#54 予兆のプロローグ
体育祭当日の午後。曇天が照らすグラウンドは砂埃を巻き上げて決戦の行方を見守っていた。
勝負はまだ序盤。始まったばかりの全学年混合リレーは低学年の走者からバトンを繋いで
いる。
いよいよリレー序盤戦も大詰め。
一年三組のアンカー、今西優璃は既にバトンのテイクオーバーゾーンにて待機していた。
優璃の両隣を見ると背丈の高い陸上部の面々も関節をほぐしながら待機していた。
そんな優璃の視線に気付いた陸上部部員。
「…………フン」
思い切り馬鹿にしたような鼻笑いが優璃の勘に障る。
……が、段々と近づいて来る自分の出番に緊張は隠せない。
そもそもの話、何故に女である自分がこんな男の見せ場を披露するためのような混合リレーに参戦することになったのか。
その元凶に当たる少年、天条心二の顔を思い浮かべつつ、自分に向かってバトンを差し出して走ってくる撃村託巳に儚げな表情を向ける。
「ほら今西!アンカー頼んだ!」
無言でバトンを受け取ると出来る限りの全力疾走でグラウンドを駆ける。
「お疲れさん。今のところ一位か。」
役目を果たした託巳に声をかける垣峰守郎は二つ持っていた苺オレの一方を託巳へ放る。
「サンキュー。……って、運動の後に甘いもの?」
「あ?運動の後こそ甘いものだろうが。」
そんな守郎はこの混合リレーを一番手で走っている。
「なぁ守郎。」
苺オレを飲みながら守郎は託巳に目を向ける。
「何か優璃がバトンもらう時にスッゲー儚げな顔してたんだけどさ。」
あー、と守郎はここにいない一人の男の顔を思い浮かべる、
「……優璃のあの表情、オレ的にグッドなんだよ!アイツあんな女の子みたいな顔できるんだなぁ」
「……お前、深海一筋じゃなかったか?」
結果。一年一組が三組を追い越し、リレーは二年生の部へと突入した。
「っひやぁぁ……。疲れた疲れた。」
一人追い抜かれ二位でゴールインした優璃はおぼつかない足取りでグラウンドを抜け出し校舎の壁へともたれかかった。
眉間を伝う汗を拭って鼠色の空を見上げる。
もし炎天下で体育祭が行われていたら……と思うと本当に曇りでよかったと心から安堵する。
うさぎ跳びリレー、綱引き、混合リレーと色んな競技に出場したが、これで全ての出場競技が終わった。
残すところは閉会式のみだ。
すると優璃、隣に水筒とタオルが置かれているのに今更気付く。
「……?何でこんな所に。」
普段なら水筒やタオルなどの持参してきたものはクラスによって分けられたスペースに教室から持ってきた椅子と共に置いてあるはずだ。優璃も今すぐ水分を摂りたいが、出場競技が終わっていないので自分のクラスのところへ戻って持参してきた飲み物を飲むこともできない。
……グラウンドを抜けて校舎の壁にもたれかかっているのも、まぁダメなのだが。
そんな優璃は面倒くさそうに少し離れた所でこちらを見ている視線に気付く。
確か、あの人相の悪い長髪の彼は橿場直之。
「……お前、今リレーのはずだろ?グラウンド戻ッてろよ」
「もう終わったよー、それよりこの水筒とタオルって……」
オレのだ、と答えながら水筒とタオルを懐に抱えて壁にもたれる。
「………………。」
無言で俯く直之を覗きながら、優璃はポツリと疑問を漏らす。
「ねぇ、何で橿場こんなところにいるの?」
最終種目のリレーが始まっている中、もう出番のない生徒たちは自分のクラスで声を張り上げ応援してたりクラスメイトと喋ったりしてる人が大半である。
こんなところで一人地べたに座っているのはどうも要領を得ない。
「…………別にいいだろが」
依然俯く直之はそれだけ言うと立ち上がる。
「え?どこ行くの」
「どこでもいいだろが。ほっとけ」
去り行く直之の背中を見ながら、何となく優璃は察した。
普通はクラス内で応援したり喋ったりしている時に、一人でこんなところにいるところを見ると……クラスで上手くいっていないのだろう。
恐らくここを去る直之には行く当てすらない。
優璃は暫し考えると直之の背中を追いかける。
「まぁまぁ待ちなって橿場くん。」
肩をポンと叩かれた直之はため息交じりに振り向く。
「……なんだよ。」
「あたしも暇なの。少し喋り相手になってくんないかな」
「もだと?」
馬鹿らしく吐き捨てると再び優璃に背中を向ける。
「一緒にすんな。大体お前だったら喋り相手くらいいッぱいいるだろ。」
「そーいえばそうそう。夏休みの時のこと、ちゃんとお礼言ってなかった!」
直之の言葉を全て受け流し……というか受けてすらいない優璃に不機嫌な視線を浴びせる直之。
「妹さんは元気なの?」
「あ?……あァ。ま〜な」
夏休みに巻き込まれた森での拉致騒動。
直之に最悪の印象を持っていた優璃が全面的にそれを改めた出来事なのだが、同時に直之の意外な一面を垣間見たりもした。
優璃たちと一緒に拉致された女の子たちの中に直之の妹……橿場恵を助けるために何十人もの男連中が巣食うアジトへ殴り込んだのだ。
「妹さんって中学生だよね?」
尋ねがら優璃はゆっくりと腰を下ろす。それに釣られ直之も渋々優璃から少し距離を置いてドサッと座り込む。
「中学三年生だ。今年から受験生だッつうから夏休みに遊びに行かせたんだよ。」
ん?と優璃は部屋に入ってきた小蝿のような見逃せない発見に気付く。
「あの時って恵ちゃんの友達も一緒にいたよね?あたしてっきりJCだけの旅行を心配して橿場がお忍びで付いて来てたのかと……」
んなわけねーだろ……と低音で直之が呻く。
「恵が何かオレにも付いて来てほしいッつーから仕方なくだよ。そりャオレもおかしいとは思ッたよ、でも連れの友達も来て来てッて言うからよォ……って何だよその目は」
優璃の我が子の成長を喜ぶ様な優しげな視線にまたもや不機嫌そうに眉をしかめる。
「え?いーや別にぃ。やけに年下から好かれてるんだなぁ……って。」
普通友達と行く……それも女の子だけの旅行に自分の兄を連れて行こうなんて思わない。
信じ難いのはその友達からも否定的でなく……むしろ好意的に誘いを受けるなんて羨まし過ぎるではないか。まるでハーレムアニメの主人公である。
「ほッとけ。……そろそろリレーも終盤みたいだな。」
おおぉぉ!とグラウンドから突如歓声が上がる。
どうやら二年の部も終わり三年生のリレーが始まったようだ。
「そろそろグラウンド戻ッた方がいいんじャねーか」
直之の言葉に優璃は少々名残惜しそうにお尻についた砂を払いながら立ち上がる。
「そだね。んふ、また恵ちゃんの話聞かせてねー」
「はァ?テメーに関係ねぇだろ」
頬を若干染めながら突き放すように吐き捨てる。
「ムッ。テメーじゃなくて……」
胸に手を当て自身を誇張するように直之をジッと見つめる。
「今西優璃。覚えてね!」
「……っ。あーはいはい覚えとっからさっさとどっかいけ」
へいへーい、と自己紹介に満足すると優璃は駆け足でグラウンドへと戻っていく。
彼女の後ろ姿を見ながら、直之は恐る恐る回りに目を向ける。
「…………大丈夫……か」
何事か確認すると、直之は再びその場に腰を下ろす。
さっきまで隣にいた優璃を思い出しながら、直之は地面を指で撫でる。
おかしなヤツ……と言うのが今の彼女に対する直之の印象だ。
自分みたいな男に何故か構ってくるおかしなヤツ。
前までの直之なら、自分より下の成績を持つ者へはとことん見下すような態度を取っていた。それは女でも容赦無い。
そんな彼が、自分より遥かに成績の低い優璃を見下した態度を取らなかったのは、別に優璃が可愛いだとか、胸が大きいだとか、人が良さそう……という理由ではない。
ふと顔を上げる直之の目に写ったのは、バトンを握りグラウンドを疾駆するある男の姿。
心二と守郎との対決以降、捻くれた直之の人間性をほぼ180度変えたのは恐らく……彼の功績が大きいだろう。
そろそろ終わりそうな体育祭に余韻も感じず、直之は面倒そうにグラウンドの自身のクラス……一年一組の陣地へと向かった。
「優璃。お前どこ行ってたんだよ」
こちらへ向かってくる優璃を目視した守郎はリレーのトラックを指差す。
「次、青山先輩が走る番だ」
守郎の言葉を聞くや否や身を乗り出して現在の走者陣を目で追う。
「お?今走ってるの会長さんじゃん」
優璃の言うとおり疾走しているのは三年五組、如月雫生徒会長だ。
夏休みの補習で雫と話す機会があった優璃は彼の一所懸命に走る姿を微笑ましく眺める。
「へぇ、あんな顔するんだ」
「あ?」
優璃の漏らす言葉に守郎はバカらしく笑う。
「そりゃ普段の会長はやる気なさげだけど、一応は生徒会長だからな」
桜南生徒会長と言えばサボり魔のアダ名で教師生徒の間では有名である。
よく放課後の廊下では溜まりに溜まった書類の処理を急かす副会長の朱緋紗夜から逃げ惑う雫の姿をよく見かける。
……そして、雫といえばこんな話もある。
桜南の犬猿コンビ、風紀委員長と生徒会長。
毎日のように三年五組から轟くなじり合いは風紀委員長青山礼愛と生徒会長如月雫によるものだ。
そんな二人がタッグを組む……という今回のリレーは自然と人の目を引きつけた。
「ほらよ!そのままトップ独走で頼むぜ」
首位をキープしながら雫はアンカーの礼愛へバトンを繋ぐ。
「善処しよう」
半身の態勢で礼愛は雫からのバトンを受け取る。
長い髪を後ろで一束にしたポニーテールを揺らしながら礼愛はこの体育大会の終止符を打つべく、ゴールへと駆け出した。
おおおぉぉ!と犬と猿の二人が協力し合う様を感動の歓声がグラウンドを包んだ。
中には青山礼愛のファンクラブメンバーの黄色い声も混じって、体育祭は今まさに絶頂の盛り上がりを見せていた。
「きゃーー!礼愛様ーーー!」
「おっほ!青山先輩の胸すっげー!」
「礼愛様頑張ってーーー!」
「おいお前ら!色んな角度から青山先輩を激写しろ!これは高く売れるぞ」
「ひゃーーー!礼愛様ひゃーーー‼︎」
「ふぁーーー!おっぱいふぁーー‼︎」
カオスな歓声は止むことなく、ついにラストスパートまで変わらずのテンションはゴールテープを切った礼愛を黙認した頃には、もはや町内規模の大歓声が上がった。
『学年混合リレー優勝は、五組です!』
放送部のナレーションがかき消される程の大喝采は、しばらくの間止むことはなかった。
「優璃ー、お疲れーー!」
優璃のしなやかな肩に身体を密着させながら、クラスメイトの古旗由美は労いの言葉を投げる。
「いやぁ、本当に疲れた。ごめんねみんな追い抜かされちゃって」
「いいよいいよー!心二の穴埋めてくれただけでありがたいよ〜。」
教室では、体育祭閉会からのお疲れ様な雰囲気が漂っていた。
そんな中、汗臭い身体にデオドラントやピーチの化粧水を手に含める女の子で本日の披露を癒す託巳は忙しなくモジモジと身体を揺らしている。
「……なんだなんだ?たくみん何身体モジモジさせてるんだよ」
あまりに奇妙な託巳の挙動は椎村火影に充分な不審感を抱かせた。
「え、いや。何もないって……あー!ないと言えばアレだよな!打ち上げとかぁ……ないのかな?」
自然にそれとなく話題に出したつもりの託巳だが、狙いがどストレート過ぎて返事を詰まらせる火影。
「んー……。おーい委員長」
学級で二人いる学級委員長の内、一人が欠席のためやむを得なく残りの委員長、菜川李女が眠い目を擦りながら顔を上げる。
「何か用か?」
「クラスで打ち上げとかってやるのかねー?」
火影がクラス全員に聞こえるように発したのは、賛成的な一部の生徒の賛同を得るためだ。
「ええやん打ち上げ!わいやりたい!」
すぐさま賛成の意を唱える太刀川奏也に続き優璃、由美を始めとする女子陣からの熱烈な推しの果て、どうやら打ち上げは催される方向で話は打ち切ったようだ。
「そ……それでは……打ち上げはグローバルバイキングでいいのか?」
グッ!と親指を立てて話を纏めた李女に賛成する。
影ながら打ち上げ決定に拳を握り喜びを噛みしめる託巳に火影はポンと肩を叩く。
「よかったな、たくみん」
「お、おぅ!サンキュー火影ぇ‼︎」
教室中は体育祭をやり遂げたみんなの笑顔が輝きを放っていた。
互いが互いへお疲れの言葉を掛け合うことで、体育祭で育まれた団結がさらに強くなっていくのを感じる。
しかしこの団結の輪には欠けている者らがいる。
来年……いや、文化祭には全員揃って打ち上げがしたいと願いを込めて彼らは教室を後にする。
静まり返った校舎内を忙しく走る音が廊下に響く。
「廊下は走らない」……。今時これを忠実に守る生徒が果たして何人いるか。
恐らく一人とていないのではないか。
急いでるのだから仕方ない。
自分に仕方ない、仕方ない……と言い聞かせて一年三組担任の花江幸は普段のおしとやかな雰囲気を投げ払うが如く乱雑に扉を開け放つ。
「…………って、流石にもういないわね」
幸は無人の教室を見渡して息を落ち着かせながら教卓の前に立つ。
「んーー。今日の皆すごく楽しそうだったなぁ。あんな笑顔見せられたら、文化祭も張り切らざるを得ないわね」
腕まくりをしながら幸は、入学式の初日から埋まらない空席へ視線を向ける。
「文化祭こそは絶対……登校させてみせます!……綾瀬くん。」
彼女はもう少し、教室の窓から見えるグラウンドに体育祭の余韻を感じながら頬杖をつくのだった。
第6シリーズ「侵襲の決戦恋舞編」開幕です。
ついさっきまでイラストを描いてたので出来たてです。
いつもは本編、イラストを終わらせても一日空けて投稿するんですがね。
さ、本編はというと番外編で回収するはずだったショートストーリーを上手く突っ込んだだけなので話はまったく動いておりません。時間軸的には心二がまだ亜戯羽村へいる頃です。
心二が奈良へ帰ってくるのは体育祭翌日になります。
なので心二の出番はもう少し後。
その代わり懐かしの一年三組の面々が総登場です!
優璃や守郎を始め、第4シリーズから登場の託巳、火影も忘れずに再登場!
そしてそして序章のゲスっぷりは影も形もない橿場直之も再登場!
第6シリーズの本筋へは心二が帰還し次第始めていくので、とりあえずは主人公のいないサブキャラ達の日常をお楽しみいただければと思います。
さて、今話では話こそ進みませんでしたがしっかりと伏線は貼ってあります。
最後の花江先生が口にした綾瀬くんは既にバ革命本編でセリフ付きで登場しております。
よかったらバ革命全編読み返してくれたらなぁ……とかそんな馬鹿らしい事は言いません笑
第4シリーズ天魔族編エピローグにて綾瀬くんらしき人物がガッツリ出てますので第6シリーズの本筋へ入る頃までに再度目を通していただければとおもいます!
あとがきイラストは珍しく色付きの心二くん。
色鉛筆はムラが出来るから苦手です笑
ペイントソフトとか使えればまともな色をつけることが出来るんですけども……汗




