#56 真のプロローグ
プリントクラブ……略名をプリクラと称するそれは、一般のゲームセンターに設置されている写真を撮りその場でシールにしてくれる機械だ。
さらにその写真に落書きや諸々の加工まで施せるプリクラは、若者に大変な人気を集めている。
そんなプリクラにまつわるこんな話がある。
ある時代の話。
女性同士プリクラで撮った写真に落書きなどをして楽しんでいた時、不意にカメラで股下の下着を男客に盗撮される……といった事案が発生した。
プリクラでの盗撮は留まるところを知らず、遂には撮影中にナンパ目的の男連中が乱入するまでに至り、プリクラスペースは完全に男子禁制となり、ゲームセンターには女の子のみの花園が生まれた。
「ね!プリクラ撮ろうよ〜」
昼食を食べ終え、iPhoneに目を落とす守郎に優璃がそんな事を言ってくる。
「プリクラ?プリクラってあれか、チューしながら撮る羞恥写真のことか?」
「それはチュープリ!そんなバカらしいことするわけないじゃん!」
本当にバカらしい。Twitterで見かけるチュープリは他人である自分が見てても恥ずかしい。よくあんなプリをTwitterなんかによく載せれるものだ。
そういう羞恥プレイなのかと本気で思ったあの日を守郎は思い出す。
優璃の隣でポッと耳を赤くする由美がチラリと目に入る。
「……まぁ、行ってくればいいだろ」
「守郎も撮るの!ねぇ由美?」
「……そそそそうだよ〜。守郎も撮ろうよぉ」
由美も若干頬を赤らめて控えめに誘ってくる。どもり過ぎて某漫画の巨乳魔法使いみたいだ。
そそそそんな事ないですよー。
「まぁええやんけ守郎よ。割り勘したら百円もせぇへんねんやし。」
ポンポンと肩を叩く奏也にジロリと視線を向ける守郎にもビクつく事なく、寧ろそんな守郎の顔を見てニコニコ微笑む。
「……だって、そんじゃ何人撮るんだよ。オレに、奏也に、優璃由美……」
そして向かいの左側に座る菜川李女、弥富深海。隣に並んで座る椎村火影と撃村託巳。
「8人だけど?」
優璃が小首を傾げて当たり前のことを言う。
「あんな狭い所8人も密集するなんて……想像するだけで暑苦しいんだよ。」
水滴が滴るグラスを口元に運びながら守郎は面倒臭そうにボヤく。
「よし、そんじゃ由美と守郎で撮ってきなよ!」
「ちょ、ちょっと優璃!恥ずかしいこと言わないでよ!」
「だって撮りたいんでしょ?仕方ないじゃん多いのヤダって言うし」
「優璃も一緒に入ってよ!」
口元を手で隠しながらコソコソ言い合っている優璃と由美だが、聞かれたくないならもう少し声を潜めるべきだ。
「いや、男一人はオレが嫌なんだけど。……それと丸聞こえ。」
バタンッ!と由美がオーバーヒートしたかの様に机へ突っ伏す。
意識しすぎるのもどうかと思う。
「そんじゃ奏ちゃんも入れて四人ね!」
パチン!と指を鳴らし横に座る李女に両手を合わせる。
「ごめんね李女ちゃん、あとで四人で撮ろうね!」
「あ、あぁ。」
昼食後の予定が決まりつつある中、彼は気付いた。
「……あれ?オレらハブられてね?」
「いやいや、オレは靴買いにきただけだし。もう帰るぜ?」
欠伸を噛み殺しながら火影は頬杖をつく。
「なんでだよぅ!も少し遊んでこーぜ?」
我慢出来ずに口を開けて欠伸する火影の耳には託巳の声は届かなかった。
一時は男子禁制とされたプリクラスペースだが、今となっては見る影もなく、気軽に男同士でホモホモしい写真や百合百合しい写真をプリクラで撮ることが出来る世の中になった。
そして勿論、今回のように男女混合のペアでもプリクラを利用できるのだ。
「うわ、何か蒸し蒸ししてんな」
写真を撮影する個室はやけにモワッとした湿気を肌で感じた。
「ハイハイ、守郎は由美と前で撮ってね」
言いながら奏也の手を引く優璃。
写真に写る配置を決めると、小銭を入れてさっさと撮ってしまう。
写真を落書きしている間、守郎は奏也と一緒にゲームセンターを練り歩いていた。
「おぉ!見てみい守郎!コンドームがゲーセンの商品になっとるで!」
「はぁ⁉︎んなわけある……って本当だ!箱入りコンドームだ!」
即座に財布を構える二人は一回200円のクレーンゲームにプレイする。
鼻歌混じりに落書きを終えた優璃と由美はプリクラの個室から顔を出して待っていた李女と深海に尋ねる。
「あれ?守郎と奏也は?」
尋ねられた二人は無言で少し離れたベンチを指差す。
そこには頭を抱えて項垂れる守郎と奏也がいた。
「ど、どうしたの?あの二人は。」
「……さぁ。多分クレーンゲームでやらかしたんじゃ……」
「コンドームコンドームって言ってたわ」
不意のワードに由美が深海の口を塞ぐ。
「……何があったのあの二人。」
苦い顔を浮かべる由美とは違い、優璃は好奇心に満ち満ちた表情を浮かべていた。
「あたし、気になります!」
「何でそんな落ち込んでるのかあたし、気になります!」
「……あぁ、はいはいえるたそ〜」
適当に相槌をうつ守郎を見るに事は重大だと察する優璃。
アニメのパロセリフに奏也が何の反応も示さないのがさらに重症だ。
「それで、一体何があったんだ?」
尋ねる李女に、守郎は一言だけ返す。
「一回200円のクレーンゲームって、もうあれぼったくりだよな……」
「……何それ哲学?」
それこそが真実。
来たるべき3時半。
奏也は先ほどのゲームセンター(景品コンドーム)にぶん投げた1200円の事などすっかり忘れ、闘士の炎をメラメラと燃やしていた。
「おい、そのオーラしまえ」
あまりに滾っていた奏也を静めるべく目的の場所に向かいながら分けられた前髪から覗く奏也のおでこにデコピンを放つ。
「おー、悪い悪い。」
ヒリヒリするおでこを抑えながらはにかむ奏也に思わず惚れてしまうところだった。
奏也大好きの心二なら落ちてるところ。
しかし守郎はきちんと理解している。
目の前の奏也は男だ。
さて、午前の部に開かれていたヒーローショーを観られなかった守郎、奏也は午後の部に懸けていた。
5分前なんて時間に向かっても人集りが既に出来ている事を学んだ彼らは何と現在30分前から最前列で待機していた。
「……ねぇ守郎」
「あん?」
守郎が座るパイプ椅子の左側から優璃の呼び声が聞こえてくる。
守郎と優璃の間に奏也と由美を挟んでいるので守郎は少し由美に寄って聞く態勢をとる。
「もう少し表情柔らかくしたら?子供泣くよ?」
そんな指摘を受けた守郎は誠に遺憾であると目線で返す。
「ほらその目。パッと見狂戦士だよ」
「そりゃ鬼神だろがよ」
狂戦士と言えば彼らが通う桜南高校の一年生学年主任、鬼神勇次郎のアダ名だと誰もが口を揃えて言うだろう。
「目だけじゃなくてその髪の毛もだよねぇ。
金髪怖……。あ、くーちゃんは別だよ?」
何が別か意味不明の優璃のフォローにコクリとニコニコしながら深海が返す。
深海も何で笑顔で返せるんだよ、金髪怖いとか言われてますよー。
「ねぇ李女ちゃん。流石にちびっ子達が集うこの場にこんな狂戦士みたいな奴置いとけないよね?」
言いながらポケットからヘアゴムを取り出す優璃。
「優璃ちゃん?そのゴムで何するんだ?」
守郎もまさに今そんな疑問を投げようかとしたところだ。
優璃は当たり前のようにゴムを両手で広げながら一言。
「え?ゴムは髪を弄るための物だよ?」
……瞬間、守郎の前髪がごっそり優璃に掴まれた。
「痛っ!おい何すんだよ!」
「痛いのは守郎が勝手に動くからじゃん!いいからいいから」
「言いながら笑ってんじゃねーよ!やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」
午後四時前。
既にちびっ子達で埋め尽くされているヒーローショーが行われるイベントスペース。
彼らは30分前と変わらず最前列へ待機していた。
左から順に、ヒーローショーの始まりを密かに待つうっすら笑みを浮かべる菜川李女。
背筋を伸ばし仏頂面ながらも、しきりに時刻を確認しながらショーの開始を待ちわびる弥富深海。
胸前まで垂れる黒髪を人差し指に絡ませる今西優璃は隣で一番ヒーローショーを楽しみにしている太刀川奏也と談笑している。
ワクワク!と足をパタパタさせている奏也の横では30分前から頬を赤らめ暇さえあれば前髪を整えている古旗由美。
そんな彼女をドキドキさせている張本人であり、遠くからでも目立つ金髪を惜しげも無く人目に見せつける垣峰守郎。
ただ彼は少しいつもの印象を残してはいなかった。
優璃から借りたヘアゴムで前髪を束ねそのままおでこを晒すように前髪を上げる。
さらに由美から借りたオシャレメガネを掛け、いつもはつり目を際立たせるようにギロッと覗いていた糸目はパチクリと開いていた。
今ここに、綺麗なジャイアンならぬ綺麗な垣峰守郎の出来上がりである。
「……ねぇママン、前の人金髪で怖いよぉ……」
「シッ……!聞こえちゃうでしょ、おとなしくしてなさい。」
後ろから聞こえる守郎を怖がる子供の声。
苦い顔を浮かべる守郎は由美、奏也を挟んだ優璃に今日一番の睨める視線を優璃に向ける。
「オレら最前列なんだから後ろから見えない顔をいじっても意味ねぇだろっ。おい、聞いてんのか優璃……!」
「ま、ママァン」
守郎の恨みの言葉は後ろの子供をビクつかせるだけだった。
『間も無く、炸裂戦隊ギガバイパーのヒーローショーを開催します!」
どこからともなく聞こえてくる、お姉さんのナレーションがヒーローショー開始を宣言する。
ヒーローショーが終わり、フードコートでダラダラ喋っていると、いつの間にやら数時間もの時が過ぎていた。
気が付けばガラン、、、としたフードコートに若干の寂しさを覚え、彼らは帰りの電車へと乗り込んだ。
「……やっぱり高校の友達って、いろんな奴がいるよな」
そんな独り言をガラガラの電車内でつぶやく。
「ん?どゆこと?」
守郎の呟きに優璃がこちらの目を覗きながら問いかける。
「中学とかだと、遠出しても帰りに乗る電車って大概同じだろ?高校で知り合った友達は入学ん時に色んな奴が色んな所からやってくんじゃん。」
例えば弥富深海。
彼女は中学までは米国にいたという。この高校に来なければ会うこともなかっただろう友達の一人。
また菜川李女や狭山陽志もその一人だ。
彼らならもう少し上の高校へ進学してても何らおかしくはない。
これら三人は未だどこに住んでいるのかもわからない。乗る電車から違うということは、恐らく結構離れているのだろう。
途中まで一緒に乗っていた太刀川奏也、古旗由美も中学は別で、高校で同じクラスにならなかったら話もしなかっただろう。
そう考えていったらキリがないが、隣に座る今西優璃に対しては、ハッキリ言える。
この女との出会いは、必然的な何かだと。
それはこの場にはいない天条心二にも言えることで、特別恋愛感情があるってわけでもない。
「帰り道が違うってのは、やっぱ新鮮だ。」
胸中によぎった想いは一言も言葉に出さず、それだけをもう一度つぶやく。
「ふふ、そうだね〜」
中学で最初に出来た友達。
高校で最初に出来た友達。
守郎にとっては前者が心二。後者が優璃に当たるのだが、そう考えるとこの関係を大切にしたいと強く思う。
今の彼には、護りたい物がある。
ただそれだけの事がならず者と呼ばれた羅亜をここまで変わらせることが出来たのだ。
守郎の汚名とも言えるその異名。今はまだ片鱗すら見せることなく高校生活を送れている。
夏休みの拉致騒動で殴り込みをかけた時でさえも、羅亜は目覚めていない。
最寄り駅に着くと、電車は乏しい電灯が照らす駅のホームへ下車を促す。
地元の空気は美味しく、懐かしかった。
守郎と優璃は身体を大きく伸ばすと他愛もない会話と共にガランとしたホームを後にす……………………
「っはーーー!空気がうめぇ!」
二両離れた車両から、聞き慣れた少年の声が聞こえてくる。
彼がやけに成長した風に見えた理由は、しばらく後に考え直しても分からなかったが、そんな外見と対象的に中身は数日前に話した人格そのままだった。
「お!優璃と守郎!久しぶりぃ!」
大手を振って再会を喜ぶ心二の後ろには姉の天条紅空。それに…………
「やぁ!えっと……優璃ちゃんに守郎くん?」
交流会で面識を持った宮祁高校の上位成績優秀者。
名を思い出そうとしたところ、彼女の苗字がポツリと浮かぶ。
「……草神……だったか?」
「そ!草神鳴夏!」
何故鳴夏が心二と紅空と一緒に乗車してきたのかはともかく、天条心二の帰還は新たな革命の始まりを意味していた。
「優璃っちにしゅーくんもウチ泊まる?鳴夏も来るんだけど……」
「「…………!?」」
彼らの革命は再び始まりを告げた。
ーーーーー『バ革命』再始動……ーー。




