#48 復活の天条心二!
涼しげな海風が吹き抜ける神社に、天条心二を初めとする同い年の彼ら彼女らが集っていた。
どうやら彼らの中には六年ぶりに再会を果たす者同士もいるようで、雰囲気は昔を懐かしむ同窓会を思わすような物と思われたのだが……。
「……テメェは、だれだ‼︎」
敵意剥き出しの視線を向けられ、胸ぐらを乱雑に掴まれる心二。
その視界には、深く眉間に皺を寄せた旧友、解峯拳斗が写っていた。
「……だ、誰だって……だと?」
言うまでもない。自分は天条心二。彼らも年月は経ち、姿は成長しているがそう思っているはずだ。
ただ違うとしたら、それは今の心二の人格が逆だということだ。
ここ、亜戯羽村の住人が知る天条心二は六年前の亜戯羽村を去ってから心二の中に眠ったままだ。感情に大きな変化が見られた時のみに、一瞬だけ言動、性格が豹変したりするが、日常生活においては、六年前から一度たりとも表人格に出てこない。
「な、何を言ってんだよ!オレは天条心二!六年前までこの村で暮らしてた……天条心二だ‼︎」
「黙れよっ」
拳斗は聞く耳を持たず、心二の必死の主張を呆気なくたったの数文字で切り捨てた。
「未撫から聞いたぜ?アンタ、未撫に向かって……誰だ?と言ったんだろ?」
痛いところをつかれた心二は口を引きつらせる。その様子を見逃さなかった拳斗は掴んでいた胸ぐらを乱暴に突き離した。
「アンタ……本当は覚えてねぇんだろ?オレらの事も。……文歌のことも」
「…………!そんなことない!」
心二は譲るわけにはいかなかった。
このままでは、亜戯羽村で過ごしてきた裏人格の心二の立場がなくなってしまう。
ちっ、と舌打ち、拳斗は再び心二に詰め寄る。
「……なら、答えてみろよ。文歌はオレらに打ち明けてたよなぁ?アンタと紅空が亜戯羽村を出て行く前だ。真剣な顔で自分の将来の夢をな。」
「……文歌の将来の……夢」
心二は無駄でしかないのを理解しているにも関わらず記憶を辿る。
この問いの答えを知っている記憶が今の心二にはあるはずがない。知っているのは当事者である裏心二。
部外者の心二がいくら思い出そうとしても、永遠に答えは見つからない。
容姿が同じ別人格に成りすますことすらできないことから、やはり人間に別の人間の代わりは務まらない。
何も言い返せず、心二は黙ってしまう。
投矢と未撫はそんな心二を憐れみのような目で見ているようだった。
そりゃそうだ。
生まれてからずっとこの村で過ごしてきた心二達は恐らく、毎日毎日この村で遊んでいたのだろう。
文歌の部屋で見たアルバムを見ていたら分かる。確かにアルバムの中には、かけがえない幼少の青春を過ごす幼子達がいたのだ。
そんな眩しい記憶を忘れてしまう心二を、彼らは何と呼ぶか……。
「……本当、あんだけ仲良かった文歌のこともすっかり忘れちまうなんてよ……アンタに心はあんのかよ」
そう吐き捨てた拳斗は神社の奥で開かれる葬儀に参加すべく、先へ行ってしまう。
未撫は佇む心二に悲しげな一瞥を与え、拳斗の後を追う。
投矢はしばらく心二を見つめ、何かを再確認してため息をつく。
「確かに、性格変わっちまったとは思ってたけど……なあ心二。」
だが投矢は、未だ拳斗の言った事を飲み込めずにいた。
まだ自分のことを『心二』で呼んでくれる投矢に心二は恐る恐る投矢に視線を返す。
「姿形は確かに心二だ。でもオレは、昔の心二と今の心二を同じ人間だとはとても思えない。本当にお前は、天条心二なのか?」
その質問に、心二は絶望に似た何かを感じた。投矢のこの質問、答えようによっては自分自身の存在を否定してしまうものだ。
しかし、同時にその質問は……
「そ、そうだ。オレは間違いなく天条心二だ!お前らと一緒に過ごして来た、天条心二だ!」
……絆を断ち切る剣となる。
「……悪いな心二。やっぱりオレは、お前の言葉……信じらんねぇよ。」
その言葉を最後に、投矢もまた拳斗、未撫同様に神社の奥の闇へと消えて行った。
間違いなくこの瞬間、天条心二と幼き青春を
共にした彼らから……親友としての天条心二は死んだのだ。
「なにシケてんのよ。」
げしっ、と傷心する心二の尾骶骨に膝を入れる鳴夏。
「痛っ⁉︎」
自分のお尻を両手で優しく撫でる心二に鳴夏は優しく微笑んだ。
「私も、奈良で再会したときは確かに思ったわよ。こいつは本当にあの天条心二なの?って。」
そう、表の心二と裏の心二は決定的に人格が違う。
今の表の心二の人間性や性格に惹かれ、垣峰守郎や今西優璃を初めとする友達と友情を築けた通り、裏の心二が持つ魅力に惹かれて、鳴夏達と友情を築けたのだ。
言わばその魅力こそが天条心二の根幹に当たるものなのだ。
魅力を跡形もなく失い、そして亜戯羽村で過ごしてきた記憶を初め友情、絆までも残していない今の心二から離れて行くのは仕方のないことだった。
目の前の鳴夏もそれは同じ。
鳴夏から発せられる次の一言は、投矢と同じく縁切りの言葉……
「……でも、私はもう知ってる。」
……ではなかった。
予想外の言葉……そして鳴夏の笑顔に、思わず疑心を露わにしたような顔で鳴夏を見てしまう。
そんな心二に鳴夏は続けて言葉を紡ぐ。
「交流会……ベラゼクスに立ち向かった時の心二は、懐かしい……四年前に見た心二だったよ」
その一言に、心二は失いかけた光を目に宿した。
……だが、まだ奮い立たない。
「……鳴夏はなんでそんな言葉をオレに言えるんだよ。オレはお前らとの記憶を失ってんだぞ?何も覚えちゃいないんだよっ。……最低で最悪で……」
「分かるからよ。今の心二の状況。」
鳴夏から発せられる言葉一つ一つが心二には救いの言葉だった。
「わかる?友達のことを忘れることを?」
「もう、なんでそんな風に言うの?違うでしょー」
呆れながら鳴夏はついに心二を吹っ切らせる一言を呟いた。
「心二、二重人格ってやつなんでしょ?」
涼しい表情で何の気なしに言った鳴夏に対して、心二は目一杯両目を開き、暫し硬直する。
「…………⁉︎は、はぁ?なんで知ってるだよ!」
「いやいや、二重人格のスキル使ってたでしょ?交流会の時」
「…………ぁ。」
またしても沈黙し、固まってしまう心二。
しかし今度の沈黙は、頭の中を整理するためのものだった。
そんな心二に鳴夏は構わず続ける。
「何で心二がみんなに二重人格のことを隠してるのかはよくわからないけどさ、ちゃんと拳斗達と仲直りしないとダメだからね。」
鳴夏の言葉を聞き、心二は思い切って尋ねることにする。
「……なぁ鳴夏。オレさ、亜戯羽村で過ごしてきた心二とは違う心二なんだ。だからここでのことを何も覚えてないし、お前らの知ってる心二がどんな奴かもわからないんだ。」
「なに?自信ないの?」
真剣な顔で話す心二に対して、ふふっ、と鳴夏は口元を緩める。
「大丈夫よ。確かに二人の心二は全然違うけどさ、交流会の時の戦ってる心二は、六年前に一緒に遊んできた心二そのまんまだった!」
陽が完全に暮れ、漆黒が漂い始める神社。
鳴夏の言葉が無ければ、今頃心二も、心中に暗雲が差し込めていたことだろう。
「……だから心二」
「うん、ありがとう鳴夏。」
鳴夏の言わんとしていることを察し、拳を握る。
「なんか分かった気がする。もう一人のオレがどんな奴なのか。」
確かに、拳斗達から親友としての天条心二は消えた。
だが、消えてしまった彼を再び蘇らせることが出来るのだ。
そしてそれが可能なのは一人しかいない。
「……そう。ならいいの」
そう言い、鳴夏は心二に背を向け、神社の奥へと消えていく。
「待ってるからね、しんくん!」
亜戯羽村を訪れる前、帰りを待ってくれる優璃達に送られ、そしてこの地へやってきた。
失った思い出を取り戻すため。
しかしながら、そう簡単に事はうまくいかず、最悪の展開を迎えてしまった。
そんな状況でも、屈せずまた立ち上がる事が出来るのは……居場所があるから。
自分の帰りを待つ者がいるからだ。
「あぁ!」
拳を握り心二は自身の中にいる人格に語りかける。
四年もの眠りにつく、もう一人の心二をみんなは「しんくん」と呼んでいた……。
-しんくん、オレにはまだお前の声は聞こえない。何かが足りないんだ。それが何か……-
心二は歩を進めた。
人はこれを進歩と呼ぶが、心二はまだ先へと進めちゃいない。
ようやく進むべき道を見つけることが出来たのだ。
枝分かれの多い道を迷うことなく進み心二は辿り着かなければならない。
その終着点に待ってくれてる人がいるなら……どんな障害だって乗り越える。
「どしたの?しんくんこんなところで」
背後から聞こえてきた姉の紅空の声に肩をビクつかせる心二。
制服を着た紅空と共に、文歌の母も正装姿で来ていた。
「行くよ、葬儀場へ」
こくり、と頷く心二を見て紅空は首を傾げる。
「しんくん、何かあったの?」
何かあった、どころではない。
拳斗の一言で心二が築いてきた絆が断ち切られ未撫、投矢が離れて行く中、鳴夏が心二の隠していた二重人格のことを知っていて、なおかつ心二の人格を呼び覚ますヒントを手に入れた。
もう少しで何かが掴めそうで……そのためには何かが足りない。
そんなもどかしさを抱えて、心二は紅空の問いに答える。
「何もないよ。」
ギロッ、と紅空は心二を睨む。
七不思議騒動の時も夏休みの旅行の時も……やはり心二はいつまでたっても紅空に嘘をつけないらしい。
「な〜にを隠してるのか知らないけど、今回の嘘は見逃してあげる。」
「か、隠してないってば」
そんな二人のやりとりを文歌の母は遠い目で見ている。
「……おばさん!」
そんな文歌の母に心二は空元気ながらもテンションを上げながら背中に回った。
「え、しんくんどうしたの?」
驚く文歌母の背中を押して、葬儀場へと駆け出す。
「早く文歌に会いに行こう……そんで、いっぱいいっぱいバイバイしよう!」
「ちょ、ちょっ⁉︎」
心二は思った。
確かな根拠はないけれど、亜戯羽村で接してきたみんなは、誰もが何か物足りない様な表情を浮かべていた。
そうして、決まって心二にこう言った。
……変わった、と。
初対面だった投矢や文歌の母と話した時、緊張で大人しくしていた心二を見て変わったと言ったのだ。
なら、六年前の心二はそうじゃなかったということなのか?
そんな疑問が心二の中で生まれた。
案外、心二はこんな無邪気で無鉄砲な奴だったのかもしれない。
心二は心二を演じることにした。
確証はないが、あくまで無邪気な少年を意識して……。
(……ん?今のオレは無邪気な少年じゃねぇってのか?)
……しかし、葬儀場前までやってきた途端、心二が振り絞った空元気は一気に消え失せた。
初めて経験する葬式の雰囲気は、高校一年生の心二にはあまりに息苦しく、重い空気だった。
黒服の慎ましやかな格好の大人たちが大勢いる中、紅空は見知った顔ぶれを発見する。
「あ!拳斗に撫ちゃん!」
紅空の呼び声に反応する拳斗、未撫。
笑顔で返す未撫に対して拳斗は依然、紅空の後ろを歩く心二に敵意の目を向けていた。
「…………っ。」
心二も眉に皺を寄せて睨み返す。
「あ?ンだよその目はっ……!」
流石の心二も、ガラの悪い拳斗の威圧的な視線に怯みを隠しきれずにいた。
「……つ、連れてきてやるよ」
心二は自身の胸に手を当て、強気な口調で拳斗に言い放つ。
「天条心二って男を、もう一度この亜戯羽村にな!」
「……っっあぁ?」
意味を飲み込めない心二の言葉に拳斗は苛立ちの篭ったため息を吐く。
「他所者のアンタが何言おうが勝手だがな……」
心二の肩に当たるのもお構いなく、拳斗はその場から前へ歩いた。
「……馴れ馴れしくオレらに話しかけんじゃねぇよ。」
それだけを言い残し、拳斗は葬儀場の中へと入っていった。
「……見てろよ。文歌のアルバムにあった写真の拳斗みたいな顔、もう一度オレの前でさせてやるかんなっ」
その為には、心二の中に眠る心二を思い出さなきゃならない。
「……期限は明日いっぱい。間に合うのか……」
心二と拳斗のやりとりを見て、何がどうしたとついていけない様子の紅空に、鳴夏は呆れたように微笑む。
「ねぇ鳴ちゃん、どうしたの?あの二人」
「……まぁ、めんどくさい年頃だからねぇ。」
いがみ合う彼らを見守る彼女ら……。
その様子は、六年前と変わってなどいなかった。
ただ六年前と違うとしたら、それはやはり……
天条心二が内に抱える二重人格という問題だった。




