#63 姉弟決戦・姉を超える時
どこからともなく聞こえていた生徒の賑わい声は地下に降りると完全に聞こえなくなる。
まるで世界から完全に遮断された離れ孤島のようだ。
……どうせなら閉鎖的で薄暗い地下体育館よりは開放的な孤島を所望したい。
しかし、階段を降りるといつもの試合会場の光が漏れてくる。
全身にその光が照らされる頃には決戦場にて待ちぼうける女を確認する。
階上の観客席にギャラリーはいない。
「お!来たねしんくん!」
聞き慣れた実姉の呑気な声に引き締めていた気が緩められる。
「姉ちゃん……。」
戦う時の姉の姿を、心二はいつも凛々しく……そして格好良く思っていた。
七不思議の時……交流会の時、彼女の勇姿を近くで見てきたのだ。
そして憧れていた。
「さ……!性々堂々、勝負!」
普段は下ネタだだ漏れのガバガバ姉貴だけど……
「……っしゃ!来い姉ちゃん!」
これほどまでに彼女は徹底的に誇らしい。
『では、フロンティア一回戦最終試合……開始!』
一年生学年主任の鬼神教師の開幕宣言と同時に紅空はパチンと指を鳴らす。
「コード展開!麗艶妖精!!」
発言と同時、紅空周辺の虚空に緑色のテニスボール大の球体が無数に出現する。
「……姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃぁぁぁぁぁぁん!」
心二は嬉しさに声を上げる。
成績優秀者の彼女は出来の悪い低成績者の自分を決して見下しはしなかった。
そんな彼女は、心二に対して手を抜くこともなく、最初から全力でぶつかってくれる。
そんな彼女の態度……威勢……性格……そしてそんな天条紅空自身が天条心二は大好きだ。
「なになに、何を興奮してるのしんくーーーーん!!」
歓喜の声を上げ、腕を振り上げ周囲の緑色爆弾が心二の元へ突撃を開始する。
それも四方八方に心二を囲む様に迫ってくる。
意思を持った爆弾兵器だ。
「興奮してるよ当たり前じゃん!姉ちゃんとこうして全力で戦えるんだからな!」
心二の右手には共に死線を潜り抜けてきた愛剣、ソードランカー。
「それなら、私をガッカリさせないで…………ね!」
早速爆弾は点滅を始めながら心二へ攻撃を始める。
迷わず心二は地を蹴り紅空目掛けて疾駆する。
行く手には爆弾。背後にも爆弾。左右にも爆弾。
まずは前方の接触直前の爆弾を片手剣で斬りつける。
その小さな爆弾に見合わない爆撃にも心二は奥することなく続く前方の爆弾を堕とす。
そして左右の爆弾にも見逃さず、今度は右手に猛進し、右手側の爆弾を処理する。既に周りは煙たい爆煙が包んでいる。
心二は走ることをやめない。四方八方を常に首を回して迫る明滅する怪しい深緑色の追跡者を斬り裂く。
「流石は私の弟!」
もはや煙に囲まれてどこに紅空がいるか分からない状況下で何処か遠くから紅空の声が聞こえる。
「まぁね!何てったって姉ちゃんの弟だからね!」
心二はとにかく走った。
視界の悪いこの悪環境取り巻く爆煙からの脱出を試みる。
手を振り、足を駆け、首を回しながら迫る攻撃を対処する。
そうしている内に煙を振り裂いていた左手から光が漏れる。
気づいた頃には煙幕地帯からの脱出に成功していた。
「よしっ!…………って……」
しかし、心二の目の前にはイタズラな笑みを浮かべる姉の姿。
振り上げられた両手には緑色の剣。
「おかえりぃ」
「た、ただいまっ!?」
重い剣撃が一難去った心二を出迎える。
反射的に構えた片手剣が危ういながらも心二の身体を守った。
「甘いよしんくん。誘導されてるとも知らずにのこのこ煙から出てきちゃって」
「くっそ……」
苦笑が漏れる。まったくいやはや、言葉が出ない。
均衡する両者の武器が軋みをあげる。
少しでも気を抜けば己の肉が削ぎ落とされる。そんな緊張感の中で、口を開いたは紅空だった。
「……それからしんくん。悪いんだけど〜」
伸ばされた語尾に嫌な予感を全身で感じる。
そして目の前の紅空の遥か後ろに視線を向ける。
「……は?」
そこには緑色の球体爆弾を周囲に待機させた紅空が写った。
しかし間違いなく、目の前では自分と交える紅空の姿がある。
紅空が二人いる。
目の前の紅空が続きの言葉を紡ぐ。
「まだしんくんは私の誘導した道を通ってるんだよ?」
その言葉を合図に紅空の全身が緑色に発光する。
いや、その光景を目にせずとも心二には紅空の敷いたレールの展開が予想出来ていた。
交流会の際、紅空は爆弾を自身の姿形そっくりの分身を生み出して戦っていた。
その名も滅弾。
「やべっ……!」
乱暴に刀を流して競り合いの態勢を崩す……が、もう遅い。
点滅していた紅空の全身が最後の光を灯し……爆発。
姉が目の前で爆ぜ散る……というのは何とも嫌な光景だ。
そんなことを思いふけりながら、心二は爆撃によって吹き飛ばされた身体に鞭打ち起き上がる。
身体が重い。勝てる気がしない。
どうせならHP全損して、もう一人の自分と入れ替わりたかった。
唯一他人より優っている、システムスキル二重人格を使って。
思えば、心二が成績優秀者に勝つ手段は二重人格によって出来た相手の隙を突くことくらい。
その戦略も……初見で戦う相手にのみ通用する一度きりの切り札だ。
実姉の紅空には通じない。
「……何だよ、勝ち目なしじゃん」
心二は地面を殴る。
立つことができない自分を見下げる。
いや、立つ理由が見当たらないのだ。
立ってどうすると言うのか。
立ち向かう?実力差が分かり切っているのに?
自分の切り札が通用しないのに?勝算がないのに。
『何諦めてんだよヘタレ。』
そんな悲観する心二にかけられた声。
それはとても近くから発せられた声の様に、耳元で聞こえた。
その声の正体を心二は知っている。
「しんくんか?」
天条心二のもう一人の人格。亜戯羽村での幼少期を過ごした人格だ。
『そーそー、しんくんだ。』
ゆらりと自分の身体が勝手に起き上がる。
……いいや、力強い天条心二の意志がそうさせるのだ。
「身体が勝手に……」
『バカ言うな、オレが起こしてやったんだろうが』
未だ聞こえるしんくんの声。
前まではその声を聞くことも出来なかったというのに。
ずっと目を背けてきたもう一人の人格であるしんくんの記憶を理解するため……亜戯羽村を訪れたおかげなのか。
しかしこうして一つの身体で二人の人格が会話が出来たり、心を通わせる事が出来るようになった。
……一つだったモノが二つに。
『さて、オレの力も貸してやる。こっからが本番だ!』
互いが互いを認識していながら、心を通わせる事が出来ないでいたから、二重人格という最上位のシステムスキルが活かせていなかった。
二重人格の真の能力は一人と一人で戦うことじゃなく、二人で戦うこと。
1×1を1+1にすることで、真価を発揮する能力だ。
「ありゃりゃ?」
天条紅空は目を見開いて遠くの天条心二を観察する。
明らかにさっきまでとは様子が違う。
勝気な瞳が自分を睨んでいる。
「まだ戦うの?」
「当たり前だろ姉ちゃん。」
即答する心二に紅空は唇を引き締める。
にやけ顔が引っ込まない。
何故だろう、今の心二には……負けてしまう気がしてしまう。
そんな相手と戦えることが……自分の弟がこんなにも力強く感じる日が来るなんて。
「正々堂々……勝負しましょうか。しんくん!」
「もう聞いたよその言葉。へへっ、姉ちゃんに勝って、優勝までいってやんよ!」
吠える心二は勢い纏いて紅空目掛けて猛進する。
「勝てるモノなら勝ってみなっ!」
バッと両腕を上げるのを合図に全ての浮遊していた爆弾が心二を迎え撃つように突撃を開始した。
先ほどのように走る心二をまたしても囲む無数の爆弾。
「そんなの効かないぜ姉ちゃぁぁん!」
しかし心二は臆することなく立ち向かう。
自身の右手に握られた片手剣を空へ放り投げる。
「……ん?」
紅空は声を出して心二の行動に疑問を浮かべる。
自ら武器を投げ捨てた……なら一体、何でこの無数の爆弾に対処するのか。
そんな紅空の疑問は……心二の言い放った言葉一つで解決する。
「コーーード……展開っ!!!」
宙を待っていた片手剣が砂状に分解され心二の周りを踊るように集束していく。
「コード名……武刄雷!」
舞い踊る片手剣だった砂状の波はライトブルーの輝きを放ちながら旋回。
心二を囲む爆弾を刻む。
爆煙を駆け抜け、心二の手元には砂状ながらも爆弾を排除した刃を持つ……言うなれば『砂状の太刀』が戻っていた。
心二の視線の先には、驚愕と歓喜に染まった表情を浮かべる紅空。
「……しんくんがコード展開?何それ何それ……い〜つからそんなに賢くなったのかな?」
パチンと指を鳴らした紅空の周囲には先ほどとは比べ物にもならないの大きさの爆弾が二つが何もない空間から次元を引き裂いたかの様に出現した。
驚くのはそのサイズ。ざっと見積もって運動会に使う玉転がしの大玉程の大きさだ。
そんな大玉がとんでもない加速と共に心二を迎え撃つ。
対して心二も足を止めることなくそのまま走る。
いくら砂状の太刀で大玉爆弾を切り裂いたとしてもその爆風の威力はとんでもないものだろう。
心二と爆弾はそれほど離れてはいない。間違いなく荒れ吹く爆風の範囲内。
「邪魔だデカブツ、そこをどけっっ!」
心二は加速をやめない。そのまま大玉爆弾に僅か十数歩で接触するくらいまでの距離を詰めた。
そして……二つの大玉爆弾は急に上空へと吹き飛び、視界がブレる程の大爆発を起こした。
「あれ?何で……っ!?」
紅空は見逃さなかった。爆発寸前の大玉爆弾には光を放つ砂状の太刀が付着していたことを。
すかさず紅空は両掌の手中から火薬を練りこんだ深緑の剣を生成する。
「まさかその砂、斬るだけじゃなくて物体に力を加える事ができるのかしら……厄介ねぇ」
「そりゃ……コード展開してるからな!」
砂状の太刀を纏わせた右拳を紅空に放つ。
キン!と紅空の剣と心二のもはや鉄拳と呼ぶべき攻撃が甲高い衝撃音を発生させる。
続けて心二は左拳をグワッと広げる。その周囲にはサラサラと不気味に這い寄る砂状の太刀。
二発目のストレート……それも刀と真っ向からタイマンを張れる威力の左ストレートだ。
手の塞がった紅空はすかさず心二の次撃を回避するため、下品にも口の中から異物を心二に吐きつけた。
異物とは言うまでもなく、爆弾だ。
「マーーージーーーか……」
心二の悲鳴をかき消す爆破音。
乱暴に全身を打ち付けて転倒する心二はすぐさま立ち直して紅空の次撃に対処すべく辺りに目を配らせる。
どうせさっきまでの紅空も分身爆弾体の滅弾だ。
涼しい顔して傍観してるに違いない。
そんな心二の巡りゆく視界にズタボロの紅空が写る。
「え……えぇーー。自滅ぅぅ?」
少々困り顔の心二に服を叩きながら紅空は立ち上がる。
「いやいや、お姉ちゃんだって常に分身用意できるわけじゃないのよ?砲爆の二発で倒したつもりだったのに」
先ほどの大玉爆弾……名称砲爆の威力は確かに恐ろしいものだった。
勝ちを確信してもおかしくはなかっただろう。
「最後にしんくん。聞かせてくれる?何でコード展開が出来るの?」
予想通りの紅空の疑問に心二がペロッと舌を出す。
「てへ、やっぱり信じらんないか。オレが真剣に勉強して成績上げて、成績優秀者だけが使えるコード展開って最強の武器を手に入れた……んな訳ないじゃん」
一つ一つだった人格が二つに。
それはつまり……一人一人の成績が合わさって……二つに、二人分の合計点数になることだ。
天条心二の持ち点数は263点。
天条心二の持ち点数は263点。
合わせて天条心二の持ち点数は526点。
各教科100点満点のバーチャルシステムのパラメータ参考考査科目は五つ。
最大でも500点のバーチャルシステム内での心二の今の持ち点数は……言ってしまえば最強の点数だ。
マックス500の枠内を心二は26点も超越している。
その事実を紅空は電子生徒手帳越しで確認する。
「……なるほど。これは、普通じゃないねぇ。」
心二のパラメータを数値化したものが紅空の視界を独占する。
パラメータ500OVER。
確かにこれは普通ではない。
「まぁオレのシステムスキルの真の能力ってことさ。」
「確かに狂いのないバーチャルシステムが500オーバーなんて数値を出してるんだし、クレイジーだとは思うけどそう言うことなのね……。まずいまずい、お姉ちゃん勝てる気しない。」
「さぁ姉ちゃん、決着を……」
「決着なら!……もう着いてるわよ。」
心二の言葉を遮るように声を大にする紅空は実に勝ち誇った表情を心二に向けている。
「え?どゆこと姉ちゃ……ん?」
心二は紅空の言葉を思い出す。さっきから引っかかっていた何かに気付いたのだ。
紅空は心二に何故コードを持っているかと尋ねた時、頭にこんな言葉を付け足した。
…………最後に、と。
二撃目の小型爆弾を砂状の太刀で切り裂いた際の爆煙はまだ心二の背後で揺らめいている。
「まさか……え、嘘だろ?」
心二は恐る恐る後ろを振り返り煙をよくよくよーく目を凝らす。
「しんくん、覚えてる?亜戯羽村の秘密基地でお姉ちゃんが何をしたか。」
「う、うん。お……お、覚えてるよー」
声を震わせながら心二は応える。
亜戯羽村の森林地帯、その一変を焼き尽くした紅空の最強の爆撃……。
ただ紅空から訊きたいことがあるとすれば……そんな最強の爆撃……その名称。
「お姉ちゃん最強の爆撃技、反爆破!」
心二の眼前に広がる爆煙の奥で邪悪な光を放つ……。
そして、全てが消し飛ぶ。
姿形も残っていない心二の惨状を確認すると、鬼神教師はバーチャルシステムとの接続を切断する。
さっきまで何もなかった所には、目を回す心二の呑気な姿が地でへばっている。
『…………勝者、天条紅空。』
鬼神教師の勝者宣告にて、フロンティア一回戦……全試合が消化された。
間も無く、二回戦の開戦である。
「おやおや、一人ぼっちでこんにちは」
日陰で腰を下ろしていた橿場直之に上品な口調で話しかけてくる女子生徒が一人。
「…………誰だあんた」
「誰だあんた、ですってよ。」
ダン!と地を足で叩く様は威嚇なのか。
彼女は鋭い目つきで直之を見下す。
「添神早苗の名前を覚えてるかしら?」
その名前に、直之は目を見開く。
彼の反応を鼻で笑うと、彼女は更に畳み掛ける様に口を開く。
「私は流星雨凪。あんたのせいで性暴力を受けた早苗の親友よ。」
次元石には既に指が添えられている。
バーチャルシステムが起動し、雨凪はレイピアを構える。
「ガラでもないんだけれど、痛め付けに来てあげたわ。成績優秀者様の橿場直之く〜ん。」
都合が悪いことに、悲惨な過去をほじくり返すその現場には暴走する雨凪を制止できる人間はいない。
そこは人通り皆無の体育倉庫裏。
祭りで賑わう生徒の声など一切合切聞こえないのだ。
前シリーズでの伏線を今回で全て回収したでしょうか。
第一は心二が目を背けてきた亜戯羽村を見直し、和解すること。
そして見逃せないのが、天条心二の覚醒でした。
今後の戦いでは心二一人で挑むことが多くなります。
二つの体力を持つ……というだけの能力では以前の様に誰かと力を合わせて戦うことも出来なくなる上、後々展開的にも厳しくなってきます。
パラメータ的には最強となり、コードも所持できる様になった心二ですが、まぁ今回は紅空に敗北しました。
やはり戦いは力だけではなく戦略であります(・ω<)
最近ニコ生でホラー映画の上映会をしてくれているので作業用BGMとして暇をしないです。
……いやまぁたまに画面に集中して見入ったりしてますが。
さて、次話は深海VS霧亜の戦いです。
バトル続きで少々息切れ状態です……
あとがきは本アカのTwitterであげた煌坂紗矢華さんの名シーンです。
紗矢華さん、大好きです。




