#50 荒くれ者たち
寝覚めの悪い寝起き……というのを考えてみる。
唐突のアルゼンチンバックブリーカー?
タイキックからの逆エビ固め?
考え出すとキリがない数々のシチュエーション。
そんな数多ある中から、天条心二が体験することとなるのは……。
「うッッがあっっっっ‼︎⁉︎」
……容赦ない股間蹴りだった。
悶える心二を見下ろす天条紅空は、何の悪びれもなく未だ心二の股間をゲシゲシと追撃してくる。
「何すんだよバカ姉貴!殺す気か‼︎これがどんどけ痛い攻撃だと思ってやがる‼︎‼︎」
「あらあらしんくん。女の子の部屋で一人興奮しながらぐーすか寝てるのもどうかと思うけど?」
へ?と心二は紅空に言われてから周りを見回して思い出す。
寝起きの鼻腔をくすぐったのは女の子の部屋特有の甘い香り。
そういえば文歌の部屋に立ち寄ってうっかりそのまま寝てしまったことを思い出す。
「……あー、いつの間にか寝てたのか。今何時だろ」
部屋の壁にかかっている時計は23時を指していた。
実際時間、一時間くらいしか寝ていないことになる。
心二は現在時刻を確認した後、ムッと頬を膨らませて紅空にジト目を向ける。
「なんでこんな時間に起こすんだよ……もう眠気覚めちったよ」
目元をゴシゴシ擦りながら大きく欠伸をする。
「まぁまぁ。それより!今から夜のお散歩でも行かない?鳴ちゃんも来るよ」
「え?今から散歩?」
眠気は失せたし、やることもこれと言ってない心二は考える。
暇なら行けばいいじゃん、って話になるのだが普通に面倒くさい。
「夜に見る海ってすっごい綺麗なんだよ?風も涼しいし、空気は清々しいし!ね?お散歩お散歩!」
そう言う紅空に心二は先ほど湯冷めのために縁側でくつろいだ時のことを思い出す。
火照った体に撫でるような優しい風。
仄かに香る磯の匂い。
……こんな夜に女の子二人と一緒にお散歩。
「……いこっか!お散歩!!」
男が動く理由なんて、そんなもので充分事足りるものだ。
寝巻き姿でサンダルを急ぎ足で履き、外へと飛び出す。心二を出迎えるかのように吹いた風に挨拶するように両手を広げて深く深呼吸してみる。
「んんんーー!気持ちいい風だぁ」
「や!心二も来てくれたんだ」
恋塚家の門を過ぎたところで草神鳴夏が薄着のTシャツと短パン姿で現れる。
「おっす。……って、流石に男の前でその格好はどうなんだよ。」
目を逸らしながら言う心二を見て鳴夏が乾いた笑みを浮かべてしまう。
「はっはっはー。あったしの身体に慎ましむべき魅力なんてありゃしないよー。」
「……お前、それ女の子の前で言うなよ?」
確かに自分の色気の無さに嘆いてる女の子はいるかもしれない。
仮に鳴夏がそうだとして。
それだと世の女の子の身体に対してハードル上げすぎじゃないかな。
「そうね。鳴ちゃん結構いい身体してるでしょ」
少し遅れて紅空も家から出てくる。
「あー紅空。」
そんな紅空は学校のジャージ姿だ。
「姉ちゃんもどうなんだよ……その格好は」
「「っってゆーかさ!」」
心二の指摘を受けた二人は迫りながら物申す。
「「男はいいよね〜服装気にしなくて良くてさ!そんで?女にはオサレを強要する!」」
眼光を放つ女の子二人に見つめられる……いや睨みつけられる。
ある種の性癖持ちには興奮するシチュエーションだろう。
「ご、ごめんって……さぁ!散歩だろ?行こうぜ行こうぜぇ」
言いながら右手をたか高く振り上げながら心二は歩き出す。
それに続き、紅空と鳴夏も歩き始める。
「ん、そういやどこ散歩すんの?」
振り返り後ろを歩いている二人に尋ねる。
するとバカにしたような笑みが返ってくる。
ええ、大変不快ですね。不愉快です!
「とりあえず、海辺を歩くのは鉄板だよね!ちゃんと懐中電灯は持ってきてるよ!」
当然とばかりに人差し指を立てながら散歩コースを提示する。
「なんで懐中電灯?」
心二の問いにまたしてもバカにしたような紅空の笑みが返ってきた。
「足元照らさないとうっかりフナムシ潰しちゃうよ?」
ゾワッと心二は背筋を凍らせる。即座にスマートフォンの懐中電灯アプリを起動させる。
「まぁそうは言っても、足音でフナムシは避けてくれるっしょ」
鳴夏の言葉に紅空の射抜くような視線が飛んでくる。
「いいや、危険はフナムシだけじゃないよ鳴ちゃん!第一懐中電灯一つあればどれだけ心にゆとりが出来るか……鳴ちゃん夜を嘗めてるでしょ!」
「わかったわかった。ほら、もう海辺に着くよ……ってあれ?誰かいる」
心二の視界に広がる海辺の隅に人影を見る。
遠目ながらも、紅空と鳴夏にはあの人影が誰か分かるようだ。
「あ!投矢だ!なぁにあれ、一人で黄昏ちゃってぇ」
「いやいや、懐にバット置いてんじゃん。素振りか何かだろ」
心二と紅空二人、投矢の話をしている中。
どうも鳴夏は耳を澄まして何が気になるようだ。
「……?どしたの鳴ちゃん。」
流石に気になる紅空は鳴夏に目を合わせて尋ねる。
「え、いや。何か聞こえない?騒々しい音……というか」
「うんうん聞こえる!」
指摘されてからは、すぐにこの遠くから聞こえてくる轟音とも呼べるであろうそれを意識し始める。
……瞬間、とても嫌な予感を感じた。
この轟音は段々と近づいて来ていて、まるで迫り来る鬼の行進を黙って待っているような……そんな恐怖心をいつの間に抱いていた。
「……何だろう。どんどん近くなってるよ?」
「とりあえず投矢と合流しよう!何か知ってるかもじゃん」
心二の提案に反論する者はおらず、三人は駆け足で海辺へと向かう。
同時刻、石川投矢は嫌な予感を隠せずにいた。
その予感は亜戯羽村在住だからこそ感じ取れるもので、元村人の鳴夏や紅空。ましてや六年ぶりに訪れる心二が即座に予想出来るはずもないのだ。
ここ最近、亜戯羽村を暴れ回る珍客の存在を思い返せば……そう、それがこの轟音の正体。
いわゆる暴走族の一味だ。
「投矢!一体このうるさい音は何なの?」
紅空達が投矢と合流する頃には遠くに感じていた轟音は耳を塞ぎたくなるほどの不快なエンジン音が辺りの空気を叩いて振動させている。
「昼間話したろ。最近亜戯羽村をバイクで乗り回してる暴走族気取りの連中だ」
投矢は忌々しげな視線を音のする方へと向ける。もう日付が変わる間近だというのに自己主張の激しい爆音を発するアクセル音。
「でもさ、昼間見たのは三人組だったぞ?この爆音は明らかにもっと大人数だと思うんだけど」
心二の言葉に投矢が頭を抱える。
「……どっちにしろ、今夜は心地よく寝れそうにないってことだろぅよ」
いやいや……と紅空は少々キレ気味に前に出る。
「追い返せばいいじゃん。」
「あ、なるほどね」
紅空のたった一言で何事か理解する鳴夏。
「いやいや、そんな簡単なことじゃないだろ」
暴走族一味を追い返そう、という話になっているが事が起こってからの責任転嫁とか本当笑えない話である。
心二としては関わりたくないというのが本音。
「簡単でしょ?ほらほら、私たちにはこれがあるっ!」
そう言いながら紅空、そして便乗する鳴夏は右手に嵌められている朱色の指輪を心二の完全に突き付ける。
「……あ、なるほど。」
夏休み前頃だろうか……。心二達が七不思議を検証すべく学校に乗り込んだ時に鬼神先生から聞かされ、実装されたバーチャルシステムの日常化。
紅空、鳴夏……そして心二の持つ次元石と呼ばれる指輪を二回タッチすることでバーチャル世界で自分たちが使う武器や能力がバーチャルシステムの日常化によって現実世界に持ち込むことができるようになったのだ。
実装された理由としては傷害事件、生命の危機に立たされた時に次元石を使うことで、バーチャル世界での「人間離れしたパラメータ」を使い緊急回避を可能にすることだ。
まさに今。
仮にバイクを爆音纏いて乗り回す彼らが傷害事件を起こそうと考えているとしよう。
ならば、次元石を用いて撃退するのは理にかなっているのではないか?
なんて正論を紅空と鳴夏は案に振りかざしていた。
「そうか、姉ちゃんと鳴夏は上位成績優秀者。確かにバーチャルシステムを使うんなら心強いけど……」
確かに紅空と鳴夏は世間で言うところの上位成績優秀者。桜南高校、宮祁高校でそれぞれ頭を張れる能力の持ち主だ。
しかし心二の嫌な予感は消えない。
ただ単に常識の通じなさそうな連中と関わるのが憂鬱なだけなのか……それとも他の不安要素があるのか……。
「……おい、何の話をしてるってんだ?」
投矢の説明求める問いかけに紅空は心配無用の強気な笑顔で返す。
「んじゃ、ちょっと追っ払ってくる!」
鳴夏の言葉と共に二人は海辺から上がり車二つギリギリ通れる幅の亜戯羽村メイン通路へと駆け上がる。
「……なあ投矢、お前この指輪知らないのか?」
心二は要領を得ない投矢に先ほどの紅空と鳴夏がしたように指輪を見せてみる。
しかし返ってくるのはハテナを浮かべるしかめっ面。
「それで何が出来るってんだよ」
「んん……説明すれば信じられないかもだけどさ。この指輪を二回タッチするとな、バーチャル世界……まぁいわゆる戦科授業の世界で使ってる自分の武器だとか能力を使えるように出来るって物なんだけどさ。」
心二のそのままの説明に投矢は少々眉間にシワを寄せる。
「……おいおい笑えないなぁ。そんな夢みたいな妄想を頼りにあいつらは飛び出したってのか?……冗談だろ⁉︎」
血相を変えて投矢も海辺とメイン通路を繋ぐ階段を駆け上がる。
ここまできて、心二の嫌な予感が浮き彫りになってくる。
数十年前の2010年代の世の中でも、圧倒的に便利だったスマートフォンやiPhoneも、圏外エリアではインターネットに繋げず不便な要素は取り払えずにいた。
もし、バーチャルシステムが日常化され便利な時に使えるようになったとしても。
やはりそんな便利機能にも圏外と呼ばれる不可侵領域があるとしたら……。
田舎村である亜戯羽村でバーチャルシステムを展開できるなんて確証をいつ得ることができたのか?
「……嘘だろ?もしかして……」
心二は即座にバーチャルシステムを展開すべく次元石を二回タッチする。
普段なら数々の死線をくぐり抜けてきた愛刀、ソード・ランカーの召喚に成功していたのだが……。
聞こえていたバイクのアクセル音が聞こえなくなり、代わりに何事か口論のようなものが聞こえてくる。その中には確かに紅空と鳴夏の自信満々な勝気声が混じっていた。
心二の手には、何の変化も起きない。
ソード・ランカーは召喚されず、バーチャルシステムを展開した時に確認できるバーチャル片も見られない。
「…………おいおい!」
間違いない……と心二は確信した。
亜戯羽村でバーチャルシステムは展開できない。
紅空たちの後を追うように大急ぎで階段を駆け上がる。
不安、焦燥、恐怖。
様々な負の感情を振り払いながら、心二はメイン通路へと登り終えた。
紅空、鳴夏、投矢の前には明るい彩りながらも不快なエンジン音を慎ましむこともせずにだだ漏れているかなり大型のバイクが数台。
その周りを胸元を開けている装束のようなものを羽織ってる柄の悪い男たちが気だるそうにこちら側を睨みつけていた。
「ぁんだよ。女だけだとぉもったら男連れかよ……。」
見た目の気だるさが口調にも現れているかのように母音の発音がはっきりしていないリーゼント頭が男の心二と投矢を睨みつける。
「……ま、ここで寝かすからどーでもぃんだけどよ」
「いんやぁ、それにしてもこんな夜に女が出歩いてるなんて不用心だよなぁ」
リーゼント頭の後ろのスキンヘッドが指の骨を鳴らしながらこちらへ迫ってくる。
向こうの人数は1、2……8人。
分が悪すぎる。
「しんくん、次元石が使えないんだけど……」
紅空の焦り顔に心二は目一杯のため息を吐く。
「……本当どうするよこれ。見たところあいつら姉ちゃんと鳴夏を連れてく気みたいだけど」
「……えぇ。あったし嫌だよ?こんなポンコツ共にまわされるなんて……」
「しんくん、投矢!任せた」
……とは言うが、この場を任されるには些か経験値的なものが足りなさすぎる。
そもそもこういうのは守郎担当であって、心二は煽り担当の位置なのだ……自称なのだ。
「……とりあえず紅空と鳴夏はこっから逃げろ。足止めくれぇは何とかなるさ」
投矢の指示に大人しく従う紅空と鳴夏を彼らは黙って見てなどいなかった。
「ぉい、追え。」
リーゼント頭の一言で、下っ端数人がバイクを走らせる。紅空や鳴夏を追うために。
「行かせっかよ!」
バイクの前を通せんぼする投矢。
……にも関わらず、バイクはスピードを抑えることはなく、そのまま投矢に接触する。
「いっ……てっ……んの野郎!」
ギリギリの所で身体を逸らし、直撃を避けるも肘を擦りむいてしまう。
「投矢大丈夫か!?」
「……あ、あぁ」
二台のバイクが紅空と鳴夏の後を追っていく。
敵は六人。
勝てる見込みなどありはしない。
「投矢……立てるか?」
「……嘗めんなよ」
気合を入れるかのように前髪を掻き上げ、前方を睨む。
額を伝い垂れる冷や汗を拭いながら心二も引き笑いを浮かべ飄々と返すのだ。
「でっすよねー。」
男って生き物は意地を張ると引き時を誤ることが多々ある。
紅空と鳴夏を逃がせたことでここで喧嘩を張る必要はない。
素直に逃げれる意地の良さを持ち合わせていたら傷付かずに済むというのに。
選択肢が殴るか蹴るか。
ただそれだけの話。
そして二人は拳を握る。
「おいあんたら。」
投矢は無駄としか感じられない質問を無駄無駄しい口調で投げかける。
「亜戯羽村から出て行く気はないんだよな?」
そんな投矢の質問をリーゼントを筆頭に馬鹿にするような視線をこちら側に向けてくる。
「……ぁああああああああん?っんなわけねぇぇだろぉぉぉ?」
心二は隣で大きくため息を漏らし、今にも飛びかかりそうな投矢を横目に見る。
「……あっそ。」
言うが同時。
投矢は地を蹴ってドンと立つ荒くれ者の一味へと突撃していく。
そして引き際を誤ってしまう心二もまた、投矢に続き殴りかかる。
丁度、夜を駆けようとコウモリが羽撃たいた時だった。




