#74 如月雫vs.青山礼愛
幕を開けたフロンティア決勝戦は初めから互いにフルスロットルで攻撃を繰り出していた。
礼愛の両手剣は確実に雫を刻むべく振るわれる。
躱して、翻して、避けて。
それでもダメならスキルを使う。
雫のランク3システムスキル、炎拳纏いが両腕から噴き出す灼熱の炎が接触しかけた両手剣の刃先を溶かす。
「……む、案外あっさり溶けてしまうな」
振り切った刃先の溶けた両手剣を前に構えながら飛んでくる雫の拳を迎え討つ。
「全力の火力嘗めんなよ。そんで容赦はしねぇ。」
灼熱を纏いながらの右拳は空気さえ焦がす熱。そんな豪炎が礼愛を襲う。
さっそくの窮地にも関わらず、礼愛は至って冷静に雫の拳を見つめる。
「あぁ、容赦はするなよ。」
同時に礼愛と雫の間に出現したのは美しい氷の壁だった。
構わず雫は氷の壁を殴る。
パキッ……と板チョコを割ったような軽い音が聞こえた、しかし貫通せず。
「ンのっ野郎!」
続けて二発、三発。
壁は不動に立ちて雫の追撃を受け止める。
やはり壁、崩壊せず。
「敵への警戒が疎かになっているぞ」
余裕の笑みを浮かべながら壁の向こうにいる礼愛は刃先の溶けた両手剣、その切っ先を雫へと向ける。
その刃先の欠けた剣では、敵は斬れない。
斬れない剣はただの棒と化す。
ならばどうすれば棒を凶器にするのか。
答えは創る。
切っ先を想像し、創造する。
パキッパキパキッ、、と壁が自らが望んだ様に崩落する。
漂う冷気を掻き分けて猛進する礼愛の手には欠けたはずの両手剣。
しかしその切っ先は美しい氷の様に透き通る刀身が存在していた。
棒は、凶器へ変貌を遂げる。
「くっ……!」
上体を後ろへ逸らし、首を狩るべく描かれた弧斬撃を回避する。
重心を崩した雫はそのまま地面へ倒れる。
それは最大の隙を意味する。
今にも地へ沈む雫の心臓目掛けて剣を突き立てんと両手剣を振りかぶる礼愛。
「トドメだ。」
「させねー……って!」
伸ばされた雫の右掌から高出力で噴き出される炎はさながら火を纏う銃弾。
直撃した礼愛の頭をガクン、と吹き飛ばす。
手応えは感じた。
観客の生徒たちも「あっ……」と声を揃えて礼愛の敗北を連想する。
しかし礼愛はそのまま弾かれて空を仰ぐ頭を勢い良く戻す。
完全に額を撃ち抜いたはずが、どういうわけか無傷。
「先ほどの氷壁と原理は同じだ。お前の火では私の氷は砕けない。」
すると初めて、礼愛の額にヒビが入っていることに気付く。
「氷壁の次は氷膜ってか。」
言葉通り、礼愛の全身はどうやら氷の膜で覆われている様だ。
その硬度は先ほどの氷壁と同じ様で、簡単に言えば鉄壁。
全身を鎧で纏っているかの様な全身高防御体制。
「私のシステムスキルは知っての通り絶対氷結。単純に氷を創造するだけの能力だ。本気でお前と戦うのは初めてだからな、色んな応用攻撃が出来る私は圧倒的に有利だ。」
「そうだズルだズル!」
余裕を浮かべる雫の言葉に礼愛はキッと眉を顰める。
「まだまだ余裕みたいだな」
そう言う礼愛を中心に気温が上がる。
吸う空気が肺を冷やしていく。息苦しさを感じた時には礼愛の全身は真っ白に脱色していた。
切り揃えられた前髪によってまぶたには不気味な影が差していた。
「女だからと言って、嘗めていないか?」
「……言っただろ。容赦はしないって」
雫から返ってきた言葉に礼愛は無言で両手に氷の剣を生み出す。
「なら躱してみせてくれ。言っておくがこの攻撃は……」
言いながらスッと前に差し出した双剣の切っ先をキィィンと擦り合わせる。
まるで甲高い声を発する獣の威嚇だ。
「……加減は出来ないぞ。」
言い終わると同時、雫と礼愛を取り囲む様にして氷壁が出現。
戸惑う雫はこちらへ猛進してくる礼愛に気付く。
シャリリリリリリリリン、、、と右手の剣を地面を引きずりながら礼愛はズアァッ!と引きずっていた剣を勢い良く振り上げた。
削られた地面から氷の礫が驚異的な速度で雫を襲う。
「……っと、やべっ」
反射的に炎を纏う右手を前にだして氷の礫を焼き尽くす。
……が、雫の差し出した右手らそして右頬に鋭い痛み。
「……!?」
雫は恐怖に顔を染める。
そんな雫の様を礼愛は嘲笑うこともなく、淡々とさっきの不可解な現象の正体を言葉にする。
「言っただろ。加減は出来ない、魄白式の姿の私の氷は……溶けない。」
礼愛曰く、これから礼愛が仕掛けてくる氷系の攻撃は絶対に溶かすことが出来ない。
さっき氷の礫は雫の炎に焼かれることなく接触した右手を貫通したのはただ単に雫の炎では礼愛の氷を溶かせないからだ。
頰の傷は貫通した氷の礫によるものだろう。
「いっ……て」
痛みを紛らわす様に穴空きの右手をブンブン振る。
しかし、バーチャルシステムが展開されているこの状況下において、痛覚は存在しない。
特に意味のない反射的な手振りをしている雫を襲うのは、痛みではなく双剣交差しこちらへ走る礼愛の冷めた視線だ。
豪炎を宿す両手を胸の前で構える。
そして……思考を巡らす。
雫は当然ながら分かっていた。
この戦況は、あまりよろしくない。
不滅の氷を操る礼愛に対して、雫の武器は炎を纏う拳のみ。
どうすりゃいい……。雫はファイティングポーズのまま棒立つ。とにかくまずは攻撃を食らわないこと。
雫は礼愛を観察する。
初撃は右の刀か。それとも左の刀か。
長年の喧嘩で培ってきた対人戦闘の勘は伊達ではないと我ながら自負している雫は、自分の直感を信じる。
礼愛は双剣を交差させている。外側に重なっているのは右の刀だ。
初撃は…………右だ。
「……っ!」
急に前進して来た雫に礼愛は多少ながらも予想を裏切られる。
逃げるかとも思ったが、流石に喧嘩慣れした不良生徒会長であったということか。
「面白いっ!」
空気を凍てつかせるかの様な剣撃は凄まじく速い。
予想通り右の刀からの攻撃だったが、回避できたのは間一髪だった。
寸前の所で足を止める雫のすぐ前を右の刀が横一直線に薙ぐ。
そして再び前進。
続く礼愛の攻撃は左刀の正面突き。
これも持ち前の直感で半身の態勢を取り、回避。
勇んだ威勢は一気に礼愛との距離を埋めた。
今にも鼻頭がくっつきそうな接近。
ーーうん、やっぱり美人である。ーー
そんな雫の煩悩と共に繰り出される炎熱の纏し右フックが礼愛の左耳を思い切り殴る。
……美人な、女の子を、思い切り、殴った。
氷膜を覆ってはいる礼愛だが、頭の中を揺らすような衝撃を受けているであろう彼女に心配の目を送りながら続けて二撃目。
氷壁に囲まれている礼愛と雫の耳には薄っすらと観客席からのブーイングが聞こえてくる。
お前の血は何色だ!心は痛まないのか!?とか責められれば、正直すごく心が痛い。当たり前である。
それでもこの勝負は負けられない。
「もう分かっているだろ?私に打撃は効かない。」
冷たい目を向ける礼愛は右手の剣を振り上げる。いつ降ろされるかも分からない氷結の剣を恐れることもなく、雫は未だ動かず礼愛の左耳に拳を添えている。
「あぁ、まぁ試してみるだけさ。左手は添えるだけ……じゃなくて右手は添えるだけ。」
ボッ……!
右手の炎が急に色を無くす。
真っ白で眩しくて……炎ではなく光と表現した方が適切なくらいに輝いている。
この世で一番熱い炎……それは真っ赤な炎でも黒い炎でもなければ、白い炎である。
「……っ!?何を、するつもりだ」
少なからず動揺している礼愛と同じように、雫も苦い表情を浮かべる。
「でっへへっちょいと無理すんぜ……って、さすがにここまで温度上げんのはキッツイなぁ」
不気味な雫の言葉に身の危険を悟った礼愛は迷わず剣を振り下ろす。
雫は身に降りかかる脅威を期待半分不安半分の心境で迎え撃つ。
何で撃つ?……もちろん右手に灯る白炎だ。
雫の皮膚を引き裂く前に、氷の剣は一瞬で蒸発した。
「えっ……」
絶望が礼愛の表情を覆う。
すかさず左の剣をヤケクソ気味に振るう。
「何故だ……」
空気を引き裂きながら薙がれる礼愛の剣は、やはり一瞬で原型を止めることが出来なくなる。
「……何で?」
震える声音の礼愛に雫は炎を元のオレンジ色に戻して答える。
「簡単な話だろ、氷タイプは炎タイプに弱い。ポケモンやったことないのかよ」
「……そんなことポケモンやっていなくても分かる。」
震える拳から、作り出される氷の両手剣。
透けるような氷の刀身は実に繊細で美しい。
「私の氷は絶対に溶けない!」
言いながら礼愛は目の前の雫に両手剣を振り下ろす。
少々ため息混じりに雫は苦笑いを浮かべながら先ほどの白炎を再び灯す。
「オレの炎は何でも溶かす。」
先ほどよりも激しく揺れる白炎は礼愛の纏っていた氷膜さえも打ち消してしまう。
目に飛び込んでくる高音の空気が思わず礼愛の目を瞑らせる。
ふらつく足はバランスを失いお尻から倒れてしまう。
未だ燃える発光の炎は轟々と灯っている。
……勝てない。礼愛の勝機を燃やし尽くすその炎の主は苦い表情のまま礼愛に問う。
「降参してくれたら止めささずに済むんだけどな〜……」
それは同時に最強の炎と最強の氷、双方の矛と盾の雌雄が決する瞬間だった。
「……潔く、負けを認めろ……か。」
礼愛は闘志を無くした右手に視線を落とす。
この掌から様々な氷の武器を生み出してきた礼愛。
その能力は低成績者とは信じられない実力を与えてくれた。
しかしどんなモノにも限界はある。
限界を感じて、挫折し、立ち上がる事を人は成長と呼ぶ。
何回も繰り返してきた筈の限界を、今回ばかりは受け入れずにいた。
やっぱりこの男には……如月雫には負けたくなかったのだ。
……勝って、どうしても言ってやりたい言葉があった。
内心とは裏腹に、降参の意を示す右手はあっさりと高らかに挙げられる。
「……降参します。」
礼愛の降参宣言は会場に一瞬の沈黙をもたらすがすぐに歓声へと変わった。
高校の時、いつも必死に剣道と向き合ってきた彼女だが、成績を大幅に落とした礼愛は成績優秀者ではなく低成績者と評価された。
バーチャルシステムにおいて弱者と蔑まれる筈だった彼女は、剣道を極めし者に与えられるシステムスキルのおかげで彼女の生活を革新的に変化した。
いいや……思えば中学二年。目の前の男、如月雫と出会った時から彼女は変化の兆しにあったのかもしれない。
成績優秀、容姿端麗の礼愛を妬む生徒は少なくなかった。
絡まれているところを雫に助けてもらってからも、礼愛を取り巻く連中の嫌悪意識が変わることはなかった。
「青山、大丈夫か?何か疲れてる顔してるぞ?」
学校で会話するのは、時折気を配ってくれる雫くらいのものだ。
そんな雫は、先日に同じ学校ながらも今更になって話し始めた悪友の矢吹漣夜と仲良く……?やっているようだ。
勿論こんな学校生活、楽しくも何もない。
それでも彼女は、自分が孤独を受け入れることによってこの一見平和な日常が続くなら、それでも良いと妥協した。
そしてそんな思いは、最悪の形で壊されることになったのだ。
よりにもよって、彼の手によって。
ある日の放課後。
いつものように部活動の着替えなどが行われる礼愛たちの教室では相も変わらず賑やかなクラスメートの話し声が聞こえていた。
本当はとっくに道場へと向かっているはずの礼愛はこの教室で行われる予定の修学旅行についての委員会議へ出席するため、暇つぶしの文学小説に目を走らせていた。
段々と他の組の委員会所属生徒が集う中、やけに目立った足音が二つ。
それが全員の意識を向けるに至ったのは、乱暴に教室を開け放つ開閉音だ。
「はーーいちゅうもーーく。」
聞き慣れた男の声が、不器用ながらも優しい声音が、彼の中にはなかった。
悪に染まった様な下卑た笑みがその場の全員を硬直させる。
そんな男の後ろには、気だるげに肩を解しながら教室を舐め回すような視線で辺りを見回す。
その男の手には竹刀が握られている。
そんな乱入者2人を礼愛は知っている。
如月雫と矢吹漣夜だ。
パシーン、、、と竹刀を床に叩きつける乾いた音が生徒全員の肩を震わせる。
そんな様を雫はげっへへと下衆笑いを漏らす。
「おーおー、キモい面がいっぱいじゃねーの。オレ今イライラしてんだよ」
ダンッ!と手前の机を蹴っ飛ばし、思いっきり眉を吊り上げる。
「誰か、ケンカ、しよーぜ」
雫の行動に、礼愛は理解出来ずに立ち尽くす。
雫がこんなことをする奴ではないと分かっている。なのに何故……。
戸惑いの視線を向ける礼愛に気付いた雫は、狂気に歪めた表情を変えることなく、漣夜の持っていた竹刀を拾い上げ礼愛の元へと放った。
「その面、ムカつくなぁ。テメーが相手しろ」
カランカラン、と手前に投げられてきた竹刀と雫とを交互に見つめる。
分からない……。何で雫はこんなトチ狂った事をしているのか。
……何で、自分に喧嘩を売ったのか。
「とっとと拾え!」
ダンッ!と苛立ちを床にぶつける。
……そうだ。そうだった。と礼愛はため息共に竹刀を拾う。
「……私に友達はいなかった。」
小声で吐き捨て、まるで未練をかなぐり捨てる様に竹刀を一振り。
空気を引き裂くこの感触。
友情を繋ぐ鎖を断ち切るに充分すぎる斬れ味だ。
「……。」
未だ友情なんて言葉が出てくる自分に嫌気が差す。
もう騙されない、もう馴れ合わない。
「……これから委員会議だ。とっとと出て行け。」
ビックリするほどに自分の口から出てきた言葉は、冷たく、鋭かった。
そんな礼愛を見て、雫は静かに笑う。
いつもの礼愛に見せてた優しい笑顔だ。
「……ッ!」
礼愛の人達は何の迷いもなく、雫を思い切り叩き斬った。
竹刀から発せられた打撃音は、重く、痛々しいものだった。
同時に、如月雫と青山礼愛の友達関係は、最悪の形で縁を切るに至ったのだ。
……ふぅ。
長かった桜南祭1日目、ようやく次話あたりで終了です。
桜南祭二日目はギャグオンリーな番外編をお届けしますので、次話以降もよろしくお願いします!




