#5 悪夢のプロローグ
目を覚ました少年、天条心二の眼前に広がった景色は真っ赤だった。
一瞬の動揺もしないうちにその赤の景色の正体が夕焼けの光りに満たされた教室の天井だというのが分かったが、疑問が一つ。
「なんでオレ、教室で寝てんだ?」
とりあえず立ち上がろうとするがここで自分の体の異変に気付く。
どうやら身体中が痙攣を起こしているようだ。頭が異様に痛む中、ふと頭上から声が聞こえた。
「む、目が覚めたかな?」
凛とした声音の中にはっきりと存在する女の子のやさしさを感じさせる声。
この声には聞き覚えがあった。
案の定寝ている心二の顔を覗いた彼女は、全体的に短めな髪型のクラスメイト
菜川李女だった。
「菜川…!」
そしてもうひとつの異変に気付く。
自分の後頭部に何か柔らかい感触が…。
「だいじょうぶか?急に倒れてびっくりしたぞ?」
心二はすぐさま起き上がった。どうやら菜川に膝枕をされていたみたいだ。
「だ、大丈夫だ!……何でオレ寝てたんだ」
いまだ自分の置かれていた状況を飲み込めない心二に李女がクスクスと微笑みながら答えた。
「なんだ、覚えてないのか?天条は帰ろうとした時にドアの前で急に倒れたんだぞ?その時に思いっきり頭を打ったみたいなので心配になってな。それで今に至る、というわけだ。」
急に倒れた…?
少し真実味に欠けるが体の痙攣や頭痛はそう言うことなのかと、とりあえず納得しておく。
ということは、彼女は今のいままで自分の看病をしてくれていたのか。
「む?どうした心二顔が……赤くないか?」
「そ!そんなことないよ!!アレだ!夕焼けが…な!夕焼けの灯りでそう見えるだけだ!」
だんだんと記憶が甦ってきた。
昨日の橿場との戦科試合でクラスのみんなにおだてられた流れで…そうだ、入学から一ヶ月、未だ決まらなかった学級委員に選ばれちまったんだ。
芋づる式に思い出される記憶が核心にたどり着いた。
「思い出した。オレら学級委員の仕事してたんだっけ…」
これには李女も驚きを隠せないといった様子だった。
「天条、まさかその事まで忘れていたのか?一度脳に異常がないか診察を受けることを勧めるぞ。」
「度忘れしてただけだよ。気にすんな」
李女から視線を外し時計を確認した。
現在18時を少し回ったところ。
……………18時!?
「お、おい菜川!オレどんくらい眠ってたの?」
「確か30分くらい、かな」
それは30分も目覚めない心二を膝枕で看病してくれてた、ということを意味していた。
「わ、悪かった…退屈だったよな」
そこに李女が間髪入れずに返してくる。
「む?何を謝る。私は天条の可愛らしい寝顔を見てるだけで幸せだったぞ……って天条!?やはり顔が赤くないか?」
「お前がそんな事言うからだろーーー!!!!」
入学から一ヶ月で分かった李女は少し真面目で怖い系の印象だったが、一気にそれが覆された瞬間だった。
菜川李女、さっきから話してきて分かってきてはいたが案外気さくな人物のようだ。
「ははっ、可愛いやつ…………!?」
朗らかな笑顔を浮かべていた李女の表情が一気に強張る。
さっきまで心二に向けられていた凛とした視線が後ろに注がれていることに気付く。心二の後ろには教室のドアくらいしかないはず。
誰か居残りの生徒を目撃したとしても、目の前の李女のこの驚きようは何だろうか。
いや、驚いているというより怖がっていると表現した方が正しい。
いい加減李女の異変を確かめるべく後ろを振り返る。
たったそれだけのことが、悪夢の始まりだった。