#61 革命開始
静寂が支配する小さな個室で心二は一点を見つめていた。
心二の視線の先には壁しか無いのだが、そこには一枚のプリントが貼られてある。
約一年前に貼られたであろう生徒会選挙のポスター。
如月雫現生徒会長の写真と共にマニュフェストが記載されている。よくもこんな誰にでも思いつきそうなマニュフェストで当選したものだ、と表情を険しくしながら思う。
「……くっそぅ。腹が痛いぃぃ。」
10月20日、桜南祭当日の開会式。
心二は腹痛でトイレにこもっていた。
鋭い腹部の痛みと共に便器の水にポチャポチャと異物が叩く水音。
そんな汚い音は聞こえるのに、体育館で開かれている開会式の様子はいくら耳を澄まそうとも漏れ聞こえない。
一刻も早く開会式へ戻りたいのだが、自身を苛んでいる腹痛は終わりが見えない。
結局、汚物を流したのはトイレに駆け込んでから15分が経った頃になってしまった。
トイレから出ると殺風景な廊下に突き当たり右方へ駆ける。
だんだんと体育館の喧騒が聞こえてくる。
それが嫌に騒がしかったことに、心二は一抹の不安を両手に握りながらに体育館の扉を開け放った。
キチンと整列していた筈の列は見る影もなく、一つの長蛇の列の周りに生徒達がまばらに散りガヤガヤと話し声が耳を劈く。
「……な、何だこの大名行列は!」
思わずトイレで式を立った時の光景とはかけ離れていたため声に出して驚く。
「心二ー!心二ー!」
聞き慣れた女の子の声が横から心二の鼓膜を叩く。
振り向くとそこにはクラスメイトの面々が心もとない表情を浮かべている。
「みんなこれはどういうことだ?開会式は終わったの?」
心二の問いにはいつもとは違い金髪を下ろした守郎が応える。
「開会式は終わってんだ。これは桜南祭のイベントの一つ。『フロンティア』の参加者受付だ。」
ふ、ふろんてぃあ?と守郎の言葉を復唱する。
「世界史的にはフロンティアはアメリカ西部における開拓地と未開拓地の境界という意味だ。」
「まぁフロンティアと言えばポケモンのバトルフロンティアが思い浮かぶね」
李女と優璃の補足により話の大体を理解する。
……正直李女の説明は入っていない。
フロンティアなんて習ったっけ?状態。
「要するに戦科でバトルロワイアル的な?なーんでせっかくのお祭りにそんな物騒な企画立てるのかね。無視無視、たこ焼き食べにいこーぜ」
プーンと行列を背にして体育館を後にしようと歩き出す。
「出店ならあと10分後くらいからサービス開始だ。……それより聞けって心二。」
立ち去ろうとする心二を悪だくみの一つや二つ考えてそうな守郎の悪人面を向けてくる。
「守郎はフロンティアに参加するんだって」
由美の一言に心二は口をいがめて守郎に視線を向ける。
「はぁ?どうしたんだよ守郎、フロンティアってどうせバーチャルシステムを使った戦いなんだろ?オレら低成績者が不利なんだから時間の無駄だってー」
「守郎はフロンティアの優勝者のアレが狙いやねんやろ?」
奏也の意味深な言葉に李女はため息をつく。
「……無理だとは思うんだが。」
「え?なに?優勝したら何があるの?」
少し食いついてきた心二の様子を見てニヒッ口を歪める守郎。
「優勝者にはなんと……好きな事を何でも一つ叶えてくれんだよ」
「神龍かよ。」
どうせ無理くりなお願いは叶えられないのに何でもとかつける当たり趣味が悪い。
「……と、まぁお願いとかは置いといてだ。低成績者のオレ達がフロンティア参加者の成績優秀者をボコスカ打ち負かして行く……ってのは中々面白いとは思わねぇか?」
トゥンク……。
心二の胸をときめかせる言葉の響き。
鼻につく成績優秀者共を打ち負かす……。それはとても気持ちが良いのだろう。
「面白い!いいじゃん、やろう!」
「え!?心二も参加するの?」
「やめとけて心二。恥かくだけやて」
由美と奏也の制止の声を払いのけて、心二は徐々に受付を済ませるためすっかり減った列に入る。
「要は……勝てばいいんだろ?勝ってやんよ!なぁ守郎」
「あったり前だ。勝利こそが全てだ」
二人の目には姑息な戦略の数々が目に見えているようだった。
「あ、でも心二。フロンティアはトーナメント戦だよ?バトロワじゃないからね」
「…………え?」
「えーと、参加者二名。天条心二くんと垣峰守郎くんね。順番が回ってきたら放送を入れるのでちゃんと放送を聞いていて下さいね。」
参加受付を済ませた心二に対して優璃の言葉は……少し遅すぎたかもしれない。
開会式を終えた桜南高校校舎内は祭りの雰囲気一色であった。
どこもかしこも華やかで、友人と歩む生徒の表情は誰一人として笑顔に溢れていた。
そんな桜南校敷地内、部室棟のクラブハウス裏の路地にて、不穏な空気が立ち込めていた。
「な、何ですか?」
おどおどする男子生徒に電子生徒手帳をかざし毒付く二年生の男子生徒二名。
「点数300未満って、生きてる価値なくね?なぁ春日」
無情にも生徒の5教科合計点数をスキャンしてしまう電子生徒手帳は男二人に絡まれる生徒の点数を曝け出してしまう。
「まーまー西田。そんな凡人の価値ってのはオレら成績優秀者がいてこそだからな。」
言いながら男は右手を差し出す。
詰め寄る男子生徒二人、西田と春日の表情は卑劣そのもの。
「何ですか、その手は?」
縮こまる男子生徒に西田が手を差し出している横でキャンディを舐めるつり目の春日は苛立ち声で地面を蹴る。
「んあ?決まっっっってんだろ。金だよかーーねーー。金よこせっつうんだよ」
続けてドンドンと苛立ちながら催促するかのように地面を蹴り続けるその様は威嚇のよう。
逆らう理由を見出すことができない彼はポケットから長財布を取り出す。
彼ら成績優秀者に逆らう……ということはこの世の常識に逆らうことと同義である。
成績優秀者の言い分こそが絶対でありルール。
逆らおうともこちらに肩を貸してくれる者がいない。
逆らう……という選択肢が出てこない。無駄で愚かな行為であるからだ。
男子生徒は泣く泣く長財布を差し出す。
これが低成績者の常であり日常。
ただ、そこに変化を見出すとしたら……。
「ヤダこわーい、カツアゲですかぁ?」
身近に能天気そうな女の子が絡んできたことだ。
「あん?何だアンタ」
財布を取ろうとした西田が目付きを鋭くして女子生徒に電子生徒手帳をかざす。
「おい春日、見てみろよコイツ。点数259」
すかさず威嚇大好きの春日は電子生徒手帳で彼女の点数をスキャンする。
「まったく、祭りだからって後先考えずに浮かれてるから標的にされるんだよ」
下卑た笑みを浮かべながら春日は女生徒の前に立つ。
「……しかし、顔はいいな。お前、ちょいとオレらと相手しろよ」
「相手?」
ペロッと舌を出してとぼける様に首を傾げる。
「そーそー。その可愛らしい舌でちょーっと……な」
言いながら視線を後ろに向ける。
財布を受け取った西田もまた下衆の表情で視線を返す。
彼らの中で目の前の彼女に何をするのか……方針を決めたようだ。
「んじゃ、行こうか」
少女の肩を少々乱暴に掴んで、彼らは体育館倉庫へと歩き出す。
「あん、ちょっと待って」
すると彼女はスルリと肩を翻し西田の手に持つ長財布をひっ掴む。
「キミー、これ財布っ!」
言いながら被害者の男子生徒に脅迫されて取られた長財布を放る。
そんな彼女の行動に唖然とする西田と春日。
「はい、さっさと逃げる!」
パンパンと手を叩いて逃走を促す。
「で……でもっ……」
気の進まない男子生徒はアタフタしながら何をすべきか思案する。
女の子が暴行を受けるかもしれないのに、自分はそんな彼女を見捨てるのか?
自分を逃がそうとしてくれる彼女を?
「キ、キミも逃げよう!」
男子生徒は少女と共に逃げるべく彼女の元に駆け寄る。
「だ、ダメだって……!早く逃げ……」
「おいこのメスぅ!何勝手な事してんだよ!!」
グイっと襟元を引っ掴み凄みを効かせながら春日は少女を頑睨む。
一方西田は駆け寄る男子生徒に財布を奪い返そうと気だるげに接近。
「返せよ低脳。」
「あっ!」
ヒョイっと簡単に財布を奪い取る。
その様子を横目に少女はため息を吐く。
「……あーんもぅ。手間が増えるじゃない」
そう呟く少女の顎を春日はクイッと持ち上げる。
「テメェは自分の立場が分かねぇのか?その気になればこの場で犯してやってもいいんだぜ?」
今にも互いの唇が触れ合いそうなその光景を男子生徒は黙って見ていることなどできなかった。
「や……やめっ……やめろーー!」
ゴスッと吠える男子生徒の額を西田の肘打ちが直撃する。
「だぁーってろ、低脳が」
「とーりーあーえーずー」
不機嫌そうな女の声がその場を震わせる。無論、未だ襟元を掴まれてる彼女……
流星雨凪の声だ。
「その手を離してくれない?……凡人さん」
「……っ?は、はぁぁ?」
凡人と雨凪を見下していた春日はそんな彼女に自分が凡人呼ばわりされたことに
憤りを覚える。
「何言ってんだお前は?成績優秀者のオレらの数値が見えてねぇのか?」
クスッと嘲笑が雨凪から零れる。
「やだ、しっかり見てたよ?春日愛真431点、西田俊樹444点。それでもアナタ達は私に劣ってるの。」
雨凪の言葉にいよいよ眉を傾げ、引っつかんでいた襟元を振り払うように離す。
「お前……頭おかしいだろ」
「そう思われるのは心外ね、だからその目で見てもらうことにするわ。」
雨凪は左中指に通された指輪、次元石を二回タッチする。
瞬間、戦科試合と同様のバーチャルシステムがその場に召喚される。
バーチャルシステムは自身の持つ一定数の血液を出すと戦闘から強制離脱を命じる。
戦科試合と同じく多く血を流した方の負け。
そんな基本ルールに於いて、やはり有利なのは成績優秀者の春日と西田だ。
雨凪は数歩下がり、後ろの男子生徒へと視線を向ける。
「今更逃げろって言っても言うこときないだろうから、ここからは自己責任ね?
私はもう知らない。勝手に逃げて勝手に見てて?ただし……」
雨凪の穏やかな垂れ目から一変、獰猛な獣をも黙らせる威圧を含む眼力を飛ばす。
「加勢なんかしたら……許さないからね?」
言いながら、正面の春日と西田を見据える。二人の成績優秀者を低成績者が相手取るのは、無謀極まりない。
しかし男子生徒は不思議と雨凪を黙って見届けることができた。
正体不明の雨凪の強気な自信が彼をそうさせているのだ。
召喚したレイピアを構える雨凪は相手する二人に伺うような視線を交互に向ける。
「とりあえず財布を返して貰おうわね」
ゆったりとした足取りで雨凪は西田の元へ歩き出す。
ダダダダッと猛威を上げながら雨凪に斬りかかる春日。
「はいっ終わりぃぃぃ!」
勝利を確信した春日はそのまま雨凪に剣を振り下ろす。
「……もう」
嘆息吐きながら雨凪は眼前に迫る剣撃に右手のレイピアを前に出さず、左手を突き出した。
やはりバカだ。
春日は鼻で笑いながら容赦無く雨凪の左腕を落とす勢いで斬り下ろす。
カンッ、、、。
乾いた破砕音がクラブハウスの裏路地に響く。
雨凪と春日の間、空を舞うのは斬り裂かれた雨凪の左腕ではない。
「……あん?」
間違いなく、春日の刀の切っ先だった。
「……っ!」
即座に事態の異常性に感づき西田は自身の武器、双剣を構える。
「あははん、無駄無駄。」
不気味な笑みを露わにしながら雨凪はレイピアを懐に引く。
まるでエネルギーを蓄えるかのように。
「レイピア一本で双剣の防御を貫けると思ってんのか、返り討ちにしてやるよ」
二本と一本。
一目で有利不利の分かる状況……。
そんな常識を彼女は打ち砕こうとしている。
……成績優秀者達の虚言過信と共に。
「もし双剣が急に朽ち果てるとしたら……アナタは私のレイピアを防げない。」
「……はぁ?」
あまりに都合のいい言い分に西田は額に青筋を立てる。
「妄想見てんじゃねーぞ!っんのメスがぁぁぁぁ」
「あら?妄想?」
ガシャ、バリ、ゴシャン……。
雨凪の言葉通り、西田の双剣はあっさりと、何の前触れもなく、崩れ落ちた。
「……っ!?何だ?何が起きてっ……」
ドスッ。
西田の左胸を鋭いレイピアが貫いた。
ドスッドスッドスッ……
雨凪の右手は止まらない。
容赦無く西田の胸板を抉り、圧し、貫いた。
ノロノロとした動作で蜂の巣の西田から長財布をふんだくる。
無言で財布の持ち主を男子生徒に今度こそ投げ返すと、残りの標的を見据える。
「……さぁて、残りはアナタ。」
「コード展開……太陽神!」
不気味な雨凪の笑みを照らす神々しい後光が射す。
「全力でお前を焼き払う」
春日の背後で唸る炎を纏った二本の尾先から灼熱の球体が生み出される。
熱気が辺りの気温を上昇させる。
そして、恐るべきは形成されゆく球体。
離れた位置からでも、熱気が伝わってくる。
直撃を喰らえば跡形も残らずに焼却の一途を辿るであろう必殺の一撃に雨凪は涼しい表情を浮かべる。
「……何余裕ぶってんだぁ?へへっ、いいぜいいぜぇ、調教のし甲斐があるっても……」
瞬間、信じられない光景が眼前で起こる。
灼熱を纏う球体が爆発を起こした。
ほぼ爆心地で減らず口を叩いていた春日は見る影もなく、爆散した。
焼き焦げた何かの匂いが悪臭を作り出し、路地裏は見るに堪えない被曝地帯と化した。
手も足も触れずに灼熱球体を爆発させたのは邪悪な笑みを零す一人の少女。
「はっあぁぁん、気持ちいぃぃ……。成績優秀者様の余裕ぶった表情を消し飛ばすあの瞬間……!ゾクゾクするわぁん」
ベロンと獲物を狩った獣が返り血を舐めるかのように唇を踊る淫靡な雨凪の舌は爆発で抉れた地面とは対象的に、美しかった。
出店を遊び歩く心二、守郎、優璃、奏也、李女は様々な食べ物を持ち寄って中庭のベンチで会話に華を咲かせていた。
「いっやぁー、いいなぁこの校内の雰囲気!学校全体がお祭り気分なこの感じぃ!」
両手を上げて息を吸う。
うーん、乾いた空気が鼻の奥の奥を通る。
「ん?何か焦げてる匂いしない?」
焼き焦げた炭みたいな匂いが心二の鼻腔をくすぐる。
「あぁ、焼き鳥の出店がやらかしちまったらしいぜー。」
言いながら焼き鳥へ噛み付く守郎は相も変わらず気だるげだ。
「せやかて焼き鳥の出店なんて正門前の通りやろ?こんなところまで臭ってくんのか?」
奏也の疑問にめんどくさそうな表情を浮かべて守郎は焼き鳥の串を口に咥える。
「それじゃあれだ、タバコ。」
「さすが不良の考えることは違うね!」
優璃のノリノリな反応が勘に触ったのかケッと咥えた串を吐き捨てた。
「垣峰、吐き捨てた串を拾え。」
李女の鋭い声が飛んでくる。
そんな時だった。
『フロンティア一試合目、春日愛真くんと平田晩鳴くんは体育館へ集合してください。十分以内に姿が確認できない場合は失格と見なします』
フロンティア実行委員の女子生徒がアナウンスする。
どうやらフロンティアが始まったようだ。
「楽しみだなー、オレの出番まだかな」
桜南祭が開幕して以降、ウキウキ気分を隠せない心二は空を見上げる。
雲ひとつない快晴で…………あ、曇ってるじゃん。
「たいへんたいへーん!」
人混みの出来てる屋台の方から両手に唐揚げ串を持った由美がこちらへ走ってくる。
「胸が……揺れていないっ!」
由美に対しての優璃の言葉は幸い、由美には届いていないらしい。
……ユレテナイナー。
肩で息をする由美に奏也が笑みを含めながら尋ねる。
しかし、由美の表情には余裕がない。
「く……クラブハウスの裏路地で成績優秀者達が襲撃されたらしいの!」
「「「へい?」」」
今まさに、心二達のいる中庭。
怪しげな男女の会話が繰り広げられていた。
「五人か。上々じゃんかよ」
木陰の元でりんご飴をペロペロする雨凪に賞賛を送る蒔枷霧亜。彼の目はジトーっとりんご飴を睨んでいる。
「……あれん?欲しいの?」
「いらねーよ汚ねー」
ブー、と頬を膨らませる雨凪は思い出したように霧亜の目を覗く。
「そういえば、霧亜は何人倒したの?」
「覚えてねーなぁ。」
鋭い霧亜の眼光は次なる標的を選別するかの様にキョロキョロと目を配っていた。
「……けど、10人はいたな。」
「すっごーい。……あー、一応聞くんだけどアイツに手出してないよね?」
アイツ……という不特定な表現をするが、霧亜には伝わっているのか肯定の意を示す様にコクリと頷く。
「ならいいんだけど。……まぁ、早めに見つけて喧嘩ふっかけちゃおっかな。」
りんご飴を横一線になぞる様に舐めた後、憎々しげにある男の名を呟く。
「……橿場直之。あーん……早くあのムカつく顔をぶち壊してあげたいわん」
左手を空へ伸ばす彼女は不気味な笑みを崩さずに、ただ……舌舐めずりする。
強者を食い尽くす獣が、まだ足りない、まだ足りないと獲物を欲するかのように。
後に、桜南祭では不穏な噂が行き交うことになる。
校内で成績優秀者が襲撃を受ける通り魔事件。
被害は続々と増え続けており、収束の見込みは、今のところ皆無である。
生徒間では、この騒動を「成績優秀者狩り」なる通り魔が起こしている……と、そんな噂が校内を一人歩いていた。




