#55 それぞれの休日。
休日のショッピングモールはいつも以上の賑わいを見せていた。
理由は単に休日……だからではなく、変身ベルトを腰に巻きつけ広い店内を走り回る子供達を見れば何か特撮のイベントでもやっているのかなぁ……なんて大体の想像がつく。
「おぉ……。幼児がいっぱい」
「だね。一人くらい攫ってもバレないんじゃない?」
ツッコミ不在の恐怖を再確認させる今西優璃と古旗由美はトイレの前に配置されているベンチへ腰を下ろしていた。
「んー、あたしは幼児より幼女が好きだから攫うまではしないかな」
「……冗談だからね?」
「え⁉︎……う、うんうん!分かってるよぅ!」
身振り手振りで取り乱す優璃の正面、女子トイレから長い金髪を背中まで垂らした優璃と由美の連れである美少女が前髪の毛先を整えながら出てきた。
「お、くーちゃんお腹大丈夫?」
腹痛でトイレへ駆け込んだくーちゃんこと弥富深海へ気を配る一言をかける優璃に深海はぎこちない表情でコクリと頷く。
「くーちゃんまだ痛いんでしょ?私達なら大丈夫だからもう少し篭ってなよぅ」
引きつった深海の口元を見て察した由美は優しくトイレへの帰還を勧める。
「……本当にごめん。」
一言頭を下げると急ぎ足で再びトイレへ戻って行った。
「さ、くーちゃんが出てくるまで何をしますかねぇ」
両足をパタパタ浮かせる由美に優璃はバッグから取り出したポッキーを差し出した。
同階、東エリアの洋服エリア、トイレ前でポッキーを齧る優璃たちの他に西エリアでは急ぎ足でイベントスペースへ向かう者もいた。
「こっちやこっち!はよ来いて!」
「そんなに急がなくても間に合うだろう……」
左頬に垂らされた前髪を揺らしながら意気揚々と段々人集りの出来て行く道を進んでいく太刀川奏也は垣峰守郎の手を引いていた。
「あかんあかん。守郎はなぁんもわかっとらん!」
守郎の呆れ声が勘に障ったのか奏也は振り向いてまで守郎に物申す。
「今や大人気の炸裂戦隊ギガバイパーがイベントを開くとあっては、ちびっ子たちは集まってくんのや!」
「あん?颯爽登場ネコサンダー?」
「それはちゃうアニメの魔法使いやろが。見てみーや辺りみんな子供子供子供!」
守郎は周りへ目を向け子供達の腰に巻かれた変身ベルトらしき物をまじまじと見つめる。
「この変身ベルト着けてる子供全員イベント目当てで来てんのか?」
あったり前やろが、と奏也はフフンと鼻を鳴らして自信ありげに答える。
それが本当だとしたらかなりの数がイベントスペースに集まると予想できる。
イベント開始まで残り五分。
それなのにイベント会場から離れたこんなところでイベント目当ての子供達を見かけるなんて……。
何となく嫌な予感を感じた守郎は黙って奏也に手を引かれ続ける。
やがて見えてくるショッピングモール中央のイベントスペースまでやって来た守郎と奏也は呆然と人集り……というよりもはや蠢く何かを見渡した。
「おいこれ……舞台で何が起こってるのかすらわかんねーぞ」
「ぐぬぬ……ギガバイパー恐るべし」
時刻は11時過ぎ。
奏也曰く16時からの昼の部を狙おう……なんて呟きが聞こえてくる。
「……え、まさか4時までここで待つのか?」
「頼むーーー!一緒に待ってくれーーー!」
涙目で懇願してくる奏也に守郎は漫画二冊で手を打った。
「なぁ火影〜」
「火影だ馬鹿。螺旋丸かますぞ」
やはり彼らもショッピングモール二階……優璃たちのいる西エリアの真上である雑貨屋に入店していた。
「よく漫画でさー、『濡れてる……ぐへへぇ〜身体は正直だなぁ』ってやり取りがあるじゃんか」
人目を気にせずに下ネタをぶちかます撃村託巳からすかさず距離を置く椎村火影は被っていた帽子を更に深く被る。
「ちょ……何で避けるんだよ」
「何でそんな平気に下ネタ言うんだよ!人目を憚れ!」
髪型をオールバックで決めてる火影の容姿から、らしくない言葉が飛んできたことに託巳は意地悪な表情を浮かべる。
「おやおや?さっきの何処が下ネタって言うのかなぁ?」
「うっぜ!」
別に買いたいものがあったわけじゃなかった二人は一先ず雑貨屋から近場のベンチへと腰を下ろす。
「……んで?そのやり取りが何だって?」
話の続きを促す火影に託巳は右手の人差し指と親指で輪っかを作る。
「女の子が濡れるってのはさ、つまり興奮してるって事なのか?それだとしたら発情期の女子のパンツっていつもびっちょびちょ……」
「あーはいはい。もう分かったから声のトーンを落とせ。」
質問内容を理解した火影は「ggrks」の一言で済ますことなく一つ咳をして質問に返す。
「女子の女性器を眼球に例えたら分かりやすいな。眼球は乾燥しないために瞬きすんだろ?女性器も似たようなモンなんだよ。パコパコする時の摩擦で女性器を傷つけないための潤滑油的な役割が主だが、興奮してない時でも濡れるらしいぞ。男のちん○と同じく興奮してなくても反応する。
だからお前の読んだエロ漫画のシーンみたく濡れてるからって嫌がる女子を無理矢理襲うなんて事はしないように。」
何故か説教臭くなってしまった……と一瞬逸らした視線の先……正確に言えば真下の階のベンチ。ポッキーを齧りながら一点を見つめる知り合いの姿を発見した。
「へー。めっちゃ詳しいな火影、ヨッ!女性器博士‼︎……って、博士?どこ見てんの?」
「おうたくみん。あれって優璃と由美じゃね?」
火影が指差した先にトイレの前のベンチで談笑するクラスメイトの優璃と由美を発見した。
書店では、奏也の用事ごとに付き合う報酬として好きな本を二冊買ってもらえることになった守郎は成人コーナー、雑誌コーナーに目もくらず一直線にコミックスのコーナーへ向かう。
「お、ブリュンヒルデやん」
守郎が手に取った漫画のタイトルに奏也は目を光らせた。
「最新刊まだ買ってなかったんだよ。」
言いながら守郎は二冊目の本へと手を伸ばす。
「テラフォか!……なんや二冊ともヤンジャンやん!最近のヤンジャンおもろいからなぁ!」
「喰種も面白いしな」
ヤンジャン話に花が咲こうとした時、少年漫画コーナーを横切り店内の奥……青年漫画コーナーの方へ向かう見知った女の子が守郎の視界に入る。
深く帽子を被り、目元を隠す為だけに左眼を眼帯だ隠した……一目見ただけでは身元が分かりづらい格好で菜川李女はいかにもお忍びな様子でショッピングモール二回の本屋へ来ていた。
市内でもとにかく大規模な大型書店のため、ここに来れば欲しい本は大抵手に入る。
参考書購入のためにしか来店しない本屋に、李女は何を求めて来店したかと言えば参考書ではなく、漫画本を求めての入店だった。
普段は立ち寄らない漫画本コーナーは自分と同い年の男や少し年上の青年など、とにかく男のお客さんが多い印象だ。
少女漫画コーナーにはチラホラと女の子のお客さんも見られたが、李女は少女漫画を買いに来たのではない。
険しい表情を浮かべながら、少年漫画コーナーを通り過ぎ青年漫画が主に陳列されている本棚へ向かう。
目当ての漫画は巻数が多く目立つのですぐに見つかった。
「……あった。」
迷わず李女はその漫画の一巻を手に取る。
「菜川?珍しな〜こんなところで」
背後からの聞き慣れた関西弁に李女はビクリと肩を震わせる。
「……太刀川に垣峰。」
恐る恐る振り向いた李女の前にはクラスメイトの美形男子、太刀川奏也に強面男子の垣峰守郎が立っていた。
「おぉ!菜川それ『うみねこ』やんけ!」
即座に奏也は李女が手に持っていた漫画のタイトルに反応する。
「へぇ、意外だな。買うのか?……なら中古本で揃えた方がいいと思うが……」
本棚に陳列された『うみねこ』シリーズは見ての通りepisode1あたり平均4〜5巻の内容で、現在はepisode8の4巻まで出ている。
正確に既刊している本を明言すると実に42冊。
新刊で買っていくととんでもない金額になるのは明らかだ。
「お金の心配はいらない。」
凛々しくそう言うととりあえずepisode1の4冊をレジへと持っていく。
その後ろ姿を眺める守郎と奏也はポツリとつぶやきを漏らす。
「カッケぇ……。」
李女は何で眼帯をしているのか……という疑問はレジを済ませてから問おう、と守郎は李女を追いかけて自分の会計を済ますべくレジへ並ぶ。
「今度こそお腹大丈夫?」
二回目のトイレから十数分経った頃、トイレから出てきた深海に由美が尋ねた。
「もう……大丈夫。待ってくれてありがとう」
彼女の声音は長きに渡る戦いに勝利した戦士のそれだった。
時刻は既に11時過ぎ。
そろそろ来店しているお客さんが昼食を求めてフードコートが混みいる頃だ。
「よし!こんな時間だしお昼の席を取りに行こう!」
元気良くベンチから立ち上がり由美はフードコートのある2階を指差す。
「よっ!皆さんお揃いで」
そんな優璃たちに馴れ馴れしく声をかけてくる声。
声質がもうナンパ目当ての男で勘に障った由美と優璃が迎撃態勢に入る。
「あ、たくみんと火影じゃん」
龍殺しの構えをとる由美は自分たちに喋りかけてきた声の正体に気付く。
「……何だよその物騒な構え。殺されそう」
冷や汗を垂らす火影の横で託巳が目を光らせる。
「弥富さんじゃないですか‼︎」
現在託巳が一目惚れ中の心の中のマイエンジェル、弥富深海を発見し一気にテンションを上げる。
「……ど、どうも。」
若干頬を引きつらせながら「んー、この人誰だっけ?」的な意味を含め小首を傾げる。
「弥富さん達は今からどうすんの?」
収まらぬテンションのまま託巳が会話を続かせようと尋ねる。
「お昼でも食べようかなって話してたよ」
人見知りの激しい深海に代わり優璃が代弁する。
そそそ、そうなのかぁ……と託巳はあと一歩距離を縮める一言が出せない自分に心の中で叱咤する。
そんな託巳にため息を吐き今度は火影が託巳の代弁を担う。
「あー、オレらもこれから飯でも……って思ってたんだけどさ、一緒にどうだ?」
彼女らは、笑顔を浮かべて答える。
眼帯を外した李女の視界は実にはっきりとしていた。
今思えば、何で自分は漫画を買いにきただけで帽子や眼帯で身元を隠すような格好をしてきたのか……我ながら思う。
帽子は妙に被り心地が良かったので変わらず身につけている。
「多い多い多い……。座る場所ねぇぞこれ」
「座ってパズドラやりたいのに……」
そんな李女の後ろでは込み入っているフードコートに愚痴をこぼす奏也と守郎。
「……あの〜、私は別にここでお昼を摂る予定はないんだが……」
先ほども、本屋を出る時に言った言葉だが二人の「暇だったら一緒に遊んでこーぜ」の返事で止む無く同行している李女だが、座って昼食も摂れない状況となると、素直に家でご飯を食べたいと思う。
「んーー。そんなら一階のスタバとか……」
「昼にスタバはないだろ」
李女の言葉を見事にスルーする二人は既に他の昼食場所を検討していた。
「知り合いがおったらなぁ……その席に入れてもらうんやけどなぁ」
「……あ。」と李女は何かに気付いたような声を漏らす。
「どしたんや菜川?」
奏也の問いの答えに差し出した指だけで返す。
その指先には優璃に由美、深海とその他大勢までもが同席していた。
「うっし、混ぜてもらうか。」
守郎はヒッヒッヒと悪い笑みを包み隠さず、漏らしながら絡みに行く。




