#58 祭の話
体育祭を経ての休日明け。
月曜日の昼休みは、屋上で一週間で友達の記憶を忘れてしまう某天使様と昼食を取るでもなく、某ぼっちのヒッキーみたくベストプレイスで一人昼食を食べたりせず、天条心二はお一人様一袋限定のキャラメルラスクをデザートにつまんでいた。
……と言っても売り切れていたので自分のではなく、買えた今西優璃のキャラメルラスクを浅ましげにつまんでいる……という補足が必要だろう。
さらにキャラメルラスクを摘まむ手は止まらず、挙げ句の果てにキャラメルラスクへと伸ばした手をパチンと叩かれる。
「心二食べ過ぎー」
「んっ……悪い悪い。手が止まらず」
キャッチフレーズに「やめられない止まらない」とか採用出来るレベルで無心に食べることが出来る。
さて、と心二はもうじき終わりを告げる昼休みを寝て過ごす為に顔を机に伏せる。
しかしそんな心二にお尋ね者が二人。
「おう心二ー!何や昨日久々に大空船の奴らと会うてんやろ?」
過ぎ去った夏休みを思い出しながら太刀川奏也と古旗由美がうつ伏せる心二を叩き起こす。
「……ん?あぁ。」
「どうだったどうだった?特に愛衣ちゃん!あの子も来てたの?」
由美が引き気味に聞いてくる。
その問いに心二は苦い顔を浮かべながら返す。
「ん、うん。来てたよー。なぁ優璃」
前の座席で音楽を聞きながら座る優璃はキャラメルラスクを頬張りながら答える。
……やはり心二と同じく苦い表情で。
「う……うん。」
「ええなぁー、わい昨日バイトやったからなぁ……」
「紅空ちゃんのTwitterの写メに写ってた愛衣ちゃんすごいよね!前より全然大人みたいだった」
うん、主に胸がだよね。
やはりTwitterというのは恐ろしい拡散力である。場に居合わせていない奏也や由美にも既に知られていた。
しかし、彼らは知らない。
愛衣が受けた心二の姉、天条紅空の性教育の実態を。
純真な少女を現実という名のヘドロで塗りたくるような気持ちを抱いてしまった心二は正直あの場にいたくなかった。
何も知らない奏也と由美が羨ましい。
……愛衣に健全な性教育を!、、、と依頼してきた大空船メンバーの木場音祐と風上大空だが、頼りの優璃がやりたくないと聞かないため、急遽紅空を代役に立てた結果、表面上対した変化が見られなかったため、安心して昨日はお開きとなったのだが、事件は夜も老けた頃に起こった。
来客者も全員帰り、風呂上がりの湿った髪の毛をドライヤーで乾かしていた時の事。
ゴォォォォとドライヤーから発せられる温風の音に紛れて携帯の着信音が鳴る。
ドライヤーを止め、静寂に包まれる洗面台。
鏡に映る自分の顔に恥ずかしさを覚え、背を向けながら電話に出る。
発信先は今朝に我が家を訪れた音祐の名前が表示されていた。
「もしもし」
「心二!心二心二心二!」
ついていけないテンションの声音に心二は目を細め、落ち着いて返す。
「……どうした?」
心二と自分とのテンションの違いに気付き、潜むような声音で言葉を紡ぐ。
「愛衣の風呂時間がいつもより長いんだが……これはそのっ……シャワーでオナヌーを」
「……!遂に愛衣ちゃんもデビュー戦か」
紅空からの性教育を受けたと考えれば女子中学生がどこでナニをしようが疑問は抱かない……が。
「なぁ木場、愛衣ちゃんは大空船のアジトで暮らしてるんだよな?」
「あ?そうだけど?」
心二は確信した。
あのアジトにはシャワールーム何て立派なものは無かったはずだ。
なのに電話の向こうでは愛衣は何処かでシャワーを浴びている。
「……もしかして木場、愛衣ちゃんを家に連れ込んだりしてる?」
「ギッッックゥゥゥゥ!!え、え?な、な、な、何でそんなこと分かる……じゃない、何のこと?」
嘘つくの下手くそ過ぎるだろ。
無言の圧を電話越しからかけてやると、ため息の様な呻きが聞こえる。
「……しゃ、しゃーねぇだろ。愛衣も年頃なんだし。シャワーは毎晩浴びたいに決まってんだろ。」
「そりゃそうだけどさ。親とかは何にも思わないの?」
一応、音祐は大学生だったはずだ。身なりが何にしろ愛衣は中学生。
親に1から全部を説明するとなると中々苦労したであろう事を察する。
「秘密に決まってんだろ。」
しかしそんな心二に音祐はとんでもない返答を投げた。
「は!?秘密!??どういうことだ?」
音祐の言葉によって生み出されモヤモヤと煙状ながらに頭の中を浮かぶ予想は恐らく真意をついているのだろうが、確認のために音祐を問いただす。
「どうも何も親の目を盗んで家の風呂に入れてやってるんだよ。案外ばれてない。」
何それ初期のBLEACHの一護とルキアかよ。そのうち愛衣を自室のタンスに寝かしそうで怖い。
「ほいでな心二……」
心二を回想から引き戻した奏也の声と重なるように次の授業開始のチャイムが校内に流れる。
「あー、鳴ってもうたわ。ほんじゃな心二」
何か言いたげそうな奏也はチャイムと同時に教室へ入ってきた担任教師の花江幸先生を見るや否や笑顔を残して自分の席へ戻る。
「うっす」
奏也を最後まで見送ることなく、女子学級委員長の菜川李女が起立の号令をかける。
欠伸混じりに席を立つ心二も歴とした1年3組の男子学級委員長だ。
主な仕事は定期的に開かれる学級委員集会への出席やLHRの進行、そして授業開始と終了の号令掛けだ。
始業を李女が担当し、終業を心二が担当している。
号令が終わり一斉に席へ座る生徒たちを確認した花江先生はほんのり笑顔を含めながら学級委員長である心二と李女に教壇前へ出てくるようにアイコンタクトを送ってくる。
本日月曜日の六限目はLHR、つまりは委員長である彼らが進行を務める一限だ。
すっかり委員長の進行が板についたのか、無意識に心二は教壇に肘をドンと置き、クラスの皆を見渡す。
「あ!先生!垣峰くんがスマホいじってます!没収没収!」
「あ?これはダンボールで作ったスマホだ。いい出来だろ」
言いながら顔の前で見せびらかす様にダンボールスマホを弄ぶ。
「ったくよ、ダンボールとスマホの区別もつかねーなんて委員長失格だな。置物委員長よー」
「……てっめぇややこしいことするな!まさかオレを陥れるためだけにダンボールでフェイクスマホ作ったのか!?」
心二の問いに鼻笑いで返す守郎。
「さ、さ、最低だ!先生!こいつを窓から突き落としてもいいですか!?」
「天条くん、進行してもらってもいいかしら?」
冷ややかな笑みは暗に「お前の単位を落としてやろうか?」と言っているような気がした。
今回のLHRの議題を考えると、時間を押しているのかもしれない。早く本題に入りたいところなのだろう。
後ろでは教卓の引き出しに入っている機材をスタンバイし、みんなの電子生徒手帳に情報を送る為の作業を終えた頃だ。
「天条、機材の準備も整った。議題の詳細を転送するぞ。」
李女の前向きな進行もあってか、いつでも準備万端のようだ。
「わかった。よし、それではLHRを始めまーす。今回の議題は……」
心二の進行開始と同時に李女はみんなの電子生徒手帳に今回の議題の詳細を転送した。
「……ついに来たか」
生徒手帳に視線を落とす守郎は口の端をヒクッと歪ませる。
そんな守郎に乗ずるように優璃が「だねっ」と一言。
……フシギダネかな?ダネッフシッッッ!
みんなの電子生徒手帳の画面にこのLHRで話し合う資料が転送されたことを何となくで確認した心二は本格的に話し合いを進行していく。
「ってことで、うん。お前らついに来たぞ!」
クラス内を見渡すとみんなの今か今かと興奮溢れんばかりの待ち顔がこちらに視線を集中している。
さぁ、解き放つ時はきた。
「来週からは!桜南際っっ「「「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」
クラス内が一気に沸き立ち、授業中だということも忘れて席を立ち両手を上げて叫び出す。
「と、言うわけで只今よりぃ!我らが3組が桜南祭で催す出店の意見を募る!」
「はい!はいはいはーい!」
早速出店候補を提案する意味の挙手が撃村託巳から上げられた。
「はい、たくみん」
指名された託巳は机に身を乗り出す。
「オレはメイド喫茶を提案する!」
出された案に拳を握り歓喜する者が半数。
中々の支持だ。
「ちょ、ちょ、ちょっと男子!そんなのミトメラレナイワ!」
しかし女子陣の反感もかなり熱い。
そりゃまぁ、乗り気な女子もいるわけではあるが。例えば優璃。
「えぇーー?いいじゃんみんなー、メイド服なんて滅多に着れないよ?合法的に着るチャンス!」
「そうだそうだ!ナイスアシスト今西!」
自身の案を持ち上げてくれる優璃に感謝の声をかける託巳は確信した。
男子陣はほとんど全員肯定的な反応。
それにプラス女子票少数。
この案を上回る妙案が出てくる可能性は恐らくない。
「…………1年生は食品関係の出店は認められていないのだが……」
早くもメイド服の採寸を検討していた託巳に李女はあまりに前触れなく、寧ろ一人言のような声のトーンで呟いた。
「「「……へ?」」」
ほとんどクラス全員分の間抜けな声が一つになった。
意見は割れていたが、この部分だけは確かに一致している。
説明を求める託巳の視線に気付いた李女は手元の生徒手帳を確認しながら読み上げるように説明する。
「ほら、3項目目を見てくれ。『一年生に関しては食品を扱う出店を認めないものとする。』、ちゃんと明記されている。」
デデドン、正に絶望が降りてきた瞬間だった。
しかし、託巳はメイド喫茶を捨てる気は無いようで。
「そ、そんじゃお客さんにご奉仕のみのメイド喫茶ってのは?」
「…………ご奉仕ってどんな?」
嫌な予感しながらも、由美は託巳に尋ねる。
少し言葉を選ぶような間があったが、それも一瞬。由美の問いに返事はすぐさま返ってくる。
「んーーっと……。あ、頭撫で撫でとか?」
「ひいっ……!」
キミとなでっこ!
思わず身震いする由美の反応から察するに、えぇ、まぁドン引き。
「せ、先生。どうでしょう、メイド喫茶。」
一応大人からの意見を聞くため、李女は花江先生に話を振ってみる。
もはや喫茶ではないメイド喫茶の案に静聴していた花江先生は常に浮かべる笑顔を崩さずにこう告げる。
「却下です。」
「はーい、他に案がある人ー」
廃案となるや否や次の案を催促する。切り替えの早い進行は実に話し合いをスムーズに進めることができる。
「演劇とかはどうなのー?」
優璃の案に花江先生が申し訳ない表情で応える。
「あぁ、演劇は二年生でやるのよ。あなた達は来年にやってもらうことになるわ」
食品の出店、演劇もダメとなるといよいよ挙手する人がいなくなる。
心二の求案にスッと無言で挙手するのは奏也だった。
「お、奏ちゃんどうぞー」
「奏ちゃん言うな。わいはお悩み相談室を提案するわ」
「「「お悩み相談室?」」」
またもや一致の疑問符を浮かべる生徒諸君。
そんな様子を見かねた李女はみんなを代表して奏也に尋ねる。
「太刀川、それはどういうことをやるのだ?」
「その名の通りや、悩める子羊の相談やったりを受け付けるんや」
「お、それ楽そう。オレは賛成だ」
奏也の説明に納得のいった守郎は気だるげに賛成を意を伝える。
「オレもオレも。」
「ウチもそれでいいよー」
続いて椎村火影と由美も賛成に乗ずる。
するとあちらこちらからも賛成の声が聞こえてきだした。
大体食品を提供出来ない出店なんて条件を出されたら射的だったり金魚すくいくらいしかないのではないか。
ありきたりの案だと他の1年クラスの案とカブる可能性もあるし奏也の案が妥当だろう。
正直考えるのがめんどくさい雰囲気が教室に蔓延している。さっさと打ち切りたい心二は早々に決断を下すことにする。
「よし、んじゃ我がクラスでは桜南祭にてお悩み相談室を開くことで!はい終わりー」
授業時間を少し残したところで今回のLHRが終了し、みんなは口々に雑談を始める。心二と李女も役目を果たし席へと戻る。
「心二ー、確か今日の戦科ってくーちゃんが出るんだったよね?」
席に戻る心二は前の席の優璃に次の授業の話を振る。
月、金曜日の六限目の戦科は勉強嫌いの心二にとっては心待ちにしている科目だ。
「そうだな。ま、どうせくーちゃんの圧勝だろう」
そんな戦科でも、今回は1年の上位成績優秀者である弥富深海の戦いが行われる。相手も1年上位3位の生徒との対決は観戦する側の生徒にとっては密かに噂になっている一戦だ。
「そういえば菜川も今日戦科試合だよな?」
心二は少々声音を上げて教卓に広げてる機材を片付ける李女に話を振る。
「うん、そうだ。相手が知り合いというのは少しやりにくい。」
「ん?菜川の相手って誰だっけ?」
心二の問いかけにすぐさま答えた菜川だったが、その声は教室の扉をガラガラと開けた音によって遮られた。
授業中には場違いなその音はみんなの視線を集中させた。
……扉の前には見慣れぬ男子生徒が立っていた。
後ろでに扉を閉めて、驚いた顔をした花江先生の元へと歩いていく。
「……綾瀬くん来てくれたの!?」
彼の存在を認識すると先生は笑顔で彼を迎えた。
「先生そいつは?」
守郎の敵意丸出しの声音に先生はやはり笑顔を崩さずに答える。
「彼は綾瀬堅志。みんなと同じく1年3組の仲間です」
「……仲間?転校生ってわけでもないってことは……不登校だった奴か?」
守郎の喧嘩腰の態度に堅志はズカズカと守郎の席まで歩いていく。
「んむんむ、不登校の引きこもりだが……」
堅志の気だるげな垂れ目が、その瞬間は確かに零度の冷たい威圧的な目に変貌した。
「……お前なんかに見下されたくねぇな」
「……んだと?」
一触即発の対面。
喧嘩のゴングが叩かれるかのように、五時限目終業のチャイムがなった。




