発音控えめで!ってかもう言わない感じで!」
「え、わ、わかった。ラブ・ホーで暮らしたいんだよ?」
「んー!ラブとホーに間を空けずにもう一回!」
「ラブホー!」
「違うラブホ!」
「ラブホ!」
「ラブホ!!」
「ラブホ!!」
「ラブホ!!!」
「ラブホじゃないだろうこのラブ・ホーーーヌッッッッ!!!」
パシーン!とハリセン改め丸めた台本ソードが変態オーダーを出す紅空の頭にクリーンヒット。
実に気持ちのいい打撃音が教室に響く。
「痛っっ……くはないけど何すんのよ紗夜!」
「こっちのセリフだこの痴女!輝夜に変な演技をさせるな!」
二撃目の台本ソードを構える朱緋紗夜に紅空はシュン……と引き下がる。
「だって……ラブ・ホーヌって、もうラブホって言ってるようなものじゃない、主人公のチンさんもヒロインのオマンも。これ絶対」
パシーン!!と紅空の頭に更に一撃。
「私だって元が酷いのは分かってる。だから悪化させるな。」
紗夜は言い終えると、演劇の通し稽古の席を外していた理由である追加で刷られた台本を紅空に手渡す。
「おふざけ監督ごっこお疲れ様。さ、練習だ、紅空……いいや、チンさん。」
「了解です。」
敬礼した後、紅空は代役のチンさんである蓮沼から衣装を譲り受ける。
「……ごめんな天条。オレのせいで」
申し訳なさそうな表情の蓮沼に紅空はてへっと笑顔を向ける。
「いいっていいって!私だって体育祭の日休んじゃったし。ちゃんと弔って来るんだよ?」
「あぁ!」
さてと、そそくさチンさんの衣装に身を包んだ紅空は意気揚々と胸を張る。
「よし!そんじゃ始めましょうか!」
突如キャストチェンジというトラブルに見舞われた2年3組は、明日の演劇成功に向けて再び一歩を踏み出した。
突飛な優璃の提案で開かれることになった桜南一年生暴露大会は近場のファストフード店の一席で会されていた。
「それじゃー早漏くて短小さい心二から」
「ポテト引いただけで何でそこまで言われなきゃいけないんだよ!ってかその悪意のあるルビ振りは何だ!?ポテトが小さいだけだ早漏じゃない!」
疲労が溜まっているはずの優璃はいつもの如く平常運転。それと同じ様に心二のツッコミも絶好調だ。
さてさて、そんな暴露大会は一番小さいポテトを引いた心二がトップバッターとなった。
「んじゃ、オレからだな。オレは〜〜……」
語尾を伸ばしながらオレは今日一日を振り返る。
やはり、印象深いのはこれまで不登校で関わり合いのなかった綾瀬堅志との衝突だろう。
生徒会長、如月雫をターゲットに襲撃してきた堅志を紅空戦でへばっていた身体に鞭打ちながら心二は負傷した雫を背負い疾走。
中々に動き回っていた一日だった。
「……何だ、そんだけかよ。」
一通り話し終えた心二に守郎は失笑混じりに返す。
「そんだけってなんだよ!大変だったんだぞ!」
摘んでいたポテトで守郎を指しながら食ってかかる。
「はいはい、んじゃ次に短小さいポテトの持ち主は〜」
何か含みのある『小さい』の言い方が気になるが、特に突っ込みを入れることなく二番手に小さいポテトに該当する人物が挙手する。
「わいやな」
引いたポテトを食べながら外見美少女の男の子、太刀川奏也は何故か沈んだテンションだ。
「奏ちゃん大丈夫?」
「奏也ちゃん言うな。……大丈夫や、っていうかちょい聞いてほしいくらいやねん。」
奏也は遠い目で天井を仰ぎながら話し始める。
そう……あれは、相談室の店番の時の話だ。
「昼頃、店番してるわいの元に訪れたんは、一人の女の子やった。」
高校生男子にしてはやや高い声音で奏也は自身の経験した出来事を紡いでいく。
コンコン、と扉越しのノックを聞き漏らさなかった奏也は接客ボイスで入室を薦める。
「どうぞお入りください」
数秒後、控えめに扉をスライドさせる物音。
開かれた扉から顔を覗かせるのは綺麗な漆黒の前髪を真ん中で分けられ、彼女の幼い顔立ちはオドオドした印象を奏也に植え付ける。
「そ、そんじゃこちらの席へどーぞ」
手で目の前の机と椅子を指しながら相談者の女の子に着席を促す。
「は、はい。よろしくお願いします。」
見た目通りやはりか細い声音の彼女は丁寧にお辞儀をする。
最下級生の奏也としては、何だかこちらまで固い姿勢になってしまう。
彼女は何年生なのだろうか。
「えと〜、とりあえずお名前と学年を教えてもらえるかいな」
手元の来客者記録用の『学級タブレット』に指を添える。
「は、はい。わ、私はご、護道孤夏、い、一年生です。」
しきりに言葉を吃らせる彼女の名は護道孤夏と言うらしい。
か、か、か……
「かっこええ……」
「え、え?」
思わず溢してしまった感想に奏也は慌てて口を両手で覆う。
「!?いや、何もないよ!」
平静を装いつつ、手元の学校タブレットに来客者、ゴドウコナツの文字を打とうとする。
「あ、ごめんな、ゴドウコナツってどんな漢字書くんや?」
奏也の問いに孤夏はえとえと……と頭の中で分かりやすい説明文を構築させた後両手の人差し指をクネクネ絡ませながら口を開く。
「しゅ、守護の道。孤独な夏、と書いて、ご、護道孤夏です。」
「やっぱかっこええ……!」
「え、え?」
「あぁ、いや!何もあらへんよ〜」
素早いフリック入力で『護道孤夏』の名を打つ。
やはりカッコいい。
全体の字体も発音も。
ただ奏也個人的には孤夏の『孤』をあえて画数の少ない『小』とかにすると更にバランスが取れてカッコいいと思う。
……護道小夏。
うん、悪くない。
そんな妄想を捗らせる奏也に孤夏は恐る恐る声をかける。
「あ、あの〜、ここはお悩み相談室でいいんですよね?」
身体をモジモジさせながら尋ねる孤夏を視界に入れ、慌てて姿勢を正す。
妄想が捗りすぎて危うく自分の仕事を忘れるところだった。
「そやで。んで、相談というのは?」
慣れた様子で接客する奏也。かれこれ相談者を捌くのはこれでもう20人目だ。
アルバイトで接客することも間々ある奏也にとっては最早慣れっこなものである。
「は、はい。あ、あの〜お、お悩み……なんですけど……」
恥ずかしそうに孤夏は豊満な胸元に両手を添えて、一言。
「む、胸を!へ、減らしたいんです!」
「何その妬ましい相談!くぅぅぅぅ」
唐突に吸っていたシェイクを机に乱暴に置くと古旗由美は奏也の回想に口を挟む。
「おやおや由美ちゃん、嫉妬?嫉妬なの?」
横から優璃はポテトを口に咥えながら意地の悪い笑みを浮かべる。
「李女!」
由美は助けを求める様な視線を菜川李女に向ける。
「この巨乳野郎は私たちに喧嘩を売った!これはミルクを奢ってもらうしかない!」
「……ミルクを……飲めば……大きく……なるのか……」
今にも消え入りそうな声音で李女は分かりやすく気分を沈める。
「ほ、ほ〜ら優璃!李女が落ち込んでる!」
「ご、ごめんね李女っち〜!ほら、ミルク奢ってあげるから」
んっんっん……と強調する様に咳をする奏也。
「話の途中やねんけど……」
「李女、私のミルクをあげる。」
傷心の李女に弥富深海からミルクからの飲みかけのホットミルクを授けられたところで、奏也は話を進める。
彼女の悩み、というのは言葉通りの意味でおっぱいを控えめにしたい……ということであった。
当然奏也は混乱していた。
……何故、こんな気の弱そうな女の子のデリケート中のデリケート、THE MOST デリケートな相談を男の奏也に話しているのか。
それがどうしても気になった奏也は、相手を傷付けない様に言葉を選びながら思い切って尋ねてみた。
「えと、初対面のわいにそんな相談してよかったんかいな」
すると彼女はこう答えた。
「そ、そんな!一年生の『御日様美少女(サン・キューティー』と校内で噂される奏ちゃんがご、ご謙遜を」
「校内で噂されとんの!?ってか何やねんその恥ずかしい二つ名!?」
奏也は……理解した。
もしかしたら孤夏は、自分を女の子と勘違いしてるんじゃないか?と。
噂が勝手に一人歩きして、彼女に間違った情報を与えてしまったのだ。
……というか奏也としては太刀川奏也は美少女!なんて噂が一人歩きしてる事が堪らなく怖い。
普段なら男子の指定制服を着ているので奏也が何も言わずとも「なんだよ男じゃん」となるだろうが、今の自分の衣装は占い師コスプレを纏っている。
ぶっちゃけ、一目見ただけで男だと悟るような人の方が少ないだろう。
事実孤夏は、今現在奏也を完全に噂の御日様美少女(笑)と認識している。
これは、困った。
男の奏也に何の助言が出来ようか。いやそもそもおっぱいを減らす方法なんて存在するするのだろうか。
奏也は解決より妥協のアプローチを取ろうと柔らかい笑みで優しく尋ねる。
「せやかて何でや?おっぱいあった方がええやろ?」
男が言ったら即セクハラになりそうな言葉だが、外見美少女の奏也だからこそ不問にできる芸当だ。
「わ、私……男の人がき、嫌いなんです!いつも私の胸ばかり見てきて……む、胸目当てで告白してくるような人もいて……。胸のせいで襲われたことも……あって」
内心、奏也はビクビクしていた。
男が嫌い……そうです、か。
「わい、男やねんけどなぁ……」
……とは、今更口が裂けても言えない。
この密室状況。
目の前の御日様美少女(笑)と噂される女の子が実は男だと発覚してしまえばとんでもないトラウマを孤夏に与えてしまうことになる。
奏也としては結構タイプな女の子の部類に当たる孤夏に無駄な意地悪をしたくはない。
「そ、そっかぁ。大変やな。わぃ……わたしはあんま分からん悩みやけど確かに自分のデリケートゾーンだけに興味を持たれんのはイヤやんな。」
視線を手元の水晶玉に落とし、さも本職の占い師さながら、水晶玉から人知を超えた何かを見ようとする。
当然ながら奏也には何も見えはしない。
しかし見ようとすること……その行為は決して無駄なんかじゃないのだ。
こうして相手に自分の占いの信憑性を持たせる事だって出来る。
「孤夏ちゃんは魅力的や。確かに身体目当ての男なんていっぱいおるかもしれん。せやけど、ホンマに孤夏ちゃんを真摯に好きでいてる奴の事がいるってことは忘れたらあかんで。」
言いながら奏也は懐から一枚の紙切れを取り出し、孤夏に差し出す。
「こ……これは?」
首を傾げる孤夏に奏也は優しい声音で返す。
「わたしのプライベート番号や。何かあったらすぐ連絡しいや、すぐ助けに行くで。」
トゥンク……。
恋に落ちた音が聞こえた気がした。
「……え、要するに……え?」
話し終えた様に奏也は一息とばかりにシェイクを啜る様子を見て心二はハテナを浮かべる。
この手の話に関しては察しのいい女子陣はどうやら既に理解しているようだ。
「はー、ナルホドね〜」
「ひゅーひゅー」
煽る優璃と由美、無言でニヤける深海と李女。
「いい話じゃんか。」
ポテトを摘みながら普通に感想を述べる心二を守郎が嘲笑う。
「そうだな。いい話だな。」
「……おい守郎そのムカつく目をやめろ」
「それで奏ちゃん、どうするの?」
「いや、どーする言われてもなぁ……」
女子陣プラス奏也は心二には最早追いつけない話の展開を見せていた。
「……なぁ陽志。こいつら何の話してるの?」
付いていけない心二は陽志に何事か尋ねる。
「だから、奏ちゃんがその孤夏って相談者に告られたって話だろ?」
「え!?いつからそんな話に!??」
ーーっていうかその孤夏ちゃんって子は奏ちゃんの事を女の子だと思ってるのに、告白されたってどういうこと?
キマシ?キマシタワーが建つの?ーー
心二の脳内はハテナでいっぱいであった。
「明日の文化祭、一緒に回ろう言われてんねんか。……せ、せやからそん時ホントのこと言うわぁ……ずっと隠し通せるわけないし」
顔を青くしながら奏也は項垂れる。
そうとう責任を感じているらしい。
……女の子に女の子が告白するって、本当にあるんだなぁ。まぁ同性婚が認められてる世の中だしなぁ。
「……まぁ、何か話したら楽んなったわ。明日、頑張ろ」
かくして、奏也の暴露パートは静かに終わりを告げ続けて三番手の話し手が挙手する。
「あたしだね!」
にっひっひ、と白い歯を見せながら優璃は可愛く笑ってみせる。
「何だ?ヤケに面白い暴露ネタがあるってのか?」
守郎が興味なさげに頬杖をついて尋ねる。
だがしかし、そんな守郎を見ても優璃はテンションを下げられることもなく引いたポテトを咥える。
「……もう、冷たいねこれ。」
「当たり前だろ、皆もう食べてるよ」
言うまでもないポテトを口にした感想を溢す優璃に珍しく陽志が反応する。
「それで?優璃ちゃんの暴露話は何なのだ?」
深海のホットミルクを飲み終えた李女はいつもの凛々しい表情で眉根を寄せる。
やはり自信満々と腕を組む優璃は第一声から聞き逃せない一言を口にした。
「あたし、女の子とベロチューしちゃった。」
「…………ん?んんん???」
ここからずっと百合……じゃなかった優璃のターン!




