#72 エピローグ:開戦間近の観測者達
ここは生徒会室。
周りに目を配れば棚にたくさんの分厚いファイルが整頓されている。
彼の座っている庶務席の正面には棒付きの飴を舐めながら音楽プレーヤーにイヤホンを差して、聴こえてくる音楽のリズムを指でトントン刻む女の子が頬杖を付いて座っている。
前髪を上げて左右に流してるせいで丸見えの眉元には薄らと皺が刻まれている。
おまけに表情はムスッとしている。
いかにも不機嫌そうなオーラだ。
そんな彼……蒔枷霧亜の視線に気付いたのか、閉じていた目をゆっくり開ける。
「……何?」
「え、いや、何でもねーっす」
ついつい目上の人に話す様な喋り方をしてしまったのは、目の前のこの生徒会書記職の八色熾乃が何年生なのか知らないからだ。
彼女の机、右端に配置された『書記 八色熾乃』ということくらいしか、彼女のことが分からない。
言ってしまえば何て名前なのかも分からない。
苗字は「はっしょく」?「やしょく」?
名前は恐らくだが「しの」のはずだ。
霧亜の漢字読解力ではそれくらい思いつかない。
モヤモヤと頭の中を駆け回る「八色」の二文字が鬱陶しい。
果たして何と読むのか。
ついでだ、この会話の無く居心地悪い空間を何とかする為、霧亜は『彼女の苗字は何という?』という会話の種を巻くことにした。
「……え〜、えと。そちらさん、苗字は何て読むん……ですか?」
使い慣れない自分なりの敬語を絞り出して疑問文を構築する。
別に敬語なんて使いたくないのだが、彼女の目が普通に怖い。
偉そうに聞いたら威圧の視線で殺されそう。
「えっ、こんな漢字も読めないの?八色熾乃。」
プフッ……と気の抜けた笑いをこぼしながら熾乃は名乗りながら耳からイヤホンを抜いてくれる。
どうやらこちらの喋りかけよう、と言う意志が伝わったのだろう。
「紗夜が会長呼びに来るまでもう少しだと思うんだけどね〜」
扉に顔を向けながらため息。
熾乃の不機嫌は恐らく会長の到着が遅いことにあるのだろう。
霧亜と雨凪が起こした……表沙汰には霧亜単独の犯行と言うことになっている成績優秀者狩りの一件。
二年生生徒指導の教師に相談してみたところ、名指しでの公表は避け、犯人は捕まった……とだけ生徒には伝えることになった。
ペナルティは停学ではなく、一週間の掃除当番で済みそうだ。
「……まぁ、会長には蒔枷立ち会いで事情を説明するだけだから……別に桜南祭が終わってからでも構わないハズなんだけどね……って、そろそろ来たかな?」
「え、あぁ。」
廊下からドタバタと走ってくる物音が聞こえてくる。
二階の端教室に位置するこの生徒会室から足音が聞こえれば、十中八九生徒会役員の誰かだ。
「しのちゃ〜〜!」
開けられた扉からぴょこっと顔を出すのは案の定生徒会役員の女の子だ。
「どうだった?会長見つかった?」
「そっ……それがっ……ですね……」
間も無く、フロンティアの放送が流れる。
心二の告白に守郎を始め、一年三組の教室にいた優璃、由美、奏也……そして堅志も心二の話に釘付けであった。
話のヒステリックな内容とは反対に李女のたてる寝息は穏やかで、やけにギャップのトラジックなBGMを奏でていた。
心二は全てを話した。
亜戯羽村での一件以来、もう一人の人格と記憶、意思を共有できていたこと。
二重人格の存在が、心二に不安や嫉妬を感じさせていたこと。
思えばそんな時期もあったのだと、話しながら懐かしい気持ちになる。
記憶に新しいのは、橿場直之との戦科試合その放課後である。
夕陽煌めく屋上で、不安をこぼし黄昏れたあの時間。
屋上の扉が開かれた瞬間。ドアノブが唐突に回されたあの瞬間を、心二はよく覚えてる。
彼らは、傷心の心二に手を差し伸べてくれたのだ。
「綾瀬。」
話の余韻を残さず心二は堅志に力強い視線を向ける。
堅志は壮絶な過去を送ってきた。
それを理解した上で、心二は自分の頭の中で彼を救う言葉を拾い集める。
難しく考える必要なんてない。
「色々あっただろうけど、人に言っちゃいけない言葉をお前は平気で言う。それをオレは許さない。」
心二はほんのりと怒りを滲ませながら堅志を見つめる。
その瞳には優璃に暴言を吐いてきた堅志の薄ら笑いがフェイドバックしているのだろう。
自分とは違う人間を宿す二重人格を持つ心二と堅志の持つ悪魔を宿す異種人格とでは、悩みの根本がそもそも別の物かもしれない。
異種人格が内に背負うのは、人間ではないのだ。
制止の効かない凶悪な魔物なのかもしれない。
それでも、心二はその魔物を自分で抑制しろ。そう言うのだ。
「……じゃないと、綾瀬は前に進めない。」
この問題はあくまで自分自身の問題だ。
心二が亜戯羽村での一件を経て、もう一人の心二である『しんくん』と心を通わせた様に、内にいる者と共生、もしくは屈服させなければこの多重人格が生む悲劇は繰り返してしまうだけだ。
抑制できなかったからあの時、怒りを爆発させて周りの者を壊してしまった、全てを失ってしまったのだ。
なら、抑制する術を自分で身につけなければならない。
「……わかってるよ。そんな事言われなくても。」
静か声音だが、その声音は微かに震えていた。
目を背けていた現実に再び目を向けたかの様だ。
目を伏せたまま、彼は教室から出て行く。
その様子を心二を始め全員が見送る。
誰もが物悲しげな目を向けていた。
あんな堅志の過去を聞いて、ザマを見ろ……なんて思うわけも無い。
可哀想なんて言葉では今の生易しい彼に、かける言葉が見つからない。
ただ黙って、堅志を見送った。
そんなクラスメイト同士の彼らが、楽しく笑い合える日は果たして来るのだろうか。
「……んっ、ん?……んん!?」
後ろで目が覚めた李女の声が聞こえる。
「今、何時だ!?」
「15時前だ」
守郎の返答で顔を真っ青にする。
そろそろ一日目の桜南祭が閉会の時を迎える頃だ。
だが、今日のメインイベントはまだ終わってはいない。
唐突に校内へ流れるフロンティア決勝のアナウンス。
『只今より、フロンティア決勝戦を行います。如月雫と青山礼愛は地下体育館へ集合しなさい。』
「お、決勝やん」
奏也が教室内のスピーカーを見上げて呟いた。
開会式直後からずっと執り行われてきたフロンティアも残すところ決勝のみだ。
「オレ、見に行くけどどーする?」
守郎が教室の出口を指差して皆に尋ねる。
電子生徒手帳のテーブル機能を見る限り、恐らくこれで本日のイベントが全て終わるのだろう。
「いこっか!」
優璃も同じく指差して促す。
何やら異様な歓喜の表情が見て取れるのは気のせいか。
まぁ青山礼愛が晴れの舞台に立つのだ。
いつかの『青山先輩ガン見同盟』の会員方は必死こいて拝みに来るのだろう。
そうだよねぇ会員の今西優璃さん。
そんな優璃と目が合った由美もニヒッとはにかむ。
「うん!いこいこ」
「わいも行くで!」
「そ、それじゃ私も。」
由美に続き奏也、李女と挙手する。
「よし!んじゃ行こっか!」
心二も勿論賛成を表明する。
あっという間の様な、長かった様な桜南祭一日目に終止符を打つかのように、地下体育館では今まさに最後の決戦が行われようとしていた。
「……っと、言うことなのです!」
フロンティアの放送が終わった直後、生徒会庶務の綿部雛仔は小柄な身体を扉に預けて熾乃に伝令の旨を伝える。
……とは言うものの、先ほどの放送でお察しな所もあるが。
「ひゃ〜、今から会長フロンティアか〜。そりゃ仕方ないねぇ。」
吐息の後、熾乃はガタリと椅子を引いて立ち上がる。
「よし、それじゃウチらもフロンティア見に行こう!」
賛成で〜す!と雛仔はぴょんぴょん身体を跳ねさせる。
可愛らしい雛仔をぼーっと見ていた霧亜の目の前をブンブン熾乃が手を振り遮る。
「目が犯罪臭漂わせてて怖いんだけど。」
「犯罪なんかしないっすよ。」
そっぽ向く霧亜の手を強引に熾乃が引く。
「……え?」
急に手を引かれた理由が見当たらず引かれるがままになる。
そんな面食らった霧亜に熾乃はニッとカッコいい笑みを見せる。
「生徒会室は閉めるから、キミも一緒にフロンティア観戦について来て!」
柔らかい熾乃の手の感触。
力を入れれば、熾乃の手を振りほどくなんてワケないのだが。
「……りょ、りょーかいっす。」
今日は疲れた、もう少しこの柔い時間を堪能したい。
霧亜はゆっくりと瞳を閉じ、流れに身を任せた。
フロンティアの放送を機に全ての出店が後片付けを始める。
……とは言っても、明日も使うので本格的な片付けではなく衣装を着ていたら制服に着替えたり、火を扱っている食品の出店などはガスを止めておくなどといった片付けだ。
お化け屋敷を出展していた1年4組の狭山陽志と弥富深海は早々に着替え終わり、フロンティア会場の地下体育館へ向かっていた。
「あ〜、疲れたな〜」
同意を求めるような言い方をしたつもりの陽志だが、隣を歩く深海から返答は返ってこない。
「……くーちゃん?」
「……なに?」
依然地面に目を伏せながら歩く深海は、いつも以上に口数が少なそうだ。
「どうしたんだよ、元気ないな。明日も桜南祭あるんだぜ?もっとこう……パーっと、な?」
陽志は疲労で気だるい身体をうごかしテンションを振り絞る様に元気を装う。
実際こっちだってバーチャルシステムを使って戦闘をしているのだ。
それも敗北したため、消費した体力は予想以上に大きい。
目が覚めたら意識のあった時間から二時間が経過していた事にも精神的なショックを受けていた。
学園祭を寝て過ごすなんて勿体無いを具現化した様な惨状ではあるまいか。
「……私は、4組の皆を守れなかった」
ふとこぼす深海の弱気な一言に、明るいテンションを引っ込める陽志。
「まさか陽動で私の気を引いてる内に4組の皆に奇襲をかけるなんて……」
華奢な深海の拳がグッと強く握られる。
長い爪が掌を傷つけんばかりに食い込む。
仕舞いには鼻を啜る音まで聞こえてくる。
陽志は眉間に皺を寄せる。
そんな彼は、陽動の男へ苦戦を強いることさえ出来なかったのだ。
心が痛い。
自分は何のために深海の隣にいるのか。
彼女の隣を歩く資格があるのか。
入学から今この瞬間まで。深海の隣を歩くに相応しい人間になる為に彼は努力してきたはずだった。
慢心していた学力を更に上げ、美少女に絡む輩を捌く為に表情を険しく見せる練習だってしたりした。
髪だって長めにして、不良感を演出したりしている。
それでもやっぱり、報われない努力は存在する。
「……何泣いてんだよ」
足早に陽志は深海の前を歩く。
すると深海は、ハッと顔を上げ陽志の歩調に合わせようと歩幅を大きく取る。
「少なくともくーちゃんは、奇襲犯を捕らえ損ねたオレの尻拭いをしてくれた。オレは、感謝してる。それで良くねーか?」
スタスタスタスタ、と華麗な金色の後ろ髪を靡かせながら陽志の隣に追いつく。
「……それで、良い。」
真っ直ぐ前へ視線を向けながら深海はいつもの冷然とした表情を宿す。
刹那、頬が朱に染まる彼女を陽志は当然ながら見逃さなかった。
報われない努力は確かに存在する。
しかしそんな無駄骨を折って身に付くものこそ、本当の努力と評価される物なのかもしれない。
故に、如何なる努力は人を裏切らない。
しかし、これから繰り広げられるフロンティア決勝は間違いなく、天才と呼ばれる者同士の一騎打ちだ。
数々の成績優秀者達を押し退けて決勝の舞台に立った低成績者二人を『運が良い』の一言で済ますのには、異論を唱えざるを得ないだろう。
これから始まるのはそんな天才の一勝負。
一目見ようと地下体育館へ向かう生徒達で既に観客席は満員と相成っていた。
フロンティア決勝、開戦まで間も無くである。
「先生〜!女の子が地面で寝ていま〜す!」
「女子生徒、誰か起こしてあげなさい。」
そして未だ、流星雨凪は夢世界を彷徨う。
いきなりサブタイトルにエピローグの文字が付いてた事に戸惑ったかもしれませんが、一応エピローグ……つまりはこのシリーズを急遽締めることになりました。
そろそろこの第6シリーズも20話に突入しようということで、連載期間にして何と五ヶ月。
いつもの長編は三ヶ月程度で完結させていたのにこれは少々引き延ばしが過ぎる……と。
当然話が長いと色々回収を忘れていたエピソード……作者の僕が言っちゃアレですけど例えば、そう!例えば奇襲を受けた1年4組のその後や成績優秀者狩り騒動の行方などひと段落置かずにフロンティアのエピソードを書いてしまうと補足しどころを見落とすかもしれないので今のうちに書いておきました。
そしてそれらを書いてしまうと自然にこのシリーズを畳む流れを作れることに気付いたので畳んだまでです。
甘く見てました、ここからフロンティアの決勝を描きながら雫と礼愛の過去を描くとなるとやっぱりかなり長くなりそうなのです。
なので次話から新シリーズに入りますが、内容としては変わらず桜南祭1日目の締めくくりから2日目の日常回を纏めて収録しようかと思っています。
これでざっと10話いかないくらいの連載になるでしょうか。
……ということで、ここまで第6シリーズ『侵襲の決戦恋舞編』をご覧下さってありがとうございました!
続きまして紡がれます第七シリーズ
『追憶の運命一会編』、近日中にて連載開始でございます!
あとがきイラストは守郎に騙されて屋上へ向かった託巳の一コマです。




